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待ち合わせをしよう

 紅葉と初めてデートをしてから1か月が経過した。もうすぐこの国の祝日があるので、平日なのにお休みなのだ。変わっているなぁと思うが、その分休日まで働くことがあるのでトントンなのだろう。

 アルノはカレンダーを見て祝日の存在に気づいたので、祝日のそれぞれの意味を調べてみる。今週の休みは元々は田植えの前に、人のやる気を出させるためにお祭りをしていたのが始まりで、それが転じて働き手をねぎらうための祝日らしい。


「と言うことで、デートしようよ」


 夕食時、そう提案する。唐突ではあるが、毎度のことなのでそろそろ紅葉も慣れてきた。驚くこともなく半目である。


「どういうわけよ。いいけれど。じゃあ、祝日の金曜日ね?」

「あ、ううん。金曜日はゆっくりしてほしいから、木曜日の夜。たまには夜にデートもいいでしょ。お泊りまで狙ってないから、安心してデートしようよ」


 お昼のデートだけだったので、たまには豪華めにディナーで、紅葉をねぎらおうというものだ。なので提案したのだけど、紅葉は少し考えこむように顎に手を当てる。


「……気軽に言ってくれるけど、平日にってことよね。しかもお休み前の」

「駄目? もちろん遅くても大丈夫だよ。いくらでも待つし」


 そう言えば考えていなかったけど、休日前の方が忙しいのか。まぁだからこそ、ぱぁっとねぎらおうと思ったのだけど。

 思い付きで言っているだけなので、駄目なら駄目で仕方ない。


「……何とかするわ」

「やった。あ、無理はしないでね」

「わかってるわ。仕事をおろそかにしたりしないわ」

「うん。あ、そうだ。せっかくだし、現地で待ち合わせしようよ。その方がデートっぽいし」


 夜遅くに長時間移動して、疲れてる紅葉に負担をかけるわけないので、当然移動は車だろう。ならせっかくだし、着飾って普段ととことん違うようにしよう。紅葉は元々仕事のため、びしっとした正装なのでいつも通りだろうけど、アルノはラフな格好ばかりだ。

 たまには紅葉の前でも格好つけてもいいだろう。距離感は近づいている気がするが、手のかかる子供枠よりはやはり多少は夫として見てもらいたいし。


「ん、それはまぁいいけれど」

「よし! じゃあ決まりね」


 木曜の夜はデートだ。そうと決まればお店選びに予約、服も用意してと忙しくなるぞ。

 アルノは気合を入れて、食事を食べる手を早めた。そんな単純なアルノに、紅葉はくすりと笑った。









「じゃ、行ってくる」

「え? 早くないですか?」


 約束したのは夜7時だ。今はまだ5時前と言う、フライングにもほどがある。ちなみにどんなにゆっくり歩いても1時間未満で到着する距離だ。

 呆れる信彦に、アルノはうんっと機嫌よくうなずく。


「徒歩だし、散歩がてらゆっくり行くからさ」

「それにしても」

「まぁ、単に楽しみすぎてそわそわしちゃうだけなんだけど」

「子供じゃないんですから」


 お昼前からなら、朝起きてトレーニングしてシャワーを浴びてちょうどいい時間だ。だけど夕方となると、やることもなくなって暇になるので、無性に時間が気になってしまう。徒歩だし、少しくらい早く行ってもいいだろう。


 アルノは意気揚々と家を出た。夕方から出かけるのも珍しい。それもまた何となくテンションが上がる。

 太陽が少し沈みかけていてゆっくり暗くなるのが、これから始まる夜への楽しみが増幅されていくようだ。

 街へつくと、子供たちが家に帰るために走ったりふざけているのが見えた。何人か顔見知りがいて、手を振って通り過ぎる。


 もう少し進んで街の中心に着くころには、仕事を終えてか大人も帰路についている人も増えてきた。予約している、夜の営業している店が集まる繁華街に近づくと、どっと人の数も増えてくる、

 考えることは同じなのか、やはり休みの前には羽目を外したいのだろう。

 途中で公園で休憩したり、昼間はしていないレストランをのぞいたりしてみて、時間をかけたが約束した店には約束の時間の1時間も前についてしまった。まぁわかってたけど。


 次回のデートの為に、他の店の雰囲気も見て回ることにした。ちなみに本日のお店は、司おすすめの店でアルノもまだ下見していない。

 先にちらりと中をのぞいてみると、落ち着いていてなかなかいい雰囲気だ。さすが、紅葉の付き人だけある。紅葉に付き添って、いい店にも行き慣れていると思ったのだ。


「さて」


 時間に余裕があるとはいえ、どこかに寄っているほどではない。と言うか、余所でいっぱいなんてしてたら、肝心のデートを楽しめなければ困る。

 ぐるりと一回りして戻ってきて、約束の時間まで30分ほどだ。もしかしたら紅葉も早く来るかも知れないので、すれ違いにならないよう家から出て真っ直ぐ来たら必ず通過する繁華街の入り口で待つことにする。

 入り口、と言っても開店中の店の前だと邪魔なる。通りを挟んだ営業の終わったお弁当屋の壁にもたれた。


「……」


 もうすぐ紅葉がやってくるんだろう。少し気合いをいれた、格好つけた服装を見てどう思うだろう。所々金のアクセントのある紺のスーツに、普段つけないジャボ。何か言ってくれるかな。

 格好いい、とまでは望まないけど、何かしら言ってくれると嬉しい。て言うか言ってほしい。


 紅葉はどんな格好で来るだろうか。普段のスーツもいいけれど、もし着替えてきてくれたら嬉しい。だってこう、仕事着のままだとなんか、ディナーでも打ち合わせみたいに見られたら嫌だし。

 どんな格好が似合うだろうか。


 紅葉は綺麗な黒髪を短くカットしてる。そうだなぁ。強気な感じがわかりやすいよう、色のはっきりしたのが似合うだろう。赤とかいいかも。赤のドレスとかどうだろうか。うーん。

 あ、そういえば、ここじゃないけど長いスリットの入ったドレスみたいな民族衣装の国があったよね。あれの赤見たことあるけど、良かった記憶がある。


「ねぇねぇ」


 あれいいかも。あのスリット、色っぽい。紅葉ってちょっと目付き悪いから、そのギャップがいいかも。まあ、目付きの悪さは笑顔とのギャップも演出してくれてるんだけど。

 それを考えたら、目付きってちょっと悪いくらいがいいのかも知れない。アルノはよく能天気そうとか、何にもなくても機嫌いいなと言われるので。


「ねえってば」

「ん?」


 誰かがぬっと近づいてきて、アルノはそちらを向いた。見知らぬ茶色い長い髪の女がいた。どうやら声をかけられたのに気づいていなかったらしく、眉をひそめている。

 こう言うときは愛想よく微笑むに限る。


「なに? 俺に何か用?」


 にこにこ笑って、ちょっとだけ小首を傾げて尋ねると、女もつられたように笑顔になる。


「用ってゆーかぁ、さっきからずっといるじゃん? おねぇさんが遊んであげよっかなって」


 年上らしい。アルノからは見た目年下の未成年にも見えたが、案の定違った。しかしそれはどうでもいい。

 アルノはにっこりと笑顔を強調して、ゆっくりとわかりやすいように優しく応える。


「ありがとう。でも人を待ってるんだ」

「えー? 待ちぼうけ? かわいそー」

「ううん。俺が楽しみすぎて早く来ちゃったんだ。ありがとう、優しいお姉さん。お姉さんもいい夜を。ばいばーい」


 ゆっくりと、だけど口を挟む余地なくそう言って手をふると、何となく女もつられたように手を振って笑顔で立ち去ってくれた。


「あ、うん。ありがと。ばいばーい」


 アルノが笑顔になると、大抵がこうして笑顔になる。だからこそ、女の子って可愛いなと思う。だけどそれだけだ。

 紅葉を思い出す。何度か見せてくれた笑顔。するとそれだけで、胸が暖かくなる。紅葉の笑顔は、特別だって思わせてくれる。


 それを思うと、待つ時間も少しも辛くない。むしろ、少し遅れてきたならどうだろう。

 少し無理矢理に約束したとは言え、真面目な紅葉のことだ。きっと慌ててやってきて、申し訳なさでいっぱいになってるんだ。でもそれを見るからにわかるような顔はしないだろう。

 プライドも高く、仕事でも感情をそうそう出さないよう訓練してるだろうから、プライベートと言っても天真爛漫にそのまま顔には簡単に出ないだろう。


 いや、でもいっそ、そうなったとしても、普段と違いすぎてそれも面白いかもしれない。

 仕事の合間の昼食時は特に無表情になる紅葉だ。それとのギャップが大きいほど可愛いと思うと、近頃アルノは気づいていた。


「ふふっ」


 思わず笑ってしまう。あー、楽しみだ。


「あれー、お兄さん、ずっといない? 暇なの? うちの店おいでよー」


 また声をかけられた。見ると酔っ払ったような客引きをしてるらしい女だ。酔っぱらいには同じテンションで対応するに限る。


「あー、ごめんね、お姉さーん。今日はどきどきのデートなんだー。羨ましいでしょー?」

「ちぇー、なーんだ」


 あー、早く来ないかなー。


 そうして待つことしばらく。ぼーっと紅葉のことを考えていると苦痛に感じることもなく時間は過ぎていったが、ふと前の店から出てきた人が、さっき入るところを見送ったなと気づいた。

 今日は腕時計をつけていることを思い出したので見ると、時間は8時近くだった。


「あれ?」


 時間を結構過ぎている。おかしい。何かあったのだろうか。不安になってきた。

 もしかして、来れないような何かがあったのだろうか。ただ仕事が押しているだけならいいのだが、もし来れないようなら人をよこすなりして連絡をとればいいのに。と考えたところで、携帯通信機の存在を思い出す。

 さっそく連絡をとろう! と思ってポケットに手をやり、なかったので鞄の中身を確認して、なかった。携帯通信機を持ち歩く習慣がなかったので、普通に持ってなかった。


「うーん……」


 困ったな。同じ家なのだし帰ってもいいのだけど、入れ違いになると困る。もしここに来るまでに何かあったなら、家に帰ったことで余計に会うまで時間がかかる。

 何かあったなら、ここまで知らせに来てくれるはずだ。下手に動かない方がいい。さすがに信彦がいるのだから、何かあったからって連絡をせず忘れ去られているわけではないはずだ。


 そうして待つことしばらく。何かあったかも、と思うとそわそわしてしまって、8時前まで気にならなかったのに、ほんの5分でも長く感じてしまう。

 どこかで電話を借りようか。あー、いやでも、家の電話番号を覚えていない。どうしよう。


 そんな風に不安になって、意味もなくうろうろし始めたころ、車が一台やってきてアルノのすぐ前で止まって、勢いよくドアが開いた。


「! あ、クレハ!」


 もしかして信彦!? と思って近づいたら、中から現れたのは紅葉だった。無事だ。そうわかった瞬間、肩の力が抜けた。


「よかったぁー。何かあったんじゃないかって、心配してたんだ」


 紅葉はバツが悪そうな顔でドアを閉めて、車を返してからアルノに向かって近寄る。


「ごめんなさい。その、仕事をしてたら、つい」

「いいよいいよ。俺も通信機持ってくるの忘れてたし。あ。ごめん。待ってる間に予約時間とりなおせばよかったね」


 確かに待たされたけど、仕事なら仕方ない。待っている時間も楽しんでいたし、無事だったなら、それに勝るものはない。服装も着替えてくれていて、可愛い感じの白いワンピースに紺色のジャケットを着ている。後ろのリボンが可愛い。

 女性はオシャレに時間がかかるものだし、多少待つのは男の甲斐性みたいなものだ。紅葉が気にすることではない。


 ただ、時間を見ると予約した時間から1時間半ほど経っている。キャンセル扱いになっているだろう。ごめんね、と肩を落とすアルノに、いや、と紅葉は声をかける。


「予約なら、時間変更をお願いしているから、大丈夫よ」

「ほんとに!? うわぁ、さすがクレハだね。できる女!」

「いえ……待っていてくれて、ありがとう。嬉しいわ」

「そう? それくらいなら、いくらでも。じゃ、行こうか」

「ええ」


 紅葉は少し気にしていたようで暗めの顔をしていたが、アルノが明るく笑顔で服装等を褒めていると、お店に入る前に笑顔になってくれた。

 その後のデートでは、特に事件があることもなく、なごやかな時間を過ごすことができた。



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