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階層ボス

 ダンジョンに入って数時間。


 地下一階の攻略だが、思うように進んでいなかった。


 とにかく――広い。


 地下に広大な迷路があると思って欲しい。


 時折、ドーム状の大きな部屋があり、そこで休憩している班とも何度も出会った。


 今もそうだ。


「そっちの道は行き止まりだったぜ。俺たちはこっちを目指すんだ」


 意気揚々(いきようよう)と簡易地図を片手に持って説明しているのは、瀬田だった。


 話を聞いているのは、美緒先輩と藤代さんだ。


 俺が近付くと、瀬田は嫌そうな顔をして情報交換を嫌がる。


 藤代さんが俺たちの持つ情報を提供する。


「こっちは行き止まりでしたよ。こっちにはいくつかの班がいましたから、魔物が少ないですね」


「本当? いや~、助かるよ。それより、君たちも大変じゃない? 新藤って本当に役に立たないだろ? こいつ、訓練の成績もしたから数えた方が早いし」


 ヘラヘラと笑っている。


 瀬田の仲間が、その態度に嫌悪感を示すのだった。


「おい、止めろよ。協力するのがマナーだぞ」


「――何だよ?」


 瀬田に睨まれた男子が顔を背けた。


「何で俺に命令しているの? お前、俺より弱いって分かっているの? さっきの戦闘で活躍したのは誰だよ?」


「け、けど」


「いいから黙って従えよ。こんなの、コミュニケーションの一つだ。ねぇ、それより俺たちと一緒に行動しない? 君たち三人だけなら、いつでも受け入れるよ」


 軽薄そうにしているが、瀬田は運動神経がいい。


 訓練でも上位の成績だった。


 ダンジョンに入ってからも同じようで、活躍している様子だ。


 同じ班の仲間が悔しそうにしている。


 少し離れた場所でその様子を見ている俺と姫島さんは、蚊帳の外に置かれていた。


「あの人、今回の課題の目的を忘れているのかしら? 班で行動して、班同士の協力は最低限、って話だったわよね? もしかして、私たちの課題を邪魔したいのかしら?」


「――姫島さん、瀬田が見ているよ」


 姫島さんの言葉に、瀬田は引きつった笑みを浮かべている。


「確かに課題としては失敗だろうが、こんなのはバレなきゃ良いんだよ。くそ真面目に課題をこなすよりも、応用力を身につけた方がいい。そっちの真面目だけしか取り柄のない馬鹿は、一生人に騙されて生きていくのさ」


 俺のことを馬鹿と言いやがった。


 確かに瀬田より成績が悪く、馬鹿と言われても言い返せない。


 それに――言い返すのが怖かった。


 いっそ黒騎士の力を使ってやり返してやりたいが、それをすると大好きなヒーローを汚した気分になるので嫌だ。


 顔を背けると、平手打ちをする音が聞こえてきた。


 瀬田の頬を引っぱたいたのは――美緒先輩だった。


「セイ君を馬鹿にするのもそこまでにして」


「――痛っぇな」


 剣呑な雰囲気を出す瀬田を見て、俺は美緒先輩に守るために近付いた。


 瀬田が俺を見て鼻で笑う。


「お前は運が良いよな。お前のお仲間を退学させてやった時も、一人だけ運良く助かったもんな。今も黒騎士の力で可愛い彼女が出来たじゃないか」


「瀬田――お前!」


 友人たちの話題を出され、腸が煮えくりかえる思いだった。


 手を握りしめていると、瀬田が近付いてくる。


「何だ? 友達の仇討ちも出来ないのかよ? ――調子に乗るなよ、雑魚が」


 瀬田の拳が俺の頬を殴った。


「っ!」


 美緒先輩が、口から血を流す俺を心配する。


「セイ君! ――貴方、本当に最低よ」


 ただ、瀬田は笑みを浮かべていた。


「最低なのはどっちだよ?」


 その言葉に、美緒先輩はたじろいでいた。


 瀬田は一人で部屋を出ていくと、班の仲間が申し訳なく思ったのかペコペコ頭を下げて追いかけていく。


 その様子を見て、姫島さんが肩をすくめていた。


「わたくしたちも先に進みましょう」


 俺は様子のおかしい美緒先輩に視線を向けた。


 美緒先輩は俯いている。


「――美緒先輩?」


「な、何でもないわ」


 美緒先輩が歩き出すと、俺たち三人もそれに付いていく。



「あの男、本当にろくでもないわね!」


 プンプンと怒っている姫島さんが、先程から瀬田について文句を言っている。


「嘘の情報を教えるなんて何を考えているのかしら? そんなに新藤が憎いのかしら?」


 藤代さんは呆れ顔だ。


「憎いんじゃないですか? ――というか、何をしたらあそこまで憎まれるんですか?」


 俺が何かしたのではないか?


 そういう目を向けてくるので、俺は事情を話す。


「知らないよ。あいつらとはあまり話さないし、関わりたくなかったから近付かなかった。気に入らない俺が、異世界で凄い力を得たから腹が立つんだろ」


 姫島さんが俺を見る目は、呆れを通り越して冷たいものになっている。


「貴方、本当に鎧だけしか取り柄がないのね」


「え?」


「ここは日本じゃないのよ? 多少の喧嘩なんて、叱られておしまいよ。それなのに、友人を馬鹿にされてやり返しもしない。本当に貴方が何もせずに、瀬田が一方的に悪いなら――どうしてやり返さないの?」


「そ、それは――」


 頭に浮かんだ答えは素直だった。


 俺は瀬田が怖かったのだ。


 それに、今はお互いに武器を持っていた。


 もしも、瀬田が武器を手に取ったら――俺は殺されていたかもしれない。


 殺されると分かった俺は、黒騎士の鎧で逆に――殺したかもしれない。


 そうなるのが怖い。


 姫島さんは俺に冷たかった。


「本当に鎧がないとなにも出来ないのね」


 すると、話を聞いていた美緒先輩が姫島さんを睨み付ける。


「――いい加減にして。セイ君だって頑張っているのよ」


「美緒先輩」


 庇ってくれる美緒先輩が、まるで女神のように見えた。


 ただ、気分が悪そうにしている。


 藤代さんが溜息を吐いた。


「ゴールまでは仲良くしましょうよ。ゴールしたら、好きなだけ喧嘩をしてください」


 姫島さんは、藤代さんの言葉にまで噛みつく。


「嫌よ。わたくしは、こんな女と関わりたくないわ。時間の無駄だもの」


 雰囲気は最悪だった。


 その後も俺たちは会話を最低限しか行わず、地下二階への入り口――階層ボスの部屋に辿り着いた。



 階層ボスの部屋は、次の階層の入り口がある。


 ボスを倒したら先に進める仕組みだ。


 一度入ると、出入り口は閉ざされてしまう。


 ボスを倒すと、地下二階への階段が出現する。


 ただし、地下一階へは戻れない。


 地下二階に入れば、近くにポータルが設置されている。


 ポータルは階層を移動できる便利な装置だ。


 エレベーターだと思って欲しい。


 ただ、搭乗者が辿り着いた階層までしか送り届けてくれない。


 一度登録してしまえば、次からは地下二階の入り口付近からスタートできる便利な装置だ。


 ――ボスの部屋の前には、俺たち以外の班がいた。


 自分たちの順番を待っている。


 彼らの会話が聞こえてくる。


「あ~あ、部屋から出る時に戻れたら、何度もボスを相手に出来て効率が良いのに」

「そうなると、ボスの部屋の前は渋滞するって」

「何か裏技的な攻略法でもないかな?」


 効率の良い稼ぎ方を探そうとするのは、誰しも同じだろう。


 それが生活の糧を得るためなら、なおのことだ。


 しかし、世の中はそう簡単には出来ていない。


 ボスだが、最低でも「隊長級」が出てくる。


 兵士級の一つ上の階級で、同種の魔物よりも強い。


 手に入る素材や魔石も、同種よりも価値が高くなっている。


 攻略法を見つけ、何度も挑戦して荒稼ぎ――というわけにはいかないのが、辛いところだ。


 もう一度戦おうと思えば、地上に戻って入り口からスタートしてここまで辿り着くことになる。


 ――ここに来るまでに、何キロも魔物がウロウロしている迷路を歩いているのだ。


 凄く面倒だ。


 これなら、先に進んだ方が効率的だ。


 ボスの部屋の入り口が開くと、俺たちの前にいた班が中へと入っていく。


 待っている間、俺たちに会話はない。


 姫島さんが喋って、藤代さんが付き合っているだけだ。


「ねぇ、後輩」


「何ですか?」


 こんな出だしで、どうでもいい会話をしている。


 ただ、少し気になる話をしていた。


「わたくしの部屋の隣が最近たまり場になって五月蠅いの。後輩の部屋と交換しない?」


「――嫌ですよ」


「なら、一緒に寝かせて。五月蠅くて寝られないのよ」


 たまり場? 何のことだろうか?


 俺が不思議そうにしているのが気になったのか、姫島さんが呆れた顔をする。


「貴方知らないの? 周りのことに少しも興味がないのね」


「え?」


 俺は美緒先輩を見るのだが、少し戸惑った後に視線をそらされてしまった。


「あ、あの、何があるんですか?」


 藤代さんに助けを求めるが、視線をそらされる。


「知らないなら別にいいんじゃないですか。まぁ、新藤先輩らしいですけどね」


「いや、教えてよ」


 三人とも知っているのに教えてくれない。


 すると、ボスの部屋のドアが開いた。


「あ、開いたわね。わたくしが一番乗りよ!」


「ねぇ、ちょっと!」


 美緒先輩が俺の背中を押した。


「ほ、ほら、その話は後にして、さっさと部屋に入るわよ」


 押し込まれて中に入ると、ドーム状の部屋の中央にゴブリンがいた。


 隊長級――違いがあるとすれば、大きさが一回り大きく、金属の盾と斧を持っている。


 斧は大きな戦斧で、着ている防具も他の個体より質がいい。


 そして、三体のゴブリンを従えていた。


 隊長級のゴブリン――ゴブリンリーダーが雄叫びを上げると、三体が俺たちに向かってくる。


 姫島さんが一番前にいたゴブリンに槍を突き刺し、そのフォローに藤代さんが入っていた。


 二人は息がピッタリのように見える。


 俺の方もロングソードを抜いて近付いてきたゴブリンに振り下ろす。


 首を狙ったが肩に刃が深く斬り込み、抜き出して今度は突き刺そうとした。


 ここに来るまでに何度も戦ってきたおかげか、最初の頃より慌てなくなっている。


 抵抗するゴブリンの心臓に刃を突き刺し、力で押し込む。


 苦しむゴブリンが息絶えると、燻るように燃えていく。


「や、やった!」


 勝利に喜んでいると、美緒先輩の声がする。


「セイ君!」


 顔を上げるとゴブリンリーダーが俺に方へと跳びかかってきた。


 大きな斧を振り下ろそうとしており、ロングソードで受け止める。


 金属同士がぶつかり、火花が飛び散る。


 そして、ゴブリンリーダーの持っていた盾で殴られ吹き飛んだ。


「のわっ!」


 すると、俺の前に美緒先輩が立つ。


 俺を守ってくれている。


「早く立って!」


「は、はい!」


 姫島さんが槍で攻撃すると、斧や盾を使って防いでいた。


「あら、普通に強いわね」


「感心していないで、もっと攻めてくださいよ」


 藤代さんの方は、ゴブリンリーダーの隙をうかがっていた。


 そして踏み込むと見せかけ、ゴブリンリーダーの意識を向けさせる。


 その隙に姫島さんが槍で突き、ゴブリンリーダーは傷が増えていく。


「セイ君、いける?」


 美緒先輩に言われ、俺は頷く。


 殴られた場所は痛いが、黙って見ていられない。


 ボスとの戦いだが――基本的に弱い俺たちが執れる手段は一つだ。


「いけます!」


 二人に加勢する形で、ゴブリンリーダーを囲んでたこ殴りである。


 四方を囲んで攻撃を繰り返すのだ。


 ロングソードを何度もゴブリンリーダーに叩き付ける。


 盾で防がれるが、その間に槍、レイピア、短剣がゴブリンリーダーを突き刺していく。


 数は力だと、これでよく理解できた。


 ゴブリンリーダーが燻るように燃えて消えていくと、俺たちは息を切らしていた。


「つ、疲れた」


 汗だくだった。


 かなり厳しく鍛えられてきたおかげで戦えたが、本当に疲れた。


 美緒先輩が俺に飲み物を手渡してくる。


「セイ君、かっこよかったわよ」


「あ、ありがとうございます」


 美緒先輩も疲れているだろうに、俺には笑顔を絶やさない。


 こんないい人がいるとは、今でも信じられない。


 すると、地下二階へと続く入り口が開く。


 石同士が擦れるような音が聞こえ、階段が見えて来た。


「これで終わりですね。さっさと戻りましょうか」


 藤代さんは転がっている魔石や素材を回収するために動き出し、俺たちもそれを手伝った。


 ただ――レア物が見つかる。


「あ、これ――」


 それはモンスターソウル――滅多に出ないドロップアイテムだった。


 ゴブリンのモンスターソウルだ。


 ただし、階層ボスの討伐後には必ず出てくるらしい。


 そのため、ゴブリンのモンスターソウルはそれなりに出回る。


 出回るが――やはり少ないらしく、高値で売れる。


 藤代さんが荷物から小さな本を取り出し、ゴブリンのモンスターソウルの効果を調べていた。


「人に宿せば、体力が少し増えると書いてありますね。武具につければ頑丈になるみたいですよ」


 姫島さんは興味がなさそうだ。


「パス! その程度なら必要ないわ。売ってお金にした方がマシね」


 美緒先輩も同じ意見のようだ。


「そうね。道具も借り物だから使えないし、今はお金の方が欲しいから売って四人で分配しましょうか」


 自分に宿せば効果も出るが、この先を考えると安易に宿すことは出来ないな。


 俺たちは売り払うことにした。


「そうしましょうか」



 地下二階の入り口には、先に到着していた班がいた。


 怪我をしている人もいるが、全員が生き残っている。


 俺たちが最後だったようで、それを確認した鬼教官と教師が今回の探査の終了を宣言した。


「今回はこれで終了だ。戻ったらよく食べてから寝ろ。それから、明日は体がきついだろうから、訓練はナシだ」


 それを聞いて、大勢が喜びの声を上げた。


 教師が呆れた顔をする。


「喜ぶのはまだ早い。明日は訓練以上の地獄を見ることになると覚悟しておきなさい」


 周囲が騒がしい。


「それより、今日の稼ぎはどうする?」

「外に出て甘い物が食べたい!」

「遊びに行こうぜ! カジノがあるって聞いたぞ」


 随分と盛り上がっている。


 今回の報酬は、班ごとで違いもあるが一人数万円程度にはなる。


 使えるお金が増えるというのはありがたい。


 美緒先輩が俺の手を握る。


「セイ君、今度の休日に遊びに行かない?」


「もちろんいきます!」


「良かった。この前にもらった髪留めのお礼をしたかったの。何を選んだら良いのか分からなかったから、二人で選びたいな」


「――美緒先輩」


 せっかくの稼ぎを俺のために使ってくれるなんて――なんていい人なんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 姫の好感度上昇中
[一言] 今作もヒドイン無双な悪寒
[一言] 前回はよかった姫島さん(主人公とは同い年ですよね)のお叱りも 今回のはただキツいですかね 美緒先輩を応援したい……が罪悪感が長引く 主人公が美緒先輩の打算を知ったらショック受けるのかが心配…
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