第三十三話 天装錬化
気絶と覚醒を繰り返しながらどれ程経っただろう。
「うぁ……ぁぁ……」
頭は今もかち割られ続けている。痛みの後遺症か、手足は痺れて動かない。舌も麻痺してるのかまともな言葉も発せられなかった。
ただ、人間とは強いものである程度の耐性はつくものだ。今もこうして絶不調ではあるが、気絶するということはなくなった。これが幸福なことなのか不幸なことなのかは分からないが。
しかしこうして床に寝そべりながらビクンビクンしていることで見えてくるものもあった。この痛みの原因だ。
「あぅ……はぁ……」
今、俺は膨大な量の知識を強制的に頭の中にぶち込まれている。目は見えているが、視界は此処ではない何処かを映し出している。それは大昔の人間の手元と思考だった。
体の感覚は痛みのお陰ではっきりとしているのに、頭と目だけは何処か別の人間の中に放り込まれたような、そんな気持ちの悪い感覚に包まれている。気絶している最中は完全に、この謎の人間の意識の中に落ちていた。だが今は半々という具合だ。この人間の頭の中にいるし、俺の意識もある。だがこの人間はそれに気付いていない。そんな感じだ。
そうして見えたこの痛みの原因の根源であるこの人物、此奴が一体誰なのか。それは今の状態になったお陰で答えを見つけられることが出来た。
「(俺以外に錬装術師が居たとはね……しかも大昔の、魔剣の制作者だったとは)」
そう。俺はこの男、『ハロルド・ルインデルワルド』という錬装術師の術中に見事に嵌っていた。
ハロルドが魔剣に施した特性『天装錬化』は未来の錬装術師に知識と技術を伝えた。こんな反動があるとも知らずにそれを発動させた俺はこうしてぶっ倒れているという訳だ。
「(天装錬化は錬装術師にしか発動できない……なるほど、俺以外にこの知識と技術が継承されることはないって訳だ。考えたな、ハロルド……いや、師匠と呼ぶべきか?)」
今、俺が見ている視界は『絶華ノ剣プリマヴィスタ』の、正に制作過程だ。
基礎となる翠王銀の刃の剣。
死者の国に生えていると言われる毒に犯された巨樹、禍津世界樹の芽。
1000年生きた赤竜、古代赤竜の革。
そして能力となる概念特性を錬装された多くの武具と、掛け合わせる沢山の道具。
「(俺が一番驚いているのは、武具同士の錬装でプリマヴィスタが作られたことじゃないってことだ)」
俺は出来上がった剣や盾、鎧、魔道具からしか錬装が出来ない。一部、魔宝石を使った属性付与は出来るが、それくらいだ。だが師匠は部分部分のパーツを組み合わせる技術を持っていた。それが天装錬化である。
錬装術師にそんなことが出来るとは……いや、心の何処かで思ってはいた。あぁ、こっちの特性をベースにしたいけどパーツとなる剣の刃の方が好みなんだよな、とか、この部品とこの部品の良いところを掛け合わせた部品が出来たらいいのに、とか、そういった願望。
それが可能であることを、師匠は見せてくれていた。
「(俺はまだまだ伸び代があるんだ……もっと、もっと見せてくれ!)」
今では痛みすら受け入れ、懇願するようになっていた。もっと知識が欲しい。もっと技術が欲しい。
だが師匠はそれを遮るかのように、プリマヴィスタの制作を終え、技術の伝承を終わらせた。
『よし……特性を見てみるとしよう……』
「(!?)」
なんとハロルドは完成したプリマヴィスタに手をかざし、スキルを使うように力を行使して特性を調べ始めた。
「(それは鑑定じゃ……!)」
『うん……上手く乗ったな。一先ず完成でいいだろう……』
もっと見たいと意識を集中させると、ハロルドが見ていたプリマヴィスタの特性が俺の意識の中にも流れ込んできた。それと同時に力の使い方も。
だが全てを得る前に、俺の意識は何かに引っ張られるかのように遠のいていった。
「う……」
起き上がり、頭を振る。激痛は嘘のように消え、体の麻痺もすっかり解消されていた。残ったのは知識と技術、それをぶつけたいという欲求だ。
「とんでもなかったな……」
今、感覚で理解している。俺の中に『天装錬化』と『鑑定』の力が身に付いている。火照った体を冷やす冷たい床に触れ、意識を集中させてみると、『花の都ラ・バーナ・エスタ領主館の床』と意識に流れ込んでくる。なるほど、こんな感じか。ちゃんと意識を集中してないと流れ込んでくる情報を読み取れない感じだ。
『天装錬化』も、俺の中に根付き始めている。今まで行っていた錬装が基礎とすれば此奴は発展系といえるスキルだ。素材同士だったり、武器の部分的な錬装を可能にしたスキルだ。錬金術に近いものがあるように思う。
そういったスキルを組み合わせ、使いこなして出来上がったあの魔剣……あれを俺も作りたい。
「俺なら出来るんだ……凄いな……!」
彼の遺した力を、勝手ではあるが弟子と名乗る俺が復活させてみせる。そんな、何だろう……意思というか、使命感めいたものが俺の中で大きくなるのを感じていた。
「けどまずは魔剣(仮)の制作だ! くそぉ、良いパーツばっかりだったなー。あんなの俺の手元にはないぞ……!」
嘆いても仕方ない。今ある物で最高の1本を作るとしよう。今の俺ならば、それが出来るという確信があった。
早速作業に入ろう。此処は大部屋なので家財道具もある程度揃っている。まぁボロくはあるが丈夫だ。まずは大きいテーブルの上に虚空の指輪から取り出した様々な道具を並べる。
「これも装備しなくちゃな」
チトセさんに馬鹿みたいな名前と言われた『集中くん』を指に嵌める。魔力を通すことで雑念が消え、雑音が消える。
「さて……」
手に取るのは愛剣エッジアッパーだ。現在、エッジアッパーには複数の特性を上乗せしている。『切れ味上昇』は勿論のこと、『強度上昇』に『軽量化』である。あまりあれやこれやと付け足してもと思いつつも、使い勝手が良さそうな特性を錬装した。
これに付け加えるのが『切れ味強化』。マッケンさんの店で売られていたハズレ特性の盾である。まだ特性のレベルは低いが、それでも概念特性だ。
更に幾つかの武器を用意する。単純に見た目が好きな物を用意した。
エッジアッパーを手に取り、盾を持つ。そしていつものように念じることで盾は消失する。いつものことで慣れたものである。あまりにも簡単に、エッジアッパーに概念特性が錬装される。
「ん……?」
見慣れた刃だが、概念特性を錬装した直後、刃が薄っすらと光を放った。特性が特性だから起きた現象だろうか? 光は消えず、ゆらゆらとゆらぎながら優しい光を灯していた。
「盾の時は光ってなかったけど、もしかしたら特性が合致するとこうなるのかな」
しかしそんな光も少ししたら消えていった。何だったんだろう。気にはなる。なるが、とりあえず錬装を続けよう。
次に手に取ったのは1本の片手剣だ。この剣は何の変哲もない剣だが刀身の部分が気に入っている。切れ味で言えばエッジアッパーの右に出る剣は今の所ないが、切りやすさで言えば此方の方が好みだった。変な反りもなく直線。剣先は尖りなく平坦。簡単に言えば長方形の刃だ。普段見ない形だからこそ、気になってしまうところがあった。
「特性は……切れ味上昇とゴブリン特化と氷属性か。どうしようかな……」
今のところ属性付与は考えていなかった。打ち消してもいいが、消すのも勿体ない。
「こっちの盾に移しとくか」
近くにあった盾を手に取り、氷属性だけを移し替える。『天装錬化』の部分錬装は特性だけの錬装移動、属性だけの錬装移動を可能にした。これは実はとんでもないことで、今後、武器を失うということがなくなる。勿論、失っても構わないものであれば今まで通りの錬装で消してしまっても構わない。そういった選択的な錬装を行えるようになったことが、本日で一番凄い成果だと俺は思っていた。
そうして天装錬化で刃と特性を移し、完成した魔剣(仮)『エッジアッパー』改め、魔剣(仮)改『ハザードエッジ』だ。初めて概念特性を錬装した危険な刃、という意味を込めてある。どうなるか分からん危険性も含めてあるので、取り扱いには十分注意するとしよう。
「さぁ、まだまだやりたいことは沢山あるぞ! どんどん作っていこう!」
俺の欲求と欲望は全然満たされない。昼も夜もないこの空間で、俺はただ1人、狂気ともいえる錬装の限りを尽くすのだった。




