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日本の社会福祉行政において「要介護認定」という制度がある。
これは高齢化社会が進む日本において、限られた介護保険の予算を適切に、かつ効果的に被保険者に対して割り当てる事を目的としたもので、5段階の要介護認定とそれよりも軽度の2段階の要支援認定に区分されている。
よく誤解される事であるが要介護認定の認定基準は「症状の重さ」ではない。乱暴に言ってしまえば「介護にどれほどの手間」がかかるかが認定基準となっている。結果的に症状が重いから手間がかかる事という事で誤解されるのであろう。
だが、ここで2つのケースを上げよう。
・ケースA
運動機能はベッドから車椅子への移動へも介助を必要とする。そのためにオムツを着用しその介助が必要。だが記憶障害こそ深刻であるものの性格は極めて温厚。日中は編み物をしたりテレビを見たりと1日中、車椅子の上にいる。
・ケースB
認知症による記憶障害はケースAと同程度、だが運動機能はほぼ残存している。食事やトイレの介助も必要無い。だが昼夜を問わずに徘徊し、鉄道の線路や幹線道路であろうと構わずに歩き回る。
一見、ケースAの方が症状は深刻であるように思える。だが実際に介護の手間がかかるのはケースBの方だ。
そのために自発的な運動能力を持っているBの方が要介護認定は高レベルのものが適用されるだろう。
そして天昇園戦車隊、1号車車長の泊満の要介護認定は最高位の5である。
1号車のキューポラから上半身を出し、咽頭式マイクで車内に指示を出す彼の背筋は綺麗に伸びていた。その目はしっかりと敵を見据え、手振りで下車したブレイブファイブの5人とやりとりして受け持ちを判断する。
1号車が88ミリ砲を4台の巨大ロボットの左から2番目の物へ発射する。
発煙弾。
黒煙に包まれた8脚ロボットはしばらくの間、戦闘能力を失った。だが目的はそれだけではない。左端の1台が黒煙により孤立してしまったのだ。
「ハッハハハ! 足元を掬ってやれ!」
自身に向けて放たれる機銃弾が見えていないように高笑う泊満の指示に1号車はマフラーから赤い炎を吹きあげながら突進する。
1号車のガソリンエンジンにニトロが投入され出力を無理矢理に上げたのだ。
戦闘重量57トンの鋼鉄の虎が左端のロボットに体当たりを敢行。
1本目の脚はまるで段ボール箱のように折れ、それで勢いを殺されはしたものの2本目の脚も衝撃で外れてしまう。
片側4本の内、あっという間に2本を潰された敵ロボットはたまらず姿勢を制御できずに1号車に底面を見せて横倒しになってしまった。
泊満が右腕を振る。
1号車が主の名に応えるように咆哮を上げた。静止した状態でエンジンの回転数を上げているのだ。
1号車の砲塔旋回はチハのように人力ではない。エンジンから動力を供給される油圧装置で動いているのだ。つまりエンジンの出力を上げれば砲塔旋回も早くなるのだ。
それが獲物を屠る虎の咆哮に聞こえる事も泊満が「虎の王」と呼ばれる所以の1つであろう。
泊満の口角が大きく上がる。笑っているのか?
「撃て!!!!」
それはチハのような生易しい音ではない。
轟音、まさにそう言うしかない。
高度10,000メートル以上の航空機を撃つ事もできる高射砲を戦車砲に転用した1号車の88ミリ砲の特殊徹甲弾は巨大8脚ロボットの底面を簡単に撃ち抜いてしまった。
貫通痕から爆風が飛び出して泊満の銀髪を揺らすが、彼の興味はすでに倒した敵には無い。
咽頭式マイクに手を当てて車内へ次の獲物を指示する。
先の発煙弾を撃ち込まれたロボットも煙が晴れると僚機に群がるブレイブファイブへ機銃掃射を加えようと左を向いた。
そこへ胴体上部の大型砲へ88ミリを撃ち込まれ大爆発を起こしてしまった。
だが胴体自体には堅固な装甲のおかげで損害は少ないようだ。
大型砲を壊してくれた砲撃の主、1号車の方を向くと格闘戦を仕掛けようとロケットブースターに点火して高さ数十メートルまで飛び上がる。
だが泊満は敵がロケットに点火したのを見るや車内に指示を出し、砲塔を左に向けさせ、折れて地面に転がる1台目のロボットの脚に左の履帯を乗り上げさせて車体に角度を付けさせる。
そして敵が飛び上がったタイミングを見計らって射撃。
底面を撃ち抜かれた敵ロボットはロケットブースターの力で高さ数十メートルまで上がったはいいが、そこでまるで花火であったかのように爆散してしまった。
泊満は落ちてくる破片を避けるようにニトロを使った加速で涼子たち2号車の前まできて車体を旋回させ、彼女たちの盾となる。
この戦況判断能力こそが泊満が「虎の王」、もしくは「レベル5の男」と呼ばれる所以である。
1号車の戦闘能力と泊満の指揮能力を買っていた政府は、アルツハイマーに侵された泊満がいざ敵になった場合を恐れ、それ以上に相次ぐ侵略者が今だに現れ続ける状況で泊満を失うことを恐れたのだ。
天昇園に旧海軍の駆逐艦の主砲と同系砲である長10サンチ高角砲が配備されているのも1号車を倒さなければならないかもしれないからだった。
「……ねぇ……、姫様?」
「なんじゃ?」
「アンタんとこの、あのデカいロボット。底面にも装甲張ってるとか吹いてたけど……」
「フカしじゃないわい!」
「じゃあ何でアッサリと底を撃ち抜かれてんのよ!」
「知るか!」
チハの中で1号車の戦いぶりに驚愕していた涼子とラルメであったが、島田が説明を入れる。
「西住しゃんや……1号車はな、あれゃあチハとはモノが違うんだよ……」
「そ、そうなんですか?」
「なんたってアレは外車じゃからな!」
「外車? 天昇園の兵器って旧軍の物なんじゃあ?」
「そうさ! 旧軍のモンじゃ。だが外国から買ってきたヤツなんじゃ……」
「はぇ~……」
1号車ことⅥ号戦車E型ティーゲル。
のちに開発されたB型がティーゲルⅡと呼ばれるようになったためにティーゲルⅠとも呼ばれる戦車を開発したのはドイツであった。
戦時中、欧米の戦車開発の激化を知った軍部は同盟国であったドイツに使節団を派遣。そこで新開発された「重戦車」とカテゴライズされる戦車を購入。伊号潜水艦にて日本への輸送を計画したが戦局の悪化に伴い実際に輸送されたのは1輌のみであった。その1輌が泊満の駆る天昇園戦車隊1号車なのである。
その後、1号車と同系車種であるティーゲルはロシアやアフリカ、欧州各地にてその猛威を連合軍に見せつけ、「ティーゲルショック」なる言葉も生まれたほどであった。
それにしても、と涼子は思った。
チハの主砲照準眼口越しに見る泊満の背中はとても100歳を超えた老人の物とは思えなかった。
(え、嘘!? 見てるの気付いてる?)
ブレイブファイブを支援するべく主砲を発射し続ける1号車。
その紅蓮の業火に煽られながら、泊満は左手の人差し指と中指をサッと振って合図してみせる。
それが涼子には自分に向けたサインに見えたのだ。
だがチハのハッチは閉じられ、涼子の姿を見る事は出来ないハズだ。
泊満さんは島田さんとは少し違う。島田さんのようなベテランの経験とかそんなありきたりなものじゃない何かを持っている……。涼子は味方であるハズの泊満に空恐ろしいモノを感じていた。
「皆、行くわよ!」
「「「「応ッ!」」」」
「ブレイブバズーカ! レディ!?」
「「「「Go! Brave!!」」」」
ブレイブファイブが転送させた巨大ビームバズーカ砲により最後の8脚ロボットもついに爆炎を上げて撃破される。
ブレイブバズーカに返送キーを入力して再転送したブレイブファイブは変身を解いてチハの元へ向かってきた。
涼子は危険じゃないかと言ったが、ラルメは「狭いし、臭いし耐えられん!」と言ってチハの砲塔から降りて行った。
「ラルメ殿下であらせられますね?」
「うむ。いかにも!」
先程の不法侵入者の4人の中央に立つ女性がラルメに声を掛ける。
「銀河帝国より地球に対し殿下の保護要請が送られ、国連並びに日本国政府はこれを受諾いたしました。先ほどは同僚が殿下に失礼を働きましたことをお詫びいたします」
「うむ。苦しゅうない!」
「すでにアカグロに奪われた巡洋艦に搭載されていた惑星揚陸艇は天昇園部隊により制圧されたと連絡が入っております。また惑星破壊爆弾を搭載していた巡洋艦もすでに処置済みです。殿下におかれましては殿下の望まれるようにお迎えをお待ちくださって結構です。そのための支援は政府が責任をもちますゆえご安心ください」
「ハハ! 至れり尽くせりだな!」
涼子は敵の母艦であろう揚陸艇が制圧されたと聞いて、やっと安心して砲塔から出て宇佐に手を貸してやる。2人でチハの車体の上に立ち、合わせたように深呼吸を1つ。
揚陸艇というのは以前に島田さんから聞いたが兵隊をわんさか乗せてる船だったか。そんなのが降りてきていたから、あれだけの宇宙人やらロボットやらがいたのか。
すでに時刻は夕方近くになっていた。
「……ところで、どうやって通信を受ける事ができた? 先ほどは妾の言う事を信じようともせんかったのに……」
「はい。殿下の御座乗艦に乗っていた侍女から銀河帝国の本国へ、銀河帝国の本国から地球へテレパシー通信が送られました」
「…………テレ……パシー……?」
ラルメが表情が強張り、瞳がかつてないほどに震えていた。
「はい。マスティアン星人なる種族の特性らしいのですが、地球にもマスティアン星人がいたのは幸運でした……」
マスティアン星人。
ラルメの唯一と言ってもいい友人で、彼女を小型連絡艇に押し込めて地球に逃がし、自分は彼女が逃げる時間を稼ぐためと言って艦に残った者もマスティアン星人だという。
ラルメは「珍しい種族」だとも言っていたし同一人物で間違いないだろう。
「その殿下の侍女から殿下へ伝言が御座います」
「何です。お、教えてください……」
「ハッ! 『我が魂は我が友と共に』翻訳が正しいかは分かりませんが……」
「……いえ……、あの者の口調そのものです。ありが、ありがとうございまっ!」
そこまで言ってラルメは膝から崩れ落ちてしまった。
膝を付き、両手が汚れるのも厭わずに地面に付き、彼女は声も無く泣いていた。
大きく全身を震わし、大粒の涙を1つ2つ、また1つと流して乾いた地面を濡らす。
不器用な泣き方だと涼子は思った。
だが、それでも彼女にかける言葉が見当たらない。
まるで自分の心が引き裂かれるような姿だというのにラルメにかけるべき言葉を涼子は知らなかった。
ポンと、涼子の肩を叩く者がいた。
2号車の操縦手の西だった。
涼子の肩に手を添える西に言葉は無い。彼は失語症なのだ。だが、それでも彼の目は優しかった。
(……そうよね。言葉なんていらないのかもね……。言葉なんか無くても誰かにいて欲しい時もあるわよね……)
西に対して1つ頷いて見せると涼子はラルメの元へ行き、砂ぼこりなど気にしないで膝を付き彼女の横にしゃがみ込んで彼女の肩に左手を置いてやる。
「りょ、涼子!」
ラルメが涼子に何か言おうとしているので涼子も体をラルメに向けて、しっかりと彼女の言葉を聞こうとする。
「妾の友達は凄いヤツじゃ! お主にも合わせてやりたかった! 宇佐にも皆にも! 妾もまた会いたいのに! アヤツにも地球の話を聞かせてやりたかったのに!!」
だが涼子はそれどころでは無かった。
ラルメが彼女の右手を宇宙人の怪力で掴んで離さなかったからだ。
(アダダダダダダダ! 痛っ!! う、宇佐がナントカ人は地球人なんか一捻りって言ってたの忘れてた~!!!! アダダダダダ!!!!)
天昇園への帰りのチハの車内。
「涼子、さっきはスマンかったな……」
相変わらず島田から奪った車長の場所で車体に背中をもたれさせながらラルメが恥ずかしそうに詫びた。
「……いえ、大丈夫ですよ」
切れたチハの履帯は宇佐が数分で直していた。
履帯の修理で何が大変かというと戦車の重量を受ける履帯もまた重いのである。だが、あくまで時間をかければ地球人でも修理できる物なのだ。宇佐の怪力にかかれば簡単な物だった。
「……そういえば宇佐が修理中、あの泊満とかいうのに、お主、『鷹の目の少女』とか呼ばれとったな!」
「ええ、でも何でなんですかね?」
「涼子さん。たまに異様に目付きが険しくなるからじゃないですかね?」
「え? そう?」
「そうだな! 砲を撃つ時とか、飲み物の自販機の前とか凄い目付きになっとるな!」
「え? え?」
「それはともかく、社会人にもなって『少女』とか呼ばれるのも恥ずかしいだろうし、第一、ヒーローとして恰好がつかんじゃろ?」
「ハハ! 前半はともかく、後半は同意しますよ」
「うむ! じゃからな、お主は今度から『鷹の女王』を名乗れ!」
「は? お前、何、言ってんの?」
「涼子さん、カッコイイ!」
「ちょっ! 宇佐まで!」
「よいではないか! 次期銀河皇帝が西住涼子を『鷹の女王』に封ずる!」
以降、天昇園戦車隊においては「虎の王」に並ぶ存在として「鷹の女王」なるヒーローが広く知られることになっていく。
これにて第22話、及び18話から続いていた天昇園編は終わりです。
自分で想定してたよりも長くなってしまいました。
次回からは主人公()が登場します。




