表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/82

番外編35 ギャップという名の衝撃 後編




―マーク視点―


 


朝からずっと、殿下は冷静だった。

いや、むしろ「静かなる嵐」とでも言うべきか。


 


「この資料、誤差範囲が過去三年分と合致しません。なぜ修正せず提出したのですか?」


「ひ、ひぃっ……も、申し訳ありません……!」


「では、今すぐ再計算を」


 


うん。これな。

声のトーンは変わらないのに、背筋が冷えるやつ。


「氷の王子、再臨」とでもメモしておこうか。


 


このピリついた空気の中で、誰一人息を呑むことすら許されない数時間。


秘書官たちは全員ノールック書類仕分けを始め、若い部下は“気配を消す”という高等スキルを発動。俺は俺で、後方で気配察知と胃薬準備を担当していた。


 


そんなときだった。


 


「マークさんっ……」


「……エステル様!?」


 


思わず声が裏返った。


よりによってこのタイミングで、殿下の“癒しの本丸”ご登場!?


 


「ご、ごめんなさい。あの、こっそり……差し入れを……」


「ちょ、ちょっとお待ちを。今は……タイミングが……」


(パイだ。パイがある……しかも焼き立て……!殿下の好物、りんごとさつまいも。これは致死レベルの癒しアイテム)


 


エステル様はそっと扉の外から耳をすませ、真剣な表情に。


「……すごい……これが、シリウス様の、政務中の姿……」


「ええ、殿下が本気を出すとああなるんです」


「でも……美しい……」


「でしょう……?」


(……なんか不穏な“ときめき”が漂ってる気がするぞ)


 


サラとミシェルは既に妄想モードへ突入。



「ギャップがすごいです!この空気感!ヒロインが“惹かれてはいけない人”に惹かれてしまうパターンですよこれは!」


「殿下の背後から抱きついて“戻ってきてください、優しいあなたに”って囁くとこですかね」


「最高……!!」


「だからメモ帳しまえミシェル!」


 



――そして、事件は起きた。


 



「……わ、わわっ!エステル様、す、すみませ……!」


バランスを崩したサラが、パイを包んだまま、スローモーションで前のめりに……!


 


「落ちるッ……!!」


 


俺の騎士魂が叫んだ。


 


「そこだァァ!!」


 


ずざっ!


 


全力で身を滑らせ、空中でパイを受け止めた!

ふわっと香るバターの香りと、勝利のガッツポーズ。



「……危なかった……」


「マ、マークさん!?すごいです!ナイスキャッチ!」


「やるな、マーク」

「流石ですね」

「ここが今日のクライマックスかと」

(※まだです)


 


 



──そして、騒動で発された音は、静まり返った執務室に……届いた。


 



バタン、と扉が開き。


出てきたのは、殿下だった。


冷徹な空気を纏い、完璧な姿勢で、厳格な視線をこちらへ――


 


と思いきや。


 


「……エステル様?」


 


あ。


あれ。


今……氷、溶けた?


 


顔が、ふわっと和らぐ。


背筋が、すっと自然に。


なにより、瞳が――とろんと甘い色に。


 


さっきまでの「氷の王子」モードはどこへやら。


空気、完全にメープルシロップ並みのとろとろに変わった。


 


「お越しくださっていたのですね。嬉しいです。ご機嫌いかがですか?」


「シリウス様、あの……お疲れ様です。本当は差し入れを持ってきたのですが……空気があまりにも……」


「いえ、貴女の訪問は、私にとって最高の癒しです」


 



すごい。



さっきまで「再計算を」って言ってた人が、今や「癒しです」って。


空気の変化速度が新記録。雷速。


 


「そ、それで……サラたちと作ったパイ、まだ温かいんです。もし、ご迷惑でなければ……」


「もちろん、いただきます。……執務中ですが、数分のお茶の時間くらいは問題ありません。皆で休憩しましょう」



「えっ!?」


「えっ!?!?」


「ま、まじで!?!?」


 


――と、秘書官たちと部下が同時にフリーズ。


 


「マーク。中へどうぞ」


「かしこまりました。パイ、無事です」


(……魂を懸けて守った甲斐があった)


 


 

———


 


そして現在。


殿下の執務室では、


・パイを切り分ける殿下

・それを嬉しそうに受け取るエステル様

・コーヒーと紅茶を慌てて用意する秘書官たち

・失敗した部下に「よかったですね〜」と声を掛けるサラ


という、謎のほっこり空間が広がっている。


 


なお、サラは相変わらずだ。


「ギャップ!ギャップありがとうございます!!新しい尊みを摂取しました!!!これであと一ヶ月は働けます!!!」


(いや、働いてくれよ?)


 


 


こうして、今日も王宮は平和――というか、甘かった。


 


俺は紅茶を啜りながら、ふと日報に書き加える。


 


「本日、差し入れ一つで政務室の気温が15度上昇」


 


以上、現場よりマークがお届けしました。


ちゃんちゃん。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ