誠太郎のダンジョン攻略
あれから俺は、どうすれば強くなれるのか考えた。
結論から先に述べるなら――レベルを上げて物理で殴れ、である。
だが、問題はレベルを上げる方法――強くなる方法だ。
そもそも、効果的な方法など思い付かない。
ならばどうするか?
人に聞けば良い。
「――それでわしのところに来た、と」
「はい」
俺が頼ったのは、宮廷魔法使いのゴドウィンさんだ。
王国の頭脳とも呼ばれているらしく、この人なら何かアイデアがないかと考えた。
「結論から言おう。――そんなものはない」
「そんな!」
「まぁ、聞きなさい。効率的に強くなる方法は、これまでも多くの人間が考えてきた。君たちを鍛えてくれた教官たちがいるね? 彼らが教えてくれている方法こそが、もう答えなんだよ」
つまり、俺たちは最初から効率の良い方法を実践していた、ということだ。
それで結果が出ていない俺はどうすればいいのだろうか?
落ち込む俺を見て、ゴドウィンさんが微笑む。
「さて、問題は誠太郎君の場合は当てはまらない、ということだ」
「当てはまらない?」
「君はこの世界に迷い込んだ初日に数多くの魔物を屠っている。それも、中には幹部級まで存在していた。簡単に言ってしまえば、君は大量の経験値を得ていたはずだ。ダンジョンから戻って、体調を崩さなかったかな?」
「苦しかったです」
「だが、君はこの世界に迷い込んできたばかりの頃は、丸二日眠っていただけだ。本来なら、もっと酷い痛みにのたうち回っていてもおかしくはない。それがなかったということは――君の場合、異能自身が足を引っ張っている」
「え!?」
「仮説の段階だが、君の鎧は魔石や素材を大量に必要としている。同じように、経験値も鎧の方が吸い上げているのではないかと考えている」
経験値は人だけではなく、道具にも蓄積されていくと聞いた。
それが強く、複雑な道具であればあるほどに経験値を吸い上げていく、と。
黒騎士の鎧はパワードスーツ――経験値を大量に吸い上げる道具の究極系だろう。
「そ、そんな! なら俺は、他のみんなよりも強くなれない、ってことですか!?」
「このままいけば、そうなる。鎧を使わずに魔物を倒せば別だろうけどね」
強くなるためには、黒騎士の鎧を使えないのか。
だが、強い鎧を使わずに戦う俺では――何の取り柄もなくなる。
「――誠太郎君は最後まで人の話を聞いた方がいいね」
「はい?」
「何も落ち込む必要はない。武具にも経験値は宿る。そして、強力な武具であれば、吸い上げる経験値も増える。それならば、もっと強い敵を倒せばいい」
「強い?」
ゴドウィンさんは王都にあるダンジョンについて説明してくれた。
「地下三階まで攻略すれば、冒険者としても兵士としても一人前と言われる。地下五階を攻略すれば、一流の仲間入りだ。騎士にスカウトされる場合もある」
ダンジョンは奥に進むほどに出てくる魔物の数が増え、より強力になっていく。
ボスも同様だ。
「地下七階までは攻略された。地下八階が最前線ということになるが、バリス王国ではそこから先に進んだ者がいない。――七階のボスになれば将軍級の強さだ。そこまで行けば、君にも経験値が手に入ると思わないか?」
「地下七階ですか?」
「君が本気で目指したいなら、わしも個人的に支援を約束しよう。実は地下八階で手に入る素材がどうしても欲しくてね。ただ、最近は優秀な冒険者パーティーが出払っていて、思うように手に入らないのだ」
この人、自分の欲望のために俺を利用するつもりなのだろうか?
しかし、これは大きなチャンスだろう。
「――やります」
「うむ! 期待しているよ。さて、手始めに鎧を使って地下三階を目指してもらおうか」
「え? もっと先に進むのでは?」
「細かく状態を確認しておきたいからね。君の鎧にも興味があるんだ」
頬を赤らめて迫ってくる男――俺はゴドウィンさんから距離を取った。
「こ、怖いですよ!」
「痛くしないから大丈夫だ。グフフフ――七十を過ぎても、魅力的な対象がいて嬉しく思うよ」
「魅力的って! ――え、ちょっと待ってください。七十?」
「そう、七十だ。わし、見た目はこれでも七十歳だよ」
「――嘘でしょ」
「本当。よくご婦人に若さの秘訣を聞かれるよ」
異世界って凄いな。
◇
ダンジョン攻略を成功させてから、訓練は自主参加となった。
人数を集め、許可を得ればいつでもダンジョンに挑めるようになったのだ。
施設で暮らしている生徒たちは、小遣い稼ぎにダンジョンに挑んでいる。
また、訓練を受けていない生徒たちも――時折参加していた。
「あれ? 新藤は今日もダンジョン?」
「そうみたいよ」
「ここのところ、毎日じゃない?」
そして、施設では何かと話題の誠太郎は――ここ最近、ダンジョンにばかり挑んでいた。
美緒は更衣室で訓練着に着替えており、周囲には女子生徒たちが着替えを行っている。
自由参加となり、これまで訓練を受けてこなかった生徒たちも施設を利用できるようになったのだ。
美緒が着替え終わると、誠太郎の元クラスメイトたちの話し声が聞こえてきた。
「ねぇ、聞いた? 瀬田君、奴隷にされちゃったって」
「酷いよね。元の世界ならもっと穏便に終わらせるのに」
「ほら、新藤って異能持ちじゃない。だから、瀬田君は厳しくされたって」
誠太郎が異能持ちで優遇されており、瀬田はそのために奴隷にされたという噂が広がっている。
バリス王国には法律があり、それに照らし合わせて瀬田の行いが裁かれている。
だが、それを聞いても、元クラスメイトたちは納得していなかった。
――納得したくないのだ。
元クラスメイトたちは、誠太郎を下に見ており瀬田を許してやるべき――という意見が多い。
(――馬鹿な連中)
苛立ちながら訓練場に向かおうとすると、会話に浦辺が加わった。
美緒は聞き耳を立てる。
「でもさ~、新藤ってこのままいけば大金持ちだよね?」
冒険者になれば、一攫千金も夢ではない。
兵士になれば、そのまま騎士への道が開けて出世するだろう。
誠太郎の成功は約束されているようなものだ。
「――今から仲良くする?」
「その方が良くない? うちのクラスの男子たち、みんな一般コースを選んでいるから出世出来ないよ」
「でも、新藤だよ? あいつ、オタクで気持ち悪いよ」
ただ、浦辺の意見は違うようだ。
「なら、私は狙っちゃうね。幸い、誠太郎とは幼馴染みだし」
「狡い! あんた、瀬田君と仲良かったのに!」
「あんなことをする人は嫌いよ。それに、付き合っていたわけじゃないし」
誠太郎と幼馴染みである浦辺の話を聞いて、美緒は腹立たしくなり心の中で悪態をつく。
(――誰にでも体を許す軽い女ね)
そして、浦辺が美緒に聞こえるように、わざと声量を上げる。
「誠太郎も、利用しようと近付く女より私の方がいいに決まっているからね。昔からの知り合いだし、気が楽な方を選ぶでしょ」
美緒は――黙って更衣室を出る。
女子たちの声が聞こえてくる。
「あの人もうまく新藤に取り入ったよね」
「見ていて白々しかったけどね。露骨に媚びてる、って感じがさ」
「性格悪いよね」
最後に聞こえてきたのは、浦辺の楽しそうな声だ。
「止めなよ。聞こえるって」
◇
王都バルクスのダンジョン――地下六階、階層ボスの部屋。
「この野郎!」
ドーム状の階層ボスの部屋は、広さで言えば野球が出来そうなほどだった。
出てくる階層ボスは、八メートルはある牛の頭部を持つ――ミノタウロスだ。
大きな角。
二本の足で立ち、上半身は筋肉がバキバキだ。
両手に戦斧を持って、振り回して暴れ回る。
単純な戦闘方法だが、下手な小細工が通用しないタフな魔物だ。
しかも、これで幹部級――まだ上がある。
拳銃で撃ち抜いたのは、ミノタウロスの指示で動いている魔物たち。
ケンタウロスたちだ。
ケンタウロスたちは、その手に槍やら弓を持って俺を追い詰めようとしてくる。
ミノタウロスの前に引きずり出す役割なのだろう。
その数は六体。
身長だけなら三メートルはあり、こいつらだけでも非常に厄介だ。
何しろ、動きが素早い。
銃の引き金を引くが、弾丸は外れて壁にめり込みひびを生やしていた。
「また外した。のわっ!」
後ろに回られ、蹴飛ばされた俺はその場に転がる。
後ろから来ているのは見えていたが、俺自身の反応が遅れていた。
「――駄目だ。もうこいつを使うか」
立ち上がって追いかけてくるミノタウロスから逃げ回りつつ、亜空間コンテナを開いた。
そこから出てくるのはサブマシンガンだ。
二丁を取り出し、周囲にばらまくように撃つと三体のケンタウロスが倒れて燃えはじめる。
当たればどうにかなる。
一発ではどうにもならないが、何発もぶち込めばケンタウロスたちでも倒せてしまう。
その調子でケンタウロスを先に倒した俺は、弾倉を交換する。
交換するのは、亜空間コンテナから出現したアームだ。
素早く弾倉を取り替えてくれると、亜空間コンテナが消えた。
サブマシンガンをミノタウロスへと向けて、引き金を引く。
だが、流石にミノタウロスまで一撃とはいかない。
いくら弾丸を浴びせても、ミノタウロスは体を傷つけ血を噴き出しながら迫ってくる。
「――これだと駄目か」
サブマシンガンを手放すと、素早く亜空間コンテナが出現して回収する。
俺が手に取ったのは――ブレード。
刀だ。
刀の効果は、刃の届かない範囲も斬れることだ。
エネルギーを消費して、斬撃を飛ばせる。
黒騎士の鎧のパワーもあって、その範囲は広い。
ミノタウロスが戦斧を横に振り抜いてきたので、飛び上がって避ける。
マントが翼のように広がり、空中でゆっくりと――浮かんだ。
刀を振り下ろす動作を行えば、ミノタウロスの額に切れ目が入り――そのまま左右に両断される。
地面に着地した俺は、燻るように燃えていくミノタウロスを見ながらブレードを亜空間コンテナに戻す。
「これで、地下六階も攻略だな。というか、広すぎるんだよ」
ボスを倒すだけなら簡単なのだ。
しかし、階層ボスの部屋に辿り着くまでが長い。
地下に進むほど、迷路も広くなっていく。
何か乗り物を用意したいが、ポータルでは運べない。
下に降りる階段も移動できないため、乗り物を用意するのは難しかった。
自転車ならいけるだろうが――ダンジョンで自転車はどうなのだろうか?
「何か乗り物がないかな。そう言えば、フィギュアの中にバイクがあったな」
黒騎士の四輪バイク。
黒騎士の鎧が再現されたのだから、そちらも再現できないだろうか?
そんなことを考えていると、地下へと続く扉が開いた。
◇
「地下七階への到達、おめでとう!」
ダンジョンから戻ってきた俺を出迎えたのは、ゴドウィンさんだった。
「――俺の部屋で何をしているんですか?」
「君の帰りを待っていたんだよ。さて、少し調べさせてくれ」
そう言って、ゴドウィンさんはすぐに俺の状態を確認した。
パワードスーツを脱ぎ、簡単な検査を受ける。
血を少量だけ渡すと、それを液体の入った試験管に入れた。
「――経験値が僅かだが手に入っているね」
「本当ですか!」
喜ぶ俺に対して、ゴドウィンさんは難しい表情をしていた。
「だが、地下六階でこれだけだ。地下七階でどれだけ期待できるか分からない」
「やっぱり、厳しいですかね?」
「いや、経験値は手に入っているんだ。これを続ければ、間違いなく君は強くなれるだろう。効率を考えると、地下七階でも心許ないけどね。前人未踏の地下九階に踏み込めるなら、満足できる経験値を獲得できるんじゃないかな?」
まだ、誰も辿り着いていない地下九階。
地下八階の階層ボスを倒して、そこに踏み込めば――俺は強くなれるはずだ。
「地下六階はまだ余裕でした」
「それはいい。次回は地下七階を攻略しよう」
「それはそうと、ちょっと気になったことがあるんです」
「何かな?」
俺は自分の荷物の中から、フィギュアを取りだした。
手に取ったのは、黒騎士の四輪バイクだ。
「ミニチュアか」
「俺、能力を手に入れた時、黒騎士のフィギュアを握っていたんです。だから、こいつも実体化できなかな、って」
こいつが実体化できれば、凄く楽になる。
ダンジョン内の移動も楽になるからだ。
もっとも、いきなりうまくいくとは考えていなかった。
ゴドウィンさんにアドバイスをもらおうと、こうして相談している。
「なら、外に出て試してみよう」
二人で外に出て、フィギュアを前にあれこれ相談していた。
俺が黒騎士の鎧を身にまとい、そしてフィギュアを手の上に乗せると――。
『獲得するためには魔石、素材、モンスターソウルが必要です。保有している物を利用して出現させますか?』
――という、文章がモニターに表示された。
「え? あ~、うん」
実行すると、フィギュアは消えて――俺たちの目の前に四輪のバイクが出現した。
一発で成功してしまった。
ゴドウィンさんが興奮している。
「これは凄い! フィギュアを実体化したのか? いや、フィギュアを元に造りだしたのか? もっと調べたいね。もしかして、こちらで用意したフィギュアを実体化できるのかな? そうなったら凄い発見だ!」
「あ、あの――」
「誠太郎君、君の能力は実は別の物である可能性が出て来たよ! 本当に君はわしを飽きさせないね!」
興奮して、俺の話を聞いてくれそうになかった。




