16 T君
「え? うそ……ほんとだ…………」
俺の驚きの叫びに色々テンパってた美琴もエビ天を覗き込む。
当のエビ天は何の夢を見てるのか寝ながら前足をチョイチョイさせていた。
それを確認した俺たち二人は、無性に可笑しくなり、一応エビ天を起こさないよう気を遣いながら声を押し殺して笑い合った。
とりあえずこのずぶとい猫のお蔭で、あの背もたれドンで変に気まずい空気とかにならずに済んだようだ。
そして一通り笑った後、先程の続きを話す。
「はー……あーっと、伊調のおばさんが言ってたのは、普通に成績とか学校楽しかったこととかほんとに他愛のない話ばっかりだから、焦る必要はないと思うぞ」
まあ、それでも年頃の女子が近況を同じく年頃の男子に報告されるのは確かに嫌かもしれんが。
「え? あ、さっきの……」
「うん。というか、おばさんの事だから、そっちの家とかでも俺の話してたりしない?」
「…………する……」
――やっぱりかい。
妙に私生活の話題を出されてるなとは常々思ってた。
「まあ、俺が聞かされてる美琴の話も、多分そっちで聞かされてる俺の話と同じようなもんだと思うから……」
「ええっ……そんなに…………?」
「え。そっちの家で俺どれだけ掘り下げられてんの?」
「……さあ?」
姫もそうだけど、どうして俺の評判ははぐらかされるの。
「……まあ、いいか。よし、時を戻そう…………何の話だっけ…………えーと、そう! お猫様たちの事がそんなに気になってたの? って話だ!」
かなり記憶を巻き戻した。
「……その、エビちゃんイカちゃんとは別に、少し…………」
「? なんぞや?」
美琴は少し言いよどみ、意を決したように口を開いた。
「……あの子と……付き合って、るの?」
「へ?」
「だから! その、今日一緒に帰ってたじゃない……」
その言葉に、脳裏に浮かぶ――馬の顔。
恐らく姫の事だろう。
「えーと…………」
ふと頭をよぎるのは、姫としては付き合っていることは隠しておきたいのかもしれないと言う考え。
特にそう言ったことは言われていないが、確か姫の所属している陸上部はかなり力の入った部活。
だとするなら男女交際はいろいろ問題があるのかもしれない。
――それならお面をかぶり続ける理由にもなるし、俺に言わなかったのは気を悪くすると思ったからとか? ……だったら隠しておいた方がいいだろうか……。
と、俺の僅かな葛藤をどうとらえたのか、美琴は慌てて言葉をつけたした。
「その! 別に付き合ってるからなんだって話なんだけど! その……ちょっと気になって! 私の大事な友達だから! でも、その、直接本人に聞くのは何かアレだなって思って……えと、まだ聞きやすい方に……」
「そ、そっか……」
――……そうか、姫の事が大事な友達か……なら、ここは正直に話した方がいいのかもしれない。
仮に姫が付き合ってる事実を隠してたとしても、友達である美琴なら誰かに言いふらしたりしないだろう。
俺の幼馴染はそのあたりの気は使える子だ。
「えっとな――」
待てよ。
今、若干勢いに押されてしまったが、大事なことを言われなかっただろうか。
そう、大事な友達と言う事は、美琴は姫が誰か――お面の中身を知っていると言う事だ。
これは想定外の好機。
しかしそれを口にして聞くことは出来ない。
何故なら今さっき美琴は姫を大事な友達と言った。
つまり俺は現状、幼馴染の大事な友達の、顔も名前も知らない状態で付き合っていると言うことになる。
それはさすがにいかがなものかと。
多分それを聞いたら美琴は怒る。
下手したら姫にもそのことが知られ、傷つけてしまうかもしれない。
それは避けねばならない。
「……『えっとな』……何よ……」
「え? あー、その……いや、何か照れくさくて……」
「……てことは」
「うん、付き合ってる……と言っても付き合い始めて二日目だけどさ」
「………………………………………………そう」
「でも、その……一応黙ってておいてほしいんだ。姫が付き合ってることを隠してるかもしれないし」
「……姫」
「う……よ、呼び方に関しては深くツッコむなよ……とにかくその辺はまだ確認してなかったから」
「…………わかってる。部活の事でしょ……確かに大会前に色恋沙汰とか、陸上部の顧問の先生あんまりいい顔しないみたいだし……」
やはり部活関連の予想は当たっていそうだった。
「ふぃ……助かるよ」
「別に……でも、一つ聞いていい?」
「ん?」
「なら何で付き合ってるって正直に言ったの? 別に付き合ってないって言えばそれで終わったのに」
「いや、姫の事を大事な友達って言ってたから、そう言う相手には隠し立てしないで言っておいた方がいいかなって……それに、俺にとって美琴は、たとえ疎遠になってたとしても、大事なことを話せる、信頼出来る相手だと思ってたから」
それを聞いた途端、妙に複雑そうな顔を見せた後、美琴は大きく息を吐いた。
「はぁぁぁぁぁぁ……なんかもう……どうしたらいいのさ……もぉ……」
「み、美琴……さん? …………みこちゃーん……?」
何やら俯き加減でぼそぼそ呟いてる幼馴染に恐る恐る声をかけるが、すぐに顔をあげ一言。
「帰る」
「え、あ、はい」
唐突に帰る宣言をされました。




