36　Ｔ君

　色とりどりで、バランスも考えてあるような弁当。

　しつこく言うつもりはないので口には出さないが、これは本当にピクニックで食べたかったかもしれない。

　とりあえず、姫が期待と不安を宿した表情をしているので、おかずを一口。

「うん、うまい！」

「それ焼いただけのウインナー！」

「冗談でございますよ、姫様……では、腕前のわかるように卵焼きをいただこうじゃありませんか？」

「うっ」

「どっちとっても複雑そうな顔するじゃありませんか姫様？」

「だって……今更ながら大我くんはいつも料理する人だから、何気にハードルが上がってることに気が付いて……」

　え、そんなに俺の料理って上位存在として認識されてるの？

　確かに何年も自炊してるし、親の分も作ったりしてるけど、なんか凝ってるとかではなくて完全に主婦料理ですよ？

　余ったものがあるから適当に、的な料理よ？

「……むしろ今ので俺が作る料理のハードルがバカ上がりした気がする」

「ええぇ！？」

「俺はそんな大層なもの作らないってこと。まあ、ともかくいただきます」

「ど、どうぞ……」

　そして卵焼きを一口。

「ん……うまい！」

「ほんとっ！？」

「うん、うちと同じ甘い系の卵焼きだ。うん、好きな味」

　卵焼きは家庭によって全然味が違うから、ほんと面白い。

「よかったぁ……！　前にお母さんに教わっておいてよかったと心から思いました！！」

「急に敬語。ん……でもこの感じ、甘さは砂糖じゃない？」

「あ、うん。うちは砂糖じゃなくて蜂蜜で作ってるから」

「へぇ……砂糖の代わりに蜂蜜。面白いかも」

「えへへ……我が家の味でございます！　さ！　どんどん食べて！！」

「そうさせてもらいます」

　そのまま談笑しつつお昼が過ぎていった。

　食べ終わり、洗い物をどちらがするかで若干もめたが、結局二人ですることになった。

　うちのキッチンがそれほど狭く無くてよかったと思う。

　もめたといってもどちらも意地を張っただけなんだが。

　居間に戻って一息つく。

　姫をエビ天がどでかく寝転がってるソファの横に座らせて、俺は適当なクッションの上に座る。

　イカ天はどっか行った。

　――おうエビ天、お前のせいで俺は彼女の隣に座れなかったぞ！

「さて、洗い物も終わったけど、どうする？　正直うちは家の中で遊べるようなものもさしてないんだけど……」

　中学くらいからすでにこの半一人暮らしのような生活だったので、家に人を呼ぶことは多々あった。

　けれど、友達間の暗黙のルールとして『誰かの家に行くときは、お菓子やゲームは遊びに行く奴が持ってくる』というのがあったので、うちに物がなくても困りはしなかったのだ。

「えと……私は大我くんとお話ししてるだけで十分なんだけど……」

「ッ！？　そ、そう……」

　姫様は俺の心臓を狙ってるのか。

　――――…………あ、そうだ。お面の中身を知ろうとしてたんだった。

　もはやお面被ってることにさして違和感を持たなくなってたので、すっかり忘れてた。

　一瞬このままでもいいんじゃないかとさえ思ってたほど。

　でもさすがにそれはよくない、よな。

「あー……じゃあ、俺は姫の話を聞きたいわ。なんだかんだで知らないことのほうが多いし」

「私の？」

「そ。趣味は……もはや聞くまでもないから割愛するけど、勉強はどんな感じ？　そろそろテストが近いし、もしかしたら俺は姫に教えを乞うべき？」

「ぶー、別に趣味のことを詳しく話してもいいんだけどな？　……えと、お勉強かぁ……割と頑張ってるほうかな。……って大我くんそれほど成績悪くないって聞いたよ？」

「誰に……いや一人しかいないか。美琴……というか美琴のおばさんが色々情報漏らしすぎだな」

「それを言うなら美琴のお母さんに色々話しちゃう大我くんの問題じゃない？」

「言うではないか……」

「あはは……！」

　こう楽しく会話してると、やっぱり無理に知ろうとする必要はないのではないかと思える。

　実際、本当なら今日はお面をせずに来るつもりだったわけだし、放っておいてもいずれわかるんじゃないかと。

「まあそれでも、勉強に関しては、期待させてもらおうじゃないか」

「あー、大我くんがそれ(、、)言う？　私はもうそんな簡単に期待は背負わないよ！」

『――――でも！　皆の期待に応えなくちゃっ！！　皆――――』

「………………」

「ん？」

「あーいや…………じゃあ仕方ないな、勉強は出来るだけ自分で頑張ろう」

「私と一緒に頑張ればいいと思います！！」

「なるほど、一理あるな。……後は……陸上も好きだからやってるんでしょ？」

「うん！　それは前にも(、、、)話した(、、、)よね！　人のためって気持ちが強かったけど、ほんとは私自身が走るの大好きだって」

「……ぁ…………」

『――――ううん、違う。私は……きっかけはどうあれ、走るのが好き――』

　――……これ、は……。

「？　大我くん？」

「ん？　あ、ああいや……えっと、確か」

『私は、小さい頃身体が弱くて、お父さんやお母さんに心配ばかりかけて――』

「確か、子供の頃は体弱かったんだっけ」

「あはは、そうだね。今じゃこれ以上ないってくらい元気だけどね！！」

　ああやっぱり。

　やっぱり姫は、俺と前にも話したことがある。

　それもそんなに昔じゃない。

　お面に気を取られすぎたせいもあって、全く気付かなかったけど彼女は――――。

　――カチャ！　カチャ！

「ひゃわぃ！？」

「ん……姫の電話？」

「う、うん……ちょっとごめんね？　なんか連続でＤＯＯＲに連絡が…………ああぁっ！！」

　姫がソファから飛び上がる。

　しかし微動だにしないエビ天。

「ど、どしたどした」

「大我くんごめん！！　私今日夕方には家にいないといけなかったの！！　着払いの荷物届くからってお母さんにきつく言われてて！！」

「あー……てことは……」

「ほんとに、ほんとにごめん！！　私今日はもう……うぅ……もっと話したい……！！」

「いやいいよ。名残惜しいけどまたいつでも話せるしさ。送る？」

「ううん！！　時間迫ってるから走って帰るね！！」

　バタバタと焦るように準備する姫を苦笑いで手伝う。

　そして玄関へ。

　と、途中でイカ天がいたので抱き上げて、イカ天と一緒に姫を見送る。

「じゃ、今日は楽しかった。お弁当もおいしかったし」

「あ……うん！　私も楽しかった！！　また誘ってね！！」

「うん。今度は、外に行きたいかも」

「うぅ……！　最後にまた意地悪を……！　今度はちゃんとしますぅ！」

「くく……じゃ、またね」

「うん、また。イカ天ちゃんもまたね！」

　姫はそのまま急いで帰っていった。