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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第22話 「虎の王」と「鷹の女王」
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22-2

 採石場の涼子とラルメの前に現れた多脚型ロボット兵器は4体。

 それらは彼女たちを逃さぬよう扇状に展開しながら胴体下の銃塔から射撃を加えてきた。


 だが涼子は避ける。

 避ける。

 避ける。

 ラルメの手を引き、4つの銃口の向きを確認して射線から体をずらす。


 涼子は小学校の頃、ドッジボールで自チーム最後の1人になった時の事を思い出していた。


(あの時は確か、最後はパニック状態になって後ろから当てられたんだっけ……)


 涼子は特に運動神経の良い子ではなかったために、ボールをキャッチすることもできずに内野と外野の前後左右からボールを投げつけられていたのだ。おまけに運良くバウンドしたボールを拾う事ができても、彼女の投げるボールは運動が得意な男子に容易くキャッチされてしまったのだ。


 その時に比べて今はどうだ。

 ボールどころかロボット共が撃ってくるのは銃弾だ。しかも4丁の銃が自分たちを狙っている。


 それでも涼子はパニックに陥ってはいなかった。

 むしろ彼女の頭脳は冴えわたっていた。

 自分たちを取り囲むロボットの銃口、後ろのラルメ、まるで自分の周囲の全てを同時に注視しているような感覚。


「うわっ! またっ! りょ! 涼子! 躱してばかりでどうする!?」

「生憎と私には超能力も変身アイテムもありませんので!」

「はあ!? こ、この場をどうやって凌ぐつもりだっ! 避けてばかりいるつもりか!?」


 涼子に何度も手を引かれ、前後左右に目まぐるしく振られているラルメが涼子にたまらず声を上げる。その姿はド素人が社交ダンスに初挑戦しているような光景にも見える。違いは彼女たちに降り注ぐのがスポットライトではなく、銃弾であるといったぐらいだ。


「そうですよ! とことん避け続けましょう!」

「はあ?」


 ラルメが呆れた顔を見せる。

 例えロボットたちが全機、弾切れになろうとも、その時は爪が取り付けられた脚で接近戦を挑んでくるだけだろう。

 今はただ彼女たちが飛び道具を持っていないとコンピュータが判断しているから遠距離から攻撃を加えてきているだけなのだ。


「大丈夫です。姫様に一つ教えて差し上げます。地球のヒーローは諦めない!」

「だ、だが!」

「それに、私たちの攻撃役(オフェンス)はそこにいます!」


 そう言って涼子が指差したのは採石場の入り口の方向だった。

 だが何も現れる気配は無い。ロボットの発砲音に驚いたのか飛び立つ烏がカーカーと鳴いているのが聞こえるだけだった。


「………………」

「……のう。誰も来んではないか?」

「えっと……」

「見よ! ロボットどもも困惑しておるわ!」


 ラルメが感情を持たないロボットが困惑していると言ったのも無理は無い。

 自信に満ち溢れた様子で入り口方面を指差す涼子の様子をカメラで確認したロボットたちのAI(人工知能)は増援を警戒した。だが何も現れないので光学カメラの故障を疑い、オンラインの僚機のカメラ映像を参照したがやはり何も映ってはいない。そのために互いのカメラに外傷がないか見合って確認したのだ。

 それが顔を見合わせて戸惑っているように見えるのである。


「とう! 探しましたよ涼子さんに姫様!」


 採石場入り口を指差す涼子の背後から現れたのは宇佐だった。

 切り立った岩肌を走るように足を着きながら器用に着地する。


「私たちのオフェンスはそこにいます! って丸っきり逆方向ではないか!」

「えっ!? 私がオフェンスですか? 頑張ります!」

「いやいや! 宇佐じゃないから!」


 ロボットたちは急遽、飛び出してきたハドー獣人に今度こそ困惑した。

 と言っても、やはり感情面の事ではない。地球でハドー獣人に遭遇するなど彼らの戦術マニュアルの想定外だったのだ。地球人の涼子とラルメを逃さぬように距離を詰め過ぎた配置は、ハドーが誇る獣人を相手にするにはあまりにも互いの距離が近すぎる。これではハドー獣人に一網打尽にされる恐れがある。AIには戦闘用獣人と伝令用低コスト獣人の区別はつかなかったのだ。この悪手を取り戻すべく、4機のAIは最善手を探す。

 そのために対応が遅れたのだ。




 銃撃を次々に涼子が躱した事。

 涼子が自信満々に何もない所を指差した事。

 突如、現れた宇佐にロボットのAIが対応に迷った事。

 だから彼らが間に合った。


 ロボットのAIと涼子、ラルメの視線が宇佐に注がれている最中、涼子が先ほど指差していた採石場入り口から1輌の鉄の塊が飛び出した。


 後方のマフラーからディーゼルエンジンの黒煙を吹き出しながら、段差で車体を浮かしつつ全力で履帯を回し、全速力で駆け込んでくる鉄の軍馬。車体両脇には白ペンキで「天昇」と書かれている。そして車体後方には車体に合わせて揺れる大型通信アンテナ。

 九七式中戦車改2チハ、天昇園戦車隊2号車だ。


「……遅いわよ……。ラルメに可哀そうな子みたいな目で見られたじゃない……」


 呆れたような声を出す涼子だったが、安心からか表情は明るい。


 蛇行運転を繰り返して装甲に角度を付けながら走るチハ。

 涼子たちに影響が出ないようにか彼、彼女たちからもっとも離れた場所にいたロボットを主砲の榴弾で吹き飛ばし、車体前面の7.7ミリ機銃で蜂の巣にする。


 随分と勇ましい姿だったが、実はそんなに速度は出ていない。せいぜい違法にリミッターを外した原付バイクぐらいか?

 だがチハの戦闘重量は15トン以上もある。その質量で体当たりを食らった1台のロボットは一瞬でスクラップと化した。

 チハはロボットと涼子たちの間に割って入り、敵へ装甲が最も厚い前面が向くように超信地旋回して止まる。


 《西住しゃんたち、はよ乗りんしゃい!》

「島田さん!」


 ハドー戦で破壊された前照灯の代わりに取り付けられた拡声器から響いてきたのは車長の島田の声だった。

 戦友の原夫妻を亡くして気落ちしていたと思われていた島田だったが、彼は戦う事を忘れてはいなかった。彼の長い人生において後悔した事は多い。だからこそ彼は立ち止まる事を良しとしなかった。

 火曜に明石、劉の元スパイコンビからラルメを付け狙う宇宙人の報告が上がってから、彼は愛車であるチハの整備を進め、いつでも出撃できるように事前に弾薬と燃料を積み込んでいたのだ。もっともラルメたちがたった3人で山に逃げ込むとは思っておらず、合流するのに時間がかかってしまったが。


「……あ、アレ?」


 島田の声を聞いて安心したからか、それとも道無き山を駆けた疲労のせいか、車体後部に手をかけ車体の上に上ろうとするが足が上がらない。


「ほれ!」

「涼子さん!」


 軽くジャンプして車体に飛び乗ったラルメと宇佐に手を差し出され、2人の手を取って何とか車体の上に乗り、砲塔の砲手、装填手ハッチに飛び込む。


「西住しゃん、じじゃん(次弾)てっこー(徹甲)そうちぇんじゅみ(装填済み)!」

「了解!」


 左手用の豚革の手袋を手渡され、手袋をはめていると、ハッチからラルメと宇佐も飛び込んでくる。


「……狭いぞ」

「そ、それに何か臭い!」


 チハの砲塔は2~3人用だ。2号車は車長が指揮に専念できるように装填手も乗せていたが、3号車は装填手を乗せない。それほどチハの砲塔は狭いのだ。なお3号車の場合は車長が装填手も兼ねる。

 そのチハの砲塔に高齢者と女性とはいえ4人がいるのは無理があった。


「ん? ご老人、前の席が空いとるぞ?」

「え? だったワシ、しゃちょ……」

「よい、よい! 椅子に座っておれ」

「ええ……」


 ラルメに半ば強引に島田は通信手兼前方銃手席に移って行った。

 恐らくはアカグロの襲撃が急で、下半身不随のために介助用クレーンを使わなければ車内に乗り込めない前田は置いてきたのだろう。となると先ほど主砲を撃ったり機銃を撃ったりしたのは全部、島田が車内を行ったり来たりしていたのか。


 ラルメは島田を追い出して車長用スペースに収まったものの、特に何をするというわけではなく腕組みをして車長用キューポラから防弾ガラス越しに外を見ている。


「……ま、まあ、いいわ! 反撃開始よ!」


 まず手始めにチハの手近のロボットへ主砲を発射。

 砲塔には島田さんも原さんもいないため、自分で排莢、装填、さらに主砲を発射。

 その様子を見ていた宇佐が装填手を買ってでる。ハドー人の知能が為せる業か、宇佐は先ほどの涼子の動作を見ただけで装填手の仕事を理解していた。


 多脚型ロボットもチハに銃撃を浴びせてくるが、チハの装甲はそれら全てを弾き返してした。

 操縦手の西が長年の経験により、敵に対して微妙に角度を付けるのはこれを狙っての事である。チハのような装甲の薄い戦車であろうとも、角度の付いた表面硬化装甲に突入してくる敵弾を弾く事ができる。

 それは涼子を大きく安堵させた。

 これで射撃に専念できる。


 涼子たちを包囲していたロボットたちは涼子が射撃を開始して30秒と経たずに全滅した。

 だが、それらがすでに通報していたのか、採石場に次々とロボット兵器が現れてくる。

 しかし、いくら新手が現れようとも涼子の敵では無かった。

 宇佐の装填速度は原さんを上回っており、そして涼子も自身の脳が急速に冴えわたっていくのを感じていたのだ。


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