第31話 行進
開戦から半月が経過した5月21日に、とうとう最前線を突き進む第68歩兵師団が北京と国境との丁度中間にある都市、承徳市への攻撃を開始したとの報告が届いた。
……このままのペースだと、北京攻略は6月の上旬になりそうだ。俺の予想以上に中国は広かった、というか脳内世界地図の中国が小さかったみたいだ。5月下旬には河北の各都市を占領して、6月には黄河を渡って、とかはただの絵空事だったな。
承徳市から北京まではおよそ200キロらしく、軍による抵抗が無かったとしても10日ほどはかかる計算になる。そろそろ補給線が不安なので、この承徳市まで線路が敷設されるのを待たないといけないかもしれない。これは強襲上陸をさっさと決行して戦線を増やし、侵攻速度を早めないと何年もかかりそうだ。
「……新しく歩兵を30個師団、編成出来るかな?」
「予備役となった人が多いので、30個師団程度であればすぐに編成をすることが可能でしょう。
本土にいる将寛様へ通達を出しますか?」
「うん。上海、香港には元々予定していた師団に加えて10個師団ずつを送り込んで。残りの10個師団はこっちの増援でお願い」
中国は日本の南方大陸領にも侵攻していたようだけど、南方大陸軍は攻め込んで来た軍団を丸々包囲し、殲滅してしまったらしい。既に国民党軍の戦死者は10万人を越えてそうだけど、まだまだ人的資源は尽きないだろうな。中国だし。
数日前から本土より援軍の4個歩兵師団が届いたため、今は計10個師団で北から侵攻している。戦線が広がるにつれて、戦線に穴が出来るので、その穴埋めをする作業が辛い。今の装備や戦術の中国軍が戦線の穴を突破しても、包囲されて殲滅されるだけだろうけど、それでも戦線に穴を作るのは怖い。
「しかし徴兵もせずに何十万もの軍を扱えるとか、本当に人は増えたな」
「あと50個師団ぐらいは、予備役から編成できますよ」
「それは大国が動いた時で良いよ、と言いたいところだったけど、上海や香港への上陸が成功したら援軍として送りたいし、南方大陸領からも攻撃したいな」
上海や香港に強襲上陸が成功した後の侵攻計画を将寛さんに作って貰ったが、簡易的なものだったので完全に進軍予定表である。ただ、その進軍予定表でも中国の沿岸部を全て占領するには半年以上かかるようで、中国は広いということがよくわかる。
「支那は奥地が広いから、予定通りに作戦が遂行出来なかったのです」
「……?
秀則様の予定通りとならず、申し訳ありません」
「いや、昔の人の言葉だよ。将寛さんの進軍予定表を見てなんとなく言いたくなっただけだから、愛華さんは気にしないで」
改変前の車や飛行機があった日本軍でも、中国の奥地で泥沼の戦争を行っていた。その時の中国軍は今よりも強かったけど、車や飛行機が無い今の日本軍が徒歩で中国全土を占領しようとなると、何年かかるのだろうか。そんなことを考えた時、ふと脳裏に朧げながら浮かんだ言葉が口に出てしまっていたので、愛華さんに聞こえてしまったようだ。
承徳市は思っていた以上に抵抗されたそうだけど、最終的には立て籠もる国民党軍をほぼ皆殺しにして強引に攻略したようで、日本軍は戦死者こそ少なかったものの怪我人が続出した。都市の攻略にかかった日数が僅か2日って、国民党軍の脆さが酷いな。元々古城だったみたいだけど、跡形も無く吹き飛ばしたらしい。
少なからず承徳市には女子供も残っているようで、捕獲したとのこと。民間人も一緒になって立て籠もったから、必死の抵抗をしたのかな?
「3人ほど、秀則様のために送った女がいるとのことですが……」
「女には困って無いから送り返せ」
その捕獲した中国人の内、綺麗所を送ってくれたので丁重に送り返す。痩せすぎていて怖かったし、そもそも凌辱の趣味は無い。というか俺の行動の記録が残っているのなら、俺がこういうことを嫌っていた記録とかも残っているはずだろう。兵がいたすのは仕方がないと割り切っていたけど。
「中国人が痩せすぎていて怖いんだけど」
「下々まで食糧が行き届いていないようですね。特にここら辺りは数日前まで国民党軍と共産党軍が争ったらしく、備蓄が0でした」
「日本が侵攻しているのに、本気の潰し合いをしてるのか……」
現在進行形で、中国では日本軍の他に、共産党軍が暴れている。どうやら国民党軍を日本に仕掛けさせたのは共産党の策略で、日本軍と国民党軍が交戦している間に共産党の支配領域を広げたかった模様。しかし予想以上に日本軍が強くて困っている、というのが共産党の現状らしい。
そして共産党も日本が沿岸地域を掻っ攫うのは看過できないということで、共産党軍は日本軍を攻撃中だ。ここで不思議なのは日本軍を追い出す、という共通の目的を持っているのに、国民党軍と共産党軍が未だに争っていること。どちらも中国の主導権を握りたいらしく、未だに共同戦線は張れないようだ。
「日本軍としては共産党軍とは戦いたくないけど、向こうから攻撃して来るしどうしようもないな」
「防御態勢に入ればこちらの損害はほとんど発生しませんが、向こうにそれを知る手段が無さそうなので……」
「捕虜に帰って戦場の現状を伝えてって言ったら、泣き出して自害しようとするから辛い」
完全に三つ巴の戦いだけど、日本軍が技術や戦術で圧倒している間に支配領域を拡大しないと苦しい戦いになりそうだ。特に共産党軍は死兵となって襲ってくるから、少しでも技術差が埋まればこちらの被害が増えるだろう。そうなればこちらも動員する数を増やさないといけなくなりそうだから、確実に泥沼化するな。




