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11/21

悪女

 迷い人たちが暮らしている施設では、徐々に巣立つ者たちが現れ始めた。


 冒険者として生きていく覚悟を決めた者。


 兵士になる道を選んだ者。


 一般人として生きていくため、就職する者。


 ――だが、まだ施設を出ない者たちもいる。


 進路に悩んでいる者や、そもそも違う選択肢を考えている者たちだ。


「ねぇ、新藤ってヤバくない?」

「数百万バルクでしょ? 年収数億円と同じレベルだよね?」

「あいつを狙うくらいなら、年収数千万程度で良いからいい男を探すわ」


 その女子たちは、同じ迷い人の男の妻になることを考えていた。


 女子の中にも就職を選んで、職人になるため本格的な修行をはじめた子たちも多い。


 だが、一部の女子たちは、働くよりも結婚する道を選んだ。


「田中はどう? あいつ、元運動部だし、冒険者で稼ぎそうじゃない?」

「それなら佐藤よ。佐藤君、剣道部でしょ? それに、一年生で可愛い系だし」


 盛り上がっている女子たちの会話に加わるのは、雪菜だった。


「田中先輩も佐藤君も、もう恋人がいるわよ」

「え~、狙ってたのに」


 女子たちが雪菜にも誰を狙っているのか聞く。


「雪菜はまだ新藤狙い?」


「当然。あいつと一緒なら生活に困らないからね」


「でもさ、神凪がいるよ?」


「――誠太郎を利用しているだけでしょ? すぐに本性を暴いてやるわよ」



 地下七階を攻略後。


 本格的に訓練を再開したのだが――その効果は高かった。


 今まで重くて振り回すのに苦労していた重り付きの木刀を、軽々と振り回せる。


 それに、動きが違う。


「そうか、こう動けばいいのか」


 以前きつかった訓練を楽にこなせるようになり、経験値の効果を実感していた。


「このまま色々と試してみるか!」


 今なら瀬田にだって勝てる――と、いいな。


 とにかく、俺は効率的に強くなれることが分かった。


 動き回って汗だくになった俺は、休憩のためにベンチへと移動する。


 腰掛けて汗が引くのを待っていると、飲み物を持ってきてくれた女性がいた。


 ――浦辺だ。


 え? 何で?


 以前は俺を避けていた浦辺が、こちらの世界では積極的に関わってくる。


「誠太郎、お疲れ様」


「お、お疲れ」


「何よ、かたいな~。昔みたいにもっと普通に話しなさいよ」


 普通!? 普通って何だよ!!


 俺は昔からこんな感じだったよ!


 浦辺が俺の隣に腰掛け、そして体を寄せてくる。


 距離を取ると、浦辺が顔を近付けてきた。


「どうして離れるの?」


「あ、汗をかいたから」


「誠太郎は真面目だね。昔から変わらないね」


「昔?」


「そう。ほら、覚えてない? 小学校の頃に――」


 浦辺が話すのは、俺たちがまだ友達として遊んでいた小学生の頃の話題だ。


 そこから徐々に疎遠になっていくので、話題はその頃のものしかない。


 そうして、話題は俺が稼いでいるという話になる。


「ねぇ、誠太郎ってもうお金持ちだよね?」


「どうかな?」


「お金持ちだよ。年収億単位の勝ち組じゃない。ところでさ、今度一緒に買い物に行かない? 服が欲しいんだ。こっちで支給される服って、地味なのばっかりだし。ほら、私服もあるけど使い回しているとすぐにくたびれてくるし」


 俺が稼いでいるとしって、たかりに来たのか?


 追い払ってやりたいが――。


「――別に良いけどさ。お前の両親にはお世話になったし」


 浦辺個人はともかく、ご両親にはお世話になった。


 だから、浦辺には出来る限りのことはしておきたい。


 浦辺は元の世界の両親を思い出し、少し暗い表情をするのだった。


「――うちの親、心配してるかな」


「おじさんとおばさん? ――心配していると思うよ」


「だよね。誠太郎のおじさんとおばさんもきっと心配しているよ」


 その言葉に、俺は――浦辺が俺に何の興味もなかったのだと知ってしまった。


「――そう、だね。ごめん、もう訓練に戻るから」


 今は体を動かしていたかった。



 風呂に入り、汗を洗い流して部屋に戻る途中。


 廊下で美緒先輩に会った。


 風呂上がりなのか、良い匂いがする。


「セイ君も今上がったの? なら、一緒だね」


「そ、そうですね」


 最近は忙しく顔を合わせていられなかったので、美緒先輩の顔が見られて幸せだった。


「あ、あの、美緒先輩。今度の買い物ですけど、俺――おごります」


「どうしたの?」


「い、いえ、結構稼いだので、美緒先輩にプレゼントをしようかな、って。この前の約束も、まだ果たせていませんし」


 買い物の約束は、お互いの都合で果たせていなかった。


 美緒先輩は困ったように笑うと、俺の申し出を辞退する。


「ありがとう。でも、いいわ。そのお金はセイ君が自分のために使って欲しいな。それに、私がお礼をしたいから誘ったのよ。またおごってもらうのは申し訳ないわ」


「――美緒先輩」


 この人は女神だ。


 浦辺には、美緒先輩の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


 ただ、代わりにお願いされる。


「それよりも、ダンジョンの攻略は順調なのよね? 出来たら、私にも参加させて欲しいかな。――駄目?」


「いいですとも! 美緒先輩のためなら、最優先でお供しますよ!」


「ありがとう。約束よ」


 買い物に出かける前に、一度ダンジョンに挑むということで話がついた。



 数日後。


 浦辺は苛立っていた。


「誠太郎の奴、また神凪と出かけたの?」


 誠太郎を誘って買い物に出かけたかったのだが、朝から幾ら探しても見つからなかった。


 人に聞いたら、美緒と出かけていた。


「まだあいつのことを信じているとか、これだからコミュ障は駄目なのよ」


 浦辺から見ても、美緒には裏がある。


 あからさまに誠太郎に媚びていた。


 女子なら当然のように気付いている。


 すると、二人の女子を見かけた。


「ねぇ、後輩。そろそろダンジョンに挑みましょうよ」


「嫌ですよ。先輩と二人だけだと危ないですし」


「他の人を誘えば良いじゃない!」


 言い合っている二人を見かけた浦辺は、話しかけるのだった。


(この人たち、誠太郎と同じコースの人たちよね?)


「ねぇ、ちょっといい?」


 声をかけられた愛梨が、腰に手を当てて不満そうにしている。


「何よ? わたくしは忙しいの。見て分からない?」


(――こいつ、面倒な奴ね)


「ごめんね~。それより、二人は誠太郎のことを知っているかな? ほら、新藤誠太郎」


 愛梨よりも先に答えたのは、香苗だった。


「知っていますけど、何か?」


「実は話を聞きたいの。ほら、神凪って人に利用されているじゃない? 私、誠太郎の幼馴染みだから心配になったのよね」


 この二人も神凪のことを気付いているはず。


 そう思って尋ねると、二人とも反応が微妙だった。


「後輩、この人はあれね」


「あれが何か分かりませんけど、新藤先輩が嬉しそうなら良いんじゃないですか?」


「え? で、でも」


 香苗はどうでも良さそうにしている。


「別に寄生しているわけでもないし、構わないと思いますよ。神凪先輩は努力もしていますから。新藤先輩も嬉しそうでしたからね」


 愛梨の意見は少し違うようだ。


「新藤の事なんてどうでもいいのよ! 問題はわたくしよ。わたくし! 後輩、私たちもダンジョンに挑んで稼ぐわよ」


「――新藤先輩に頼めば良いじゃないですか」


「嫌よ。あいつは危なっかしいもの」


 二人が去って行く。


 浦辺は苛立ちを声に出した。


「何なのよ」



 ダンジョンの地下二階。


 息を切らしている美緒先輩は、倒したオークを前にしていた。


 俺は申しわけなく思う。


「すみません。まさか、黒騎士の武器が俺にしか扱えないとは思っていなくて」


 本当なら美緒先輩に黒騎士の武器を貸しだし、魔物たちを大量に倒してもらい経験値を稼いでもらう作戦だった。


 しかし、美緒先輩は呼吸を整えると俺を見て微笑む。


「いいわよ。一対一の状況を作ってもらって、おまけに移動も楽だもの。それにしても、とっても便利よね」


 ドローンたちが地下二階の情報を集め終わり、地図も作成している。


 敵がどこにいるのかも調べが付いていた。


 そこに襲撃を加え、一体だけを残して後は俺が倒す。


 残った一体と美緒先輩が戦う作戦に切り替えた。


「でも、ずっと戦っていますし、少し休んだ方が良いですよ」


「まだ続けるわ。地下二階は攻略して、先に進みたいの」


 美緒先輩は焦っている。


「怪我をしたら元も子もありませんよ」


「まだ大丈夫。お願い――もう少しだけ頑張らせて」


 結局その日は、美緒先輩が満足するまで戦闘を続けた。


 黒騎士の鎧がある俺とは違い、一対一でも本当に命のやり取りだ。


 美緒先輩の動きは、最初の頃と比べると頼もしさが出て来ていた。


 だって普通に強い。


 レイピアは突くための剣で、細くて頼りなく見える。


 そんな剣で人より大きなオークを倒してしまうのだ。


 急所に一突き。


 血管を斬り、出血させて倒す。


 生身なら絶対に戦いたくない相手になっている。


 引き上げる時には、結構な時間になっていた。


 俺は黒騎士の鎧があるから無理が出来るが、美緒先輩は本当に命懸けの無理をしていた。


 それがとても心配だった。



 地下二階から戻った美緒は、翌日にはベッドの上で苦しんでいた。


 経験値を大量に得てしまった副作用みたいなもので、かなり無理をした証拠でもある。


 今日は誠太郎が地下七階に挑んでいるため、ダンジョンには入らない。


 今の内に休んでおくつもりだ。


「せめて地下三階を攻略しないと。そうしたら――あの子から離れられる」


 美緒は誠太郎と距離を置くつもりだった。


 そのために、地下三階の攻略を区切りと考えている。


 そこまで一人で行けるようになれば、冒険者として稼げるからだ。


 一人の力で生きていける。


 もう、誰にも裏切られずに済む。


「――早く一人になりたい」


 誠太郎と一緒にいるのは苦痛だ。


 何しろ気が利かない。


 ボソボソと喋って苛々する。


 さっさと離れる方が、お互いのためにもなる。


 そう思っていると、ドアがノックされた。


 痛む体で起き上がり、ドアを開けるとそこには雪菜がいた。


「――何の用?」


 美緒の口調には、浦辺に対する不満から冷たいものになっていた。


 辛くて苛々しているので、普段よりも態度が悪い。


「神凪さん、誠太郎を利用するのは止めてください」


 それを聞いて、美緒は笑みを浮かべる。


 浦辺を馬鹿にした笑みだ。


「何を言っているのか分からないわ。昔の幼馴染みを利用しようとしているのは、貴女じゃないの?」


「私は誠太郎の幼馴染みですよ。誠太郎のことはよく知っています」


「――嘘吐き」


 美緒の小声の呟きを、浦辺は聞いていなかった。


「誠太郎を騙して何をさせたいのか知りませんけど、見ていて不愉快なんですよね」


「そう? でも、貴女には関係のないことだから」


 ドアを閉める美緒は、ベッドに戻ると布団をかぶる。


 浦辺は怒って去って行ったようで、足音が離れていく。


「――私もさっきの子と同じか。私って本当に嫌な女」


 誠太郎を利用していることが、美緒には負い目になっていた。


 だから、早く離れたいのだ。


「早く一人前になって、一人で生きていけるようにならないと――」



 地下二階――階層ボスの部屋。


「はぁっ!」


 美緒先輩のレイピアによる鋭い突きが、オークの急所を貫いた。


 心臓を貫かれ、血が噴き出すオークは苦しみながら地面に倒れる。


 しばらくして、燻るように燃えはじめると――美緒先輩は安堵した表情になる。


「ここに来るまで長かったわね」


 そう言っているが、ダンジョンに入って四度目だ。


 普通の人たちと比べれば、明らかにハイペースである。


 普通、地下一階から地下二階へ挑むとなると、一年近く時間をかけても早いくらいだと聞いた。


「急ぎすぎですよ。今日はポータルに登録したら戻りましょう」


 美緒先輩はしばらく何か考え――そして渋々頷いた。


「そう、ね。もうしばらくこのままがいいわね」


 何かためらっているようにも、名残惜しそうにしているようにも見える。


「ほら! 前の約束を果たしていませんし、明日は出かけましょうよ」


 俺がそう言うと、美緒先輩が頷く。


 嬉しそうな顔をしている。


「そうね。私も稼げたし、セイ君へのプレゼントは奮発しちゃう」


「え、それは悪い気がします」


「私が決めたからいいのよ。ほら、さっさと行きましょう」


 美緒先輩が地下三階への階段を降りていく。


 その後に続き降りた俺は、美緒先輩がポータルに自身を登録させる姿を見て地上に戻ろうと思った。


 だが――。


「だ、誰か助けてぇぇぇ!」


 ――人の叫び声が聞こえてきた。


「美緒先輩、ここで待っていてください!」


「え? な、何!?」


「誰かが助けを求めています」


 俺はすぐに亜空間コンテナのドアを開け、そこから四輪バイクを出現させると跨がって走らせる。


 確かに助けを呼ぶ声がした。


 ヒーローを目指す俺は、その声を無視することは出来ない。


「今いくぞ!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 異性を金づる、、、、、いや、 頼り甲斐のある主人公に群がる訳か、、、、。
[良い点] 投稿ペースもさることながら、さくさく進みますね! [気になる点] キャラに魅力ないみたいなことを書かれているものの 物語のペースを維持する為に、各キャラの掘り下げを必要最低限に抑えているの…
[一言] 幼馴染は致命的な地雷を踏んだ事に気付いてないみたいですね
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