第十七話 新たな二色
前話『第十六話 新たな二色』の内容を一話分飛ばして更新してしまいました。
内容を改め、『第十六話 概念武器』として更新しましたので、
そちらを読んでいただけると嬉しいです。
大変申し訳ございませんでした。
その気になった人間とは恐ろしいもので、1つのことに没頭してしまうと本当に周りが見えなくなる。人間に必要な食事や睡眠は二の次になるし、外にも出なくなる。時間の感覚もなくなるし、何が起きても今やっていることには関係がないから関心がなくなる。
日が昇ろうが沈もうが関係ない。外が騒がしかろうが静かだろうが関係ない。腹が減ろうが膨れようが関係ない。全部最低限で良い。そうなってしまうのだ。
「……よし」
俺は出来上がった槍を虚空の指輪へ収納する。これで魔剣(仮)38個目だ。
マッケンさんの店での会話以来、俺は錬装術師として成長していた。結局のところ引っ掛かっていた気持ちの面が職業としての、スキルとしての成長を阻害していたらしい。
お陰様で今の俺は当たり前のように二重特性の錬装が出来るようになっていた。
そして属性付与も安定して錬装出来るまでになっていた。
「次は疑似”赫炎”属性の実験もしてみるか……火属性同士を重ね続けたら属性レベルも上がって上位互換になるはずなんだよな……」
感覚でしか感じていなかった『特性のレベル』という概念をマッケンさんが話してくれたことで確信できた俺はより一層重ね合わせることを中心に錬装を繰り返していた。先程仕舞った槍は『ゴブリン特化』の特性を重ね合わせた槍だ。30回くらい重ねたから多分ゴブリンの上位種も楽に倒せるようになるだろう。ただのゴブリンくらいなら一撃で死ぬだろうな。
「ふぅ……」
”赫炎”が火属性を超える火属性というのは有名な話だ。それは特性同様に属性にもレベルがあるということでもある。ならば、属性同士も重ね合わせていけば……上位属性とでも呼べばいいのかな。そういうのも出来るはずだ。
俺はあの『強化』という特性は何かのスキルの上位互換だと睨んでる。でなければいきなりあんなレアスキルがポンとハズレ武器で出てきていい訳がない。概念武器と呼ばれる類でしか現れない特性が盾になんて出てきていい訳がないのだ。
「ハズレ武器がダンジョンのバグだというのなら、ダンジョンが武器用に選択した特性がバグって盾に出てきたと理解出来る。それがバグだっていうのなら、逆もあるはずだ」
即ち、ダンジョンから現れる概念武器、魔剣。
魔剣の多くはダンジョンの最下層、ダンジョンボスを倒したその先の報酬品で現れた物と聞く。或いは宝箱だ。魂石を利用した製造品もあるが、それでも殆どの魔剣はダンジョン産だ。
そして今回、バグのせいで概念特性がハズレ武器に現れてしまった。俺に見つかってしまった。
それを掛け合わせ、重ね合わせれば概念武器は人工的に製造が出来るということを知られてしまった。
ハズレ武器から魔剣(仮)は作れるのだ。
「俺は、間違ってなかった!」
「ウォルター!!」
「わぁー!? ぇ、ゲホッ、ゲホォッ! オエェェッ!!」
急に名前を呼ばれて驚いて叫んだらめちゃくちゃ咽た。そういえば大声出したの久しぶりだった。
吐きそうになりつつもちゃんと飯を食べてなかったことを酸っぱい感覚で思い出しつつ振り返ると、其処にはチトセさんが立っていた。怒っていた。
「もう3ヶ月だよ! そろそろ無視は辛いな……!」
「3……無視……えぇ……?」
思わず時計を見るが時計を見たって今日が何日か分からなかった。そりゃそうだ。もう一度確認の為にチトセさんを見ると目に涙を浮かべていた。
「ちょ、ちょっと待ってください……ゲホッ、3ヶ月……?」
「そうだよ……君がマッケンの店に行くって言ってから3ヶ月。どれだけ話し掛けても独り言ばっかりで錬装し続けて……食事を用意しても殆ど手を付けないし」
そういえばいつの間にか料理ができてる日があったっけ……。何も考えないで適当に食べてた気がする。
「そんなんだから心配になってウォルターの家で寝泊りしながら面倒見てたのにずっと知らん顔で……」
「俺がそれを……? 3ヶ月も……?」
そんなまさか。マッケンさんの店に行ったのってせいぜい1週間くらい前だと思ってたが……あれ、でも言われてみると何だか感覚的に計算が合わない気もしてきた。
「集中するにも限度があるでしょう!?」
「や……それは……あ、これのせいかも」
俺は右手の指に嵌めていた1つの指輪を外す。これは『集中力上昇』の特性を10個くらい重ね合わせた指輪、適当につけた名前は確か……。
「『集中くん』のせいかもしれません」
「馬鹿みたいな名前つけやがって!」
「口が悪いですよ、チトセさん」
「口も悪くなるわ! 3ヶ月ずっと無視されながら死なないように世話する身にもなってみなよ!」
「……」
それは……確かに、俺でも口が悪くなると思う。
「これまでは集中してるみたいだから邪魔しないようにと思ってたけれど、流石にもう我慢できないよ」
「あはは……そういえば全然動いてなかったから体力もガタガタに落ちてますね……」
シャツを捲ってみたら肋骨がうっすら浮いていた。別に筋骨隆々だったわけではないが、それなりに肉付きは良かったはずだった。悲惨である。
「それも心配だったよ。でも何より我慢ならなかったのは、君がそれに気付いてないことだよ!」
「それって……わぁっ!」
突然チトセさんの手首を掴まれ、引っ張られる。転ばないように何とか足を交互に動かし、連行された先は洗面所だった。洗面台の鏡に映った俺は痩せこけてみすぼらしい。髪もずいぶん伸びた。
けれどそれ以上に気になることがあった。
「何で気付かないかなぁ。自分の髪の色に」
「これ……『二色』……?」
俺の髪が、ベージュの髪の一部にグレーのメッシュが入っていた。
「う、うわっ! ウォエッ! ゲホッ、ゲホッ!」
「一生咽るじゃん……大丈夫?」
「だい、大丈夫です……ハァ、ハァ」
俺は一旦洗面所を離れ、冷蔵の魔道具から水を取り出し、一気に飲み干した。すっからかんの胃に水がちゃぷちゃぷしているが喉は潤った。
「ふぅ……」
「落ち着いた?」
「なんとか……それにしてもこれ、どうしよう……外歩けないですよ」
「あたしに対する嫌味なんだけど」
「いや、そういう意味では」
俺みたいな凡人がいきなり冒険者最上位の代名詞でもある『二色』になったなんて大事件だ。世間が許してくれないだろう。
「君は自己評価が低すぎる」
「いや、客観的に見てですよ? 今まで無職業だった《適材適所》が暫く姿見せなくて、久しぶりにギルドに顔出したら『二色』になってました。は拙いでしょ……」
「まぁ確かに……職業は何だ、スキルは何だって話にもなってくるよね、流石に」
どうにか考えないといけない。まさか『二色』であることを隠す日が来るとは思わなかった……。
「ていうか、何で今更二色になったのかな。ウォルターが錬装術師になってから結構経ったよね」
「それなんですよね。何でだろう……属性付与とか出来るようになったからかなぁ」
「属性付与、出来るようになったの?」
俺は頷き、虚空の指輪から魔剣(仮)試作1号である《エッジアッパー》を取り出す。
「覚えてます?」
「エッジアッパーだね。特性は『切れ味上昇』の重ね掛けだっけ」
「はい。でも今は……」
少しの魔力を流す。するとエッジアッパーの刃に雷属性剣の特徴である稲妻が纏わりついた。
「『切れ味上昇』に加えて『雷属性』が錬装されてます。ついでに『軽量化』の特性も付与してます」
「本当に出来るようになったんだね……属性付与。それに、二重特性も。いや、もう三重特性かな」
「俺の中では属性と特性は別で考えてるので二重特性と属性付与、ですかね」
それが可能になったのはスキルとしてのレベルが上がったということだろう。だから時間差で俺は『二色』としての現象が発生したのかもしれない。
「んー……まぁ、そもそも分からないことだらけか」
「それもそうですね。見たことも聞いたこともない職業とスキルな訳ですし」
「とは言えいつまでも隠す訳のは難しいよ?」
「それなんですよねぇ……」
いちいち染色する訳にもいかない。そんなことに時間を使っているくらいなら錬装している方が100倍マシである。
「とりあえず暫くはローブでも着てますよ」
「不審者丸出しだけど致し方ない、か」
騒ぎになるよりは幾分かマシ、という方向にチトセさんの中の天秤が傾いたようなので俺は納屋から古いローブを持ってきた。だいぶ前に買ったやつだし使い古してるから裾がボロボロだけど今はこれしか持っていない。確か買った当時は白色だったけれどもう汚れたり擦れたりして灰色に近い色になっている。
「ちょっとボロいですけど」
と言いながら皺を伸ばそうとバサッと振ると降り積もった埃が舞う。
「ゲホッゲホッ! ……汚い!」
「すみません……」
「それ着た人の隣歩きたくない……」
「や、でもほら、着てみると意外と合いませんか?」
羽織ってフードを深く被ってみる。この擦り切れた感じが強キャラ感出ててとても良いと思うのだけど、どうだろう?
「……ん、まぁ意外と合う……かな」
「でしょう?」
「だけど一回洗濯してよね。埃臭い」
「……はい」
それからすぐに洗濯をして外に干してきた。裏庭だから人の目はないだろうとは思ったが手早く済ませてきた。
そういえばチトセさんは俺が錬装暮らしをしていた時、俺の家に住んでたって言ってたけど、どこに住んでたのだろう?
「あぁ、それなら其処の……」
「使ってない部屋でしたね、そういえば」
「あ、ちょっ……」
裏口のすぐ傍の部屋は何も使っていない部屋だったっけと戸を開く。その手を止めようとチトセさんが手を伸ばしてきたが遅かった。
部屋の中は……あー……とっても散らかっていた。お世辞にもきちんと整理されているとは言い難い惨状が広がっていた。
「違う」
「違うんですか」
「そう、違う。君がかなり集中して錬装を繰り返していたから邪魔するのも悪いと思ってあたしはずっと此処に引き籠って暮らしていた訳じゃない」
「なるほど」
つまりそういうことなのだろう。時々様子を見ては戻る生活をしていたのか。いや、別に俺は全然怒っていない。本当に怒っていないのだ。逆に此処まで心配してくれて有難いと思っている。繰り返して言うことで信憑性が薄れてしまうかもしれないが本当にそう思ってる。
「別に怒ってないですから、本当に」
「いや、怒ってるね。好き勝手されて怒ってる顔してる」
「してないですよ……何なら住んでも全然良いですし」
「本当に言ってる……?」
「はい」
どうせなら此処に住んでくれても全然問題ない。そりゃ掃除とかはある程度やってもらいたいとは思うけれど、住むことで迷惑になることなんて1つも無かった。むしろ近くに居れてちょっと嬉しさすらある。
「とは言えチトセさんも持ち家ありますし、出張営業所って感じで」
「まぁ、ウォルターがそう言うなら……」
とか言ってるけど満更でもなさそうな顔をしてるチトセさんだった。




