28 Kちゃん
『……お面の下の正体を知ろうと頑張るより、自分の記憶をたどっていった方がいいんじゃないのか……? つか……付き合ってもう何日もたつのに顔も名前も知らないってなんなんだ俺……』
さっきエースさんが呟いた言葉が私の中を巡る。
思わずボーっとして、走り出すエースさんとぶつかりかけてしまうほどに、驚く言葉だった。
――エースさんと姫ちゃんてお付き合いして……え、でも誰かわからないってどういう……さっき姫ちゃんの事姫って呼んでたのに……。
――名前も知らないって……姫って名前もあだ名とかと思ってるってこと……? ぜ、全然わからない……。
どうしてそんなことになってるのだろうか。
――……事の真相は姫ちゃんにあり、だね。
私は姫ちゃんの元に急ぐ。
あ、いた。
ちょうどお面取ってるところだ。
「姫ちゃん!!」
「え、小毬ちゃん? どうしたのそんなに走って」
「ご、ごめんちょっと気になることができて……その、耳かして?」
「うん……」
「その……姫ちゃんは、エースさんとお付き合い、してるの……?」
「ほひゅぇあ!?」
「どんな声を……」
とても動揺したような顔をした後、私を周りに人がいない場所に連れてって、こっそり話し始める。
「な、ななんで気づいたの……?」
「えっと、なんとなくだけど……その、どうやって……?」
「うぅ、私から告白を……というか、今詳しく聞いてくるの……?」
「うん、とりあえず最初から聞いていきたいと思ってる」
「思ったより聞いてくるね……美琴にばれた時はそうでもなかったから油断してた」
「み、美琴ちゃんにはもうバレてるんだ……」
「うん……お面被って一緒に帰ってるところ見られてて」
「お面を被って下校したの!? あ! もしかしてこの前、帰宅部でエースさんが即帰しなかった原因って!」
「や、やっぱり帰宅部は見ていた……う、うん。私がお願いして……」
「でもお面被っちゃったんだ……」
「うぅ……色々と恥ずかしくて……でも、その時被っていったのが私に幸運アイテムの快頭爛馬だから大丈夫だったよ!? ラブレターに名前を書くのを忘れたおバカな私が、告白に成功したのだって快頭爛馬のお陰と言っても過言ではないんだから!」
「………………え、姫ちゃん告白の場にまで被ってったの?」
「あ……だ、だって! 放課後はすぐ帰っちゃうのを見越して、朝早く呼び出したらちょうど朝練と重なって、汗だくのすっぴんで……み、見られたくなかったんだもん」
「き、気持ちはわからなくないけど……ちょっと待って、その、エースさんと一緒に帰った日の後から姫ちゃん陸上部の強化週間入らなかったっけ」
「そうなんだぁ、だから今日ちゃんと話したの久しぶりで……あ、DOORでは毎日お話ししてんだよ?」
「そ、そうなんだ……」
なんとなく、なんとなくだけどエースさんが落ち込んでいた理由が見えてきた気がするんだけど。
告白の時にもお面を被っていて、その後にあった時もお面を被ってる。
それで久々に会う今日もお面を被ってた。
もしかして姫ちゃんはエースさんに一度も顔を見せてない、とか。
――……だとするならお面被りすぎだよっ、姫ちゃん!
というか、どうしてエースさんはお面を被った状態の相手の告白を受けたんだろう。
「!? そうだ名前!」
「名前?」
「あ、うん……えっと姫ちゃん、エースさんに名前で呼ばれてたりする?」
「あ……えへへ……その、大我くんから何て呼ばれたいかって聞かれて……あ、私は大我くんて呼ばせてもらってるんだけど!」
「そ、そうなんだ」
「私も思い切って名前で呼んでもらおうかなって思ったけど、あだ名呼びも捨てがたくて……ひ、姫って呼んでもらってます」
「そっか……」
――姫ちゃんはそこでちゃんと名前を言ってるから、エースさんが言ってた名前がわからないというのが……はっ、ちょっとまって、さっきサラっとラブレターに名前書き忘れたって言ってたし、告白の現場にもお面被ってた……!
つまりエースさんは姫ちゃんの名前を知ることは出来てなくて、それをさりげなく確認しようとして、呼び名を聞いた。
そこで返ってきたのが、姫と呼んでほしいって答え。
「……もしかして、エースさんはお姫様呼びだと思ってる……?」
「小鞠ちゃん?」
それならエースさんの言葉の意味がつながる!
なるほど、姫ちゃんのウッカリとお面好きで出来た正体不明の女の子と、その女の子に告白されてどうしてかそのままOKして、その後もうまく問いただすことの出来ないエースさん。
こういう構図なんだね。
――……なんでそうなるのさ! どっちもおかしい! 姫ちゃんはお面をやめなさい! エースさんはちゃんと説明しなさい! もう!
「おーい、小鞠ちゃん……?」
――そうとわかれば今すぐでもこのこんがらがった状況を姫ちゃんに教えて……あ、でもはっきり伝えたら姫ちゃん傷つくかもだしエースさんも――。
「あ! そうだ小鞠ちゃん!!」
「うぇっ!? な、なに……?」
しまった、考え事してたせいで変な声出ちゃった。
「私、ずっと小鞠ちゃんにはお礼を言いたかったんだ! 小鞠ちゃんが告白してみたらッて言ってくれたおかげで、私は一歩を踏み出せたの。だから、ありがとう!」
「え」
そのお礼に、私の胸がドクンと跳ねる。
それで熱くなっていた頭がどんどん冷えていく。
「――…………………………あ……うん……」
「あ、私そろそろ練習戻るね! じゃまた明日!」
「………………………………うん」
姫ちゃんは笑顔のまま練習に戻っていった。
少し強い風が私を打ち付ける。
「そっか……そうだった……私が背中を押したんだった」
あの時は姫ちゃんの恋だけ応援するつもりで言った一言。
その言葉に嘘も偽りもない。
今だってそのまま姫ちゃんを応援するつもりでいた。
でも、姫ちゃんからのお礼を聞いたとき、私が背中を押したと聞いたとき、私の頭の中に、もう一人の友達の顔が浮かんだ。
私が姫ちゃんの背中を押したことで、姫ちゃんはエースさんに告白した。
それは、知らなかったとはいえ、美琴ちゃんの気持ちを考えない行為だ。
もしもあの時美琴ちゃんの気持ちも察していたら、迂闊に姫ちゃんの背中を押すことはなかったと思う。
そう思うと、どこか後ろめたい気持ちになった。
私が今、姫ちゃんにエースさんの状況をちゃんと説明していたら、二人は上手くいってより深い仲になったかもしれない。
説明を思いとどまったのは、美琴ちゃんの方も無視できないという私のエゴ。
「…………ごめん姫ちゃん、事情が変わっちゃった。私は、友達の片方だけを応援するなんて出来ないかな……出来れば、どっちの背中も押してあげたい」
私はそっと携帯を取り出し、DOORを立ち上げる。
MARI:美琴ちゃん、ちょっと話したいことあるんだけど……
感想欲し……お待ちしてます!




