番外編29 観劇にはご注意を 前編
今度は殿下のヤキモチ回
——マーク視点
それはある昼下がり、休憩中の執務室にて。
「ねぇ、エステル様!この舞台、見てみたいと思いません!?」
「わたしも興味がある!王都で今、最も評判の高い演劇だよね?!」
侍女サラと雑用係ミシェルが、キャッキャと騒ぎながら差し出したのは、王都で現在話題沸騰中の演劇ポスター。
──『黎明の剣士』主演:レオン・クラヴィス。
──王都の貴婦人たちを虜にする、若き舞台俳優。
はい、出ましたね。こういうのが。
そして案の定──
「レオン……?ああ、聞いたことがあります。社交の場でも話題になっていましたし、観ておくのも悪くないかもしれませんね」
「ええええええ!!??観に行くんですかエステル様っっ!!??」
サラ、声がでかい。あと、喜びすぎだ。
「王都で話題の演目に触れておくのは、社交的にも有意義でしょう?」
おっとりと微笑んでおられるが、その背景には確実に“今話題の美男俳優”への関心が混じっている……いや、ないとは言い切れない。
この時点で、私は──ああ、絶対にアレが拗れる、と思った。
そう、殿下である。
———
その日の夕方。私は主君であるシリウス殿下に、観劇計画の報告をした。
「……エステル様が、あの舞台を観劇に?」
「はい。サラ嬢とミシェル嬢の付き添いも兼ねて、とのことです」
「……そうですか」
その声音は穏やかで、表情も変わらない。
──しかし、私は知っている。
眉の角度、手の組み方、声の抑え方……
これは、殿下の“静かにお怒りの兆候”である。
「……その俳優は、確か……」
「“王都で一番口説き上手な若手俳優”と評されているとか」
言ってから気づいた。
私はなぜ、わざわざ“口説き上手”という地雷ワードを使ったのか。
自分でも謎である。
案の定、殿下の眼差しが一瞬だけ鋭くなった気がした。
「……ふむ。観劇後、エステル様のご様子を報告してください」
「……はっ」
“監視を怠るな”という意味ですね、殿下。
———
──そして観劇当日。
私は黒ずくめのお忍び服で、エステル様・サラ・ミシェルを護衛しながら、王都劇場に潜入した。
舞台はたしかに素晴らしかった。
脚本も演出も見事だった。
しかし、私がそれどころでなかったのは、理由がある。
ミシェル「エステル様、お顔がほんのり紅潮してませんか!?」
サラ「やっぱり殿下よりちょっと……ほんのちょっとだけ目元がセクシーなんですよね〜!」
……帰ったら、確実に報告しないといけないやつだ、これ。
———
帰還後。
執務室で殿下に報告をしていると、ふと、机の隅に置かれた一枚の紙に目が行った。
それは──レオン・ヴァルフェルトの公演パンフレット。
(…………あれ、これ、エステル様のものじゃなかったはず……)
殿下はそれに視線を落とし、何食わぬ顔で言った。
「……舞台上であれだけ流暢に愛を語れるとは、立派な俳優ですね。……ですが」
「ですが?」
「愛は、演技ではなく、誠意と行動で示すものですから」
少しだけ口元が笑っていた。
──あ、これはもう絶対、夜に取り返すつもりだ。
「……マーク?」
「いえ、なんでも」
この日、王子妃殿下の寝室から深夜まで灯りが漏れていたのは、まあ、偶然ではあるまい。
———
後日談。
ミシェル「サラ、あの夜、エステル様の首筋に新しいキスマーク確認したよね?」
サラ「まさかの、嫉妬の炎による反撃ですよ、あれは……」
マーク(──観劇以上の熱演が、寝室で行われていたに違いない)
……我らが王子妃様は、今日も溺愛されておられる。
王宮の平和のため、これからも観劇関連の話題には細心の注意を払おうと、私は固く誓ったのであった。




