表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/82

番外編19 世界でいちばん幸福な新郎


——シリウス視点




式が始まる朝、私は目を早く覚ました。



差し込む光が白く、やけに眩しい。


いつも通りに目を覚ましたつもりだったのに、心の奥に微かなざわめきがあることに気づいた。



(……今日、私は結婚するのか)



その事実が、まだどこか現実味を帯びていない気がした。



静かに起き上がり、カーテンを開ける。

王城の庭園が広がる窓の外。晴天。空は高く澄み切っていた。


まるでこの日のために、世界が整えられていたようだ。




———




礼服の胸元に手を当てると、鼓動が静かに跳ねた。



この日が来るまで、いろんなことがあった。


いや、いろんなことが「なかった」と言った方がいいかもしれない。



私は、彼女に何も伝えなかった。


学園で、すれ違うだけの存在だった彼女——エステル・リヴィエール。


誰よりも聡明で、誰よりも冷静で、美しかった人。


彼女の瞳の色を、初めて見た日のことを覚えている。



あれは中庭。

春の風が吹いて、本のページがめくれそうになるのを、彼女がそっと押さえていた。



(どうして、こんなにも気になるのか)


当時の私は、その感情にすら名前をつけられなかった。



望んではいけない。手に入るはずもない。


だから私は、自分の想いをロケットペンダントに封じた。



──永遠に開かれない箱のように。





あの時の私は、ただ見つめることしかできなかった。


彼女の名を、心の中でそっと呼ぶことしか、できなかった。



だけど今。



今日、彼女は私の隣に立つ。



それは、かつて夢に見ることすら許されなかった奇跡だ。




(……エステル様)



あなたは今、どんな顔で準備をしているのだろう。


頬を染めているだろうか。あの、静かな微笑みを浮かべてくれているだろうか。


あなたのその手が、今日、私の手を取ってくれるのだと考えるだけで、


この胸の奥が、言葉にならない熱で満たされていく。




———




扉の向こうで、マークの声がする。



「殿下、そろそろお支度を……」


「……ああ」



一度、深く息を吐いて、私は鏡の前に立った。



誰もが言うだろう。


「第二王子としての結婚」


「王家と宰相家の縁組」


「両国の安定のため」




それらが正しいのだと、私も分かっている。



けれど——



今日この日だけは、私はただひとりの男として、ひとりの女性に心からの言葉を捧げたい。



(あなたを、誰よりも愛しています)



それだけは、今日、きちんと伝えよう。


式が終わったら、手を握って、目を見て。




今度こそ、あなたの耳に、私の声で。


(あなたは、私のすべてです)


誰にも渡さない。誰にも見せたくないほど、大切な人。


そして私は今、間違いなく——


世界でいちばん、幸福な新郎だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ