第三十四話 旅の始まり
ゴブリン特化魔剣(仮)『ゴブリンダガー』はゴブリン特攻特性を重ね合わせ、どんな場所・状況でも戦えるように短剣の形をしている。二刀流にして扱うのにも便利だ。
オーク特化魔剣(仮)『スレッジブレイド』は巨体を誇るオークに合わせ、大剣型だ。勿論、『軽量化』の特性も錬成して俺でも振り回すことが出来る。しかしあまり軽すぎても威力が乗らないので、錬装は少しだけにしてある。
ペネトレイトイーグル特化魔剣(仮)「エアロシールド」は盾だ。魔盾と言った方がいいだろうか? 『浮遊』と『風属性』を掛け合わせたことで頭上でペーグルの突進を風の力で逸らしてくれる。
昆虫特化魔剣(仮)『インセクトディバイダー』。これは2本の針状の剣で、『昆虫特化』と『貫通』の特性を錬成している。どんな硬い甲殻を持つ昆虫モンスターも貫ける。
他にも各種モンスター特化特性を持つ剣を多く用意した。これから向かう場所がどんな場所でも戦うことが出来るようにと、せっせと準備していたらあっという間に2ヶ月が経過していた。しかしそれは外界での計算である。俺がいるこの虚空空間では殆ど時間の経過がしていなかった。
その所為で俺の体感時間と外界の経過時間のズレが生じることで精神的な問題が起きるのを防ぐ為に定期的に外へと出るようにすることが、後から決まった。
結果的に、俺はこの虚空空間に1年近く滞在していた。お陰様で天装錬化を始め、鑑定の力も随分と上手に扱えるようになった。アイテムとしての特性じゃないから錬装のように重ね掛けも出来ないし、地道に訓練するのがこれ程大変だとは思いもしなかった。ある種の生まれ持ったスキルを昇華させるような体験だったな……何も持たずに生きてきた俺には初めての経験だったが、誰もが努力し、苦労する意味が多少は理解出来た気がする。
そんな思い出深い領主館だが、今では綺麗さっぱり、片付いている。今日が退去日なのだ。私物も多く持ち込んでいて片付けるのに少し苦労したが、それもまた旅立つ為の準備。気持ちは晴れやかだ。
「よーし……帰るとするか」
荷物は全て虚空の指輪に仕舞ったので手ぶらだ。最後に一通り片付いてるかを見回すが、その中に思い出を探してしまい苦笑した。別にもう二度と来ない訳でもないというのに、感傷的になってる自分が妙に面白かった。
花の都『ラ・バーナ・エスタ』の街並みは相も変わらず廃墟と花が入り乱れる混沌としつつも見慣れた光景だ。錬装作業が捗らなかった時、この町を散策した。町はどうやら一部分だけが此処に存在しているようで、この空間の端は崖のように切り離されていて虚空空間が広がっていた。そういった場所に気を付けながら歩き、作りたい物を妄想していたのはとても穏やかな気持ちになれて楽しかった。
こういった文明の跡地というのも趣があって割と好きだ。チトセさんに言わせれば、『それはノスタルジックでエモーショナルな感情だよ』と言っていた。意味は分からなかったが、理解は出来た。
店舗跡は全部花屋さんになった大通りを抜け、町の端に到着する。其処には白い階段の準備を終えたヴィンセントが腕を組んで俺を睨んでいた。
「遅い」
「悪かったよ。寝坊だ」
「さぁ、行くぞ」
彼女かお前はと言いたい気持ちをグッと堪え、ヴィンセントの後をついて行く。カツンカツンと硬質な音を靴が鳴らす。以前よりも硬度が上がったような気がする。これもヴィスタニアダンジョンを制覇した経験が成した力か。
ヴィンセントには色々と魔剣(仮)を渡してある。”月影”が使えない状況、例えば影すら生まれない暗黒の中でも戦えるようにと、丹精込めて作ってやった。
黒い持ち手に白い刃の直剣、『ホワイトアッシュ』だ。元は木剣だった物に特性を込めていくうちに凄まじい切れ味と耐久性、そして”月影”の特性を錬装してある。剣に能力を行使することで刃が変質するという特性だ。
何でも生み出せる月影だからこそ出来る力だ。細剣から大剣まで、自由自在である。今は黒い鞘に納まり、大人しくしているがヴィンセントが振るえば一騎当千の力を発揮する。
階段を上り終え、最後の梯子を抜けた先は俺の家だ。当初は此処に鐘を置いて何かあれば呼べるようにしていたが、時間経過の問題で定期的に外出しなければならなくなってからは片付けてある。鳴らす為のロープも同様だ。
見慣れた久しぶりの家にホッとしつつ、旅立つ為の準備をする。具体的には着替えだ。領主館には最低限、着替える分だけ持って行っていたが、風呂もない場所だ。体も汚れている。
「じゃあ準備してくる」
「俺とチトセはギルドに居るから、準備が出来たら合流しよう」
「了解」
そう言ってヴィンセントが家を後にしたので、俺はすぐに準備に取り掛かった。
□ □ □ □
大体1時間くらいで身支度を終え、家を出た俺は戸締りの確認をする。
「よし……行ってきます」
戻ってくるつもりではあるが、いつ戻ってこれるか分からない。もしかしたら死ぬかもしれない。でも俺は此処に帰ってくるための努力を怠らなかった。再び帰ってきて、旅立ってを繰り返し、いつかはラビュリアのダンジョンを全て制覇することを誓い、俺はギルドへと足を向けた。
見慣れた街並みを横目にギルドへ向かう足取りは軽い。声を掛けてくれる行き付けのお店の人に手を振りつつ、数分でギルドへとやってきた。
「遅い!」
「もうヴィンセントに言われましたよ……勘弁してください」
「まったく……ほら、待ってるよ」
親指を立て、後ろを指差すチトセさん。肩越しに其方を見ると、カウンターにはミランダとタチアナが2人して立っていた。タチアナに関してはいつも通り……というか、少し拗ねた顔をしているが、ミランダは今にも泣きそうな顔をしていた。俺は苦笑しながら2人の元へと向かう。
「何で?」
「何でって……わかんない。でも多分、淋しい」
「俺を置いて先に村を出たのに?」
「それとこれとは違うもん!」
大きな声を出したからか、ついに涙腺が決壊したミランダが泣き始める。
「あーぁ、泣かしたね」
「俺が悪いのか?」
「悪いでしょ。どう考えても」
「うーん……でも旅立つことは随分前から伝えてあるし」
「それでも、ウォルターが悪いよ」
「そうか……」
そういうものなのだろうか。……そういうものなのかもしれない。再会してからもミランダとは随分良くしてもらっていたし、こうして再び離れるというのは、俺としても淋しい。出来ればついてきてほしいくらいだが、彼女には旦那さんが居るし、俺も其処まで我儘ではない。
「ていうか、本当に狡い」
「まだ言ってるのか? しょうがないだろ、不可抗力だ」
「だとしても狡いことには変わらない」
「だからといって、前みたいに言い触らすようなことだけはするなよ?」
「そんなこと、したことないけど」
「……」
此奴は此奴で、俺が鑑定能力を身に付けたことを狡い狡いとずっと言っている。自分だって魔道具があるんだから良いだろうと言ったが、それとこれとは違うと聞かなかった。
「そういえば、契約終了だね」
「まぁ、そうなるな」
「ご利用ありがとうございました、と。じゃあね」
「連れないな。契約が終わったからって縁を切る訳じゃないだろう?」
「でも嫌いでしょ? こんな面倒臭い女」
そういってまた拗ねる。なるほど、此奴は俺の鑑定能力に嫉妬してたんじゃなく、俺との契約が終わることが嫌だったのかもしれない。そう思うと随分可愛らしいところもあるなと、クスリと笑ってしまった。
「……何の笑い?」
「いや、別に?」
「腹立つ」
「そう言うなよ。また帰ってきたら顔出すからさ。店にも行く」
「言ったね? 約束だから」
拗ね散らかしていたタチアナも、言質を取った途端にいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。こんな奴だが、最後まで嫌いにはなれなかったな。
「もう行くの?」
「あぁ。2人を待たせてるから」
泣き止み、気持ちの落ち着いたミランダが顔を上げて手を伸ばす。その手を見て、急に懐かしい気持ちが胸の奥から溢れ出る。
俺は腰を折り、頭を下げる。ミランダの手が、俺の髪をそっと撫でた。
よくこうして撫でられていた。村の皆と遊び、日が暮れて帰る頃、また元気に遊べますようにという2人だけのおまじないのようなものだった。
「またね、ウォルター」
「うん、また……いつか、近い内に。行ってきます」
別れを済ませた俺をチトセさんが拗ねた顔で迎え入れる。どうしてこう、俺の周りの女性は拗ねがちなんだろう。
「イチャイチャしてさ!」
「幼馴染なんですから、許してください」
「ふん……羨ましいよ」
「これからずっと一緒じゃないですか」
「……なら、許す」
俺とミランダにだけある過去から地続きの関係を羨むチトセさんではあるが、これから先の未来はずっと一緒だ。過去と未来、両方を手に入れることは出来ないけれど、許してほしい。
「お前ら、旅の間ずっとそれは勘弁してくれよ。居心地が悪い」
「あら、じゃあ抜けてくれても構わないよ」
「またそんなこと言って。チトセさん、この間はヴィンセントと一緒にダンジョン攻略するの楽しいって言ってたじゃないですか」
「ほう? 嬉しいことを言ってくれるじゃないか」
「……言ってない」
「直接俺に言え、チトセ。俺もそうしてくれると嬉しいぞ」
「言ってないって言ってるでしょ!」
結局、喧嘩になってしまった。どうにもこの2人は相性が良いらしい。
ギルドの外は喧噪に包まれたいつものヴィスタニアだ。此処に来た時は、どうなるか分からない未来に不安を覚えた。だけど、それでも頑張ろうという気持ちが強かった。
今はもう不安はない。2人と一緒なら、きっと大丈夫だと思う。頑張ろうという気持ちは、以前よりも強くなった。
こうして俺達はヴィスタニアを旅立った。向かう先は竜を信仰する山岳都市、アルルケイン山脈に広がる竜教の町『ケインゴルスク』だ。
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