強さ
ダンジョンの地下九階。
地下八階よりも広く、そして出てくる魔物がどれも強かった。
「くそっ!」
向かい合っているのは、骸骨騎士――腕が六本もあり、それぞれの腕に色々な武器を持たせている。
そんな魔物と向かい合い、戦っていた。
刀一本で斬り合っていたのだが、防戦一方だ。
「あ~、もう無理!」
マントがふわりと膨らむと、背中から伸びた補助アームがアサルトライフルを構える。
二丁のアサルトライフルにより穴だらけにされた骸骨騎士が崩れ去ると、俺はその場に立ち尽くした。
「やっぱり刀一本は無謀かな?」
以前よりも刀を振れるようにはなってきたが、地下九階では通用しないらしい。
黒騎士の鎧の表面は傷だらけだ。
かすり傷を負うようになってきた。
「何だか面倒になってきたな」
バイクを亜空間コンテナから出現させ、そして跨がる俺は補助アームに機関銃を装備させる。
構えさせ、バイクを走らせた。
「どうせ人はいないんだ。敵を見つけたら撃てばいいか」
バイクを走らせて敵を見つければ機関銃で撃ち倒していく。
ドロップアイテムを回収すれば次に向かう。
バイクから降りることもない。
それだけで大量の魔石と素材が手に入った。
「これ楽で良いな!」
大量の魔石と素材が手に入り、俺も満足だった。
きっと経験値も大量に手に入っている。
これを使って鍛えれば、俺は更に強くなるだろう。
「簡単に強くなれるって最高だな!」
バイクを走らせながら、俺は笑っていた。
◇
「この豚野郎! もっと気合を入れて腕立て伏せをしろ!」
「サーイエス、サー!」
拓郎が訓練場で鬼教官に鍛えられていた。
その様子を覗いているのは、美緒だ。
(彼、今日もここにいるのね)
美緒の視線は、気が付けば誠太郎を捜している。
最近施設では見かけることが少ない。
それに、避けられているので見かけても、誠太郎の方から離れていく。
自分のせいだと分かっているが、情けなくなってくる。
(何で忘れられないのよ)
あの後――誠太郎をこっぴどく振った後に、美緒は一人で髪留めを探しに向かった。
結局見つからなかった。
訓練場を出ようとしていると、誠太郎が戻ってきたようだ。
廊下で女子と話をしている。
相手は浦辺だった。
(セイ君?)
隠れた美緒は、誠太郎たちの会話を聞くのだった。
「誠太郎、今日も稼いできたの?」
「――うん」
「元気ないね? そうだ、買い物に行こうよ! 実は欲しかったバックがあるんだ。あと、服も買いたい」
「うん」
「いいの! なら、ちょっと気になるアクセサリーがあるんだけど?」
「いいんじゃない?」
誠太郎は浦辺に言われるままに、全てを受け入れるつもりのようだ。
その様子を聞いていて、美緒は頭が痛くなってくる。
(何で断らないのよ!)
自分が口出しする権利がないと分かっているが、どうしても不安になる。
誠太郎がこのまま、浦辺と付き合ってしまうのではないか?
それが許せなかった。
誠太郎が誰と付き合っても良いが、浦辺は駄目だ。
美緒が個人的に認めたくない。
隠れている美緒を発見する人物がいた。
愛梨だ。
「あら、そんなところで何をしているの?」
美緒は驚き、そして面倒な奴が来たという顔をする。
「そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいでしょ。それより何を見ていたの? ――ふ~ん、別れた男に未練があるのね」
誠太郎と浦辺を見て、大体のことを察した愛梨は美緒を笑う。
「貴女は馬鹿ね。自分で捨てたのに、気にするなんておかしいわよ」
「――分かっているわよ。けど、放っておけないし」
「新藤が利用されるから? でも、新藤はあまり深く考えていないわよ。あの浦辺って子が買ってもらおうと思っている物なんて、新藤からすれば小銭みたいなものだし」
「で、でも、いいように利用されているじゃない」
「それは貴女も同じじゃないの?」
愛梨に言われて、美緒は口を閉じるのだった。
「言い返せないでしょう? 自覚しているだけまだマシね。でも、もう諦めた方がいいわよ。随分酷いことを言ったそうじゃない? もう元に戻れないわ」
「元に戻るつもりはないわ」
「あら、未練があるように見えるけど? でも、貴女はあの女よりも最低よね。新藤、貴女を忘れるために無理をしているって聞いたけど?」
それを聞いた美緒は、心臓を鷲掴みにされたような気分だった。
自分のせいで新藤が追い込まれているとは――思いたくなかった。
「え?」
「下手な優しさが、余計に人を傷つけるのよね。丁度、貴女みたいな、ね」
愛梨はそれだけ言うと去って行く。
美緒も逃げるように自室へと向かった。
その途中だ。
廊下で教官の一人と教師が話をしていた。
「本当なのですか?」
「バルクスを目指して移動しているようです。かなりの被害が出ていますね」
「厄介な――魔王級なんて数百年に一度、出るか出ないかの魔物ですよ? 時期的にも早すぎます。それに、王都のすぐ側になんて――」
深刻な問題が発生したのか、教官も教師もその表情は焦っているように見えた。
(何が起きたのかしら?)
◇
街に出ると、いつもと雰囲気が違っていた。
浦辺がお目当ての店にやって来ると、閉まっていて残念そうにしている。
「開いてない。今日は営業日のはずなのに」
「――ねぇ、様子がおかしくない?」
多くの店が閉まっている。
そして、荷馬車に荷物を積み込んでいる人たちが多い。
浦辺も気になったようだ。
「そうね。何かあるのかしら?」
災害でも起きたのか?
避難しようとしているように見えて、俺は不安になってきた。
一度戻ろうと考えていたら、俺に駆け寄ってくる男性がいた。
ギルドの職員だ。
「黒騎士殿!」
「え?」
息も絶え絶えに俺にすがりついてくる職員は、俺をすぐに王宮へと連れて行こうとする。
「こ、ここにおられたの――ですか。はぁ、はぁ――すぐに王宮へ向かってください。王宮とギルドからの依頼になります」
「依頼?」
「招集です。魔王級が出現したんです!」
「――魔王級?」
確か、魔物の中では最上位の階級だったはずだ。
俺はその脅威を災害クラスと聞いていたが、実感がわかなかった。
職員は俺の腕を掴む。
「いいから早く! 黒騎士殿が頼りなのです!」
「え、いや、ちょっと。浦辺が――」
浦辺は何やら困っていたが、俺が連れて行かれるなら自分は戻ると言いだした。
「誠太郎、私は施設に戻っているから。終わったら色々と教えてね」
――あっさりと戻ったな。
俺はこのまま職員に王宮まで急かされた。
◇
王宮の会議室らしき場所に通されると、そこには貴族の他に冒険者たちもいた。
騎士たちもいる。
ゴドウィンさんの姿も見つけたので近付くと、話しかけてくる。
「やっと来たね」
「魔王級が出たと聞いたんですが、本当なんですか?」
「授業で聞いたことない? ごく希に、ダンジョンのない場所に魔物たちが出現するんだよ。数百年に一回の頻度でね。今回はバリス王国の首都の近くに出現してね。こちらを目指しているみたいだ。前回からちょっと時間的に早いのが気になるけどね」
そのために、王国は騎士や兵士だけではなく、冒険者たちもかき集めているようだ。
仕切っているのは宰相だった。
名前は【チェスター・コーンウェル】。
金髪のロングで、髭を蓄えた四十代の男性だ。
細身で背筋を伸ばしており、顔付きは厳しそうな感じ――そんな人でも焦っている。
「魔王級がこのバルクスを目指している。その目的だが、文献に寄れば魔王級はダンジョンの破壊を目的としているようだ」
ダンジョンを破壊して、魔物たちが出現する穴を解放する――と、思われている。
詳しいことは分かっていない。
俺はゴドウィンさんに聞く。
「あの、数百年前はどうやって倒したんですか?」
「封印したと聞いている。当時はまだ、封印に必要な道具が揃っていたんだ。けど――今は素材が揃っていない。封印のための道具も揃わず、オマケに足止めをしてくれそうな英雄たちもいないね」
「英雄?」
「強い騎士や冒険者たちだよ。運の悪いことに、王国西部に救援として送られている。【AAA】ランクの冒険者たちは、今の王都にはいないんだ」
「何で!?」
「西側にアルゼーア連合王国があってね。そこがまた大きな国で、バリス王国と揉めているんだよ。――彼らが先にAAAランクの冒険者たちを投入してきたんだ。うちも切り札を出すしかなかった、ということだ。うん、タイミングが悪いね」
冒険者のランクは、Aの次はAA――そして最高位がAAAらしい。
これは単純な強さだけではなく、功績の評価も加えられる。
Aランク以上は人外の化け物扱いを受けるそうだ。
俺も人外認定を受けていた。
そんな人外たちを、お隣の国が戦場に投入してしまった。
王国も被害を減らすために同様に人外を投入――結果が今の状況だ。
チェスター宰相がゴドウィンさんを見る。
「宮廷魔法使い殿に尋ねる。魔王級の封印は可能だろうか?」
ゴドウィンさんは素直に答えるのだ。
「不可能です。道具があり、魔法使いたちが数百人で命をかけて封印するのがやっとですからね。魔法使いの数を揃えても、道具がなければどうにもならない」
「集められないかね?」
「王国にあるダンジョンからは出て来ませんからね。アルゼーアから輸入しないといけませんが、情勢的にも無理ですからね。今から急いでも間に合わないでしょう」
その必要な素材というのは、アルゼーアでしか手に入らないそうだ。
チェスター宰相が決断する。
「――アルゼーア連合王国に使者を出す。このような状況で争ってはいられないからな。多少の不利益が出ても構わない。魔王級を封じるのが先だ」
貴族たちがざわつき始めると、俺はゴドウィンさんを見る。
「あ、あの、間に合うんですか?」
「――情報からすると間に合わない。魔物たちは三日ほどで王都に来るからね。まいったね。色々と調べたいことがあったんだけど、わしもここまでだ」
魔法使いたちが命懸けで封印する――それはつまり、ゴドウィンさんも、ということか。
俺は手を上げる。
チェスター宰相が俺を見るのだ。
「君は――黒騎士殿か?」
会議室にいる全員の視線を集めた俺は、魔王級と戦うと告げた。
「お、俺が戦います」
◇
「君は何も分かっていない!」
ゴドウィンさんの執務室で、俺は叱られていた。
激高するゴドウィンさんは、俺を心配してくれている。
「けど、このままだと危ないんですよね?」
「そうだ。だが、君がいくら強くても駄目なんだ。封印できない。倒せないんだよ。君は、無駄死にがしたいのかい?」
「負けると決まったわけじゃ――」
「その認識が間違いだ」
ゴドウィンさんが俺に、過去の魔王級について説明する。
「もはや天災だ。人が戦えるような存在じゃないんだよ」
「で、でも!」
「君は強い。人外の強さを得たと言える。だが、それはまだ人にどうにか出来るレベルだ。人の範疇だ。だけど、魔王級だけは別格だ。あれは災害なんだ。人が嵐に勝てるかい? 地震は? 津波は? 戦うものじゃない。うまく被害を抑えるしかないんだ」
悔しそうな表情をしている。
俺が想像できないような魔物なのだろうか?
「でも、チェスター宰相は認めてくれましたよ」
俺が戦うというと、その許可をくれた。
欲しいものがあれば何でも言え、と言ってくれた。
「宰相は君を時間稼ぎに使うつもりだ。少しでも時間を稼ぎたいだけさ」
ゴドウィンさんが何を言おうと、俺が魔王級に挑むことに変わりはない。
「――君は自分を過信している」
「そんなことはありません。ただ、出来ることをしようと思って」
「ヒーローを目指しているんだったね。だが、今の行動はただの無謀だよ。わしではもう、君を助けることが出来ない」
ゴドウィンさんでも、宰相の決定を変更できないそうだ。
「や、やってみないと分かりませんよ。それにほら、黒騎士の鎧は強いですし」
「国の中核にいる立場としてはありがたいが、個人として言わせてもらえれば、君は生き残った方が良かったと思うけどね。――残念だよ」
ゴドウィンさんは項垂れていた。
◇
首都バルクスの西部。
魔物の大軍が移動を行っていた。
その数は数百万。
数だけでも驚異だが、一番の問題は魔王級と呼ばれる大軍を率いている魔物だ。
大軍の頭上に大きな翼を広げて浮かんでいるのは、ドラゴンだった。
大きな手足を持ち、頭部は全体で見ると小さい。
大軍の頭上に浮かび、魔物たちにバルクスの首都を目指させていた。
その様子を遠くから確認しているのは、王国の斥候だった。
「――ドラゴンロードだ」
魔物の中でも、強力な種族であるドラゴン。
その中でも最上位に位置するような個体だ。
資料に残っており、名前がつけられていた。
大軍が首都を目指しているのだが、その前に山があった。
「大軍が山を移動するのは面倒だ。これで少しは時間を稼げるな」
ただ、ドラゴンロードは――胸を大きく膨らませると、口からエネルギー弾を吐き出した。
そのエネルギー弾が山にぶつかると、大爆発を起こす。
斥候たちがいる場所まで爆風が届き、吹き飛ばされそうになった。
「な、何が――」
大爆発――そして、邪魔な山を吹き飛ばしてしまった。
ドラゴンロード――竜王は、空に向かって一鳴きする。
その声を合図に、魔物たちが動き出した。
山を吹き飛ばした場所を、魔物の大軍が移動する。
「嘘だろ!?」
こんな相手とどうやって戦うのか?
過去の人たちはこれを封印したとは聞いているが、とても信じられない斥候たちだった。




