竜王
バイクに跨がる俺は、王都から出発しようとしていた。
見送りに来たのは――拓郎だけだ。
「殿、本当に戦うのでござるか? 皆、危険だと言っていましたぞ」
他の見送りは王国の関係者ばかりだ。
「お前もさっさと避難しろよ。何、大丈夫さ。なんたって黒騎士の鎧だからな!」
強がってみせると、拓郎も安心する。
「そ、そうでござるな! ――きっと、戻ってきてくだされ」
「任せろ――じゃあな」
バイクのエンジンを唸らせると、門が開く。
ゴドウィンさんが近付いてきた。
「誠太郎君、悪いがわしは奇跡など信じない。――君に何かあれば、後はわしの方で何とかする。悪いが、時間を稼いでくれ」
王都から使者が連合王国へと向かっている。
封印に必要な素材を手に入れるためだ。
それを手に入れるまでの時間を稼げ――そう言っていた。
「最悪首都は放棄する。そのための避難も進めているよ」
「俺が勝つとは思っていませんね?」
「奇跡などない。あるのは結果だけだ。君が勝てる結果を、わしは導き出せない」
「ヒーローですから、奇跡は起こして見せますよ」
「それは素晴らしいね。――本当に、ヒーローが欲しいよ」
俺は確かに偽物だが、黒騎士の力は使える。
何としても倒してみせるさ。
「いきます」
「健闘を祈る」
四輪バイクが走り出し、俺は王都から急速に離れていく。
◇
迷い人の教育施設。
大慌てで避難の準備が進められていた。
「荷物は最小限にしろ!」
教官たちの怒鳴り声が聞こえてくる。
そんな中、美緒も荷物をまとめて部屋を出た。
「本当に嫌になるわね」
異世界で数百年に一度の災害――魔王級の出現に出くわすなど、運がないと思う。
逃げる準備を済ませ、皆が集まる訓練場に向かった。
すると、そこには自分を裏切った元友人と――告白してきた男子がいた。
二人は抱き合っており、ここ数ヶ月で親密になったのが美緒にも理解できた。
二人を視界から外そうとすると、元友人が美緒に気付く。
「美緒!」
「――何よ?」
駆け寄ってくる元友人に、美緒はとても冷たく接していた。
元友人も負い目があるのか、気まずそうにしている。
「お、怒らないでよ。あの時は仕方がなかったのよ。でも、助かったんだし」
「話したくないの。それより、用件は何?」
「――美緒、鍛えているんだよね? 強いのよね? 実は、外に出ると魔物がいて危険なんだって。だから、美緒に守って欲しくて」
王都の外に避難しても、そこにも魔物が出現する。
身を守るために、美緒を利用しようとしていた。
「自分の身は自分で守れば?」
ただ、美緒はそんな元友人を見捨てるのだ。
男子も近付いてくる。
「おい、その態度は酷いだろ! 俺たちは、戦う力がないんだよ」
「鍛えれば良かったじゃない。私のせいじゃないわ」
かなり焦っている様子の二人に、美緒はどこまでも冷たい。
「あんたたちの面倒を見るなんてごめんよ。私は一人でも生き残ってやる」
「――美緒、変わったね」
元友人がそう呟くと、美緒は胸倉を掴み上げた。
「そうさせたのはあんたたちじゃない! 私はそのせいで――」
その続きを口に出せなかった。
――そのせいで大事な人を裏切ったのだ、と言えなかった。
騒いでいると、近くに浦辺たちがいたのか話し声が聞こえてくる。
「新藤も終わりだってさ」
「あ~、その話は聞いたよ。絶対に勝てない相手に挑むんだって? 馬鹿だよね」
「雪菜、あんた見送りは?」
友人たちに話を振られた雪菜は、荷物を抱えて首を横に振る。
「は? 嫌よ。どうせ死ぬんでしょ? こんな事になるって分かっていたら、優しくなんかしなかったのに」
誠太郎が魔王級に挑む話は聞いていた。
今日はその出発日だったはずだ。
美緒は顔を出すことが出来なかったが――浦辺は、見送りできたはずだ。
元友人たちを無視して、美緒は雪菜に近付く。
そして力一杯の平手打ちをした。
浦辺が倒れると、話をしていた友人たちが口開けて唖然とする。
叩かれた浦辺は、最初はわけも分からない顔をして――美緒の顔を見てから、ようやく理解したのか激怒した顔をする。
浦辺が見上げる形だ。
「何をするのよ!」
「あんた、あれだけセイ君に世話になっておきながら、見送り一つ出来ないの?」
美緒の鋭い視線に、浦辺はたじろいだ。
浦辺の友人たちも声を出せない。
ダンジョンで魔物を相手に戦ってきた美緒の威圧は、浦辺たちにはかなりの圧力に感じられるだろう。
「あんた、どこまで最低なのよ。最後に嘘でも挨拶くらいしてあげなさいよ!」
浦辺の胸倉を掴み揺すると、周囲で様子を見ていた香苗がやって来る。
「ちょっと、何をしているんですか!」
「放してよ! こいつは――こいつだけは!」
すると、美緒の頬が引っぱたかれる。
引っぱたいたのは愛梨だ。
「八つ当たりはみっともないわよ」
愛梨を睨み付ける美緒だったが、効果はあまりなかった。
愛梨は怖がっていない。
「見送りに行きたかったら、行けば良かったのよ。後悔しているのも、自分の責任でしょうに」
「――私は、見送りに行く資格なんてないのよ」
浦辺たちは美緒たちから離れていく。
「そんなのわたくしは知らないわよ。貴女はそうやって、ずっと後悔していなさいな」
美緒は下唇を噛みしめた。
◇
魔王級が率いる軍勢の進路状にある村などは、避難が進んでいた。
避難というか、もう持つ物も持たないで逃げ出したようなものだった。
誰もいない村をバイクで走っていると、老人が一人いた。
畑仕事をしている。
「おい、爺さん!」
声をかけると、老人は俺の方を見る。
「何だ、若造?」
「何で避難しないんだよ!」
もしかして知らないのだろうか? そう思ったが、どうやら本人の意志で残っているようだ。
「――ここはわしの生まれ育った村だ。今更、他に移り住むなんて出来るか」
「けど!」
「ここで死ぬって決めてんだよ! 邪魔だから、さっさと出ていけ!」
俺が幾ら言っても聞かず、畑から動こうとしなかった。
「どうなっても知らないからな!」
捨て台詞を吐いてからバイクを走らせようとすると、老人が俺に言う。
「お前さんも似たようなものだろうが」
――その言葉が耳に残った。
どういう意味だろうか?
魔王級に挑む俺も、死に行くのと同じだという意味か?
「生き残ってみせるさ」
空に浮かんでいるドローンからの映像で、魔物がどの方角から来ているのかが見える。
「――多いな」
見えて来た魔物たちだが――軍勢と呼ばれるだけあって多い。
地面を黒く埋め尽くし、黒い霧のようなものが発生している。
その上空には、ドラゴンらしき姿を確認した。
「あれがドラゴンロード――竜王か」
黒く禍々しいドラゴンが羽ばたいている。
ゆっくりとこちらを目指してきているようだ。
「一人だけ王都に飛んでくる、とはならないのか?」
どうしてさっさと王都に来ないのか? 来られないのだろうか?
「でも、あの数は確かに災害と言われるだけあるな」
俺は魔物脅威の原因は、その数にあるのではないかと考えた。
地面を覆い尽くすような魔物の軍勢だ。
色んな種類の魔物たちが、本当に押し寄せてくる。
災害と比喩されることだけはある。
「数だけなら――何とでもしてみせるさ」
亜空間コンテナの扉が、俺の両隣に出現すると開いた。
そこから出るアームたちが、黒騎士の鎧に武器を持たせる。
背中から延びる補助アームに持たせるのは、ガトリングガンという武器だ。
砲身が回転して、空冷で冷やしながら弾丸をばらまく武器だ。
左の補助アームに持たせられたのは、角張った細長い銃。
レールガンである。
ダンジョンで使う機会がなかった。
「威力がありすぎて使う場面がなかったからな。こいつらがあれば、将軍級だって楽に倒せたはずだし、魔王級だって――」
魔王級だろうが倒してみせる。
俺はこれがあるから、一人で挑んだのだ。
バイクを走らせて魔王級を狙撃できる場所を目指す。
「あそこがいいな」
小高い場所に移動する。
随分と距離があり、しばらくは移動だけ。
村に残った老人のことが気に掛かっていた。
「しょうがないな。あの爺さんの村に辿り着く前には、倒してやるか」
仕方がないから助けてやろう――くらいには、思っていた。
◇
「近くで見ると――怖いな」
地面を埋め尽くす魔物の軍勢。
空も分厚い雲が覆い、薄暗く非常に不気味だった。
見渡す限りの敵だ。
敵がいる場所に地面が見えない。
数など正確に数えられなかった。
「やってやるよ。ボスさえ倒せば、後はどうにでもなるからな!」
レールガンを補助アームから受け取り構えると、モニターにターゲットスコープが出現する。
有効射程にいる竜王に向かって、引き金を引いた。
角張った砲身が中央から上下に開き、そして電気がビリビリと発生する。
弾丸を撃ち出すと、遠く離れた竜王に向かって――。
「当たった!」
――命中した。
しかし、様子がおかしい。
命中したのに――竜王は何事もなかったかのように空を飛んでいる。
抉られた部分が再生していくと、俺の方を向いた。
「ま、まずい――バレた」
慌ててバイクに乗って走らせ、場所を移動しようとするとモニターに警告するマークが出現する。
「なっ!?」
ドローンたちから届けられる映像には、背中を向けている俺に向かって竜王が攻撃をしようとしていた。
口に赤黒い光が集まり、それを放とうとしている。
「この距離で届くのかよ!?」
とにかく逃げるためにバイクを走らせ、そして物陰を探した。
手頃な岩場を発見して隠れた俺は、大きな山が竜王の攻撃を防いでくれると思っていた。
「野郎、こうなればどうにかして――」
しかし、周囲が揺れた。
大気が震えるというのだろうか?
地震とも違う揺れを感じると――背にしていた大きな岩がバラバラに砕けた。
マントが大きく広がり、俺を包み込んだ。
「嘘だろっ!?」
そして凄い衝撃が俺を襲い、大きく吹き飛ばされてしまった――と、思う。
周囲の映像が見えないので分からない。
マントが俺を包み込み、衝撃を和らげてくれているようだ。
モニターには、外にいたドローンたちとの通信が途絶えたことだけを教えてくる。
マントに包まれ、激しく揺さぶられながら俺は恐怖した。
「何だよ。何なんだよ!」
大きな岩を吹き飛ばした――だが、それは小さいながらも山と言えるようなものの一部だ。
山を吹き飛ばしたとか、あまりにもおかしい。
ようやく止まってマントから解放されると、先程いた場所から随分と吹き飛ばされていた。
そして、俺が身を隠した場所には、大きなクレーターが出来ている。
抉れた部分が赤黒く染まり、湯気を出していた。
その範囲もとても広い。
遠くで、竜王が勝ち誇ったかのように咆哮する。
「――こんなの、どうしろって言うんだよ」
ゴドウィンさんの言葉が頭に浮かんだ。
人にどうにか出来るような存在ではない、と。
むしろ、封印する手段があるだけマシだな。
俺はゆっくりと立ち上がる。
モニターにはドローンを六機ロスト――バイクもロストと表示されている。
手を握りしめる。
「距離を取ったらやられる。こうなれば、近付いて至近距離から攻撃を当ててやる」
このまま距離を取っての攻撃はまずい。
近付いて攻撃すれば、もっとダメージを与えられるはずだ。
そのためには、魔物の軍勢と戦う必要がある。
「そうだ。近付けたくないから、魔物を引き連れているんだ。そうに決まっている!」
僅かな可能性を頼りに、俺は地面を蹴って駆け出した。
パワードスーツのおかげで素早く移動できる。
全力疾走をして魔物たちに近付くと、竜王は俺に気付いている様子だった。
だが――攻撃をしてこない。
「舐めやがって!」
ガトリングガンを右手に持ち、そして見えて来た魔物たちに向かって引き金を引いた。
砲身が回転し、次々に弾丸が放たれる。
俺に押し寄せる魔物たちが次々に撃ち抜かれて燻るように燃えて――その死体を仲間である魔物に踏まれていく。
一気に何十体と倒しているのに、後ろから次々に現れる。
「ち、ちくしょう!」
ガトリングガンの弾が尽きると、俺は放り投げた。
そして亜空間コンテナのドアが開き、そこから取り出したのは大きな鎌だ。
大鎌――デスサイズとも呼ばれるのだが、こいつの特徴は持ち手が短いことだ。
扱い方に特徴がある。
「こいつでなら!」
大鎌を振ると、柄の部分から分離して飛んでいく。
柄と大鎌を光が繋ぎ、その光は鞭のようにしなっている。
横に振り抜くと、魔物たちを横一列に斬り裂いた。
その逆に振り抜くと、大鎌が向きを変えて、また魔物たちを刈り取っていく。
今度は俺がその場で一回転すれば、円状に魔物たちを斬り裂いた。
「思っていたよりも使えるな。これなら、竜王に近付ける!」
大鎌を振り回しながら移動し、左手には機関銃を持って敵を倒しながら進む。
すると、将軍級――骸骨王やら、それに似た厄介な者たち。
加えて、見たこともないが強そうな魔物たちが俺に押し寄せてきた。
大鎌はそれらの魔物を刈り取るが、二体目に受け止められてしまう。
近付いてきた獅子のような魔物に噛みつかれ、機関銃が駄目になった。
「くそっ!」
亜空間コンテナから刀を取り出し、周囲に向かって斬撃を飛ばす。
ついでに手榴弾もいくつか手に取り、腰のベルトにセットする。
近付けるだけでマグネットのようにくっついてくれるので便利だ。
淡く光る斬撃が魔物たちの体を通り抜けると、血が噴き出した。
出力は最初から全開にしており、エネルギーの消費量が大きい。
右手を地面に向けると、魔石やら素材が集まってくる。
それらを吸収して補給と整備を実行した俺は、刀を構えて魔物たちに斬り込む。
「お前らを相手にしている暇は――ない!」
ゴブリンの頭を踏みつけジャンプして、魔物たちを踏みつけながら移動した。
竜王へと近付くためだ。
跳びかかってくる魔物を斬り裂き、そうして竜王の真下に来るとそこらにいた魔物たちを吹き飛ばすために、手榴弾を投げ付ける。
そこら辺の魔物たちが吹き飛ぶと、俺は刀を地面に突き刺してレールガンを手に取った。
「真下からなら!」
竜王は俺を見ている。
その目が三日月のように弧を描き、笑っているように見えた。
腹が立ち、出力を全開にして引き金を引くと――竜王に当たるも、体のごく僅かな一部を吹き飛ばしただけだった。
「――え?」
それもすぐに再生していく。
周囲に魔物たちが押し寄せてくるので、刀を手に取って切り抜けようとしたら――竜王が俺のところに降りてきた。
地面を踏みしめる竜王――それだけで地面は揺れる。
見上げるように大きな竜王の大きさは――六十メートルを超えている。
「で、でかい」
間近で見ると、迫力が違いすぎた。
ゴドウィンさんの言葉を思い出す。
戦うような存在ではなく、災害と言っていたが――あぁ、これは間違いなく人が戦うような存在ではなかった。
竜王が拳を振り上げ、俺に振り下ろした。
その一撃を受けたらひとたまりもないと思い、すぐに飛び退くが――衝撃波が発生して吹き飛ばされた。
そして、吹き飛んだ俺に向かって――竜王は大きな口を開ける。
先程よりも威力が小さそうなブレスを放とうとしていた。
俺にはその程度で十分と思ったのだろう。
赤黒い光が俺に迫ってくる。
「く、来るなぁぁぁ!!」
黒騎士の鎧でもどうにもならなかった。
マントが俺を覆うが、竜王の攻撃が命中したのだ。
すぐに焼け焦げてしまう。
光の中、モニターには危険を知らせるマークとアラートが鳴り響く。
そして、音声が聞こえてきた。
『緊急離脱』
背中のパーツがパージされ、そこから出て来たのはバーニアだった。
その場から脱出するために、俺はロケットのように飛んでいく。
激しい揺れ――恐怖に震えていた。
『使用者の精神レベル低下――対処します』
ヘルメット内に何かの香りがすると、幾分か恐怖がやわらいだ。
しかし、同時に眠たくなってくる。
「あんなのに勝てるわけ――ない」




