第二十五話 ダンジョンへ
アウターダンジョン『黒牢街ヘイル・ゲラート』を攻略してから早いもので1ヶ月が経過していた。
何事もなく……という事はなく、短い間ではあったが色々とあった。
まずアウターダンジョンを攻略したことで大量の魂石と報酬品を入手することが出来た。その多くは特性付きの装備品で、既にルビィさんに鑑定してもらった。俺が錬装術師ということもあって装備品は全部管理させてもらっているので、今は全部虚空の指輪の中に収納中だ。
シャドウメイカーの魂石だが、これは魂石屋に素材戻しの作業をしてもらった。魂石は素材戻しをすると基本的に生の素材が出てくる。シャドウメイカーは人間そっくりのモンスター『シャドウ』だったから腕とか足とか、そういうのが出てくるかもと戦々恐々としていたが、現れたのは金属部品だった。
既に何かしらの形をしているパーツが複数現れて困惑していたのだが、何となく並べてみるとある構造が見えてきた。
それはシャドウメイカーが持っていた魔銃という武器だった。
戦闘中ということもあって、このパーツの完成形をはっきりとは見てないが、触れてみると色々と組み合わさる部分があって何となく形が見えた。だがこの様子だとパーツが足りない。
「もしかしたら魂石がランダムでパーツが出てくるんじゃない?」
というチトセさんの一声でヘイル・ゲラート周回が始まった。俺としてはあの町に行くのは色々と気が滅入るのでうんざりしていたのだが、魔銃という武器は魅力だった。しかし行きたくないなぁなんてうだうだしていた所、ヴィンセントが同行したいと申し出てくれた。
「俺としては嬉しいけれど、良いのか?」
「あぁ、ちゃんと攻略しておきたかったからな。駄目か?」
「とんでもない。嬉しいよ!」
最近は結構話すこともあって、ヴィンセントのたどたどしい口調も薄れてきた。子供達におじさんと呼ばれていたから年上かと思っていた年齢も19と判明し、俺と1つ違いだったことですっかり意気投合してしまっている。友達らしい友達も居なかった俺としてはとても嬉しい。今はチトセさん同様に俺の家の部屋を貸し出しているというのもあって、夜は飲み歩いたりして他の冒険者をビビらせている。そんな広報活動のお陰でヴィンセントの評判というか風評、悪評も最近は薄れつつあった。
そんなヴィンセントと共に周回する黒牢街はあまりにも楽だった。初めて此処に訪れた時は見つからないように気を付けて、戦闘中もシャドウの言葉に精神をやられたりと、ただただ辛いダンジョンだったが、ヴィンセントはそういうのを一切気にしない。
「ヴィンセント、大丈夫か? 辛くないか?」
「ん? モンスターはモンスターだろう?」
それが正解だったし、真理だった。
こうして何度かの周回とシャドウメイカーとの戦闘中に奪った魔銃の分析の結果、魂石から入手したパーツで魔銃の作成に成功した。しかも余ったパーツと被ったパーツのお陰で最終的に2丁の魔銃を作ることが出来た。
「凄いね、これが魔銃かぁ」
「まだ素の状態ですけどね。弾は魔力を充填することで補充出切るみたいですけど、消費が激しいみたいです」
弾倉のパーツも幾つか入手出来たので魔力充填して保存しておけば装填して撃てるが、これもまたパーツの量で変わってくるだろう。これも錬装していけば魔剣(仮)の候補になるはずだ。銃だけど。
そしてやっていたことはこれだけではない。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃーい」
ヴィンセントが向かったのは孤児院だ。あの後、相談していたように子供達は孤児院に預けることになった。以前のように路上に住まわせたり闇ギルドに捕まるよりはよっぽど良い。考えてみれば俺が此処に来た当時の状況よりも良いかもしれない。俺は貯金を崩しながら宿で寝泊りしていた訳だし。
孤児院に預けて以来、時間のある時は顔を出しているらしい。出掛けた帰りに寄ってくることもあれば、こうして家から向かうこともある。ラビュリア全制覇の為にはいずれヴィスタニアから離れる日が来る。そしてそれはそう遠くない未来だ。だからこそ、ヴィンセントも足繁く通っているのだと思う。
俺も一度だけ様子を見に行ったことがあるが、皆元気そうだった。ダンジョンで会った時は、怪我はなかったが、少し痩せ気味だった。だが孤児院に行ってからは肉付きも良くなったし、血色も良くなった。
今は月影で生成した剣を模した木剣や木槍を使って戦闘の訓練をしているそうだ。ヴィンセントが行く時は戦闘指南もしているんじゃないかな。
俺とヴィンセントの近況はこんな感じかな。慌ただしくも充実した日々を過ごしていた。
さて……チトセさんに関してなのだが、これが少しばかり妙な事になっている。
「ふぅ……錬装もまぁまぁ、やれるようになってきたな……」
「ウォルター……遊びに行こうよ」
「……」
敢えて無視をしている。この『遊びに行こうよ』はこれが初めての要求ではない。今日で5回目だし、これまでと合わせて100回近く言っている。
「ねぇーえー」
「チトセさん……この間も行ったじゃないですか……」
「この間は、この間。今日は、今日。お分かり?」
「分かった上で言いますけど、駄目です」
「なーんーでー!」
きっちりと断るとこうなる。だから無視しているのだが……俺は天を仰ぐ。天井を仰いで吐いた溜息が重く全身に圧し掛かる。
いや、別に鬱陶しいとか面倒臭いという感情はない。チトセさんの気持ちも分からなくもない。最近の俺はヴィンセントに構い過ぎと言われても否定出来ない程度には構っている。だがそれは新たな、それも解決したとは言え、一悶着あった人間がパーティーに加入したのだ。これからダンジョン攻略を進めていく上で潤滑に連携が取れるようになる為には、まず人となりを理解しなければならない。
その為の行動は色々としていたし、その説明もチトセさんにはしたのだが……やはり彼女という立場がそれを認めるのを難しくしているのかもしれない。
「でもチトセさん、これからの攻略の為には錬装しないと」
「息抜きも必要だと思う!」
「この間遊んだじゃないですか、一日中」
「そうだけどさぁ……」
良くない流れになってる。俺が折れれば良い話だが、錬装は本当にしなきゃいけない作業だしなぁ……。
「……分かった」
「! 分かってくれましたか!」
「遊びじゃなきゃいいんだよね?」
「……はい?」
「よし、ダンジョンに行こう!」
「!?」
立ち上がったチトセさんは俺の腕を掴み、椅子から引き摺り下ろす。そのまま引っ張って立たせ、更に俺の膝裏に腕を通して軽々と抱き抱えた。
「ちょ、チトセさん!」
「ダンジョン攻略なら遊びじゃないしいいよね」
「や、でも!」
「いいよね?」
「……はい」
お姫様抱っこされた俺は成す術もなくチトセさんに抱えられたまま家から連れ出されてしまった。まぁ……チトセさんの腕なら余程高難度なダンジョンでもない限り、息抜きにはなるかと諦めにも似た感情のまま、俺はチトセさんの腕に抱かれながら溜息を吐く。
「……ん?」
ふとチトセさんの肩越しに後ろを見る。何人かの市民が俺を見て笑っていたが、脱出不可能なこの拘束の時点で諦めているので其処はもういい。それよりも気になるのはチトセさんの後ろを追い掛けてくる見慣れた白黒の男の姿だった。
「ヴィンセント! 何故此処に!?」
「家に入ろうとしたらダンジョン攻略と聞こえてきた。チトセとウォルターが行くのであれば同行するのがパーティーというものだろう」
「ヴィンセントは家に帰りなさい! 今日はあたしとウォルターで攻略するのだから!」
「承服出来ない。ダンジョン制覇のチャンスをみすみす見逃すことは出来ない」
「もーーーー!」
初めて会った時の怖気のような雰囲気はもう微塵もなく、今はもうただただ、天然純粋系面白兄さんになってしまった俺の親友、ヴィンセント・シュナイダー。
火よりも熱く、炎よりも燃え盛る無敵の女剣士は、今や嫉妬に狂い駄々をこねる恋する女子になった俺の恋人、チトセ・ココノエ
才能もなく、ただただ走り続けた結果、誰も見た事のない力に目覚めた後に年上女性の腕の中に収まった俺、ウォルター・エンドエリクシル。
恐ろしい事に俺達は冒険者達の憧れの存在『二色』だけで構成されたパーティーだ。それもラビュリア全制覇を目指すと言っている、誰もが注目するパーティー。
それが蓋を開けてみればこんなドタバタトリオ……まったく夢もクソもない。
だが、そんな2人に囲まれた俺は今、この上なく幸せで、満ち足りていて、楽しかったのだった。




