19-4
間に平日を挟んだゴールデンウィークが終わっても西住涼子の心は晴れないままでいた。
島田さんは塞ぎ込んだままであったし、泊満さんは未だ入院中であり彼女の心に重く圧し掛かるモノについて答えはくれなかったのだ。
とはいえ何から何まで悪い事尽くめというわけでもない。
幸いにも負傷した前田さんは軽傷で入院することも無かったし、島田さんも原さんの葬儀の時には再びチハに乗り込んで3号車、4号車と共に弔砲を撃つために参列していた。その時はいつもの戦車に乗る時のようにピンと背筋が伸びてもいたのだ。
それは彼の復活を予感させるものだった。
むしろ深刻なのは1号車である。
車長の泊満さんは退院の目途が立っていないし、1号車自体も原因不明の機関不調で起動不能状態となっていた。
まあ「原因不明」とは言っても、天昇園近くの自動車整備工場にどれほど1号車のマイバッハ社製カスタムエンジンの事が分かるのかは疑問が残るが。
そして介護職員の仕事は彼女に思い悩む暇を与えてくれはしなかった。
むしろハドー総攻撃の影響で高齢者の介護者やその近辺に被害が出た結果、予定に無かったデイサービスやショートステイの利用者が増えていたのだ。
涼子などは新人でもあるし、チハで戦っていたのを考慮してくれたのか、むしろ休日を貰えていた方である。総攻撃以降、休日も取れずに働き続けている者すらいるのだ。
「……なんですか、コレ?」
ゴールデンウィークが明けて月曜日、日勤のために天昇園に赴いた涼子は所長室に呼び出されていた。
所長室にいたのは所長の他に滝川理事長だった。普段は天昇園の経営母体である社会福祉法人の法人本部にいる滝川理事長と会うのは入社式の日以来である。
そこで所長から渡されたのは1枚のカードであった。
涼子も持っている自動車運転免許証のようなプラスチック製のカードにはICチップが埋め込まれており涼子の名前や性別、血液型などが記されていた。
そのカードが何であるかも記されている文字を読めば分かる。だが涼子が聞きたいのはそんなことではない。もっと根本的なことだ。
「何って見ての通り、ヒーロー登録証よ。推薦人は泊満さん。認定官の市役所のお役人さんがこないだの貴女の戦果を確認して発行されたわ。それを見せれば色々と割引してくれる施設とかあるし、良かったわね!」
「良かったわね、って……」
「それと報奨金の振り込み先は給与の振り込み先と同じにしてあるけど、後から変更もできるわ。2次元バーコードを読み込める機種ならスマホからでもできるそうよ?」
「ちょっと待ってください!」
涼子を置いてけぼりにして話を進めようとする所長につい涼子も大きな声を出してしまう。
「え? 私がヒーローって何ですか、それ?」
「あら? あれだけの戦果を上げておいて謙遜のつもり?」
「普通の人ならいきなり戦車に乗って異次元海賊とドンパチかましてこいYO! なんて言われたら尻込みしちゃうもんだZE!」
「それは! ……それはチハに乗って戦わなければ守れない気がしたから……」
涼子の言葉になおも不思議そうな顔をする所長に、それとは対称的に満足そうな頷きを返す滝川代表。
結局、「登録証もあって困る物ではないから、ヒーローやるかどうかはしばらく考えて見なさい」という滝川代表の言葉にその場は登録証を受け取って下がることになってしまった。
涼子が退室してから所長と滝川代表は2人で話をしていた。
「あの子、またチハに乗ってくれるでしょうか?」
所長の言葉には不安の色が混じっていた。周囲の期待に押しつぶされて、そのまま何もかも投げ捨てて消えてしまうのではないか? そんな危惧すらあった。
一方の滝川代表には何か確信めいたものがあるようだった。
「大丈夫、彼女はきっとチハに乗るよ。次の機会にはね……」
「そうでしょうか……」
「さっき彼女は『戦わなければ守れない気がした』と言ったね? でも、普通の人ならばこう考えるハズさ! 『はたして自分が戦う必要があるのだろうか? 自分じゃなきゃ駄目なのか?』ってね! そうやって考えている内に間に合わなくなってしまう。そんな事を一々、考えないのがある種のヒーローの素質さ!」
「ある種の? そうでないヒーローもいるのですか?」
「そうだね。例えば自分が戦う必要があるのか? そういう事を考えて考えて考え抜いたその先に戦う事を選んだヒーローとかね」
………………
…………
……
所長室を退出した涼子に威勢よく声を掛ける者がいた。
「涼子さ~ん! 社食に朝ご飯、食べに行きましょ! 朝ご飯!」
「宇佐さん!?」
涼子は背後から掛けられた声に驚くが、その底抜けに明るい声に悪い気はしない。
声の主である宇佐は誰であろう例のウサギ獣人であった。
彼女は投降して元のハドー本国のある世界に戻ることもできず、一晩ほど勾留された後に投降した際の縁もあって天昇園で働き始めていたのだ。
その勤務初日に島田から付けてもらった名が「宇佐」であった。
宇佐は投降した際に優しくしてもらったせいか2号車の面々に懐いており、特にもっとも多くの会話をした島田と、スポーツドリンクを譲った涼子によく懐いていたのだ。
涼子もニュース番組か何かで聞いてはいたがハドーの世界はすでに資源という資源を消費しつくしており、宇佐もこちらの世界で1日に3食の食事を出されるだけですっかりとハドーと生まれ故郷への未練を失っていた。
総攻撃の翌日、警察から天昇園へと引き渡された当日に、宇佐を社員食堂に夕食を食べに行こうと誘った涼子だったが「今日の分の食事はもう頂きましたよ?」という言葉にてっきり涼子は自分以外の誰かと夕食を食べにいったのかと思ったほどである。そして、それが昼食の事を差すのだと理解した時、異文化コミュニケーションについて難しさを理解したのである。
「あの、宇佐さん。こちらの世界のこの国では1日に3度の食事を摂るのが基本なの……」
とはいえ涼子も朝早く起きることができずに健康に悪いと知りながら朝を抜くことが多いのだが。
「い、一日に3度も! 毎日3食!? 略奪船、どんだけ大漁で帰ってきたんですか!?」
「……お願いだから、これから略奪とか想定しないで日常生活を考えて頂戴……」
「略奪しないんですか!? 頭、大丈夫ですか!?」
最初はそう言っていた宇佐であったが、本当に1日に3度の食事を摂る風習があることを知り、またテレビ番組でそれらの食糧が「略奪」ではなく「生産」されているという事実を知ったあとはカルチャーショックで膝から崩れ落ちてしまったほどだ。
(「異文化コミュニケーションの基本は相互理解」なんて言うけれど、略奪が文化の基本なんてハドーの文化は理解する必要が無いわね……。まずは宇佐さんにこちらの世界に慣れていくことから始めましょう……)
異なる文化と言えばこういう事もあった。
「……そういえば宇佐さん。警察じゃ服はくれなかったの?」
「ふく?」
そうハドー怪人には衣服を着る習慣が無かったのだ。
衣類について宇佐に理解させるため、涼子や他の職員は自分の着ている服を指で摘まんで見せたり「体に纏う布」の概念について説明するのに数分の時間を要した。
なんとか衣類という概念について納得させた涼子たちであったが、宇佐の返答は彼女たちを脱力させるものだった。
「アハハ! それじゃ私には必要ないですね! 私、向こうじゃ下級民だったんで生殖器は付けてもらってないですし、毛も皮膚も丈夫なんで大丈夫です!」
そう言って自分の毛皮を誇らし気に撫でて見せる宇佐であった。
確かにハドー怪人の強靭性は広く知られており、実際に宇佐ではなく他の怪人の話だが、チハの主砲には耐えられなくとも機銃の徹甲弾は楽々と受けていたのだ。
だが……。
(“生殖器無し”で“性別無し”って割に、この子、どう見ても女性よねぇ……)
宇佐自身がどう思うかは分からないが宇佐の声や、毛皮に包まれていてもハッキリと分かるプロポーションは彼女が女性型、あるいは女性の遺伝子情報を元に作られていることを物語っていた。特に胸の辺りやウエストの辺りなどを見ると涼子は自分の貧相な体付きが情けなくなるほどであった。
現に施設の利用者である高齢者の内、男性なんかは結構な確率で宇佐を見ると顔を赤くして目を背けてしまう。目を背けないのは認知症で目の前にあるのが何かすら分からなくなっている者か、ハドー怪人を女性や男性ではなく戦士として見ている戦闘狂である。
それからも他の職員たちと共に衣服を着る事の重要性について宇佐に難儀しながら説明する涼子であったが、衣服の役割について説明している時だった。
「……だからね、服っていうのはそれだけじゃなくて、所属や身分を示す役割を持っているものもあって……」
「……し、所属や身分?」
「ええ、そうね。例えば宇佐さんも御世話になった警察官の人たちも皆、似たような服を着ていたでしょ? 逆に言えば、あの服を着ていれば警察官だって分かるのよ。他には例えばそうねぇ、スポーツのユニフォームとか職場のそれぞれの制服とか、あっ、軍服なんかもそうね」
「ぐっ! ぐんぷくっ!? あばばばばばば!」
軍服の何が宇佐のトラウマに触れたものやら、何故か発作を起こしたように白目を向いて立ったまま気を失ってしまったのだ。
介抱の末に気を取り戻した宇佐は先ほどまでとは一転、衣服を着させてくれるように懇願を始めたのだった。
そういう訳で今日の宇佐は伸縮性のスラックスにポロシャツ、「天昇園」のロゴの入ったエプロンをしていた。
涼子は勤務開始時間まで余裕があるので宇佐と共に社員食堂で朝食を食べることにした。
「どうしたの宇佐さん? そんなに悩んで、嫌いな物でもあった」
「……逆です」
「逆?」
「ええ、オカズが塩サバの他に温泉卵と納豆、味付け海苔があるじゃないですか?」
「ええ、そうね……」
今日の社食のメニューは白米と味噌汁の他に塩サバ、ほうれん草のお浸し、その他に宇佐の言うご飯の友的な物が数種類用意されていたのだ。欲しい者は好きにそれらを持っていっていいという太っ腹なシステムだった。男性職員などは1杯目のご飯をオカズで食べて、食べ足りなければ2杯目をそれらで食べるという者もいる。
「だから、どれにしようかと悩んでいるのです。私、ご飯は1杯しか食べられないのにこんなに美味しそうな物が並んでいたら悩んでしまいますよぉ!」
全てのハドー怪人がそうであるかは分からないが、宇佐は元々、1日に1食という世界で暮らしていたせいか食が細い。その身体機能から考えれば信じられないほどである。
「悩むって……、だったら全部、持ってけば? 海賊の流儀でしょ?」
「じぇっ! 全部って! 塩サバもあるんですよ!? 贅沢すぎますよォ!」
「いいじゃない。納豆のパックにタレと温泉玉子を入れて掻き混ぜて、それをご飯の上に乗せて味付海苔でくるんで食べる。そのぐらいの贅沢なら毎日だってできるわよ」
「ひぇ~~~!」
宇佐と食事をするといつもこんな調子だった。
厨房でそれぞれの選んだメニューをトレーに乗せて食堂で2人で話をしながら食事をする。それがここ最近の2人の日常だった。
「ところで涼子さん、昨日お休みだったじゃないですか?」
「ええ、宇佐さんもよね?」
「私もお休みだったんですけど、経理の人から呼ばれてお金関係の事をみっちり仕込まれましたよ!」
「大変ねぇ……」
「で、なんですけど……」
「なあに?」
経理から説明を受けたのに涼子に聞くとは経理には聞きにくいことだろうか? それとも後から疑問点でも出てきたのだろうか? 私に分かることならいいけど、と涼子は思う。1月ほどとはいえ職場の後輩だし、こちらの世界で涼子は18年も生きてきたのだ。後輩の質問に答えられないのは無様かもしれないと涼子は考えていた。
「私って年金、払う必要あるんですか?」
こちらで暮らし始めて1週間の宇佐が年金なんて言い出したということは昨日、経理から聞いたということだろう。経理が言い出したということは宇佐も年金に加入できるということだろう。
「あ~、宇佐さんも海賊なんて明日も知れない仕事じゃなくてカタギな仕事に就いたんだから、もう少し将来の心配というものを……」
「いえ、年金を貰えるのって65歳かららしいじゃないですか?」
「そうねぇ」
話がややこしくなりそうなので支給開始年齢が上がるであろうという話はこの場では伏せておくことにした。
「で、私ら“向こうの下級民”は50歳を過ぎたころから定められた細胞死が始まって、60歳まで生きることは出来ないんですが?」
「あぽとおしす?」
「はい」
「…………」
「…………?」
「お願いだから『下層民だから生殖器を付けてもらってない』とか『下層民だから年金貰える年齢になるまでには必ず死ぬ』とか……、いきなり重い話をブッコんでくるのは止めて、お願いだから……」
「え? あっ、すいません!」
特に食事時には遠慮して欲しいと切に思う。
涼子が何を気にしているのか分かっていないようで宇佐は大きな瞳をクリクリと輝かせていた。
「……まあ、いいわ。年金って言ってもね。高齢年金だけじゃなくて障害年金っていうのもあるんだからね。宇佐さんだってダンプカーにツッコまれたら大怪我しちゃうでしょ? それで障害が残った時にどうするのよ?」
「へぇ~! こっちの世界じゃ働けなくなってもご飯を食べさせて貰えるんですね!」
(貴女が働いている場所を考えてみなさいよ……)
とはいえ、次元の壁を越えるほどの科学技術を持つ国に勝っていることがあること、そして、その職業に自分が就いていることを涼子は少しだけ誇らしく思った。
かつての社会福祉、特に介護という分野には多大な問題があった。今も問題は山積みである。それでも少しずつ、本当に少しずつだが法律は整備され、介護理論も確立されていった。医療との連携も密になり、多分野の技術も入ってきているのだ。
特にH市は特怪絡みの収入が豊富で社会福祉の分野の予算も潤沢なために、天昇園も設備や施策など他の市町村の同規模施設では考えられないほど恵まれていた。
高齢者が認知症を初めとする様々な病気や障害を持っていても、最後の最後まで人間らしく自分らしく生きていられる。それは素晴らしい事だと涼子は思う。まあ、その結果、大戦中の兵器まで持ち出してドンパチやらかすのはどうかと思うが……。
朝食が終わって食休みをしたらいよいよ勤務開始だ。
仕事中も涼子と宇佐は共に行動することが多い。先輩職員たちからすれば別々に指導するよりも2人纏めてやった方が効率がいいと考えているのだろう。
涼子も初級資格をとって就職したとはいえ実務は1ヵ月ほど、宇佐に至ってはいきなり働き始めて1週間目なのだ。ミスをおかして先輩に指摘されることも多い。また非効率なやり方を直されることもある。
ただ高齢者の利用者が相手の仕事、新人の若い子だからと利用者も笑って済ませてくれることも多い。宇佐に至っては「新人の職員」というよりは「手伝いの真似事をするコンパニオンアニマル」という扱いかもしれない。
ただ宇佐は異次元出身なのに日本語がペラペラなことから分かるように高い知能を持つ。1度、教えられたことはすぐに自分の物にしてしまう。介護の仕事について涼子を追い越すのも遠い先ではないかもしれない。それに高齢者たちは戦中や終戦直後に食べ物で苦労した者も多く、宇佐と妙に話が合って、それでさらに可愛がられているようだった。
とはいえ仕事は仕事、利用者たちの昼食の介助を終え、自分たちが遅めの昼食を取れるようになるころにはすっかりくたくたになっていた。
「チカレタ……」
「ご、ご飯、食べに行きましょうか……」
「ご飯! ミックスフライ定食!」
現金なことに一瞬で元気を取り戻した宇佐を引き連れて社員食堂に向かおうと多目的ホールの横を通り過ぎる時、見慣れない人物がそこにいるのに気付いた。
(マネキン? いや、人?)
涼子が一瞬ではあるが勘違いするのも無理は無い。
そこにいたのはマネキンと見紛うほどに白い肌をした作り物のように整った顔立ちの女性だった。
その女性は円形テーブルの設えられた椅子に座り、施設の利用者である高齢女性をかしづかえさせるように横に立たせて自分は茶をすすっていた。
「うむ。やはり茶は玉露に限るな」
「いや、それ、玉露どころか番茶ですよね?」
番茶をすすって堂々と玉露と言い張る姿に思わず涼子はツッコミを入れてしまった。相手が誰かも分からないのに。
その女性は涼子に顔を向けるとまるで本当に知らなかったかのように聞き返してくる。
「何? これは玉露ではないのか?」
「番茶ですよ?」
「番茶とは?」
「さあ私もお茶には詳しくはないので……、ただカフェインの含有量が少ないので高齢者が飲むのにも適しているそうですよ?」
涼子の言葉に女性はあたかも何かの真理に触れたかのように深く頷く。
「なるほど……、成分が違うのか……」
この女性は誰か利用者の家族の人であろうか? なぜ、こんなに白いのだろう。白子症とかいう病気だろうか?
「あの……、すいません。貴女はどちら様でしょうか?」
「ああ、申し遅れたな……」
そして彼女が名乗った名はまた涼子を戦いの中へ誘っていくこととなる。
「妾はラルメ。栄えある銀河帝国第1王女にして第1王位継承者なるシーラルメルなるぞ」
来週の特怪戦隊ブレイブファイブは
「ついに宇宙テロリスト、ラルメの潜伏先を突き止めた犬養たち5人。
だが、そこにはラルメに洗脳された人々が!
さらに窮地に陥った5人の前に現れたのは超次元海賊の残党!?」
次回、第20話「特怪戦隊ブレイブファイブVS特別養護老人ホーム天昇園」
来週もこの時間にGo! Brave!!




