32 T君
ギリギリ……間に合った。
姫がそそくさとお手洗いに行ってしまった。
でもなんか、用を足すとかじゃなさそうな感じだったけど。
猫が怯えてしまったことで、姫がまた気落ちしてしまうかと思ったが、そんな感じではなかった。
「……もしかしたら、お面を外して再チャレンジ……とか……?」
だとするなら、エビ天イカ天には申し訳ないが、とてもありがたい。
などと考えていると、ドアが閉まる音が聞こえたので、終わったらしい。
近づいてくる音に、かすかな期待を込めて姫の帰りを待つ。
そして現れたのは――。
『お待たせ!!』
――クアッカワラビーからライオンに顔をチェンジした姫だった。
また随分と出来のいいライオンだなぁ。
思わず、ガォォォオッ!!という効果音の空耳が聞こえたくらいだ。
――……いかん、お面を被ってることに違和感を持てなくなってる。お面自体の出来をまず気にするようになってる。
「えっと、姫……様? そちらのお面は……」
『これは《猫用求心全頭面――大伴猫》だよ! 万が一のために持ってきてあったの!』
「らーじばんにゃー」
『ううん! ちょっと違うかな。正確に発音すると……コホン、ラァァァァジバンニャァァァァ……だよ!』
「あ、それは正確に発音しないほうがいいかもね」
「? わかった」
「それで……お面をチェンジして、どうするの……?」
『ふっふっふ、このお面は猫用求心全頭面と言ったでしょ? これは、猫ちゃんと仲良くなるためだけに作成されたお面なんだよ!』
「はぁ……」
『軽く説明するね! まずこのおヒゲなんだけど、一つ一つが取り外し可能な猫ちゃん用のおもちゃなの! 好みのおもちゃは猫ちゃんそれぞれにあるから種類も豊富! 鬣は猫ちゃんが安らぎやすい触り心地を追及していて、頭の上で寝られても大丈夫! そしてこの鼻の部分には猫ちゃんの好きな臭いを自由にセット出来て、気に入られやすいように出来てるし、何よりすごいのは、このお面の喉の辺りにある装置を起動すると、研究に研究を重ねて完成した猫ちゃんが安らぐゴロゴロ音が鳴るように出来てるの!! これで猫ちゃんの心もバッチリだよ! しかもそれでもだめだった場合の最終手段として、この牙の部分にはそれぞれマタタビがセット出来るようになってるから、それでメロメロにすることも可能な優れものなんだよ!!』
「あ……はい。詳しい説明ありがとうございます」
『あ、後ね? 喉の辺りのもう一つのボタンを押すと……』
姫がそう言って、何かを操作すると、半開きだったライオンの口が大きく開いて――。
「じゃーん、これを被ったまま快適に食事できるんだよ!」
ライオンの喉奥に姫の口元が少し見えるようになった。
「お、おおー……確かにそれならそのままご飯食べれるし、さっきと違って口元が遮られてないから声がこもってないな……」
口を開く前のライオン面もクアッカワラビー面も、聞き取れないわけではないが、若干声がお面に遮られて、少しこもって聞こえていた。
――というかそうやって考えると、快頭、爛馬……だったか? あれはお面を被った状態なのにクリアに声が聞こえていた。式見先生までもが熱弁するだけあってやっぱかなり高性能だったんだな……しかもあれも口開くらしいし。
「でしょでしょ?」
俺の反応を聞き、自慢げな声を出す姫。
それはそれとして、ちょっとだけ聞きたいのだが。
「姫?」
「なになに!?」
「あの、ね? あんま言いたくはないんだけどさ…………そのお面はちゃんと持ってきて、化粧品忘れちゃったのかな?」
にっこり笑って尋ねる。
「…………………………」
無言で目をそらしだす姫。
俺はお面を掴んでこちらを向かせる。
――あー確かに鬣の触り心地いいな……じゃなくて。
「ひーめー?」
「その……お面だけは事前準備万端だったから……」
「うん、今後は優先順位ちょっとだけ考え直そうか!」
「はいー……ごめんなさいぃ」
「はい、許します。まったくもう…………姫は若干天然入ってるね?」
「うぐぅ……そんなことない、と言いたいけど、たまに友達から言われる……」
「ほらごらんなさい。まあ…………そこも可愛いからいいんだけどさ」
「かわ……っ!? ~~~~~~!!」
あ、やば、少し調子に乗りすぎた。
姫が照れを隠すように下を向き、俺は俺で、慌てて顔をそむけて、真っ赤な顔を隠す。
流れ的に軽いノリで話してたのに、急に空気が変わってしまった。
いや変えたのは俺自身なんだけども。
――もっとサラッと可愛いとか言いたいけど、言う度自分が赤くなってりゃ世話ないな……!
状況によりつつですが、次遅れるかもしれないです……いやだ、これ以上更新を後れさせたくない……。




