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第二十七話 想いが交わるとき



静かな午後。


私は自室のベッドに横になり、ぼんやりと天井を眺めていた。

舞踏会のあと、色々なことが立て続けに起こり、心も体も少し疲れていたのかもしれない。



それに——ロケットペンダントがなくなってから、ずっと胸の奥がざわついている。



もう見つからないかもしれない。

私が無理に手に入れた罰なのかもしれない。

そんなことを考えていると、自然とため息が漏れた。



「……エステル様。」



ノックの音とともに、静かな声が聞こえた。



「シリウス様……?」



私はゆっくりと身を起こす。


扉が開き、そこに立っていたのは、私の大切な人だった。



相変わらず、彼はどこまでも優雅で、どこまでも静謐な雰囲気を纏っている。

けれど、今の彼の瞳にはどこか安心したような温かみが滲んでいた。



「少し、お邪魔しても?」


「……もちろんです。」



私は頷き、椅子に座り直す。

すると、シリウス様は歩み寄り、ゆっくりと私の手を取った。



そして——


「取り戻しましたよ。」


そっと、手のひらの上に紫水晶のロケットペンダントが置かれる。



「……え?」


信じられなくて、私は何度も瞬きを繰り返した。



確かに、なくなったはずのロケットペンダント。

それが今、私の手のひらに、まるで何事もなかったかのように戻ってきた。



「ど、どうして……!?」


「犯人が分かりました。筆頭魔術師の孫娘、ミシェルです。」


「ミシェル……?」


シリウス様はゆっくりと椅子に腰掛け、静かに経緯を説明し始めた。



ミシェルが筆頭魔術師の力を借り、私の大切なものを盗んでいたこと。

そして、その中でも紫水晶のロケットペンダントだけは特別な思いを抱かれていたこと。



「……彼女は、あなたのことを嫉妬していました。

 そして、これは私の瞳の色をした宝石だと気づき、余計に気に食わなかったようです。」



「……」


私は言葉を失った。


学生時代、こっそりと手に入れた、大切な思い出。

誰にも知られないように、大事にしていたもの。


戻って来たけれど、ついにシリウス様に知られてしまった。



「……ごめんなさい。」



私は、ロケットペンダントを胸に抱え、そっと俯いた。



「私は、このペンダントをあなたの想いが込められたものだと知っていました。

 それなのに、学年一位の特権を利用して、ずるい方法で手に入れてしまったのです。」



声が震えた。


「あなたのものだったのに……本当は、持つ資格なんてなかったのに……

 それでも、どうしても、何かあなたのものが欲しくて……」



「エステル様。」


静かに、しかし優しく名前を呼ばれた。



顔を上げると、シリウス様は穏やかに微笑んでいた。



「あなたが謝るなら、私も同罪です。」


「……え?」



すると、シリウス様は懐から一本の万年筆を取り出した。


それは、私が作った魔法具——エメラルドの宝石が嵌め込まれた万年筆だった。



「私も、学年一位の特権を利用して、この万年筆を学園長から譲り受けました。」


「えっ……?」


「……ずっと、欲しかったのです。」


「……」



驚きすぎて、言葉が出てこない。



「エステル様は、いつも私と少し距離をとっていましたね。」


「……!」


「私が近くにいると、ふと目を逸らしたり、少し歩く速度を変えたり……

 けれど、私が話しかけると、いつも丁寧に応じてくださった。」


「……」


「それが、意識的なものなのか、無意識のものなのか……私は、ずっと分からずにいました。」



シリウス様の瞳が、微かに揺れる。


「ただ、一つだけ確信していたのは——あなたの存在が、私にとって特別だったということです。」


「……シリウス様。」


「それを確かめたくて……私は、この万年筆を望みました。」



静かな告白だった。


「……」



私は、そっとロケットペンダントを見つめた。


彼は、私の作ったものを大切に持っていた。

そして、私は彼の作ったものを、ずっと手元に置いていた。



それが、偶然のようで、必然のようで——


「シリウス様……」



——涙が、こぼれた。



「……どうして、泣かれるのです?」


「だって……こんなの……ずるいです。」


「え?」



「こんなにも、あなたのことが愛しくてたまらなくなるなんて……ずるいです……!」



私は、思わずシリウス様の胸に飛び込んだ。


彼は驚いたように肩を揺らしたが、すぐに私を優しく抱きしめた。



「……愛しくて、たまらないのは、私も同じです。」


「……」


「これからは、何かを奪う必要はありません。

 私はもう、あなたの傍にいますから。」


「……はい。」



静かな抱擁の中で、私はただ、彼の温もりを感じていた。


これまでずっと、胸の奥に秘めていた想い。

けれど今は、何も隠す必要はない。



ロケットペンダントと万年筆——



お互いの心を繋いでいたものは、今、確かに彼と私の間にあった。




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