第六十二話 魔剣か、聖剣か
部屋の中は地下とは思えないくらいに明るかった。
そして教祖とは思えないくらいに女の子女の子した部屋だった。
ピンクと白を基調とした部屋に並ぶ多くのぬいぐるみや小物。可愛らしいデザインだがその多くが竜だった。可愛らしい女の子とベラトリクスらしさが絶妙なバランスで成り立っていて完成されていた。
冷蔵の魔道具なんかもこれ、特注のデザインだろうな。丸っこい可愛らしい見た目だが、こういうのも置かれているところを見るに、機能性も良いのだろう。まったく、ラ・バーナ・エスタで接待したのが恥ずかしい。俺だって此処に住みたい。
「いらっしゃ~い」
部屋の主であるベラトリクスは、部屋着らしき薄く、丈の短いシャツと短パンという姿とは似つかわしくない書類と睨めっこをしながら俺達を招き入れた。短くまとめた髪を揺らしながら書類越しに俺達を見やる。
「ごめんね、忙しいところに」
「ううん、私は全然構わないよ~。信徒達は気遣ってるみたいだけどね」
「ホランダーに付かなかった信徒でしょ。流石、良い人達ばっかり」
「えへへ~」
皮肉が凄いな……。それを知ってか知らずかベラトリクスは喜んでいるが、こんな人間も居るのであの信徒達は本当に大事にした方が良いと思う。
「それで早速本題なんだが……俺達、どうしてもダンジョンに行きたいんだがどうにかならないか?」
「えっ? 別に、行けばいいよ?」
「は?」
どういうことだろう。ダンジョンへの入場制限をしたのはベラトリクスじゃないのか?
「自己責任で入ればいいってことだよ。ギルドの陳情でね、業務の手が足りないから幾つかの依頼を制限してほしいって言われたから一先ずダンジョンの入場を制限しただけで、ギルドを通さないなら入ってもいいよ~」
「いざという時、ギルド職員の助けは得られないということか」
「そういうこと。今は業務外だからね。でもどうしてそんなにダンジョンに入りたいの?」
俺はベラトリクスにラビュリア全制覇と魔剣の話をした。無いとは思うが、この手薄の時期を狙って竜殺しをするんじゃないかと疑われるのは嫌だったからな……。あれだけ頑張ったホランダー及び暴徒確保を無碍にはできない。
「魔剣……魔剣ねぇ」
「もしかして、何か知ってるのか!?」
「いや、魔剣は知らないな~」
ベラトリクスならと頭のどこかで思っていた俺はがっくりと肩を落とした。そうか……ベラトリクスでも魔剣に関しては知らないか……。
「いや……魔剣”は”知らない?」
「うん。魔剣は知らない。でも『聖剣』のことなら知ってるよ~」
気付けば俺はベラトリクスの机に両手をついて頭を下げていた。
「頼む、その聖剣のこと、詳しく教えてほしい……!」
「え、別にいいけど……こわ」
「ごめんね、ベラ。これがウォルターなんだよ……」
信徒にウザ絡みしていた人に呆れられた……。
□ □ □ □
今日中に終わらせたいという書類作業が落ち着くのを待ってから俺達はベラトリクスの話を聞いた。
ベラトリクス手ずから淹れてくれた紅茶を飲みながらベラトリクスの言葉を待つ。
「まぁあれだよ。聖地にあったから聖剣」
「聖地ってどっち。上? 下?」
「上」
天井になってる崖の方の聖地か。
「教祖になった時に元の教祖室にあった資料の中にあったのが、これ」
ベラトリクスが出した紙には聖剣の姿を描いた絵と説明書きがあった。
「何々……『触れた者の血をも凍てつかせる極寒の剣』ねぇ」
「抜こうとした人間は漏れなく凍り付いて砕けて死ぬらしいよ~」
「人を殺すのが聖剣なのか?」
「聖剣とは言われてるけれど聖なる剣とは言ってないよ。聖地にあった剣を略して聖剣だから」
何とも適当というか、何と言うか……。いや、その表現の仕方なら適当なのか?
あかん、頭がおかしくなってきた。
「ウォルター君、欲しいの?」
「いや、えーっと」
竜教の教祖の前で聖剣くれなんて言えるか!
「別に持っていけるなら持っていって欲しいとは思ってるよ」
「えっ? いやっ、こう、竜教の聖剣だから駄目とか、そういうのはないのか?」
「聖地にあっただけで、あれが元に竜教作られた訳でもないし……それに話したと思うけれど、竜教は私にとってお母さんや竜達を助ける為の手段でしかないから、教祖だからって気遣わなくていいんだよ~」
「そう言ってもらえると有難いが……」
確かにベラトリクスにとってはそうかもしれないが、民はどう思ってるか分からないしな……今考えられる手段が上手くいけば多分その聖剣とやらは入手可能だとは思うが、持っていくなと誰かに怒られたら当然、置いていくつもりではある。
「誰の物でもないしね~。普通に危ないから公表もしてないし、聖剣の存在を知ってる奴等は昨日一昨日で全員死んだしね~」
ケラケラ笑ってるんだけど……えっ、怖……。でもそんな古い人間も腐っていたのかと思うと気遣うのが少し馬鹿らしく思えてしまうのも無理もない。許してほしい。なんて浅ましいんだ、人間は。
「案内しよっか?」
「それは嬉しいが……いいのか? 仕事とかいっぱいあるみたいだけど……」
ベラトリクスの背後にある可愛らしい机の上には冗談みたいな量の書類が積み重なっている。
「いいのいいの、あんなの本当、ゴミだから!」
絶対にゴミではないと思う。
「ベラも息抜きしたいみたいだし、お世話になろっか」
「あーまぁ、チトセさんがそう言うなら」
「よーし、じゃあいこっか!」
「え、今から!?」
立ち上がったベラトリクスは指をパチンと鳴らして姿を消した。陰竜の隠蔽魔法『隠遁』だ。もうこっそり行く気満々だった。チトセさんもヴィンセントもさっさと自前の虚空の指輪から腕輪を出して身に付けている。
まともなのは俺だけだった。
□ □ □ □
姿の見えない状況でどうやって案内するんだと思っていたが、案外これは簡単に解決できた。
その答えは雪である。
「(なるほどな……足跡を辿れば簡単だ。しかも町はまだ人が少ない。逆に考えれば今しか行けないだろうな)」
俺達を見る人間は居ない。この雪だ。わざわざ出てくるのは子供くらいだった。
ある程度進んだ所で進路が旧市街方面へと向いた。どうやら上顎へ向かうには此方を経由するしかないようだ。これから崖に向かって歩いて行くと思うと、ヴィスタニアのダンジョン『階下の断崖』を思い出す。彼処みたいに昇降機があるといいんだけどな……。
旧市街の様子を中から見るのは初めてだ。上から見ていた時は顎通りと違って屋根が一色だったのが『あぁ、旧市街なんだなぁ』って印象だった。カラフルな新市街とは違った趣を感じるのがまた良いな。
旧市街といってもくたびれた印象はない。それに思っていたよりも治安も悪そうじゃない。古き良きっていうのかな……落ち着いた感じだった。
「(チトセさんと上から見た時に治安悪そうとか思ったの、大失態だったな……誰に謝るでもないけれど、申し訳ないことをしたな……)」
勝手な印象で語るのは良くなかった。古いものにも良いものは沢山ある。これから向かう聖地だって古くから伝わる聖域なのだ。
人気のない通りを進む。ぎゅ、ぎゅ、と雪を踏む音だけが聞こえる。そんな中、先頭を歩くベラトリクスがぴたりと立ち止まる。続く俺達も何かあったのかと慌てて立ち止まり、周囲を警戒する。……が、特に危険な気配は感じない。
「もういいかなー」
そう言ったベラトリクスが隠遁を解いた。あぁ、そういうことか。隠れる必要がなくなっただけか。
「大丈夫そう?」
「うん、あとは一本道だし、呼び戻しに来る信徒もいないだろうし」
確かに此処まで連れ戻しに来るような人は居ないだろう。なにせ皆忙しいし。
ベラトリクスを皮切りにチトセさん、ヴィンセントと次いで隠遁を解除していくので最後尾の俺も解除し、腕輪を仕舞う。特に変わりはないのだが、何となく見上げた空に透明感を感じた。雪も降ってるのでこれ以上ないくらい曇っているのだが。
雪が目に入ってしまう。冷たさにパチパチと瞬きをしつつ、前を歩く三人を改めて眺める。ベラトリクスがパーティーに入ったら……きっとこういう光景なのだろうなと夢想した。
前を歩く元気なベラトリクスとチトセさんが嗜め、ヴィンセントが素っ頓狂なことを言って、殿の俺がそれに対して一言添えて……。
戦闘になったら、やっぱりベラトリクスが真っ先に突っ込んでいって、チトセさんはリーダーだから周囲を警戒するから代わりにヴィンセントがフォローする為に走り出す。俺は後方を警戒しながらチトセさんと合流する。
あっさりとベラトリクスは敵をミンチにして、ヴィンセントが本当に死んでるか確認して、チトセさんと俺は次の敵が来ないか確認する。そして結局誰も来なくて、お疲れーなんて言いながらまた歩き出し、残った魂石を俺が仕舞う。
つらつらと、そんな光景が見えていた。いつの間にか皆との距離が開いていた。
「おーい、置いていくよ?」
振り返ったチトセさんが俺を呼ぶ。
「此処まで解釈一致だなぁ……」
「何か言った?」
「や、ただの独り言です」
首を傾げたチトセさんはすぅっと前を向いて歩いて行く。俺は、ありもしない未来を妄想しながら雪の降る旧市街を抜けていくのだった。




