5 T君
あけまして
ハ ッ ピ ー バ ー ス デ ィ !!!!
――馬と目が合う。
「」
そこに立っていたのは非常にリアルな馬の面をかぶった体操着の女子だった。
それもおもちゃ屋で売ってるようなちゃちな被り物じゃなく、撮影とかで使うと言わんばかりの結構しっかりとしたつくりのお面。
疑問よりなにより絶句する。
そう、この一瞬の絶句の後に現実逃避タイムに突入した。
要するにその間、数秒は互いに無言で見つめ合っていたわけだ。
が、意識を現実に戻した俺よりも早く彼女は声を発した。
「あ、あ……き、来てくれてありがとう、鹿島くん……! その、朝早くに、ごめんね……?」
「え、あ、うん、いや……大丈夫」
そうか、そのまま説明なしで進めるんですね。
と、そんなことを考えていた俺の視線に気づいた彼女が慌てたように言う。
「あ! この恰好なんだけど、その!」
「あ、うん!」
――よかった説明ありそう。
「ごめんねこんな格好で! その、朝練が終わって急いできたから、着替える時間無くって、体操着のままで……」
――そっちかぁ……。
「あーっと、大丈夫だよ? えーっと……その、速そう、だね」
しっかりと顔を見ながら伝える俺。
しまった。
馬に引っ張られた。
「ほんと!? よかった……陸上部で頑張ってる甲斐あったかなぁ……!」
なんか成功した。
知らない間にパーフェクトコミュニケーション。
しかし、どうやら四つ目の可能性である罰ゲームが一番高そうである。
正直少しへこむ。
それはさておき、目の前の馬の女子さんはどうやらテンパってるようだ。
まあ、罰ゲームとは言え、緊張はするだろう。
顔が見えないから感に等しいけれど。
「その、大事な話が合って…………」
「あーっと、その前に一旦深呼吸とかどうだろうか? うん、ゆっくりでいいからさ」
「え? あ…………ありがとう」
そのまま何度か深呼吸を始める馬の女子さん。
ゴメン、ちょっとまって、一旦やめて。
肺活量があるのか通気性がいいのかわからないけど、鼻の部分にあるだろう空気穴からすごく空気が出ていくせいで、鼻息荒い馬みたいに見えちゃうから。
『ブフー! ブフー!』言ってるから。
笑っちゃうから。
少し笑いをこらえているうちに、彼女も少し落ち着いたようだった。
あーあぶなかった。
「…………ふぅ……あの、こういうのって勘違いされやすいから先に言っておくね? 今から伝える大事な話って言うのは、罰ゲームとかじゃないの」
「ぇ……了解、です」
――え、罰ゲームじゃないの? その格好も?
そんな単純な疑問を口にできる空気ではないのは読み取れたので、少し黙っていると、彼女はゆっくりと口を開いた(多分)。
「……鹿島大我くん。私は……あなたが、すきです……っ! お、お付き合い……してくださいっ!!」
「……? …………、……――っ!?」
いくつかあった可能性のまさかの五番目。
一瞬何を言われたかわからなくて、混乱してしまった。
完全に想定外の出来事に、驚愕を隠せずに狼狽えている俺の目にフッと入ってきたのは、プルプルと震えながら俺の応えを待つ彼女の姿が映っていた。
「――ぁ…………………………」
その姿を見て、少しだけ落ち着きを取り戻し、ゆっくりと考えを纏めていく。
最初は罰ゲーム以外考えられたなかった恰好の女の子だったが、どうやら恰好はともかく、自分の気持ちを真剣に言葉にしているのは、告白の時の声を思い出せばわかった。
今だって、お面の下でどんな顔をしているかはわからないが、多分だけど彼女は、面の下で目をつむっているのだろう。
そうして、少し震えながら、俺からの応えを待っているのだ。
そう考えると、妙に愛おしい気持ちでいっぱいになった。
同時にどんどん顔が赤くなっていき、鼓動の音が大きくなる。
正直、最初に現実逃避で考えた性癖のくだりが尾を引いてるのは確実だろうが、それでも今、彼女に惹かれていた。
告白されたから好きになる。
自分がそんな単純な奴だとは思わなかったが、好意には好意を返したくなるもの。
だからこそ、すんなりと返事が出来た――もちろん、狼狽しないように必死に落ち着いたふりをしてだが。
「よろしくお願いします」
「ふぇ……い、いいんですか!?」
「ん? むしろこっちからお願いしようか?」
「~~~~っ!!」
声にならない声を出しながら飛び跳ねる馬の女子さん。
俺なんかと付き合えたからといってそこまで喜ばれると本気で照れくさい。
というか本当はこちらが飛び跳ねて喜びたいのだが、せっかく告白してくれた女の子の手前、かっこいい自分であろうと必死に落ち着きを保っていた。
――……しかしまあ、飛び跳ねても全くぶれない馬の面の安定感…………てかほんとにすげぇ、全然ぶれない、どうなってんのこれ。
「あの! とりあえず連絡先、いいですか!? 私、部活忙しいから今はまだ時間あんまり作れないですけど、その、通信アプリ! ……その、アレなら!」
「あ、はい……てかアレって。《DOOR》でしょ? もちろん、交換しよう。いつでも連絡して? 俺からもするから」
「~~っ! はい!」
そうして連絡先を交換して、一度解散することになった。
「じゃあ、あの、私とりあえずシャワー浴びてきます! また!」
「あ、うん……あーやっぱりちょっと待って!」
「はい?」
その場を離れようとした彼女を呼び止め、最後に聞かなきゃいけないことを聞く。
「その、さ…………………………その面は、どうして」
「あ……その、さっきも言いましたけど、私、朝練終わりに急いでここまで来たので……あの、髪も乱れてて、すっぴんで……えと、恥ずかしくて……」
「そっか……そうなんだ……あ、ごめんね! 恥ずかしいこと聞いて」
「いえ、いいんです! それじゃあ、後で連絡しますね!!」
「待ってる」
そして今度こそ、彼女の後姿を見送った俺。
その顔は満面の笑みだろう。
何せ人生初彼女が出来たことと、最後の最後に気になっていたことを聞けたことが何よりうれしいのだ。
「そうかそうか、すっぴんが恥ずかしいからお面を……何でお面を持っていたかは置いておいて、発想が可愛いなぁ……」
初めて出来た彼女の行動に、悶えるように言葉を漏らす。
あっさり即堕ちした自分の単純さを実感していると、ふと何か違和感を覚えた。
――……? しかし、何だろうか、何かを忘れている気がする。
「そう、大事な何か…………………………あれ?」




