21-6
銃弾が唸り、ビームが草木を焼いて、プラズマ球弾が弾ける。
アカグロの兵団は徐々に距離を詰めながら宇佐を包囲していく。
宇佐も包囲網に穴を開けようと果敢に攻める。
彼女のベースとなったアナウサギという種類の生物は巣穴を作るために地面に穴を掘る習性を持つ生き物だ。その因子を持つために宇佐は鋭い爪を持つ。
だが、あくまで彼女は低コストの伝令用の獣人だった。そのため爪にはレーザー発振器も高周波振動発生器もその他の爪を強化する能力は無いのだ。
また生体装甲も戦闘用の獣人たちよりも一段、性能が落ちる物を採用されていた。彼女の毛皮は異星人の使うプラズマ兵器には耐えることができないだろう。
結局、宇佐が頼りにできたのは俊敏な動きだけである。
ウサギはその身に危険が及ばない時はピョンピョンと跳ねるユーモラスな動きをするが、外敵に襲われた時などは地表スレスレを飛ぶかのような跳躍を行い、しかも方向転換も機敏である。
そして宇佐は人間の柔軟な関節機構をも併せ持つのだ。
大きく上に跳んで、樹木を蹴って跳躍、1人の異星人の前に降りて、スパークカッターが向かられる前に右脇をすり抜けるような形で抜けながら、首筋を爪で切り裂く。
怖い。
宇佐は恐怖していた。
だが、あの時ほどではない。
2人の子供の姿をした死が自身を捕らえて逃げられないように縛り付けていた時には、ただ怯えている事しかできなかったのだ。あの時は海賊の使命も忘れてただただ生きていたいと思った。仲間の事も売った。心がポッキリと折れる音が聞こえたような気すらした。
その時に比べれば自分は戦えているではないか。
何より、この醜悪な嗜虐の笑顔を浮かべている一団を自分の後ろの涼子たちの元に行かせるわけにはいかなかった。
どう考えても殺す事を楽しむ者の笑顔だ。
ラルメはアカグロを商売人だから金にならない殺しはしないと言っていたが、それは随分と甘い考えだとまざまざと思い知られていた。
異星人たちの銃口の向きを確認しながら、駆け抜けて、ついでに手近の者に爪で痛撃を加えていく。先ほどの首筋への一撃のような致命傷でなくてもいい。太ももでも腕でも背中でもとにかく敵の戦闘能力を削いでいく事。
それが宇佐に出来る事だった。だから全身全霊をもって山を駆ける。
だが宇佐は失念していた。
超次元海賊ハドーがこちらの次元で略奪を働いていたのは地球だけではない。宇宙の至る所で略奪を繰り返していたのだ。
傭兵の業務を請け負うこともあるアカグロのような武装商会において、対ハドーの戦術というのはすでに確立していたのである。
ハドーの基本戦闘単位は1体から多くても3体の遺伝子合成獣人に多数の戦闘ロボットというもの。そして宇佐が従えるロボット兵器は無い。
それならば戦闘ロボットを排除する手間が省けるというものだ。最終フェーズにすぐに移れる。
(…………えっ?……)
山の斜面を縦横無尽に駆ける宇佐であったが、何か黒く薄い物が地面に設置されているのに気付いた。地雷かと思い、とっさに着地する足をずらしたものの、対ハドー獣人地雷は近接信管のような物が搭載されていたのか、軽い爆発音と共に宇佐の体全体にネットを絡ませる。
その刹那、宇佐の体を数憶ボルトの電撃が襲う。
「きゃああああああああ!!!!」
雷の直撃にも等しい電撃を浴びたにも関わらず悲鳴を上げることができるのはさすがハドー獣人と言うべきか?
だがH-マインの目的は獣人を殺害するための物ではない。これは獣人を拘束するための物なのだ。
「プラズマスロアー! スロアーで焼き払え!」
異星人の指揮官の指示で後方でこの時を待ち構えていたプラズマスロアー射手が3名、宇佐の前に出て射撃態勢を取る。
それは地球人が使う銃器とはあまりにも形がかけ離れていた。使用方だけならば携帯地対空ミサイルランチャーが近いだろう。だが地球人の体力では持つ事すらできないような大きさと重量を持つそれは、銃という武器が持つ戦術的柔軟性の一切を削ぎ落した物で、まさに投射機と呼ぶに相応しい。
そして、その威力は巨大さに見合った物であった。
3人の射手が互いに目配せして同時にプラズマスロアーを同時に発射する。
1発でハドーの戦闘用獣人を完全に炭化させるプラズマスロアー。
それが同時に3発も宇佐へ向けて発射された。
「ふむ。こんなものか……」
轟雷のような音が周囲をつんざき、巨大な火柱が宇佐がいた場所を焼き払う。断末魔の悲鳴すらなかった。
異星人の指揮官はプラズマの影響でイオン化した大気が鼻をつくために顔をしかめながら、部下の練度に満足気に頷く。
「例え、あのハドーの獣人であろうとも、ただの1人ではろくな抵抗もできずに消え去るしかないか……」
指揮官は今後を思案する。
ラルメの手を引いていったのは地球人の女性だった。自分たちに比べて体力に劣る地球人だ。恐らくは遠くには行けてはいないだろう。
どうやら第1小隊のダンガレン星人より先にラルメを確保できそうだな。だが、まずは負傷した部下をどうするか。無傷の者を手当に残すのは捜索の人手が減る事になる。ここは軽傷の者に重傷の者の手当をさせようか……。
「……1人ならっスか……。なら1人じゃなかったら、どうなんスかね?」
「何? 何者だっ!?」
プラズマ弾の火柱の陰から現れたのは、先ほどのウサギ獣人を抱きかかえた1人の獣人だった。上顎に1対の巨大な牙が生えた虎の獣人だ。
虎型はゆっくりと歩を進める。その目には明らかな怒りの色が浮かんでいた。
「何者って、ただの『荒くれ者』っスよ……」
新たに現れた獣人に対して、指揮官は腰のホルスターから引き抜いた小型プラズマガンを抜き撃ちで浴びせる。
だが虎型は指揮官の動きを予測していたのか、抱きかかえたウサギ型を庇うように後ろを向いて背中でプラズマ弾を受ける。
「……まさか!?」
虎型の着ていた地球製の衣服は綺麗に溶けてしまったが、彼の毛には損傷どころか汚れすら見られない。
指揮官は信じられない物を見たような驚愕の声を上げるが、別に指揮官にとってこれは初めて見た光景というわけではない。彼が信じられなかったのはそれが地球にいた事である。
だがレーザーガンならいざ知らず、小型で低出力のプラズマガンを受けて顔色一つ変えずに平気でいるなどハドーの戦闘用獣人に間違いない。
ウサギ型のような廉価の低機能版ではなく、掛け値無しに本物の戦闘用ハドー獣人。
宇宙でその悪名を轟かす超次元海賊、その尖兵たる戦闘用獣人。
(それが何故、地球にいるのだ? それも廉価版ならば地球人に降る事もあるだろうが、目の前にいる虎型のような戦闘用獣人まで! それも着ている衣服から察するに地球人と友好的な関係を築いているだと?)
地球でラルメ捕獲作戦を行う予定だったアカグロの兵団が対ハドー兵器を所持していたのも、彼らのハドーへの恐怖心があった。彼らの兵士たちの間には対ハドー用兵器が無い戦場へは絶対に行かないと公言している者が一定数いるのである。
だが今回はそれが幸いした。
まだHーマインも十分に仕掛けてあるし、プラズマスロアーも再チャージの時間を稼げば使用可能だ。さらにスロアー射手を守る兵員の数も余裕がある。その中にはスロアーほどではないが、戦闘用獣人にダメージを与える事も十分に可能なプラズマライフルやプラズマカッターを装備している者が多数いるのだ。
犠牲は出るだろうが1体の戦闘用獣人ならば対処可能だ。
「宇佐さん、大丈夫っスか?」
「寅良君! ありがと~!」
「悪いけど、もう少しだけ頑張ってもらえるっスか?」
「うん! 私、まだ戦えるよ!」
異星人たちを無視するように虎型はウサギ型を下ろして会話を交わしていた。
これは強者の余裕ゆえか? その余裕に指揮官は激高した。
「た、たかが1人、増えただけではないか! 我々は何度もハドーを退けてきたのだぞ!」
「……いい事を教えてやるっス!」
「何?」
フラフラとながら自力で立ち上がったウサギ型を見届けて、虎型が指揮官に向き直る。
その目には強い意志の力が宿っていた。指揮官が今までに見た狂気に染まったハドー獣人のそれとはまるで違うモノだ。
「俺達は……、海賊は負ける事は許されない。それは自分の誇りと命を同時に捨てる事だから……。だから戦って勝つのではなく、勝ってから戦うんスよ!」
「なんだと?」
虎型が右手を上げる。
それを合図に異星人の集団を落雷が襲う。
幾度も、何度も、繰り返し落ちる無数の雷に異星人の兵たちは翻弄され、幾人かは被雷して倒れる。
だが、その雷は兵士を倒すためのモノではない。それには別の目的があった。
「……ハイ・ボルテージ・バニッシュメント。地雷の処理は終わりました……」
2人の獣人の左側、異星人たちの右側の樹上にいたのは無堂。
彼女のベース生物であるムドゥルンガなる異次元生物と同様に発電機能を持つ、さらにそれを磁気による操作で放射しているのだ。
宇佐を拘束した大電圧を放つH-マインであるが、自身は無堂の放電に耐える事もできずに全てが沈黙する。
「ハアアアァァァァァ!!!!」
地雷の無力化を見届けて、無堂とは逆の方向から異星人の集団に駆け込んできたのは1人の猫科の獣人。大きな猫耳の先端から伸びる毛が特徴的な伽羅だった。
彼女は猫科のスピードと瞬発力を武器に敵と敵との間を掻い潜りながら、爪と耳毛による斬撃を加えていく。宇佐の物とは違い、伽羅の爪には生体レーザー発振器が組み込まれており、単純なただの物質では彼女の爪を防ぐことはできない。
さらにベース生物であるカラカルの特徴である耳毛も1本1本が発振器を持つレーザーカッターとなっており、戦闘時には腰の辺りまで伸びる毛を頭部を振りながら敵へと浴びせていく。
「どおおおっせえええい!!!!」
未だ再チャージの終わっていないプラズマスロアーの射手が後方へ引こうとするが、3人は後ろから駆け込んできた熊沢にそれぞれ1撃の元に撲殺される。
普段の熊沢はずんぐりとした体形のいわばメタボ体形であるが、ハドーの遺伝子改造技術により調整された心臓は強力無比のポンプであり、彼の血液を人間では考えられないようなペースで循環させ筋肉肥大させる。今の彼は巨大な筋肉の上に脂肪が乗った山のような巨大な姿だった。
彼のタフネスは天昇園の5人のハドー獣人の中でも群を抜いているだろう。
「皆! 来てくれたのね!」
自身の窮地に駆けつけてきてくれた仲間たちに宇佐は歓喜の声を上げた。
「ば、馬鹿な! ハドーの戦闘用獣人がよ、4人もだと……」
反対に声を振り絞るのがやっとという様子なのが異星人の指揮官だ。彼も歴戦の戦士といえど1度に4人の戦闘用獣人を相手にしたことなど無い。そんな無謀を越えて自殺と大して変わらないような事をして生きている物がいるわけがない。少なくとも彼の常識ではそうだった。
ガサっ!
ウサギ獣人を助け出した虎型が指揮官に向かって歩き出す。
「無駄な抵抗を止めて大人しく投降するのなら、命までは取りはしないっス。アンタもアカグロなんか止めて地球で暮らしたらどうっスか? 大した科学技術も無い星っスけど、それでも結構、いい所っスよ、地球は……」
狂気に染まったハドー獣人しか知らない指揮官に取って、寅良の言葉は自分を随分と馬鹿にしたものだと感じたのだった。例え寅良の言葉が本心からの物であったとしても。
「ふ、ふざけるなハドオオオオオ!!!!」
腰に下げたスパークカッターを引き抜いて寅良に向かって駆けだす指揮官。それは勢いだけで、技も技術もあったものでもない破れかぶれのものだった。
指揮官の動きに合わせるように寅良も駆けだす。
勝負は一瞬で終わった。
寅良と異星人の指揮官は一合も打ち合うことは無かった。
寅良の上顎の牙は異星人のスパークカッターをまるで野菜のように切断し、そして彼の頸動脈をも切り裂いていたのである。
指揮官の戦死を混戦の中で知る者はいなかった。
それゆえに彼らは組織的な抵抗をできずにハドー獣人に蹂躙されるに任せていたのだ。
もし指揮官が生きていたならば後退しつつ天昇園の駐車場で戦っていたダンガレン星人指揮下の部隊と合流する道を選んでいたであろう。
山の奥に潜伏している大型兵器部隊と合流するにはハドー獣人を突破しなければならないからだ。
無論、それは彼らがダンガレン星人指揮下の部隊が全滅した事を知らないがゆえであったが。
「…………!」
最初にそれに気付いたのは宇佐であった。
そして次に伽羅。
2人の特徴は大きな耳を持ち、聴覚情報の取得に優れている事だ。
「ちょっと、宇佐! 今の気付いた?」
「ハイ! はっきりと……」
「どうした?」
異星人の小隊と戦いながら、先ほど聞こえた音について話をする。
「兄さんには聞こえなかった?」
「いや、特に気になる事は……」
「多分、アレ、クリスタルジェネレーターの起動音よ!」
「クリスタルジェネレーターと言えば!」
「銀河帝国の大型兵器に用いられている物よ」
「大方、アカグロが奪取した巡洋艦に搭載されていた物でしょう」
無堂が手をかざして異星人に電撃を浴びせながら宇佐の元へ近づく。熊沢も声を張り上げて会話に参加する。
「宇佐さん! ここは私たちに任せて涼子さんたちを探してください!」
「そうね。悔しいけど、私たちの中で1番、足が速いのは貴女だしね……」
「ここは俺達が食い止めるっス!」
「大丈夫、俺達がいる限り、蟻んこ1匹、ここから先に行かせるもんか!」
「……分かりました! それじゃ皆も気をつけて!」
「応ッ!」
「宇佐さんの海賊魂、見せてやるっス!」
涼子とラルメが逃げていった方向へ走りだす宇佐。
すでにH-マインの影響は無いのか足取りは軽い。
銀河帝国の皇女、ラルメを巡る戦いは最終局面を迎えようとしていた。
これで21話は終了となります。
次回、22話で天昇園編は終了です。
頭の中で考えていたよりも長くなりすぎてしまいました。
18話から始まる天昇園編ですが、
その目的の1つに「ハドー総攻撃」という大規模戦闘の捕捉があります。
そのために本編の誠君のいない場所での戦闘としてチハで戦っていた西住涼子が登場して物語に厚みを持たせ、
さらに今回のハドー獣人の活躍により、「誠君たちが戦っていたハドー獣人はこんなに強い奴らなんだよ!」っていう姑息な手段を取りました。
作者の目論見がある程度は成功してればいいな~と思ってます。
まぁ、天昇園編が長くなり過ぎた事でいくらか減点もらうのはしょうがないとして(汗




