表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/72

還ってきたユリシーズと私③

 市場は夜だということを忘れてしまいそうなほど、賑わっていた。

 あちこちに置かれたランプやひしめく屋台の明かりを、積もった雪が照り返すので、まるで昼間のように明るい。 

 シェルンの中心にある広場に屋台が何列も並び、人でごった返している。夜だけれど今夜だけは特別なのか、小さな子ども達までもが、大勢遊びに来ている。


「おっ。酒が売ってるぞ! まずは体をアルコールで温めてなきゃだな!」


 マックが声を躍らせ、広場の入り口に一番近い屋台へと走っていく。


「もう。お店はたくさんあるんだから、ちゃんと選べばいいのに……」


 呆れたように唇を尖らせるシンシアが、可愛い。

 マックは頼んでいないのに、三人分を買ってきてくれた。


「ホットワインだぜ〜。お二人さん、コップを三個持つのって結構難しくて今にも落としそうだから、早く取ってよ」


 湯気が上がっていてとても美味しそうだ。

 ありがたくいただいて口に含むと、香辛料の風味が口いっぱいに広がり、体がポカポカと暖かくなる。見渡すとホットワインを売る屋台がたくさんある。

 なるほど、冬の夜の祭りには欠かせない飲み物なのだろう。


「広場の奥の方に、雪像が飾られてるのよ。後で屋台を回ったら、見に行きましょう」

「その前にまず最初に食うべきなのは、アレだな!」


 マックがたち並ぶ屋台の一角を、ビシッと指差す。彼の指の先にあるのは、ジャガイモ料理を売る屋台だった。こんがりと焼いたジャガイモの上に、バターとカリカリに焼かれた香ばしそうなベーコンの粒がのせられ、最後にサワークリームがトッピングされている。

 屋台の中でもとりわけ長い行列ができていて、人気の高さが窺える。

 せっせと商品を作る店主と白い湯気の立つ料理を見ながら、懐かしさに笑いが溢れる。


「あれは、シェルン名物じゃない! 卒業祝いの野外パーティで、マックとシンシアが焚き火で作ってくれたよね。思い出すなぁ」


 私達三人は、通っていた国立魔術学院の最高学年の生徒達のほとんどが参加する卒業パーティに行かなかった。その代わり、三人で野外パーティを開いて卒業をお祝いしたのだ。

 皆で列に並びながら、学院時代の思い出話に花を咲かせる。


「卒業してから学院には一度も行ってないからな。久しぶりに見に行きたいよなぁ」

「学院長はお元気かしら。ジャジャーンが口癖で、陰で皆に物真似されていたわよね」


 シンシアが学院長の口調に似せて話すので、私とマックはアハハと笑う。マックは思い出したように、両腰に手を当てて空を見上げた。


「俺、槍の授業で見たキャサっちの高速腕立て伏せの物真似もよくしてたんだよなぁ。正直あれのお陰で、そうとう上半身が鍛えられたぜ」


 キャサリンナ本人が知ったら、意外と喜びそうだ。


「勉強以外も充実していたよね。でも私、今思えば学年で一位になろうなんて、無謀なことをしてたわ。ギディオンとユリシーズ二人の魔力を持つ人を追い越そうとしていたんだから……」


 私がそう言うと、マックとシンシアはなぜか口を半開きにしたまま固まった。

 二人で私の後ろの方に視線を投げ、目を真ん丸に見開いている。


「えっ? 何どうし……」


 何をそんなに凝視しているのだろうと後ろを振り向く。

 そうして私も固まった。

 私の斜め後ろに、口元までマフラーを巻いて申し訳程度に顔を隠したユリシーズが立っている。


「なっ、なな、殿下フガッ……」


 シンシアが目にも止まらぬ速さで私の口を塞ぐ。マックは周囲を見渡してから、ユリシーズに対して意地悪そうに口の端を上げて話しかける。


「あれ〜? 列への割り込みはいけませんよ? まさかお一人で雪祭りを楽しみにいらしたので?」


 ユリシーズはチラリと私を見てから答えた。


「いや、ホテルでリーセルの部屋を訪ねたら、中にいないようだったんだ。でもノックをした直後は中から声がしていたし、窓が開く音も聞こえていたから。何かあったのかと心配になって、ついてきてしまったんだ」


 予想外のことを言われて、ベッドの上で目を覚ました直後の出来事を思い出す。寝落ちしてすぐに物音で目が覚めたのだが、もしかしたら最初に聞いた音は、窓ではなくドアをユリシーズが叩く音だったのかもしれない。


(あの時殿下も来ていたなんて! 窓に気を取られて、気づかなかった)


 シンシアが私の口から手を離し、感慨深げに言う。


「これもあの卒業パーティのデジャヴかしら……」


 私達は喧騒の中にある祭りの会場で、しばし時間と場所を忘れて四人だけで見つめ合った。

 マックにシンシア、それにユリシーズ。あの頃のギディオンと姿形は違うけれど、間違いなく学院で学び合い、思い出を共有する四人がここにいる。

 やがてシンシアが私の耳元に口を寄せて呟く。


「ねぇリーセル……。貴女達には一度立場を忘れて、二人で過ごす落ち着いた時間が必要だと思うの。どうかしら、殿下と二人で祭りを回ってきたら?」


「えっ、でも」という私の反応に構わず、シンシアは私を屋台に並ぶ列から押し出した。すかさずユリシーズが手を伸ばし、私の手首を掴む。


「いやいや、でも二人ともわざわざ休みを取ってシェルンに来てくれたんだよね? このお祭りを一緒に見て回るために」


 それなのにユリシーズと過ごすなんて、申し訳なさ過ぎる。

 チラリとユリシーズを見て、彼の茶色い瞳と目が合った瞬間、ドクンと胸が痛んでつい目を逸らしてしまう。

 ここにいるのは一度目の私が愛した人だ。けれどその記憶に覆い被さる勢いで、王宮で日々接してきたギディオン演じる王太子の姿が脳裏に割り込んでくる。

 私は目の前の王太子を二重に見ている気分だった。


「リーセル、私と来て。――断らせない」


 最後の一言はとても簡潔かつ低音で、命じることに慣れた王太子らしい響きがあった。

 もう一度マックとシンシアの方を向き、「でも……」と言いかけて絶句した。


(ちょっ……このタイミングで他人のフリ⁉︎)


 マックとシンシアは屋台の方を向き、既に私に背中を見せていた。まるで私に背を向けることで、全力でユリシーズと過ごせと言ってくれているみたいだ。

 マックは両手を自分の頭の後ろに回し、最早私が一緒にいるのを忘れたかのように「早くイモ食いてぇ〜」と独りごちている。シンシアはシンシアで、無の境地のような表情で屋台を見つめている。

 私が顔を覗き込むと、シンシアは表情を崩して小さく笑った。


「私達のことは気にしないで。こんな機会は滅多にないんだから、二人で過ごすべきよ」


 仕事の帳尻をつけてシェルンまで来たのは私と雪祭りを楽しむためだったのに、自分達の目的よりも私がどうすべきかを考え、自分達がやりたかったことを諦めてくれたのだ。二人の思いやりが、心に沁みる。


「二人とも、ありがとう。シンシアの言う通り、ちゃんと話し合うね」


 私がそう言い終えるなり、ユリシーズは私の同意を得たと考えたのか、こちらを誘導するかのように背中に手を当ててジャガイモ料理を売る屋台とは逆の方向に向かい始めた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ