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骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第13部更新中!】  作者: 雨宮ソウスケ
第3部 『太陽と月の姫』

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第三章 太陽の娘。月の少女②

 ……パチリ、と。

 早朝。

 蓬莱月子は、おもむろに目を覚ました。

 天井が見える。そこは、彼女の部屋だった。

 二年前。月子の親友が用意してくれた居場所だ。


(また、あの日の夢)


 父と母を亡くした日。

 そして後に親友になる少女と、自分の後見人になってくれた老紳士に出会った日。


(……あの日から、もう三年……)


 月子は、ベッドから体を起こした。 

 彼女は今、パジャマ姿だった。月と兎をプリントした可愛らしいパジャマだ。

 しかし、丈がかなり短い。彼女の体に全く合っていなかった。

 これは、三年前に母からプレゼントされた物なので仕方がない。

 ただ、それも踏まえても合っていないのが……。


(……あ)


 月子は眉をひそめた。 

 また、胸元のボタンが取れてしまっている。

 しかもボタンがどこかに無くなっている。寝ている間に飛んでしまったようだ。

 月子は小さく嘆息して、ベッドから降りて立ち上がった。 

 途端、同世代では驚くほどに大きな双丘が軽く揺れた。


「……やっぱり重いよ」


 素直にそう思う。

 これは、月子の最近の悩みだった。

 身長はまだ百四十ぐらいで全然伸びないのに、ここ数ヶ月で、胸だけが著しく成長しているのである。多分、母の血の影響だと思うが、同世代でここまで大きな子はいない。

 このままだと、下着をもう一つ上のDに変えなければならないぐらいだ。

 月子は、胸元を片手で抑えて「あうゥ」と呻く。


 親友が、少し羨ましかった。

 彼女はスポーツブラを愛用していて、とても動きやすそうだからだ。


 そもそも、大きな胸など訓練では邪魔でしかない。

 クラスの男子たちに、変な眼で見られるのもかなり嫌だった。


(こんなところまで、お母さん(マーマ)に似なくてもいいのに)


 月子は、部屋の片隅に置いてあるスタンドミラーに目をやった。

 そこに映るのは、十二歳の少女の姿だ。

 温和な顔立ちに、優し気な眼差し。うなじ辺りでカットした髪はふわりとしており、まるで兎が柔らかな耳を垂らしているような愛らしさがある。 

 肌は雪のように白い。

 だが、それはある意味で当然だった。彼女の髪の色は光沢を持つ淡い(ゴールド)。瞳の色は、輝くようなアイスブルーなのである。月子の母はアメリカ人。彼女は白人とのハーフなのだ。


 母は時々、ルーナの愛称で月子を呼んでいた。

 月の明るい夜に生まれたから『月の子(ルーナ)』と。


(……お母さん(マーマ)


 母との日々を思い出し、少し目尻に涙が溜まる。

 あの日、どうにか助かった月子だったが、その後はさらに悲惨だった。

 総裁を失った蓬莱財閥は、内外両方の権力争いで瞬く間に瓦解。月子が受け継いだ両親の遺産は、まるでハイエナのごとく身内によって喰い尽くされた。


 月子に残されたのは、ほぼその身一つだけだった。

 いや、その身さえも、後見人である叔父の手の内にあった。

 スリムだった父の弟とは思えないほどに、不摂生が祟った肥満体の叔父。

 昔から叔父は、出会うたびに月子の横髪に触れてきた。その都度、寒気がしていた。あの頃から、月子には、叔父の瞳が、まるで蛇の眼差しのように見えていた。


 父と母を失い、身内は裏切り者だらけ。

 最も近い血縁者である叔父に至っては――正直、ゾッとした。

 叔父は、月子の親権にこそ、最も固執していた。


 ……幼心に、恐怖を覚えた。

 だが、そんな時、救ってくれたのが火緋神家だった。

 月子の窮地を知った燦が、救いの手を差し伸べてくれたのである。


『あたしを助けて欲しいの。あたしの隷者(ドナー)にならない?』


 あの日に見せてくれた笑顔のまま、再会するなり、燦はそう言った。

 月子は、訳が分からなかった。 

 ドナーということは、体がどこか悪いのだろうか?

 気遣いながらそう尋ね返すと、燦は『あはは!』と笑った。


 そうして、燦は語った。

 この世界には、引導師(ボーダー)と呼ばれる存在がいることを。

 未練を持つ亡霊――我霊(エゴス)に引導を渡す輪廻の守護者たち。

 燦の一族は、それを生業とする家系の一つとのことらしい。


 まるで漫画か、アニメの中のような話だった。


 けれど、月子は知っていた。

 あの沈みゆく船の中で、燦や老紳士が不思議な力を使っていたことを。


『ちょっと調べたんだけど、月子って、あたしの次ぐらいに凄い魂力の持ち主なの』


 燦はそう告げる。

 誰もが持つ魂の力――魂力(オド)

 話を聞くと、月子の魂力は、312もあるらしい。

 燦を除けば、火緋神家の直系の中でも並ぶ者はいない。

 それは一般的に、『麒麟児』と呼ばれる者の量とのことだ。


『どう? あたしの隷者(ドナー)――ううん。互いに支え合う、あたしの相棒(バディ)になってくれない?』


 燦はそう言った。

 だが、流石に月子は悩んだ。

 誘われているのは、尊くはあっても、間違いなく危険な世界だ。

 即答することなど出来ず、一週間は悩み抜いた。

 ただ、このまま蓬莱家に残っても、良くて(・・・)政略結婚の道具にされるだけの人生である。

 何より、月子は、燦のまるで太陽のような笑顔に魅せられていて……。


『……うん。よろしくね』


 燦の手を取った。

 その手は、とても温かかった。

 親権に関しては、叔父がかなり強硬な手段にも出たのだが、落ち目になった財閥など、政権にさえ影響力を持つ火緋神家の財力と権力の前では敵ではなかった。 

 結果としては、燦の教育係でもあったあの日の老紳士が月子の後見人となり、彼女は引導師の世界へと足を踏み入れることになったのである。 


 しかし、やはり、容易な世界ではなかった。

 なにせ、魂力においては群を抜いていても、月子は戦闘においてはド素人なのである。

 最初の頃は、簡単な術もなかなか習得できなかった。性格が向いていたこともあって治癒系の術だけは上達したが、やはり系譜術を持ち合わせていないのが致命的だった。 


 自分は、戦闘には向いていない。

 そう悩んでいると、何人もの男の人が優しく声を掛けてくれた。

 少し年上から、特に大人の人が多かった。


 ……どうして、ここまで親切にしてくれるのか?

 月子が困惑していると、


『月子に近づくな! 光源氏系ロリコンどもめ!』


 燦が気炎を吐いて、彼らを追い払った。

 その時、初めて第二段階の隷者の話を聞いて、月子は顔を赤やら青やらに染めたものだ。そして引導師の世界ではハーレム、逆ハーレムが公認になっていることにも心底驚いた。

 月子を、自分の隷者として望む者は相当多いらしい。

 火緋神家の直系はもちろん、分家から他家まで。引く手数多とのことだ。

 それほどまでに、月子の魂力の量は、群を抜いているのである。

 何かにつけて、次々と声を掛けてくる男の人たち。

 あの叔父のことを思い出して、兎のように震える月子に、 


『大丈夫よ! あんな奴らの好きにはさせない! 月子はあたしの相棒なんだから!』


 燦はそう言ってくれた。 

 そうして月子に近づく輩を、ことごとく駆逐したのである。 


「……ふふ」


 月子は口元を抑えてクスクスと笑った。 


「燦ちゃんは、出会った頃から全然変わらないなぁ……」


 懐かしむように瞳を細める。

 そんな燦の期待に応えるために、月子はさらに修練を積むのだが……。


「……けれど」


 我知らず、溜息が零れ落ちる。

 正直なところ、現状の成果は芳しくない。

 師でもある養父が中国武術の達人でもあったので、体術もかなり上達した。治癒術に至っては系譜術にも近づけたと思う。


 しかし、どうしても、そこが限界なのだ。


「……系譜術(クリフォト)に代わる何かが欲しいな。例えば……」


 ――何かの道具。

 実力を底上げするには、相性のよい霊具を手にするのが一番だった。

 過去の事例を紐解けば、月子と同じような、系譜術を持たない市井の出でありながら、霊杖の使い手として名を馳せた引導師もいるらしい。

 さらに挙げれば、最近では、術式そのものをアプリ化もさせている。

 様々な術式をお手軽に購入できるのである。系譜術は確かに強力ではあるが、なくとも工夫次第では戦うことも可能な時代だった。


 それを理解しているからこそ、燦も月子をこの世界に誘ったのである。

 だがしかし、自分の命を預けるような霊具ともなると――。


「一体、どんな物がいいのかな?」


 と、頭を悩ませていた時だった。

 不意に電子音がした。机の上に置いていたスマホの着信音だ。

 手に取ると、そこには親友の名前が記されていた。


「……もしもし?」


『あ、おはよう。月子』


 聞こえてきたのは、やはり親友の声だった。

 月子は微笑み、「おはよう」と返して、しばし些細な談笑を交わした。

 そして、


『あ、そうだ。今日、放課後、百貨店(ストア)にいかない? 何か入荷されてるかも』


 燦が言う。

 月子は目を細めて、口元を綻ばせた。 

 ――昔から、燦ちゃんは本当にタイミングがいい。 

 丁度、探し物をしたかったところである。

 一拍おいて、


「うん。行こ」


 そう答える月子だった。

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