番外編31 嫉妬と独占欲と愛のお仕置き
——シリウス視点
「王都で人気の演劇があるそうですよ、殿下」
数日前、サラが笑顔で持ち込んだ話題だった。
その時は、「そうですか」と軽く流したが――
まさか、我が妃殿下がその観劇に出向くとは思っていなかった。
しかも。
主演は、レオン・クラヴィス。
整った容貌と確かな演技力を兼ね備えた、貴族女性の間で“伝説”とまで囁かれる人気俳優。
(……まったく、よりにもよって)
エステル様が観劇から戻ったときの、あの熱のこもった瞳。
演劇という文化を純粋に味わっていたとわかっていても――
あの瞳が“他の男”に向けられていた時間があったことが、どうにも、許しがたかった。
我ながら――驚くほど、器が小さい。
けれど、それが「愛」だと、誰が否定できるだろう。
———
夜が更け、共に寝室に入ってからも、私はその“わだかまり”を抱えたまま隣に座る。
そして、問いかける。
「……観劇、いかがでしたか?」
「えっ?」
「王都で話題の観劇を見に行っていらしたのでしょう?楽しめましたか?」
エステル様は、驚いたように瞬きしながらも、素直に答えられた。
「そ、そうですね。ええ、確かに素晴らしい脚本、演出、そして出演者でした。」
(……ああ、やはり楽しまれたのですね)
「……ほう」
抑えた声で返しながら、私はゆっくりと視線を落とす。
「………特に主役はどうでしたか?」
その瞬間、彼女の肩が微かに揺れたのを見逃さない。
「主役のレオン・クラヴィスは……」
「………」
「すごく堂々としていて……動きにも品があって……舞台映えのする方でした」
「……なるほど」
「演技力も素晴らしくて、舞台が進むにつれて引き込まれていきました。……すごい方ですね」
そこまで聞いたとき、心の中で、少し何かが切れた。
「……腹筋も、とても綺麗だったと、伺いましたが??」
「そ、それはサラとミシェルが……! あのっ、私が言ったんじゃなくて……っ!」
可愛らしい焦りように、思わず微笑みそうになる。
けれど――ここで甘くしては意味がない。
「ふむ……。貴女はご自身の夫の腹筋について、十分に語り尽くしましたか?」
「な、なんですかその問いっ……!」
「つまり……“お仕置き”が必要かもしれませんね」
「え……ま、待ってっ、な、なんの話ですか……!」
目を泳がせるエステル様が、ひどく愛らしい。
「レオン・クラヴィスの演技を“目で味わった”のなら、私の愛は……“身体で味わって”もらいましょうか」
「ちょ、ちょっと殿下!お顔が怖いです!あの、穏便に、えっ、服を脱がすのはまだ早……!?」
「ご安心を。脱がすのは、私の役目ですから」
———
そこから先は、理性が働かないほどに、彼女を愛おしく想う夜だった。
唇で、指で、そして言葉で――
「貴女の目には、私だけが映っていれば良いのです」
その願いを、全身で刻みつけた。
———
そして――翌朝。
彼女の首筋に残された証に、サラとミシェルが騒ぎ立てる。
「エステル様っっ!? なにその首筋!!というか、他にも……えっ!? お、おへその横!? お尻!? どこまで……!?」
「サ、サラぁぁ……ミシェルもっ……! 見ないで……くださいぃぃぃ……!!」
(ふむ……確かに“目立つ場所”だったかもしれません)
苦笑しながら、私は静かに思った。
(……すべて、意図的ですが、何か?」
……我が妃殿下は、今日も溺愛されておられる。
そして私は、これからも、彼女の全てを愛し続けよう。
どんな“人気俳優”にも負ける気はない。
だって、彼女の隣にいるのは――私だけなのだから。




