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プロポーズを受けよう side紅葉

 アルノと正式に恋人になってから、それなりの時間が経過した。と言っても、すでに夫婦になっていて恋人も何もないのかもしれないけれど、少なくとも紅葉の気持ちはそうだし、アルノだってそのために告白してくれたのだ。なら他に必要なものはない。


 誰かに恋をして、そして相手と思いを伝えあい、通じ合った状態でいる。と言うことの、この幸福をなんと言い表せばいいのか。アルノより年上だと言う自負があっても、全く分からない。アルノといると、まるで何もわからない少女のころに戻ったみたいだ。

 簡単に心臓がうるさくなって、馬鹿みたいに感情が上下して、思っていることを違うことをただの意地だけでいったりして。全然可愛くないし、大人でもないと思う。だけどそんな紅葉のことを見て、受け入れてくれている。


 こんなに素晴らしい人が、紅葉だけを見ている。紅葉だけを思ってくれている。それは紅葉にとって、世界中に自慢したいくらい、素敵なことだった。こんな幸福が存在することすら、想像しなかった。同時に、こんな幸福が世の中には溢れているのかと思うと、世界そのものが、以前よりずっと素晴らしいものだと思えた。


 アルノの提案で交換日記を始めてみて、結局アルノに手紙の返事はかけていないからと乗り気で挑戦してみて、とても気恥ずかしかった。

 だいたい、どうして返事がかけなかったかって、文章に気持ちを書くとこれじゃない! って感じがして死にそうなくらい恥ずかしくて没にしたからだ。


 アルノからも指摘されたりしつつ、悪戦苦闘を繰り返して、思いを文字にする。文字にしてしまえば、もう取り返しがつかなくて、誤魔化すことさえできない。だから余計に恥ずかしくで文面に悩んでいたけど、何とかかんとか、少しずつ書くことに慣れていった。

 そうすると以前よりも、言葉の方は力が抜けて、するりと本音をだせるようになったと思う。文字にするよりはずっと気楽だと、あまり自覚していなかったけど、そう感じているのかも知れない。


 手だって、繋いだ。最初、紅葉が思わず拒否してしまったけど、アルノは何も気にしていないと思っていた。だけどアルノは、気にしていたのかもしれない。何故なら、交際するとなってからの方が、アルノはまるで少女のように躊躇っていたから。だから、今度こそ、勇気を出した。

 告白だってアルノからしてもらい、これ以上情けないところは見せられない。と言っても、その声は震えていたかもしれないけれど。文字と違ってその証拠は残っていないのだから、よしとした。


 そんな風に、以前より近くなった距離で、アルノからは愛しいものを見るような優しい目を向けられて、幸せな日常を送っていた。

 遠くない日に、アルノの親族がやってくることも決まった。その時には正式に、きちんとした挨拶をして、きちんとした関係になろうと決めていた。


 そんな中、アルノが働きだしたいと言ったので、やはり男性として何もせずにお小遣いをもらうのは抵抗があるのだろうと言うことで、お給料を設定してから初めての支給日がやってきた。紅葉等のお給料日と合わせたので、始めた日から一か月以上なので少し色を付けておいた。


 すると早速、アルノはデートに誘ってきた。それはもちろんいい。だけどその内容が、唐突だった。


「クレハ、君にプレゼントがしたいんだ」


 プレゼントが前提とは。確かにお金が入ったところだし、気が大きくなるのもわかるけれど、気をつかわなくていいのに。


「ありがとう。せっかくのおこ、お、お給料なんだから、自分のために使っていいのよ?」


 お小遣いと口から出そうになるのを堪えて、そう言ったのだけど、アルノは譲らなかった。頑なに固辞することもないので、了解した。


 アルノの付き人で住み込みの、龍宮信彦に車をだしてもらい、街へ出た。お店の中に入ると、すでにアルノは下見もすましていたようで、奥へと案内されて商品を並べられた。


 奥まで通されたので、おそらくそれなりの金額だろうと思っていたが、運ばれてきたものはどれも正装に見合う程度のものばかりだ。全てネックレスだけど、どれもよいものだ。こうした事前準備を苦も無くできるのだから、仕事をさせても丁寧なのだろうなと思う。

 学生時代も有能だったと言うことだし、彼のような人材を眠らせておくのは少し勿体なく感じられた。しかし、そんな人だからこそ、何もせずただ自分だけのものとして隣にいてくれるなら、それは何とも表現しがたい、優越感にも似た薄暗さを伴う喜びが湧き上がってくる。

 アルノ自身が望んでいる状況とは言え、何となくうしろめたさを伴う感情なので言わないけれど、こんな風に思う自分がいることには驚く。そして改めて、彼は得難い愛しい人だなと思った。


「この中のどれも、クレハに似合うと思うけど、好みがあるからね。どれがいい?」

「そうねぇ」


 彼に大きな金額を負担させるのは、紅葉の本意ではないけれど、ここまで来てしまってはもう問答しても仕方ない。彼の顔をつぶすより、素直に喜ぼう。お小遣いはまた別に少しあげて、気のすむようにしてあげよう。

 そう思いながら、最終的に一つ、日常的にも使えるシンプルな造形で、だけどどんな服装でもけして見劣ることのない大きめの宝石のネックレスを選んだ。


 ご機嫌なアルノとお店を出て、お昼を済ませてから、また車で送迎してもらう。

 アルノにはもうこんなプレゼントはいいから、と気分を害さないように優しく言ったつもりだけど、あまり伝わっていないようだった。大事なことだから後で話す、なんて言われたけれど。どういうことだろうか。


 後でネタバレすると言うことなので、そんなことを楽しみにしながら家に帰り、アルノを部屋へ招くことにした。

 プレゼントをもらってお話しするだけとはいえ、完全に二人きりの密室で会うのは初めてだ。緊張するし、すかさず隣に龍宮がいるアルノの部屋ではなく、フロアからして確実に二人きりになれる自室に招いた自分の真意を自分で問いたい。別にそんな、やましい気持ちはないと思うけど。


 心を落ち着ける為にも、お茶の用意をしてアルノから遅れて入室する。と言っても、厨房へ行って用意してもらったものを運ぶだけだけど。


 にこにこと笑顔を絶やさないアルノに、何となく直視できなくてさりげなく視線をそらしながらテーブルの上に用意して、向かいに座る。と、何故か急にアルノが立ち上がった。


「隣、お邪魔するね」


 と思ったら隣に座った。行動的すぎる。近い近い。ちょーどきどきする。

 こんなに動揺して、その内心を必死に隠しているのに、アルノは呑気にお茶を飲みだす。悔しいので、自分も口をつける。その暖かさと香りに、ほっと息をつく。落ち着いてきた。そんな紅葉の様子を見てか、アルノがにこりと口を開く。


「じゃあクレハ、プレゼントしてもいいかな?」


 何とも可愛らしい質問だ。わざわざ聞く必要なんて全くないけど、こうして尋ねられると微笑ましく感じられる。そもそも、ついさっき自分で選んだばかりだ。


 頷いて、アルノに促されるまま箱を受けとり、そっと右手をあて、何となく、すぐ開けるのが名残惜しくて、そっと表面を撫でてみる。全工程が目の前でされた、中身のわかりきったプレゼント。なのにどうしてこんなに、わくわくするのか。


 そっと開けると、中からは見覚えのあるネックレスが出てくる。当然だ。他のものが出てきたら驚く。だけどどうしてだろう。

 アルノからプレゼントだと渡された。それだけで、さっき試しにつけた時よりずっと、煌めいて見えた。この世の幾万の宝石全てを並べてもかなわないくらい、美しいと思えた。さっきまではただの宝石だったのに、アルノの手を経由しただけなのに。

 子供みたいに高くなりそうなテンションを抑えるべく、そっと息を吐きながらゆっくりとネックレス箱から取り出す。


「俺がつけてもいい?」


 声がかけられて、うっとりと宝石に見とれていたのを隠すため、少し微笑む。アルノからのプレゼントだから見とれてしまったけど、宝石が好きだと思われては困る。嫌いではないけれど、それよりずっと、アルノの方が美しいのだから。誤解してほしくない。

 つけて、と声を出すのが少し恥ずかしくて、黙って頷いてネックレスを渡して、背を向けてつけやすいよう髪を持ち上げる。


 うなじなんて、別に意識するほどでもないし、元々ショートカットなので時々見えていてもおかしくない位置なのに、この距離でわざわざアルノの目前にさらしていると思うと、妙に恥ずかしかった。


「はい、できたよ。見せて」

「ありがとう」


 だけどアルノは何でもないみたいで、なにも言わずにネックレスをつけてくれた。手を下ろしてアルノを向く。さっきも購入前に一度見せたと言うのに、とても新鮮な気持ちでどきどきしてしまう。そのどきどきを誤魔化すように、右手でそっとネックレストップをもてあそびながら、アルノに向けて微笑む。


「すごく、似合っているよ。とても綺麗だ」


 アルノが、とろけそうな笑顔で、いっそ見ている方がとろけそうな笑顔で、そう言った。

 もうそれだけで、何もかもどうでもよくなってしまいそうだ。このまま世界に溶けてしまいたい。なんだろう。こんなに格好いい人が、存在しているだけで凄いのに。今目の前にいると言う。奇跡か。


「ありがとう、アルノさん。でも、くどいようだけど、もうこんなに無理しなくてもいいから、ね?」


 お礼を言いつつ、ここはお姉さん風を吹かせておく。実際の気持ちでもあるし、少しでも余裕のあるふりをする気持ちもある。


「うん。わかってる。あのね、クレハ。聞いてほしいんだけど、いいかな?」

「? なあに? なんでも言って?」


 どこまでも柔らかな笑顔は崩さずに、だけど真面目な雰囲気を持ってそんな風に改まっておねだりをするアルノに、紅葉はふやけそうな声を整えつつ返事をするけど、心はもうメロメロでフニャフニャだ。

 もう、今ある財布の中身全部欲しいっていわれてもあげちゃう。なんなら口座一つあげちゃう。ホストに夢中になって貢ぐなんてよほど恵まれていない人なのだろうと内心見下していたけど、今ならその気持ちがわかる。

 こんなに素敵な人なら、こんな笑顔を向けてくれるなら、もう、お金なんてどうでもいいもので少しでもより好きになってもらえるなら、多少の散財はどうでもいい。おねだりされたら、できるだけかなえてあげたい。


 そう思っていると、アルノはいつもだってとっても格好いいのに、さらに凛々しい雰囲気までプラスした極カッコイイ顔で、骨の髄までしみ込むような甘い声をだした。


「俺の国では、プロポーズをして結婚をする時には、ネックレスを贈るんだ。こっちで言う、指輪だね」

「えっ、そ、それって、その」


 ネタ晴らし、みたいな口調でお茶目に言われたけど、その意味が分からないほど馬鹿ではない。だけどそうなんだと軽く、流せるわけもない。思わず目を瞬かせる紅葉に、アルノは悪戯っぽく、だけど情熱的に顔を寄せてくる。


「もう結婚してる、なんて言わないでよ?」

「い、言わない、わよ」


 結婚してるけど。だからってそれでじゃあやったー、何もかももうOKだと思えるほど、能天気ではない。だからちゃんと、アルノの親族に話そうとは思っていた。だけどそれについて、アルノにきちんと話したりはしていなかった。

 アルノから言われたい、なんて乙女チックな感情がないとは言わないけど、それ以上に言葉にして確認して、え? みたいな反応されるのが怖かったから。外堀から埋めて、式の準備なども進めた上で言おうと思っていた。


 だけど、そんな不安は全くの杞憂だったのだ。紅葉がアルノとちゃんとしたいと思ったように、アルノもそう思ってくれていたのだ。だからこそ、お金の話をして、こうしてその全部を使った高価なプレゼントをしてくれたのだ。

 それは、なんてことだろう。嬉しくて、飛び上がりそうで、でも、告白から始まって、結局自分から何も言えてないことが何だか情けなくて、半ばパニックになってしまう。

 どう反応すればいいのか。何を言えば、格好がつくのか。視線を漂わせて、アルノと言う思考停止装置を視界から追い出して考えようとしても頭が回らない。意味もなく指先を動かしても、何も思い浮かばない。


 だと言うのに、そんなにも無様なほど慌てる紅葉に、アルノはくすりと年上みたいに微笑んで、紅葉の右手をそっととって、顔を寄せて言うのだ。


「クレハ、あなたが好きです。愛してます。一生、一緒に居たいです。俺でよければ、結婚してください。一緒に、幸せな人生を歩いてください」


 なんて、素敵な文句だろう。幸せにするとか、してくれとかじゃない。人によってはそれを、優柔不断な気弱な言葉だと思うかもしれない。だけど紅葉にとっては、上から強制するのではなく、他力本願でもなくて、ただ一緒に居れば幸せだと言うような、存在だけでいいと求めているような、そんなこれ以上ない求婚の言葉だと思えた。

 もう、目をそらすこともできなくて、おそらくこれ以上ないほど真っ赤になっているだろうけど、それを隠す発想すらわかない。これほど求めてくれるアルノに、何を隠すことがあろうか。


「……はい」


 紅葉は声だけでなくて、足先から指先まで、体全部が震えるのを自覚したけど、それは恥ずかしいとも思わなかった。

 だって、これはただただ、嬉しくて、幸せ過ぎて体が震えているのだ。溢れる喜びに心が震えて、それが止まらないのだ。ただの幸福を、隠すことはない。


 そんな紅葉に、アルノはより、笑みを深くして、小さな声で囁くように、またおねだりをする。


「クレハ、口付けてもいいかな?」


 ああ、なんて、なんて可愛いのだろう。したい。自分もしたい! と心では思ったけど、それを口に出すのは、あまりにはしたなく感じて、でも応えない訳にもいかないからとりあえず口を開いた。


「……馬鹿ね。そんなことまで、いちいち聞かないでよ」


 出てきた言葉は、そんな全く可愛くない言葉だったけど、体はどこまでも素直で紅葉はすんなりとその瞳を閉じた。閉じ着る前に、アルノのとても嬉しそうな顔が見えて、瞼に焼き付いた。

 そっと、優しすぎるほどの優しい口付けがされて、生まれて初めての口付けに、紅葉だけの王子様からの口付けに、紅葉は幸福に身を任せた。それはまるで、お姫様のように。


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