21-3
天昇園側の逆襲を受けて異星人側は混乱をきたしていた。
天昇園なる組織が民兵集団を有しているのは彼らも認識していた。
だからこそ先手を打って彼らに準備を整えさせる前に肉薄し、交渉でラルメを引き渡すように通告したのである。
彼らの使う兵器は居住する建物とは別の建物に収容してあるのも把握済み。その状態ではラルメの引き渡しに同意しなくとも、天昇園は頼りの兵器を出す事も出来ずに捻りつぶす事ができるハズだった。
だが現実はどうだ?
10分という時間を与えたにも関わらず、奴らは間髪おかずにわらわらと施設から飛び出して異星人たちを襲撃しているではないか!
10分という時間を与えたのは、天昇園にラルメを引き渡させる事を決意させる時間であると同時に、引き渡し賛成派と反対派の軋轢を生みだし、彼らの総合的な戦力を発揮させないためでもあった。
あるいは、わざと包囲をしていない方面から逃げ出してくれてもいい。その中にラルメが紛れていないかだけ確認しておけば。
意気揚々と力を見せつけ、天昇園を包囲したつもりであった異星人集団であったが、逆に蛮族の夜襲を受ける哀れな駅馬車のような状況に陥っているのは彼ら自身ではないか!
「おい! 隊長の翻訳機が壊れてるんじゃ!?」
「セルフチェック機能はオールグリーンだぞ!?」
「言語設定は!?」
「や、奴らが使うのはニホン語のハズでしょ!?」
「まさか、奴らに交渉は通じないのか……?」
「そんなの私には分からないよ!!」
「衛生兵! 衛生兵!?」
「こ、孤立するな! 奴らに狩られるぞ!?」
「う、腕……、俺の腕……」
混乱の最中、突如として至る所でモクモクと黒煙が上がり始める。
彼らの示威行為のための破壊した自動車の化石燃料の炎とは明らかに違う。
「おい! 誰だ! 煙幕なんて使ったのは!?」
「た、隊長……。今回のメンバーの中に煙幕を装備している者はおりません……」
「なんだと!? じゃあ、まさか、地球人が……?」
「…………はい……」
「馬鹿な!? 地球人は視覚に頼って生きてる生き物だろう!?」
天昇園側に通告を行ったロウソク型の異星人、ダンガレン星人の男は焦っていた。
視覚に頼っているのは地球人だけではない。彼が連れて来た兵員の8割は視覚情報に頼って外界の状況を認識しているのだ。そして彼の連れてきている兵員は厳しい訓練を受けてきたわけではない。残り2割の嗅覚や聴覚を上手く使える者を頼りにしようとも、彼らを主軸とした連携など即席で出来るわけがない。
これではラルメを取り逃がしてしまう恐れが出てきた。
だが天昇園の高齢者が煙幕を使ったのにはもう一つ理由がある。
ラルメを逃がすためという守備的な理由の他にもう一つ、攻撃のための理由が。
1人の異星人が煙幕に構わずにコウモリのように大きな耳を震わせながら周囲を見渡す。
彼の大きな耳は伊達ではない。
自身が発した超音波の反響を耳で捉えることで、脳内にリアルタイムで聴覚情報を視覚化できるのだ。
右の方へ周りながら地球人の襲撃を警戒する。
左の方はまだ仲間がいたハズだ。
そして、その仲間が殺られた音はまだ聞こえてこない。
慎重に警戒を続ける超音波星人だったが、不意に右後方からの物音に驚いて、そちらを向いてしまう。
(……い、石? 何でまた……? …………不味い!)
何故、敵がいないハズの後方から石の音が聞こえたのか? その理由に思い至った彼は急いで元の向きへ戻るが1歩遅かった。
「セィ!!」
黒煙の中から飛び出してきた1人の後期高齢者が超音波星人の鼻っ柱に正拳突きを叩き込む。続けて左の正拳を胸板へ。
「ごふっ!?」
「けっ! こちとら5歳の時から毎日1000本の正拳突きを欠かしたことはねェんだ! どうだ? 一味違うだろ?」
異星人が答える事は無い。
すでに折れた胸骨が重要な臓器を損壊して絶命していた。
彼は物影から異星人の後ろへ向かい石を投げ、敵が後ろを向いた隙に接近したのだ。
なお、彼は1日に1000本の正拳突きと言うが、近年では2000本から3000本の正拳突きを行うことがよくある。認知症のせいでその日の修行を終えた事を忘れているのだ。
超音波星人を屠った空手使いのように、天昇園の小銃分隊の所属者は何かしらの戦闘術の使い手であった。彼らが使うのは空手、琉球唐手、合気道、柔術、剣道、十手術、銃剣術、詠春拳、太極拳、八派天拳、茶道にバリツなど多岐に渡り、いずれも腕前は達人級と言ってもよい。
涼子たち職員は彼らを「何かに理由を付けてバンザイ突撃をやりたがる」だの「突撃が基本戦術」だの言っていたのだが、それには理由がある。
彼らにとって三八式歩兵銃という低威力の弾薬を使う単発式のボルトアクション式の小銃を使うより、素手のまま敵中に突っ込んで暴れたほうが殲滅力が高いのだ。
無論、彼らとて職員が彼らの身を案じている事は知っている。
だから、今回のように戦車などの大型兵器を使う事が出来ない限りは彼らも無闇に突っ込むような真似はしない。例え涼子が天昇園に配属する前の戦車隊の絶望的な主砲命中率を目の当たりにして、歯痒い思いをしていてもだ。
だが今回は違う。
いきなり天昇園を包囲して恫喝してきたのは異星人だ。
異星人たちは知らず知らずの内に飢狼の戒めを解いてしまっていたのだ。
そして今、また1匹の獲物に飢えた狼の前に立った異星人がいた。自身が哀れな子羊であるとも知らずに。
「……やるかい? 兄ちゃん……」
「うん? 会話ができる。翻訳機の故障ではないのか?」
「何をゴチャゴチャ言ってやがる……」
異星人はヒューマノイド型。心肺機能を補佐するためのマスクとそれに直結されたタンクを背負っている。彼の武器はその剛力。彼の手にかかれば駐車場に転がっている自動車を1人でひっくり返すことなど造作も無いだろう。
異星人の前に立つ老人は肥満体。
彼の100歳近い年齢を考えれば脅威的な肉の圧力だ。
上半身裸になり不敵に笑う彼の事を知る者は今は少ない。戦後間もない頃、暴力事件を起こして角界を永久追放された「破天荒」の2つ名で呼ばれた大横綱、瑞鶴。それが彼のかつての四股名だった。
「よっと……、随分とでけぇ筋肉だな……。どんなトレーニングしてんだ?」
「……必要量のホルモンの投与と微細電流による筋繊維への刺激……」
「ぷっ!?」
「笑うか?」
瑞鶴が大きく腰を落とし、「瑞鶴型」と呼ばれる彼独自の横綱土俵入りを見せる。
借り物の土俵入りではない、彼が自身のために考案した土俵入りだ。
その姿、筋肉の躍動と柔軟性は異星人は瑞鶴への「肥満体」という認識を改める。
「何だ!? この体形で、この肉体を覆う肉のほとんどが筋肉だと……?」
「笑って悪かったな……。ま、どっちが正しいかはこれから決めようや……」
そう言って、笑っていた表情は一気に鬼気迫る物になり、大きく腰を落とし両手を地面に付く寸前まで落とす。ただ顔だけは異星人に向けて離さない。
(この独特の構え、力士か?)
異星人も適当な距離を置いて、彼の知るスペースレスリングのフォームを取る。奇しくもそれは大きく腰を落とした低姿勢という点で相撲とよく似ていた。
(この気迫、先ほどの柔軟性から予測される瞬発力、注意すべきはBUCHIーKAMASHIか……)
先に動いたのはどちらだったか。
行司やレフェリーがいるわけではない。各々が相手の呼吸を読み取り、ほぼ同時に敵に向かって突っ込んだのだ。
瑞鶴のブチカマシを警戒していた異星人だったが、彼の体よりも両手が左右から迫ってきていることに気付いた。
(まさか、ハリテ・ビンタ!?)
バアァァァン!!
鼓膜が麻痺するほどの大音量に異星人は一瞬、ほんの一瞬だけ両目を閉じる。
(な、なんだ!? 何が起きた!?)
体のどこにも痛みは無い。
だが異星人が目を開いた時に見たものは、野球のピッチャーのようなフォームで右掌を振りかぶる瑞鶴であった。
(こ、今度こそハリテ!? マズい! ガードを……)
だが異星人の両手のガードが間に合う事はなく、瑞鶴の張り手は彼の顔面へクリーンヒットする。
衝撃で眼球を眼窩から飛び出させ異星人は崩れ落ちてしまう。
これぞ瑞鶴の1番の得意技「猫騙し」である。
大量にバラ撒かれた発煙手榴弾で細かく仕切られた戦場。
その一画に4人の異星人に囲まれた1人の老人がいた。
老人は右手に直刀型の仕込み杖を、左手には鞘兼杖を持っている。
大河たちを拘束していたロープを切ったあの老人だった。
「キィエエエエエエエエ!!!!」
老人が裂帛の気迫と共に直刀を振るうと、彼の目の前にいた無脊椎動物型の異星人の首がゴトリと落ちる。
さらに返す刀で隣にいた網目状の皮膚を持つ異星人の左腕を切り落とす。
だが腕を切断された異星人は切断面を押さえて痛みを堪え、その状況にありながらも何故か勝ち誇ったように口角を上げてみせたのだ。
「…………つぅ……、だ、だが、これで御終いだ! 俺の体液は腐食性、お、お前の刀は既に使い物にならん!」
「試してみるかいの?」
「なに!?」
老人は刀を振り回すながらその場でターンを決める。
ドサ……、ドサ。
残り2人の異星人が断末魔の叫びも無く崩れ落ちた。
「な、何故だ!?」
「説明するのも面倒だわい。勝手に想像してみんしゃい……」
地球人の刀剣は鉄に炭素や微量元素を混ぜて鍛えただけの陳腐な鋼のハズだ。
自分の体液を浴びたら一瞬でボロボロに劣化して砂糖菓子程度の強度しか出せないハズだ!
結局、異星人は絶命の瞬間まで老人の刀の秘密に辿り着くことは出来なかった。
それもそのハズ。そもそも老人の直刀には秘密なぞありはしないのだ。
秘密は刀ではなく老人の剣技にこそあった。
彼は幼少の頃に剣の師匠から言われた「人を斬るは刀に非ず」という活人剣の極意を馬鹿正直に守り、鍛錬の果て、ついには刀が触れずとも斬る技を体得していたのだ。
鎌鼬、真空波、ソニックブーム。
呼び方は様々だろうが活人剣を修めたハズの彼は、昭和の動乱期には「人斬り」として裏社会で恐れられる存在になっていた。
「ち、地球人め! 奴ら、人生の末期には性能が著しく劣化するのではなかったのか!?」
煙幕弾の持続時間が切れ始め、徐々に戦況が明らかになると、そこは死屍累々の屠殺場と化していた。
だが地面に転がって事切れているのは異星人ばかり。
逆に地球人の高齢者はすでに残敵掃討の雰囲気になっていた。
「こ、ここは残存兵力を結集して第2小隊と合流を……」
だが事態の収拾を図ろうとするダンガレン星人の元へも4人の若者が現れた。
「アカグロだかなんだか知らないが、地球じゃお前らの好きにはさせないぜ!」
「黙れ! たった4人でこの俺を倒せるとでも?」
「もう1人いるわよ!」
右方向、天昇園前の都道方向から新たに聞こえてきた声にそちらを向くと、1人の女性がバイクに乗って駆け込んできた所だった。
犬養が市谷から駆け付けてきたのだ。
「ネオ・ブレイブ・チャージ!!」
「ぬわっ!?」
犬養はそのままバイクでダンガレン星人に体当たり。
ブレイブチャージとは前リーダーのブレイブドラゴンが得意とした技で、彼はバイクに自動車、水上バイクや小型飛行機、果ては重量4800トンの専用メカ、ドラゴンフライヤーを使って幾多の敵を跳ね飛ばしてきた。例え、その乗り物が借り物であったとしてもだ。
そして、この技で会敵と同時に倒した敵も少なくはない。
「アタタ! おい! コラァ! 免許持ってんのかぁ!? 警察呼ぶぞゴラァ!」
「私が警察官だけど? 階級は警部補、現在は出向中だけどね!」
「クソッ! 蛮族が!」
犬養は悪態を付くダンガレン星人をいなしながら、4人と合流した。
「おせ~ぞ! リーダー!」
「まったくです。僕たちはエラい目に合ったというのに……」
「ゴメン! でも重要な事が分かったわ……」
「何?」
5人の中央に立ち、仲間とダンガレン星人に聞こえるような声量で話し始める犬養。
「まったく、アカグロにはしてやられたわね。まさか銀河帝国の軍艦を奪っておいて、自分たちが銀河帝国を名乗り地球人にラルメ皇女の引き渡しを要求してくるだなんて……。大方、身代金でもたんまり帝国に要求するつもりだったのかしら?」
「なんだって?」
「それじゃあ、さっきラルメを自分たちの同志と言ったのは?」
「そんなこと言っていたの? 多分、万が一にも皇女を取り逃がしてしまった時のために、我々を混乱させるためとか? どう、違う?」
愕然とした表情の大河たち4人。
だが彼らも「なるほどな」と妙に納得していたのだ。
彼らが見たラルメはとてもテロリストのような生き馬の目を抜くような生活を送ってきた者には見えなかった。むしろ優雅で気品に溢れ、彼らや高齢者たちの騒動を見て微笑む様などは上に立ち生きる事を義務付けられた者のようにさえ見えたのだ。
「……何故だ?」
犬養の言葉を聞いて観念したのか、ダンガレン星人が絞るように言葉を紡ぐ。
「何?」
「何故、真実に辿り着くことができた?」
そう、それこそが犬養の到着が遅れた理由である。
「誰から聞いたのだ?」
「……マスティアン星人」
「!?」
犬養の言葉にダンガレン星人は飛び跳ねるように驚き、そして理解した。だがまだ腑に落ちない事がある。
一方、大河たち4人には聞きなれない異星人の名を聞いても何が何やらさっぱりといった様子である。
当たり前だ。マスティアン星人は宇宙でも珍しい少数民族で、これまで地球上で活動が報告されたことはない。だが彼らには1つの特殊な種族的特徴があった。
「な、なんですか~、そのナントカ星人って……」
「入鹿、他の皆も覚えてる? ワームホール・ダイブド通信って」
「え、ええ。空間の割れ目を利用して光速よりも早く通信を送る方法でしたよね?」
「ええ、でもそれは『光より早い』だけ……、結局は何万光年も彼方にある銀河帝国と通信するには長い期間を置かなければならない……」
「そうだったな。そのせいで俺達は銀河帝国の母星と連絡を取る事ができなかった……」
「でもね。宇宙には距離を一切、問題としない通信法があったの」
「は?」
「それがマスティアン星人のテレパシー」
「てれぱしー!?」
大河は犬養が変なオカルトにかぶれたのかと思ったほどだ。
だがダンガレン星人の歯噛みして悔しがる様子に彼女の言っている事が真実であると知る。
「あなたたちアカグロが巡洋艦を襲っていた時、ラルメ皇女の侍女であったマスティアン星人が帝国母星にいる仲間に向けてテレパシーで連絡をいれていたの。自分の命が尽きる瞬間までね……」
巡洋艦に乗っていたマスティアン星人についてはダンガレン星人もよく覚えていた。
マスティアン星人は地球人と同様に脆弱な肉体しか持たないというのに最後まで抵抗を続けていたのだ。宇宙にその名を轟かすアカグロはただの侍女のせいでラルメを取り逃したと言ってもいい。
「そして銀河帝国本国から地球にいたマスティアン星人に向けてテレパシーが送られて我々は真実を知る事ができた……。皆、銀河帝国より正式にラルメ皇女の保護要請が来たわ!」
「つ、都合良く少数民族のマスティアン星人が地球にいただと……」
「まあ先月、来たばかりらしいけどね!」
「……クソっ!」
長いロウソクの様な腕で地面を殴りつけるダンガレン星人。
「皆、変身よ!」
「「「「応ッ!」」」」
5人がそれぞれの手首に装着しているブレイブブレスのダイヤルを回してパスワードを入力する。
パスが外れ、ブレスは入力待ちのアイドル状態へ移行。
「ブレイブチェンジ!!」
音声入力の変身コードはただちに認証され、5人は一瞬で5色の強化戦闘服を身に纏う。
「ブレイブハウンド!」
青の猟犬、犬養葵。
「ブレイブ! ファルコンッ!」
黄の隼、黄島隼人。
「ブレイブリザードォ!」
緑の蜥蜴、渡嘉敷緑。
「ブレイブッ! ドルフィン!」
黒の鯆、藤原入鹿。
そして……。
「まあ、待ちなさい」
「ブレ……、って、おいジーサン。俺の見せ場!」
現れた老人は天昇園の入居者にしては珍しく和装をしていた。
それも袴姿の上に江戸組紐の羽織を組み合わせた随分と本格的な物だ。
その和装の男は井上、多賀谷から着替えを手伝ってもらいやっとの事で到着したのだ。
「ホッホッ! そりゃ悪かったの! じゃが、お前さんたちには姫様を追って欲しい」
「は?」
井上は不満気なブレイブタイガーこと大河の事などお構いなしで話を続ける。
「どうやら姫様は裏山に逃げたらしいが、山からも敵の気配がビンビンじゃ! ここはワシに任せて行きなはれ!」
「……分かりました。皆、行くわよ!」
「え? お、おいリーダー!?」
仲間を促して山へ駆けていくハウンドをタイガーが走りながら問い詰める。
「ちょ、ちょっと待てって! あんなヨボヨボのジーサンに指揮官クラスの異星人なんか任せて大丈夫なのかよ!?」
大河は穴開きのジーンズや逆立たせた髪などのパンク風のファッションを好むが優しい男である。彼にとって、あの和装の老人を見殺しにすることなど到底、看過できることではなかった。
だがハウンドはタイガーの言葉を一蹴する。
「タイガー、貴方、気付かなかったの?」
「な、何が?」
「あの老人、茶道を使うわ。それもかなりの達人よ!」




