20-6
木曜日、銀河帝国の指定してきた期日まで、後2日。
土曜日の正午には地球は破壊されてしまうというのに、ブレイブファイブの面々は宇宙テロリスト「ラルメ」の消息を見つけられないでいた。
「今からでも公開捜査に踏み切った方が良くないですか~」
市谷の「カレースタンド ファスト」の店の奥、ブレイブベースに集まっていた5人は前日までの捜査状況について話し合っていた。
入鹿が根を上げたように秘密捜査の限界を訴えるが、それはできないだろうと犬養は思っていた。
「日本が破壊される」という話ではない。「地球が破壊される」という話なのだ。もし、銀河帝国の通告を公開してしまえば破滅的な混乱が世界中で起きるだろう。そして、それを国連は許しはしないだろう。
入鹿もそんな事は分かっている。だが、それでもボヤきたくなるような状況だった。
彼ら5人、寝る間を惜しんで捜査を進めてきたが判明したことは“ほぼ”無い。事情を伏せて一般の警察や公安に捜査協力をしてもらっているにも関わらずである。
ほぼ無い。というのは本件に関係あるかどうかすら分からない、だが特異な事件が1件起きていた。
H市西側の裏路地においてプライズム星人の他殺体が発見されていたのだ。
その死体は腹部から内臓を引き抜かれ、首の骨を圧し折られていたのである。
発見者は近所の商店主で、最初は透明なプラスティックかビニールのゴミが落ちているのかと思ったそうだ。片付けようと触ったところ、それが透明な人型生物の死体であると気付いたそうだ。
被害者の身元は不明。日本の帰化異星人コミュニティに問い合わせてみたが、彼らの仲間にプライズム星人はいないそうだ。
プライズム星人の母星は貧しく、彼らは傭兵として様々な勢力に手を貸す存在である事は広く知られている。被害者のプライズム星人が装備していたプラズマガンも彼ら傭兵がよく使う標準的な物であった。
つまり宇宙テロ集団「赤い黒点」と関係があるのかもしれないし、無いのかもしれない。それだけでは何も分からないのと一緒だった。ただ、捨て置くにはどうかとも思う情報ではあった。
ただ、1つだけ判明していることがある。
プライズム星人を殺害した“加害者”だ。
「何者なんすかねぇ? このザ・アンノウンってのは……」
「分からないからアンノウンって言うんだ……」
大河の言葉に隼人が当たり前の事を言う。結局、それぐらいしか言うことがないのだ。
プライズム星人を殺害したのは「ザ・アンノウン」と呼ばれるダークヒーローだった。
ダークヒーローと言うのは正確ではないかもしれない。彼についてはほとんどの事がわかっていないのだ。
便宜上、“彼”と言うが性別不明。
年齢不明、ただ活動期間からそれなりに年齢を重ねているであろうことは推測されている。
その他、国籍、血液型、嗜好、主義主張、生体データ等、ありとあらゆる事が不明。まさにアンノウンとしか言いようのない存在だ。
そのために正体不明という意味のアンノウンという言葉に、“あの”という意味のザという定冠詞を付けて彼の固有名詞としていたのだ。
識者の中には個人ではなく、複数名のグループではないか? という者さえいた。
ダークヒーローというのは既存の社会規範、法、道徳によらずに自分の価値観でのみ動く者を言う。
逆に言えばダークヒーローの行動の痕跡にはダークヒーローなりの意思が見て取れる。
例えばマーダーヴィジランテ。
彼も正体不明のダークヒーローと呼ばれる存在であったが、その極悪人を許さない強い憎悪は彼の活動の痕跡から証明されていた。もっとも、その憎悪が強すぎて、生身の人間ながらARCANAの大アルカナ2体に戦いを挑むという自殺といってもいいような最後を遂げていたのだが。
だがザ・アンノウンについては、そんな意思なども微塵と感じ取る事ができないという。日本でも有数のプロファイリングの権威ですらである。
無味無臭の痕跡に件のプロファイラーは「まるで悪党を殺す機械装置のようだ」という言葉を残している。
その彼をダークヒーローというのは、姿を見せずにただ凄惨な死体を残していく彼の手口からそう呼ばれているのであり、人々のイメージによる所が大きい。ちょうど、洗脳が解けた後のデスサイズをダークヒーローと呼ぶように。
今回もプライズム星人の死体から彼がよく使う特殊な形状のナイフの痕跡が鑑識により発見され、また現場に残されていた8ミリ南部弾と9ミリパラベラム弾の施条痕もあり、ザ・アンノウンの行動と断定されていた。
「結局、その正体不明の誰だか分からない奴が殺ったって以外は分からないって事ですか?」
「そうでもないわよ?」
犬養が手元のコンソールを捜査して壁面ディスプレーに警察の鑑識が作った資料を映す。
現場に残された痕跡から推定された事件の流れが映しだされていく。
まず裏路地の入口付近にいたプライズム星人をザ・アンノウンが前から腹部を突き刺し、首の骨を圧し折り殺害する。その後、裏路地の奥にいた別のプライズム星人と銃撃戦を繰り広げ、手傷を負わせたものの取り逃がす。
ゴクリと大河が生唾を飲み込む。
「……こ、こんなにアッサリと透明宇宙人を?」
「いや、プライズム星人ならスマホのカメラにも映るぞ?」
「え?」
「マジだぞ? なんか人間の目とデジタルカメラって赤外線の見え方が違うらしくてな……」
「ええ~……」
そういえばスマホのカメラでマジックミラー越しの盗撮カメラとか判別できるんだったなと犬養は前に見たテレビ番組を思い出していた。
だが話が脱線しそうなのでメンバーの気を引き締めていくことにする。
「つまり、プライズム星人は街を歩いていたところにザ・アンノウンと出くわして殺されたわけではなく、何らかの目的を持ってこの場にいた。だから被害者とは離れた場所に仲間がいて支援態勢を取っていた……」
「そうか! だから他のプライズム星人は逃げることができたのか!」
「そうね。そうでなければ皆殺しになっていたかもしれないわね」
何の目的があったのか、何をしていたのかは依然として謎のままである。
だが追う価値はあると犬養は踏んでいた。残り少ない時間をつぎ込むのに足ると感じていたのだ。
そんな中、室内に五百旗頭1佐が慌てて室内に駆け込んできた。日頃のドッシリと構えた彼からは想像も付かない姿である。
「皆! ラルメの目撃情報が入ったぞ!」
「「「「「は?」」」」」
1佐の言葉に5人は懐疑的な目を向ける。
密入国していた異星人から警察から通報が入り、宇宙犯罪者のラルメを目撃したという。通報者は数年前にラルメの顔を見ていたことがあったそうで、ラルメがテロ集団の首魁になっていたという事は知らなかったそうだが、いくら何でも出来すぎの話ではないか?
これまで顔や姿、そもそも種族すら分からなかった相手をたまたま知る者がたまたまH市にいて目撃情報が寄せられるなど、欺瞞情報を疑うのも無理はない話だ。
「……とりあえずネタの信憑性についてはともかく、場所はどこなのですか?」
「聞いて驚け、天昇園だ」
その言葉に1佐以外の5人が息を飲む。
この業界の経験が浅い大河と入鹿の2人も天昇園の事は知っている。なにせ数日前の新聞で見たばかりなのだ。
ハドー総攻撃の際の活躍ランキングで上位に位置していた部隊を擁する天昇園が宇宙テロリストの潜伏先。これは一体、どういうことなのか?
「それは銀河帝国の通告を知らずに何らかの理由で拘束されているとか?」
隼人の言葉は余りにも希望的な推測だった。もし仮に情報を聞き出すためとか、何かしらの事情で拘束されているのならば密入国者の通報者はどうやってラルメを目撃したのだろうか?
「……いや、丁重にもてなされているそうだ。まるでお姫様のようにな……」
篭絡、洗脳、精神操作。
様々な言葉が5人の脳裏を駆け巡る。
「……そういや、天昇園なら例のプライズム星人の殺害現場とも近いな……」
渡嘉敷の言葉通り、天昇園と殺害現場は隣接しているわけではないが、たった2kmしか離れていない。自動車ならほんの数分の距離だ。
「……これはマズいですね~……」
「とりあえず探りをいれてみようか……」
「最悪、あの天昇園防衛隊ともヤりあわなきゃねぇのか……」
「ジーさん、バーさんが相手ってのはしんどいっすね……」
天昇園の持つ言葉の響きに4人は忘れているようである。最初、目撃情報を聞いた時には懐疑的であったことを。
ただ1人、犬養を除いて。
「……あの、先に調べておきたいことがあるのですが……」
「それじゃ、僕らは向こうの状況を確認しに先に行っていましょうか……」
「だな。あそこは法人全体でみたら結構な広さだしな」
「腕が鳴るぜ!」
これまでの雲を掴むような捜査から、明確な目標の出来た大河が気合を入れる。彼に限らず犬養以外のメンバー皆にそのような雰囲気が感じられる。
だが、そんな彼らを窘めるように五百旗頭1佐が声を掛ける。
「君たち、今更、君たちに気を付けろだなんて野暮な事は言わん。だが、これだけは言わせてくれ……」
「なんです?」
「ああ、レベル5の男には気をつけろ」
「なんスか? ソレ?」
「あ、いや、何でも無い。……大丈夫だろう」
「……?」
結局、天昇園を相手に直接、乗り込むわけにもいかず、犬養にさらなる捜査の時間は与えられることになった。
犬養は独自に捜査を進め、他の4人は天昇園の様子を監視することになる。
ブレイブチェイサーを駆って街を走る犬養。
といっても、ブレイブチェイサーはちょっと派手な塗装の250ccバイクである。おまけに時間は昼時の都内。その姿は随分とのんびりしたものだった。彼女の胸中に渦巻く疑念とは違い。
天昇園は1週間と少し前のハドー総攻撃の時には街の人々のために戦うヒーローであった。
その事は彼らの上げた戦果が雄弁に物語っている。
すでにその時、「赤い黒点」の魔の手に彼らが落ちていたのなら、なんだかんだ理由を付けて消極的な活動しかしなかっただろう。
自分たちの戦力を減らしてしまうかもしれないのだし、彼らが出なければ他のヒーローの負担が増えて損害が出ていたのかもしれないのだ。何故、手駒を減らすような真似をして天敵であるヒーローを助けるのだろうか?
つまり、天昇園はその後で敵の手に落ちたことになる。通報者の言葉を信じるとするならば、だ。
「黒い黒点」なる存在がどの程度のものかは分からないが、そんなことができるのだろうか?
天昇園のような特別養護老人ホームは長期間入居する者の他にも、日帰りのデイサービスや短期間の宿泊であるショートステイの利用者も多い。その他、自宅から通勤してくる職員や打ち合わせに来る行政のケアマネージャーなどの目もある。
そんな短期間で大規模な施設が乗っ取られるというのは有り得るのだろうか?
特怪事件では何が起こるか分からない。そう犬養も知ってはいたが、どうしても疑いは晴れないのだ。
疑いと言えばまだある。
銀河帝国だ。
「地球を破壊する」だなんて極端な事を通告しておいて、その後は無しのつぶて。ラルメの顔写真のデータすら送ってこないのはどういうことだろう?
無論、彼らが地球人を軽んじているのだろうと想像は付く。だが地球人は軽く見れても、自国民はどうであろうか?
銀河帝国という国は長く続いた国によくあるように権威主義であるらしい。権威主義者という者は「虎の威を借りる狐」である。であるからこそ帝国の権威という「虎の威」が傷付くことを恐れるハズなのだ。内乱の混乱がまだ尾を引くという状況ならばなおさらだ。
はたして、そんな権威主義者たちが「無理難題を吹っかけて余所の惑星を爆破」だなんて真似をするだろうか? それで納得する国民たちなのだろうか?
彼女の胸中とは裏腹にブレイブチェイサーの調子は上々だ。
昨日、H市のバイク店から帰ってきたばかりのブレイブチェイサーは月曜とはまるで別物のような吹けあがりだった。
犬養はバイク屋の息子を紹介してくれた少年の事を思い出す。
石動誠。
去年からは考えられないように明るくなった少年は友人たちに囲まれて幸せそうな様子だった。犬養が協力を要請するのを躊躇するほどに。
もし犬養の知る、暗い目をした死神という運命に囚われた少年が相手であったなら、犬養は迷わず協力を頼んでいただろう。相手は未知の宇宙人集団が相手で、ブレイブファイブの誇るメカニックたちは修理中と何があるか分からない状況では戦力は多いに越したことはない。その点、石動誠ことデスサイズなら戦力としても十分だ。
だが、あの少年の戦いは終わったのだ。
彼は十分に戦った。
これから先は自分のような大人の仕事だ。
石動誠のような子供がもう2度とあんな薄暗い眼差しを、見てる人が心を痛めるような笑みを浮かべなくてもいいような世の中を作るのは自分のような責任ある大人の役割だ。
犬養が決意を新たにし、ブレイブチェイサーのスロットルを絞ろうとしたその時、スマホの着信が入った。
バイクを路肩に止めて、電話に出ると相手は五百旗頭1佐だった。
「もしもし? 犬養です」
「あぁ~、私だ……」
「どうしたんです?」
「ああ、一大事だ。隼人君たち4人が天昇園に拘束された……」
「なんですって!?」
五百旗頭1佐の話では彼らが拘束される間際に連絡をよこしたために詳細は不明。それも現在の彼らの安否も含めてだ。
「急いで向かいます。司令はH市の災害対策室に協力要請を!」
「分かっておる。君も気を付けて……」
「ハッ!」
慌ててブレイブチェイサーにまたがろうとした犬養に、更なるスマホの着信が入る。
「何なのよ!? こんな時に!!」
天昇園編が自分で思っていた以上の分量になりそうで参っています。
想定外でした。
まさか主人公が空気になるなんて……




