第三十七話 町への障害
「興味深い話だったよ。討伐すべきモンスターには気を付けなければならないな」
「せっかく良い噂が増えだしたんだから台無しにするなよ」
「お前に言われずともちゃんとやるさ。というか、噂と言えばウォルター、お前の噂も中々面白いぞ」
「はぁ?」
殆どの時間をラ・バーナ・エスタで過ごしていた俺に立つ噂なんてあるか?
「あぁ、それならあたしも聞いたよ。装備を錬装する鉄色の二色、アッシュクラフター、《灰装のウォルター》ってやつでしょ」
「クラフターか……別に、既製品に手加えてるだけなんだけどな」
「めちゃくちゃ悪い言い方したらそうなるかもしれないが、流石に卑屈が過ぎるだろう……」
変な二つ名みたいなのが広まるのはあんまり嬉しくないな。俺としては大人しく暮らしたいのだ。《適材適所》ですら荷が勝っているというのに。
「”赫炎”、”月影”、”灰装”かぁ……豪華過ぎるね。過剰戦力だっつって排除されそう」
「やめてくださいよ。縁起でもない」
「しかし過剰であることは悪いことでもないだろう」
腕を組むヴィンセントに視線が集まる。注目されたヴィンセントはドヤ顔でこう言った。
「ダンジョン攻略が捗るからな」
□ □ □ □
暫くは順調に走っていた馬車だが、大きな揺れと馬の嘶きと同時に急停車した。互いに顔を見合わせていると、御者の大声とバンバンと壁を叩く音でビクリと肩が跳ねた。
「お客さん方! ワイバーンだ! 助けてくれ!」
一番に飛び出したのはチトセさんだ。次いで俺、ヴィンセントの順に馬車から出てくると馬車の行く道の先には大きな黄色い翼竜、ワイバーンが此方を睨んでいた。
「イエローワイバーン。雷属性のワイバーンだね」
「此処は俺に任せてください」
優雅な仕草でどうぞと道をあけてくれるチトセさんの傍を通り、虚空の指輪からプリマヴィスタを抜く。翠王銀の刃が陽光に反射して緑色に反射する。
その光が気に食わなかったのか、イエローワイバーンは大音量で吠える。それと同時に体をバチバチと電気が覆い始める。あれに触れたら痛そうだ。
プリマヴィスタに魔力を流す。励起するのは深緑属性。発動するのは木魔法だ。木を生やすと言われるとおよそ戦闘向きではない魔法のように思えるが、生える速度はこの上位属性なら瞬きの間に巨木で影を作ることも出来る。
流した魔力の影響で淡い緑に輝く刃を地に突き立てる。
「突き穿つ樹槍!」
魔力の線を通してイエローワイバーンの真下から突き上げるように出現した巨木の槍が、油断していたワイバーンの腹を突き破った。木に葉はなく、立ち枯れのような鋭く尖った木の先端はワイバーンの血で真っ赤に染まっていた。
勿論、確認するまでもなくイエローワイバーンは即死で、纏っていた静電気も失せ、これで触れてもビリビリはしなさそうだった。まぁ、触れる前に塵となって消えてしまうのだが。それは生えてきた木も同じで、魔法としての効果が終わればモンスター同様に消えていく。街道のど真ん中に木が生えていたら迷惑なので、これで安心だ。
残った魔石を拾い、虚空の指輪に仕舞う。
「行きましょうか」
「あ、あんた凄いな……どっから剣出したのかも分からなかったし魔石も消えちまったし……」
拙い……油断してた。
「あれはー……手品です」
「手品系の戦闘職とは、初めて聞きましたわ。まぁ何でもいいや。助かりましたわ!」
「いえいえ、これも料金込みですから」
こういう時の為の言い訳を用意しておいて助かったぜ。
何事もなかったように馬車に戻り、移動を再開する。
「それにしても凄かったな。あの魔法」
「見栄張っただけだよ。あれだけで魔力持っていかれてクタクタだ」
「錬装術師になってから暫く経つけど、魔力も上がってきたんじゃない?」
「それはあれですよ、『魔力上昇』の効果のお陰です」
それのお陰で深緑属性の魔法も何とか1発くらいなら打てるようになった。特性効果がなければ上位属性魔法なんて俺には扱えない。
進み始めた馬車はそのまま何の妨害も無く進む。時間が経つに連れて空を覆い始めた薄雲が太陽をぼんやりとした白くて丸いほわほわとした存在に和らげ、着替え用の服がぺったんこになり果てた頃、漸くケインゴルスクの全容が見えてきた。
第一印象は『ドラゴンに食べられそうな町』だ。
大きく盛り上がった石の台地と、それを覆うような突き出た石の崖は竜の顎を想像させた。あれがぴったりと噛み合わされば町はガブリと食べられるだろう。日が真上にくる時は町が影で覆われそうな、不思議な地形だった。
町はその特徴的な地形に沿う形で作られている成果、縦に長い。台地の下、両側にも町は広がっているが疎らだ。
そして町の一番奥、台地の終着点に大きな建物があった。あれが竜教の総本山だろう。青い屋根と白い壁が清廉さを醸し出しているが、いざドラゴンの為とならば戦闘も辞さない集団であることは知っている。冒険者相手にも退かない僧兵なので要注意だ。
だが、何よりも気になるのは台地と崖の交わる大壁面から突き出ている巨大な石像だ。
「あれは……竜、の石像……?」
「化石だよ。大昔の竜のね」
「化石って何ですか?」
「古い時代に死んだ生き物が奇跡的に砂や土に埋まって骨だけになったのが長い年月をかけて石になるんだよ」
驚いた。作り物ではなく、本物の竜の亡骸だったとは。しかし死んでも塵にならずに形を留めているとは。魔石はあるのだろうか。実はまだ生きているのでは。そんな妄想が止まらない。それだけで来て良かったなと思える。
ガタガタと揺れる馬車は町へと真っ直ぐ進む。竜教の町ケインゴルスクはもう、すぐ目の前だった。




