11　T君

　あっという間に放課後である。

　そりゃそうだ。

　俺は一日放課後の事しか考えてなかったから、時間なんてあっという間だ。

　おかげで今日の授業は何も覚えてない。

　明日は色々と復習しないと。

　それはさておき、昨日までの疑問が今日ハッキリする。

　――あの子が誰かハッキリする。

「……今のままじゃなんとなく申し訳ないからな……いや正体隠されてるのはこっちだけども」

　なんだろうか非常に緊張する。

　昨日体育館裏に足を運んだ時の倍は緊張する。

「……こういう時はどうするんだっけ？　手のひらに全って書いてのみ込むんだっけ。全てをのみ込む男的な」

「鹿島くん！　お待たせ、しました！」

　――来た……一応、全をのみ込んでおこう。

「いや、別に待って…………………………な、いよ？　えっと、授業終るのはみんな同じだし」

　馬。

　待ち合わせ場所に現れたのは昨日に引き続き馬。

　思わず激しくツッコミを入れそうになったところを必死にのみ込んだ。

　そう、事前に全てをのみ込んだことが功を奏したのだ。

「あはは、そうですね！　じゃ、行きましょうか！」

　そして今日も今日とて説明はない。

　――……実はあれか？　俺が知らないだけで、今女子高生の間でお面が爆発的な大ブームなのか？　みんな実は一つは持ち歩いてるものかな？

　言われるがまま彼女と並んで歩きつつ、周りの声に耳を傾けてみる。

「……馬？」「え、なに、罰ゲーム？」「あはは！　何あれ！　ウケる！　超欲しい！」「馬………………馬！？」「馬の被り物……どゆこと！？」「……まさか快頭爛馬！？」「どういう趣旨のゲームなのかな！？」

　――うん、どうやらそういう訳じゃないらしい。

　しかしちらほら笑ってる生徒や訝しんでいる生徒もいるけど、ほとんどは驚愕のリアクションだ。

　当然と言えば当然だけど、何か一人違う驚き方した人いた気がするような。

「えと、何か騒がしい、ですね」

「え？　あー……そうかもね」

「多分私のせい……ですよね」

　自分のせいで注目されてるかと少し体を強張らせる彼女。

　なので冗談交じりに可能性の一つを上げる。

「いや、もしかしたらいつも真っ先に帰宅する俺がこの時間までここにいることが異常なことして、この学校の秘密組織に認識されてる可能性も……」

「ふふ、それもあるかもですね！　………………それもあるかもですね……」

「何故二回言ったの？」

「……さぁ？」

　一回目は笑いながらなのに、二回目は何か思い当たる節があるみたいな雰囲気出すからちょっと怖くなっちゃう。

　とはいえ、少し話して固い雰囲気がとれた感じがしたので、そのまま理由を尋ねる。

「で、目立ってしまうって自覚があるうえで、どうして今日もお面を？」

「え？」

「え？」

「……あ、あー……！　そっか……お面被ってたから目立ってたんだ……わー、恥ずかし……」

　――もしやお面は目立つことに関係ないという認識でしたか？

「えっとー」

「ご、ごめんなさい！　なんか変な勘違いしちゃって……！　それでその、このお面は……その色々と別の恥ずかしい点が……」

「？　また急いできたとか？」

「そうじゃないんです！　その……帰る前に鏡を見たら、私の顔…………鹿島くんと一緒に帰るってこと考えるだけで、ニヤケ顔が収まらなくて……あの顔はちょっと見せられないな……って」

「え、それだけ？　全然気にしなくていい……というかむしろ俺なんかと一緒に帰るだけでそんな喜んでもらえるとかこっちがニヤケ顔になりそうなんだけど」

「そんな嬉しい事言わないでください！　それとほんとに見せられないの！」

「ええ？　俺としてはそのお面を取って、ちゃんと顔を見せてほしいけど」

「ダメですぅ。今日は帰るまでこれを外しません！」

「そうか……」

　――そうか、外してくれないのか……なんかこう、色々と想定をミスったな……。

　元々、一緒に帰る段階で顔をちゃんと見て、自分が誰と恋人になったか知るつもりだったので、現状は想定外もいいところだ。

　正直この段階で「君は誰？」と尋ねるのは彼女を傷つけてしまう可能性が大きいので絶対にやってはいけない。

　別の方法を考えなければ。

「えと鹿島くんの家っておっきなスーパーの向こうですよね？」

「そう、だけど……何故それを？」

「友達に聞いたんです！」

「友達に……」

　自分の住所を知ってそうな人が友達の女の子。

　この線で探るのはどうだろう。

　いや、せっかく二人きりで帰っているのに他の子の話題を出すのはダメだ。

　別の手を考えよう。

　――というか……。

「えっとさ、聞いてもいい？」

「はい？」

「敬語。告白してくれたときは普通に話してたのに、付き合うってなった後から急に敬語になったのは何かあるの？　敬語で話してる時もちょこちょこタメ語が出てくることがあったから、多分いつもは敬語じゃないんでしょ？」

「……言われてみれば意識してなかったです。なんだろう……」

「俺としては普通に話してくれる方が嬉しいから、敬語はとってもいいと思うけど」

「そっか……わかり――った！」

「わかりった」

「もう！　……もしかして昨日ＤＯＯＲで言ってた聞きたいことって今の？」

「え？　……あー……いや、別」

　そうだった。

　ちょっとだけ「もう！」の可愛さに気を取られていたが、昨日のアプリで名前を聞くのを断念した時『明日会ったとき話したい』って打ったんだった。

　――顔見えないのにこれって、俺、もしかしてちょっと声フェチの気もあるのか……？

　それはさておき、昨日のアプリでの質問、本当は正体《知りたいこと》は分かった上で、他愛のない事を聞くつもりだった。

　だがどうだ。

　どうもこうも、この様だ。

　とっさに別に聞きたいことがあると言ってしまったので、何か聞くべきだ。

　彼女も首（馬）を傾げている。

「……そう、呼び方……呼び方！　ずっと君を何て呼ぼうか考えてた。せっかくだし希望を聞きたくて！」

　――我ながら起死回生の一手！　これなら自然に名前を聞ける！！

「よ、呼び方！？　そ、そんなの鹿島くんの好きに呼んでいいよ！」

「いーや。ここは本人の希望でいきますとも。ちなみに俺は苗字より名前で呼んでほしいなぁ。あだ名でも可」

「なまえっ！？　あだな！？　うぅ……じゃあ私は――――」