19 T君
「……お、今日は一番乗り」
流石に二日連続早起きは出来なかったようで、村木は来ていなかった。
今日は本でも読んで過ごそうと席に着くと、思ったよりも早く後続が登校してきたような足音が。
「おっと、思ったより早い。僅差で誰か来たか?」
とりあえずこの時間に来ると言う事は概ね勝利の挨拶係を狙ってきたのであろう。
なのでここは勝ちを誇るために元気良く挨拶するべきである。
――ガラッ!
「おはよう! ……ございます!!」
あせった。せんせいだった。
よく考えればそっちの方が可能性高いのは明白だったというのに。
「ああおはよう。いつもだが鹿島は早いな」
そう朗らかに微笑むのは英語の教師にして陸上部顧問の式見先生。
英語の教師が美人女性教師と言うこれまたマンガやゲームで幾度となく登場してそうな役どころなもんで、初めて存在を知った時は驚いたものだ。
「あはは、なんとなく癖づいたものはありますね。先生は朝練ですか?」
今日は姫も朝練があると言っていたし、間違いないとは思うが、どうして教室に来たのだろうか。
「ああ、少し忘れ物を取りに来たら、物音がしたものでな。しかし、癖か。早起きすることが癖なんていい事じゃないか。無理しない程度で続けていきなさい」
「はい」
と、そのまま立ち去るかと思ったが、何やら動く気配がない。
「…………え、式見先生?」
「あ、いや。あー……昨日の下校の時間の事なんだが。鹿島、珍しく誰かと一緒に帰っていたろ?」
「? …………ッ!? ……ええ、はい」
気を抜いていたが、この人は陸上部の顧問でもあった。
お面を被っていたとはいえ、もしかしたら昨日俺と一緒に帰ったのが姫じゃないかと見ぬいているのでは。
そこから、まさかとは思うが姫との交際を訝しんでいるのでは。
「仲がいいのか?」
「はい、まあ……それが、どうかされました?」
「いや、その女子生徒だけど……………………………………かなりいい趣味してるなと思ってな」
「はい?」
――何か想像とは全然違いそうなワード出てきたぞ。
「遠目でしか確認できなかったがあれは間違いなく快頭爛馬。今手に入りにくくなっているあのお面を持っているとは……恥ずかしながら発見した時少し興奮してしまった」
「かいとう、らんま……?」
「なんだ、知らないのか? 老舗お面メーカー○○堂最新モデルの馬型高性能全頭面、快頭爛馬。基本設計のほとんどが工場での製造ラインが出来ているが、あの抜群の安定性を確立するための技術は職人の手作業が必要となる為、大量生産が難しく、入手困難なお面なんだぞ。ちなみに名前の由来は、完成にこぎつけるまでかなりの苦労や困難があったけれど、それを全て断ち切って出来上がったので、四字熟語の快刀乱麻と馬と絡めて名づけたらしい」
「そ、そうなんですか……ああでも、確かに飛び跳ねても全然ぶれてなかったな……」
「ふむ、やはり……ちなみに試行錯誤中の試作品の名は七天馬頭と言うらしいが……まあ、詳しくはその女子生徒に聞いてみるといいだろう。……それにしても羨ましい生徒だ……私も注文したけど、抽選に漏れてしまった……羨ましい」
そう言って式見先生は少しさみしそうに教室を後にした。
まさか姫以外にお面に詳しい人がこの学校にいたとは。
――というか、式見先生が訝しんでるとか考えてたやつは、どこのどいつだい! ……あたしだよ!!




