モンスターソウル
魔王級の撃破。
その知らせを受けて、王都から逃げ出した人たちが戻っていた。
来た道を戻り、安堵の表情を浮かべている人たちがいる。
中には、絶望した顔をしている人もいる。
魔王級は撃破したが、王都は壊滅して更地に戻ってしまった――と聞けば、暗い表情にもなる。
一部は王都では暮らせないと知り、このまま他の土地へ移り住むと決めた人たちもいた。
そんな人たちと一緒に戻るのは――愛梨と香苗の二人だ。
「まったく、倒せるなら倒せると言って欲しいわね。無駄に今後のことを悩んでしまったわ」
愛梨はいつも通りだ。
香苗はその姿に呆れている。
「新藤先輩が倒してくれたみたいですし、ここは素直に喜びましょうよ」
「喜ぶ? 後輩は何も分かっていないわね。大変なのはこれからなのよ」
香苗は分かっているという顔をする。
「何もかも吹き飛んだみたいですから、復興とか大変そうですよね」
しかし、愛梨は違うと言う。
理解していない香苗に不満そうで、プンプンと怒っている。
「領土拡大を狙って世界中が争っているような時代なのよ! バリス王国なんて、首都が吹き飛んでこれから大混乱よ。周辺の国が放っておかないわ」
運が良いのか悪いのか、人類共通の敵である魔王級は撃破してしまった。
倒したのは誠太郎だ。
「狙われるってことですか? でも、新藤先輩がいるんですよ? うちだったら、怖くて他の国が手を出せないと思うんですけど」
「後輩はお馬鹿ね。新藤よ。あの新藤なのよ。強いかもしれないけれど、いくらでも弱点があるわ」
暗殺、ハニートラップ、その他にも色んな手段を考えられる。
黒騎士の鎧は強いかもしれないが、新藤個人は人間だ。
どうとでもなる。
お馬鹿と言われた香苗は、ムッとして愛梨から顔を背けた。
「何が言いたいんですか?」
愛梨にだってこれから先のことが分からない。
「これから先は、この世界で色々と動きがある、ってことよ。何が起きるのか、わたくしにも想像できないわ」
「――なら、予想できない先輩もお馬鹿確定ですね」
「ちょっと! 後輩と同じにしないでよ!」
はい、はい。と返事をした香苗は、愛梨を軽くあしらいながら歩くのだった。
◇
目を覚ますと、知らない部屋にいた。
随分と豪華な部屋で、ベッドも大きい。
「あれ? 俺、どうなったんだっけ?」
頭がボンヤリしている。
確か――そうだ、竜王を倒した後だ。
急に目眩がして気を失ったような――気がする。
「ここ、王城なのか?」
きっと俺を運んでくれたのだろう。
気になるのは、パジャマのようなものを着用していることだ。
あの時の俺は裸だった。
そして、こんなことを気にしている場合ではないのかもしれないが――あの場にいたのは男ばかりだった。
俺を着替えさせたのは、野郎ということになる。
俺は男たちに自分の股間を見られたのか――何というか、仕方のない状況だが恥ずかしくて仕方がない。
起き上がろうとすると、声がかけられた。
「あら、起きたのですか?」
そこにいたのは、以前に会ったことのあるメイドさんだった。
口の悪い人だったし、特徴的な髪色だったので覚えている。
紫色のショートヘアーに、赤い瞳――今日着ているメイド服も、王宮で見かけるほかのメイドさんたちと違っている。
「また貴女ですか。――散々に言われた、最初の頃を思い出しますね」
「嫌そうな顔をしていますね。でも、そんな顔をしたいのは私の方ですよ」
「相変わらず口が悪いな」
「根が正直なもので、申し訳ありません。不器用なのです」
「嘘を言うな!」
不器用と言えば何でも許されると思うなよ!
あと、絶対にわざとだ。
ちょっと嬉しそうにしている。
「まぁ、いいじゃないですか。それにしても、無事に生き残れて良かったですね。相打ちなら英雄譚として吟遊詩人たちが一生語り継いだでしょうに」
「俺が死ななくて残念、って聞こえるんですけど?」
「あら、思ったよりも察しが良いのですね。思っていたよりも察しが良いのですね。凄いですね、誠太郎様」
二度も同じ事を言う必要があるのか!?
笑顔で俺を褒めているが、内容が俺を貶している。
息をするように毒を吐く女だ。
やっぱりメイドは三次元よりも二次元に限る。
リアルメイドは駄目だ。
「ところで誠太郎様、胸にあるソウルの証はドラゴンロードのもので間違いないでしょうか?」
「み、見たのか!?」
「着替えさせたのは私ですから。もう、誠太郎様のお体で、知らない場所はありませんよ」
男に裸を見られたとは別の羞恥心に襲われる。
「な、何を言って――」
「あ、嘘ですよ。別に見たくありませんし。ただ、胸元から見えているので、気になっただけです。もしかして、嬉しかったですか? 私に裸を見てもらえず残念でしたね」
――こいつ本当に何なの!?
「そうだよ。いつの間にか、こうなっていたんだ」
「何とも不思議な話ですね。あのドラゴンロードの魔石や素材も残っていないそうですから、今後は大変ですね。復興のための予算が少しでも欲しい時に、貴重な魔王級の魔石や素材がないのですから。――本当に知らないのですか?」
「知らないよ。目を覚ました時には、何もなかったんだから」
メイドは酷く落胆した表情を見せてくる。
「ま、仕方がありませんね。それでは、私は忙しいのでこれで失礼させていただきます」
メイドが部屋から出ていく。
くそ! 何て酷いメイドだ。
だが、リアルメイド――外見は本当に良かったな。
あれで中身もまともなら、最高だっただろうに。
俺は天井を見上げる。
「――生き残れたか」
本当に死ぬかと思った。
だが、最後まで自分を貫けたと思うと、誇らしくもある。
これも黒騎士のおかげだ。
左手を見ると、ブレスレットがちゃんとある。
「ありがとな。俺は――お前のおかげでヒーローになれたよ」
お礼を伝えたかった。
黒騎士の鎧は借り物でもなく、本当に俺自身の力だったのだ。
心のどこかで負い目があったが、それがなくなった気がする。
ベッドから出て、部屋にあった鏡の前に立った。
「まだ、ちゃんと動くかな?」
竜王を倒し際はボロボロで、ほとんど形を留めていなかった。
心配になってくる。
「――変身」
鏡の前でポーズを決めると、左手からマントが出現して俺を包み込む。
それがパサッと広がってしまえば、そこには黒騎士の姿が――姿が――あれ?
「あれ!? 何か少し変わってない!?」
黒騎士の鎧は無事だったのだが、どうにも細部の変化が見られる。
一度粉々になったせいだろうか?
体を動かしてみると、以前よりもしっくりしていた。
「何か変化でもあったのかな?」
モニターを確認すると、パワードスーツの修理やら補給のために消費した魔石や素材を表示している。
大量の魔石と素材を消費したのか、保管していた分を使い切っている。
それよりも問題は――強化のために消費した、と表示されている魔石と素材だ。
「ドラゴンロードの魔石と素材各種? え、もしかして――いつの間にか吸収していたの!?」
ないと思っていたら、黒騎士の鎧が吸収していたようだ。
おかげで完全復活できたようだからいいが、これをどうやって説明すればいいのだろうか?
「か、勝手に使って怒られないよな?」
先程のメイドが言っていた。
復興のためにこれから予算が必要なのだから、手に入れた魔石や素材は売るべきだったとか何とか。
いや、あれば楽だったの、か?
「俺はどうしたらいいんだ? いや、待て。倒したのは俺だから、俺が使っても良いはずだよね? で、でも、みんなで手に入れた勝利なのに――あぁ、どうしたらいいんだ!」
本当に困ってしまった。
誰かが部屋のドアをノックしたので、俺は黒騎士の鎧を脱いでしまう。
「は、はい!」
見られたくなかったというか、隠したというべきか。
すると、部屋に入ってきたのは――。
「殿ぉぉぉ!!」
――拓郎だった。
「拓郎、お前!?」
戻ってきたのかと言う前に、拓郎に抱きつかれてしまった。
拓郎は涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっており、俺のパジャマが汚れてしまう。
「お、おい!」
「殿ぉぉぉ! 良かったでござる。また会えたでござるよぉぉぉ!」
俺は拓郎の頭を撫でてやった。
「馬鹿野郎。また会えるって約束しただろうが」
あの時は嘘を吐いたつもりだったが、今はこうして約束が果たせて良かったと思う。
拓郎が離れると、パジャマが酷く濡れてしまった。
俺は上着を脱ぐ。
「借り物なのに汚すなよ」
「ごめんでござる。はっ! と、殿、その入れ墨はいったい!?」
拓郎が俺の胸に宿った、ソウルの証を見て驚いた顔をしていた。
「あ、これ? 実は――」
よく考えなくても、竜王のモンスターソウルだよな?
コレも一緒に取り込んだのだろうか? え、俺の意志に関係なく取り込むとか、ちょっと怖いんですけど。
◇
美緒は、誠太郎にどんな顔をして会うべきか悩んでいた。
今は眠っているそうで、邪魔してはいけないと部屋の前まで行っては引き返すという行動を繰り返している。
「――どうしよう」
自分がここまで恋に奥手だとは思っていなかった。
心臓がバクバクと音を立てている。
ドアノブに手を伸ばし、やっぱり引っ込める。
「ま、まだ、寝ているよね?」
今まで何度も男子から告白されてきた。
街で何度もスカウトを受けたことがある。
自分の容姿に自信がない――とは言わないし、外見は悪くないとは思っていた。
追う側ではなく、追われる側だとどこかで思っていた。
(落ち着こう。様子を見るだけ。静かにすれば問題ないから)
誠太郎が無事だとは聞いていたが、心配で仕方がなかった。
今すぐにでも自分の目で確認したい。
ゆっくりとドアノブを握り、そして回してドアを開ける。
「セイ君? は、入るわよ」
ドアを少し開けると、そこから声が聞こえてきた。
「殿、かっこいいでござる!」
――拓郎の声だった。
(は? 何であんたが私より先にいるの? あと、セイ君が起きたの!?)
ドアを急いで開けて中の様子を確認すると、胸にタトゥーを入れた誠太郎がポーズを決めていた。
「だろ! 俺もそう思っていたんだ。デザインが良いよな! でも、正直に言うと、宿るなら腕とかの方が良かったな。こう――封印された力、的な!」
「分かる。分かるでござる! しかも、モンスターソウルならば本当に力が宿っておりますぞ。リアルな紋章ですぞ! 包帯で封印せねば!」
興奮している二人が、何を言っているのか美緒には理解できなかった。
「封印された力とかカッケェ!」
「殿はカッケェ!」
二人して盛り上がっている。
美緒は毒気が抜かれ、これまで悩んでいたのが馬鹿らしくなった。
(本当に馬鹿な子なんだから)
そして、部屋に入ると誠太郎に怒鳴る。
「怪我人が動き回らない!」
「キャァァァ! って、美緒先輩!?」
誠太郎が胸を両手で隠した。
「あんたは乙女か? 男なんだから気にしないの」
「で、でも、恥ずかしいです」
本気で照れている誠太郎を見て、美緒は頭が痛くなってくる。
「男が乳首を隠さない」
渋々と誠太郎が手を下ろすと、以前よりも筋肉が付いていた。
胸にあるドラゴンを描いたような模様を見る。
「それ、どうしたの? 彫ったの?」
「いや、何て言うか――モンスターソウルですよ」
「使ったのね」
「かっこいいでしょ?」
ポーズをとる誠太郎を見ているが、緊張感が緩んでしまう。
だが、美緒は涙が出て来た。
「馬鹿――でも、本当に――生きていてくれて良かった」
美緒がポロポロと涙を流すところを見て、拓郎は気を利かせてそっと部屋を出て二人だけにする。
二人になると、泣いている美緒を前にして誠太郎が困っていた。
どうしたらいいのか分からないのだろう。
誠太郎の気持ちを大体察してしまう美緒は、自分から抱きつく。
「――本当にごめんなさい。私――私は――!」
「美緒先輩。――もういいんです。俺、好かれるような男じゃないのは分かっていましたから。散々浮かれて、迷惑もかけましたし」
美緒は顔を上げて、困ったように笑っている誠太郎の顔を見る。
美緒は誠太郎にお願いをする。
「――もしも許してくれるなら、もう一度だけ側にいることを許してください。今度は――今度こそ、私を好きになってもらえるように努力します。だから、お願い。もう一度だけ、私にチャンスをください」
誠太郎は顔を真っ赤にして、何度も頷く。
「も、もちろんです!」
「ありがとう。セイ君」
美緒は今までの作り笑いではなく、心から笑みを浮かべることが出来た。
◇
部屋の外。
拓郎は誠太郎の部屋から去って行く。
「殿――良かったでござるね」
誠太郎の恋が叶ったことを喜びながら、一人歩いていた。
すると、興奮した感じのゴドウィンが拓郎の横を通り過ぎていく。
「ん? 今の御仁は宮廷魔法使い殿では?」
ただ、そんなゴドウィンは――誠太郎の部屋に入って大声で叫んでいた。
「誠太郎君! ドラゴンロードを倒したんだって! その時の話を詳しく教えて!」
拓郎は唖然とする。
(と、殿のせっかくのチャンスがあぁぁぁ!!)
誠太郎の甘い時間は、ゴドウィンによって潰されてしまうのだった。
そして、ゴドウィンを止められなかったことを、拓郎は後悔するのだった。




