第五十二話 ホランダーの本棚
宝箱から出ると夜も更けている頃合いで、この時間ともなれば住民の多くはベッドへと潜り込んでいた。昼間とは打って変わって喧噪のない街並みは、ふとした瞬間、別の町に来たのかと錯覚してしまうくらいだ。
「これ、魔力を流せばいいの?」
「はい、それだけで作動します」
ベラトリクスからもらった隠遁の力を封じた腕輪をはめたチトセさんの姿がその場で消える。
「消えてる?」
「ばっちりです」
流石は俺だ。稀代の錬装術師と呼んでくれてもいいぞ。
「でも声や足音は消せないので気を付けてくださいね」
「なるほど……ていうか全員消えたら味方の位置分からんくない?」
「……」
盲点だった。確かにそうだ。はぐれたりしたら声出さないと分からないぞ。
「私は消えないから大丈夫だよ~」
「ん? ベラトリクスも行くんだろう?」
「そうだけど、忘れてない? 竜の魂石があるかもしれないから竜魔法は使えないって話」
あぁ、そういえばそうだった。魔道具を錬装するのに必死だったから忘れていたが、竜の魔力が反発しあうから駄目だという話だった。だからこれ作ってたんだっけ。錬装となると視野が狭くなるの、直さないとな……。
ベラトリクスが立てた作戦はこうだ。
「私はそのまま歩くから皆はついてきて。ホランダーの部屋まで案内するから。それまでは絶対に音立てずにね~。互いの位置はパーティーの絆で頑張って!」
うーん、大丈夫かなぁ……。
□ □ □ □
出たとこ勝負もいい所の杜撰な計画だったが、得てしてこういう計画にもならないような計画の方が上手くいくものである。
何故なら、狂うような計算がないからである。
「あぁ、ベラトリクス様……」
「お疲れー」
心酔の眼差しでベラトリクスを見つめ、指を組んで竜教特有の仕草をする信徒を適当にあしらう様は些か信徒が不憫に思えたが、これが日常の光景なのだろう。
拝む信徒に触れないように気を付けながら足音も立てず、ベラトリクスに遅れないように急ぎながらチトセさんとヴィンセントの位置を把握しながら動くのは至難の業だった。これが昼間だったら完全に無理なのだが、夜ということもあって人が少ないのが幸いした。
ベラトリクスの後をついて歩いて暫く経った。教団の建物に入ってかなり奥まで進んだ頃、ベラトリクスが前を見つめたまま真横の扉をスッと静かに指を差した。
「……」
ベラトリクスはそのまま無言で歩き続ける。どうやら此処がホランダーの部屋らしい。ベラトリクスは突き当りを右に曲がって姿が見えなくなり、辺りは静寂に包まれた。
さて、どうする。声を出していいんだろうか。確認はどうすれば……。
「……ッ!?」
ジッと扉を見つめていると音もなく開いた。もしやホランダーかと体を強張らせたが誰かが出てくる様子はない。誰かが扉を開けたようだ。どのタイミングで入るか迷っていると真横で小さく空気が揺らぐ感覚がした。それと同時にツン、と肩を突かれた。
チトセさんかヴィンセントかどちらかが扉を開けて、俺より先に二人が入ったようだ。最後尾の俺は改めて周囲を確認して人が居ないことを再確認してから入室し、扉を閉めた。
部屋に入って最初にすべきことは部屋の間取の確認と此処にホランダーが居るかどうかの捜索だ。
まず此処は二部屋ある。俺達が入った部屋は事務室だ。入って左の壁際に、出入口の方が見えるように机が置かれている。その机の正面には足の短い絨毯と、その上にこれまた背の低いテーブルとゆったりと座れるソファがテーブルを挟んで二つ並んでいる。応接や休憩に使っているのだろう。
入口側の壁は扉を挟んで左右に大きな本棚が置かれている。内容に興味はないが、ぎっしりと詰まっている。
そして正面の奥には書類が積まれた棚と小さめの本棚と扉があった。その先がホランダーの居室となっている。
その扉がそっと開く。まさかホランダーかとまた背筋が冷えるが、扉は開ききることなく、そしてゆっくりと閉じた。
「ふぅ……ホランダーは居ないようね」
姿を現したチトセさんがドアノブから手を離した。俺とヴィンセントも姿を現し、ふぅ、と小さく息を吐いた。緊張した……。
「ホランダーは不在か。危険を背にしながら捜索するのといつ帰ってくるかヒヤヒヤしながらの捜索、どっちがマシなんだろうな?」
「どっちにしても無駄口叩いてる暇はない。皆、散らかさず、お淑やかに最速で探そう」
俺の言葉に頷いた二人が手近な場所から捜索を開始する。
乱雑に積まれた書類やバラバラに戻された本。こういうのは散らかっているように見えて本人には整理整頓された状態だったりするから雑に扱うのは危ない。
とりあえず俺は壁際の大きな本棚の捜索から始めた。プリマヴィスタから得たハロルドの知識、鑑定の力を使いながら隠された物も一緒に調べる。
一冊一冊、手に取っては本棚に戻していく。鑑定の力のお陰で中まで検める必要がなくて大助かりだ。本のページを切り取って中に物を入れている……なんていう物語を昔読んだことがある。そういう隠蔽工作も鑑定の力の前には無力だ。
「本類は俺が調べます」
次々に本を手に取りながら宣言しておく。返事は返ってこない。聞こえていないはずはないので問題ない。探す方が優先だ。
そうしてどんどん本を調べていく。扉を挟んで左右に並ぶ本棚の、向かって左側から捜索を開始したのだが左側の本棚は何もなかった。続いて右側の本棚を捜索し始めたのだが、上から開始してあっという間に一番下の棚までやってきて初めて不審物を発見した。
「なんだこれ」
背表紙に指を引っ掛け、引き抜こうとするが重くて動かない。ギチギチに詰まっているのかと思い、下側にも指を差し込もうとするが指が入らない。ビクともしない。
床に這いつくばるようにして目線を合わせて確認してみる。見た目は何の変哲もない本だ。指先で触れた程度じゃ鑑定の力は発動しないらしく、ましてや見ただけでも発動しない。もっと熟練度を上げていけば出来るかもしれないが……クソ、歯痒いな。
「どうしたの」
「チトセさん、本が重くて抜けません」
俺が床に伏せているから不審がってチトセさんが隣にしゃがんできた。足が白くて綺麗だ。いてっ。頭を叩かれた。何でだ。
「隣の本を抜いて奥から抱き込むように取るしかないんじゃない?」
「うーん、それしかないですね……」
あんまり散らかしたくないのだが、それしか手段はなさそうだ。左から順番に捜索してきたのでとりあえず左の本を数冊引き抜いて横に積む。件の本の右側はまだ調べてないので順番が狂わないように気を付けながら引き抜こうとして、手が止まった。
「……これも重い」
「ちょっと待って、これ本当に本なの?」
チトセさんの言葉にピクリと指が震える。本に見えているのは背表紙だけだ。
その奥側は……表紙はどうなってる?
慌てて暗い本棚の奥をジッと覗き込む。そして手を伸ばし、表紙であるべき部分に触れる。冷たい金属の感触がする。
「チトセさん、これ本じゃないです。……宝箱だ」
手の平から伝わった鑑定の力は、それが金属製の宝箱であることを示していた。
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