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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第18話 とある介護職員の新生活
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18-5

 特別養護老人ホーム「天昇園」勤続5年目の柳沢薫は先輩職員の運転する1ボックスカーに同乗して戦車隊の所へ向かっていた。


 何でも戦車隊の隊長格である2号車、チハ改Ⅱが弾切れを起こしそうだというのだ。


 原因は分かっている。

 新しく2号車の砲手に就いた新人の西住涼子だ。


(涼子ちゃん、初めての実戦だからって外しまくってるのかな?)


 天昇園のあるH市は日本で、いや世界でもトップクラスの特怪災害の件数の多い街だ。

 薫も今回のハドー総攻撃が初めての大規模災害の経験というわけではない。

 その薫の今までの経験でいえば、天昇園防衛隊の基本戦術はこうだ。


 1.最大戦力である戦車隊1号車は臨機応変に各種機関と協力し事態の収拾に尽力する(という名目で好き勝手に徘徊している)

 2.戦車隊2号車から4号車までの3輌は前線を構築、敵集団が強大なる時は可能な限り敵戦力を漸減し火砲部隊の射線に引き込む。

 3.施設正面と裏口付近に展開した火砲部隊の十字砲火を持って戦車隊が引き込んだ敵集団を殲滅する。

 4.小銃分隊は各部隊の補助に周り、これを補佐する(ということにしなければ旧軍出身者は勝手にバンザイ・アサルトを始めてしまうのだ)


 てっきり薫は天昇園近隣にはあまりハドーは来ていないのかと思っていた。

 先にハドー揚陸艇を高角砲で撃破した時に照明弾を打ち上げるよう要請があったことは知っているが、それ以降はとんと連絡は途絶えていた。いや、防衛隊本部から安否の確認をした時には返信があったために無事であることは分かっていた。

 もし天昇園近隣に敵集団が殺到していたのなら、いつもならば後退しつつ火砲部隊との連携の算段でもしているか、とっとと1号車を戻らせろと連絡が来ているころなのだ。

 薫が施設付近が小康状態であると思っていたのはこういう理由だった。


 では、あまりこの辺りに敵が来ていないのに2号車が弾切れを起こして補給を要請するとはどういう事態か? 新人の涼子が外しまくって無駄に砲弾を浪費したとしか思えないではないか。


(そら、異次元からの海賊ってなったらブルっちゃうのは当然だよね! ……にしても弾切れ寸前まで外しまくるって涼子ちゃん、やっぱ戦車なんて向いていないんじゃないかな?)


 いくら島田さんを初めとする戦車隊の面々が温厚とはいえ、100発以上の砲弾を無駄に撃ちまくっていたら流石に激怒しているかもしれない。その時は自分が取りなしてあげよう。

 薫は呑気にそんな事を考えていた。


 薫は高校を卒業後にT区の介護系専門学校に入学、資格取得後に天昇園に就職していた。

 介護という業界は中々に人の定着しない業種である。であるからこそ、薫は少し年の離れた同性の後輩である涼子を可愛がっていた。また就職早々、本職である介護の仕事にも慣れない内から何故か戦車(それも現代人の目から見れば、本当に戦車と言って良いのか悩む代物である)に乗せられている涼子を不憫にも思っていた。


 薫が先輩職員3名と共に1ボックスカーの後部に47ミリ砲弾を積めるだけ積んで戦車隊の元に到着した時、彼女が目にしたのは予想だにしないモノだった。


(……な、なによ……。なんなのよ……コレは!)


 薫の目に飛び込んできたモノ。

 それは2号車と3号車の後方で援護の態勢を取っている戦車隊4号車、九五式軽戦車ハ号。

 ハ号の前方、大通りの左に前照灯の壊れた2号車、右に被弾によるダメージで履帯が外れ身動きが取れなくなっている3号車と2輌の九七式中戦車改チハ改Ⅱ。

 そこまではいい。


 問題はその先にあった。

 機銃の徹甲弾に47ミリ砲や37ミリ砲で散々に撃ち砕かれたハドーの戦闘ロボットの数えきれないほどの残骸。

 そして様々な生物の特徴を有していながらも全てが人型を取っているハドーの獣人型怪人。こちらも夥しいほどの数の遺骸が無残に横たわっているが、そのほとんどが胸部や頭部などの急所を撃ち抜かれている。


(こ、こんな数のハドー怪人を一体、誰が……)


 薫は異常事態に必死になって脳をフル回転させる。

 1号車は徘徊老人にしては珍しく連絡を寄越して警察の戦車隊に協力しているという。

 3号車の砲手は加齢による視力の低下でろくに命中弾を与えることができない。

 4号車の砲手もリウマチのためにまともな射撃精度を期待することはできない。

 他のヒーローが駆けつけたという情報もない。

 残る可能性は一つだけだ。


(……まさか、涼子ちゃん!?)


 真実に思い至った瞬間、薫は「2号車の弾切れ」という事態の本当の理由を思い知った。

 そして1ボックスカーは大通り横の建造物を遮蔽物として利用しながら2号車の脇につける。


「……そ、それじゃ、行こうか……」


 付近の惨状に先輩職員も気圧されているようで、やや間を置きながらも2号車へ砲弾を補給するために車のドアを開ける。


(…………!)


 ドアが開いた瞬間に車内に飛び込んでくる臭気。

 戦闘ロボットの燃料か潤滑油だろうか、酸味を感じさせる刺激臭。

 怪人の血や臓物、消化器の内容物のむせ返るような臭い。

 思わず薫は車を降りて3歩も歩くことなく、その場で嘔吐してしまった。


 なんとか吐き気を抑えながらバケツリレー方式で1ボックスカーから2号車へ47ミリ砲弾を補給しようと薫が2号車の車体の上に乗ると、2号車の車長である島田さんが車長用キューポラのハッチを開け、装填手の原さんが観音開きの砲手兼装填手用ハッチを開ける。

 履帯とエンジンの音に後ろを向くと援護のためか4号車が距離を詰めてきていた。


(……訓練通りか……)


 薫がそう思いながら、砲弾の積み込みのために広く作られている砲手兼装填手ハッチから砲塔内の涼子の姿を見る。

 涼子は薫や他の職員などに一瞥もくれずに照準眼鏡を覗き込んだままだった。右肩を砲架に押し付け、右手は引鉄に、左手は砲塔旋回ハンドルを握ったままだった。


(涼子ちゃん?)


 普段の薫と涼子なら、薫は涼子に対して介護職員として砲弾と共に差し入れたスポーツドリンクのペットボトルの栓を開けて社内の施設利用者たちに進めるように窘めたハズである。

 だが涼子の鬼気迫る様子に声を掛けることをためらわれた。

 他の先輩職員も同様であるようで、結局、砲弾の積み込みに涼子は手伝わずに、島田さんと原さんを介して行われた。

 ………………

 …………

 ……


 天昇園への帰り道、1ボックスカーの車内で薫は茫然としていた。


 いつもの姿からは想像もできない涼子の姿。彼女の操る砲口の前に積み上げられた異形の怪物たちの死骸。


(……涼子ちゃん、私が車体に乗っていても敵が来たなら大砲を撃っていたかしら?)


 砲塔旋回ハンドルを握る左手にだけはめられた薄手の皮手袋、引鉄の握把を握る右手には手袋は着けておらず素手だった。

 それが微妙な感覚の変化を嫌うプロフェッショナルのそれに思えて、思わず背筋が震える。

 間違いなく涼子は撃っていたであろう。例え薫たちがいたとしても。




 天昇園からの補給車が去っていき、4号車も元の位置へ下がっていく。

 2号車の車内では弾切れの不安が解消されてホッとした雰囲気が漂っていた。


「西住しゃ~ん! ジューシュの(しぇん)開けてぇ~!」

「あ、涼子さんはいいですよ。私が開けますから……」


 島田さんの頼みを涼子に代わり原さんが聞いてやる。

 ジューシュというのはジュースのことで、高齢者にとっては炭酸飲料であろうとスポーツドリンクであろうと甘い飲み物は全部ジュースなのだ。

 原さんはつづいて操縦手と通信手の2人の分もペットボトルの栓を開けて渡してやる。

 なんとチハ改からチハ改Ⅱへの改修点の一つとして各席へドリンクホルダーが設置されているのだ。


「長丁場じゃし、西住しゃんも水分補給しといたほうがいいよ」

「長丁場だからこそ、がぶがぶ水分なんて取ってたらトイレが近くなるじゃないですか!」


 珍しく指揮官らしく部下の健康状態について配慮を見せる島田さんだったが、涼子にとってはそれどころじゃなかった。

 この状況下でトイレを貸してくれるコンビニが営業しているわけもなく、かといって、いつまた海賊の連中が襲ってくるか分からない状況で戦車隊から離れる選択肢も無かった。


「そういや西住しゃん以外の皆はオムツじゃからのぉ……」

「皆って……、原さんは違いますよね?」

「いえね。普段は違うんだけど、大砲のおっきな音がするたびにね……、尿洩れって言うの……」


「大砲のおっきな音がするたび」というが、その大砲をもう100以上も撃っているのだが……。

 とはいえ、スポーツドリンクの冷たくて甘い爽やかな味は車内の空気を明るいものにして、軽口まで叩けるようになった。

 砲弾以外に飲み物を持ってきてくれた先輩たちに感謝しよう。そう心に決めた涼子であった。


「あっ! また来ましたよ……」

「了解! 皆しゃん、気を引き締めて……」


 各自、ペットボトルをドリンクホルダーに放り込んで戦闘配置に付く。




 さらに数度の怪人や戦闘ロボットの襲撃を退け、時刻は午前10時を過ぎていた。

 通信手の前田さんが受信した通信の内容を教えてくれる。


「本部から伝達、反攻作戦が始まったそうで、もう少しの辛抱だそうですよ!」

「はて? 反攻作戦って、そんな手が空いとる者がおるんかぃ?」


 島田さんの疑問ももっともだ。

 総攻撃が未明に始まって数時間。ハドーの攻勢は衰えることを知らず、まるで底無しの兵力を持つようだった。

 つい数十分前もH市や東京どころか日本防衛の要であるスーパーブレイブロボもハドー艦隊に押されて海の方角に動いていったのだ。もっとも島田さんによれば、あれは押されているのではなく引き込んでいるらしい。まあ涼子にとっては大した違いは無いと思うのだが。

 ともかく、そんな状況下で手の空いているヒーローなんているものだろうか? ヒーロー登録している島田さんたちと一緒にヒーローではない涼子まで汗水垂らして手足を棒のようにしながら戦っているというのに……。


「んん? 続報が入りました。……どうやら反攻作戦に動いたのは『だぁくひぃろぉ』のチームみたいですね……」

(ダークヒーロー? ……なるほどね)


 前田さんの言葉に涼子は妙に納得してしまった。

 ダークヒーローもヒーローには違いないだろうが、彼らは彼ら自身独自の価値観で動く。ゆえに社会の規律、規範から外れることも多々あり、故にダークヒーローと呼ばれるのだ。

 彼らならば、この時間まで動かずにいたとしても不思議ではない。


「ダークヒーローのチームって、彼奴(きゃつ)ら、チームなんて組めるほどの人数いるんかな?」

「詳細は不明ですが『死神』『悪魔』『魔王』、あと『ヤクザの組長』の4名らしいですね……」

「縁起が悪いのぉ……。さすがはダークヒーローといったところかのぉ……」

「……島田さん、園じゃそういうこと言わないでくださいね。井上さんとこのひ孫さん。その『ヤクザの組長』の部下のヤクザですから……」


「悪魔」だの「魔王」とかいった連中に涼子は覚えがなかったが、「ヤクザ」とやらには思い当たる節があった。

 この街に住む若い女の子なら1度は憧れるであろう存在、魔法少女。なんでか現在の魔法少女は今は亡きヤクザ社会の形体を取っているのだ。また、もう1人、仏門に帰依する魔法少女もいるらしいが、こちらは戦闘能力が皆無らしいので今回のような事態には無力であろう。


(……それにしても「死神」なんて、まさかね……)


 あれは去年の冬だったか春だったか。

 微妙な季節の変わり目の頃だったように思う。

 だが、あの混乱についてはよく覚えている。


 謎の組織ARCANAの巨大空母が日本に接近してきたころの混乱を。

 その後のあの「死神」の活躍を知っていても、どうしても背筋が寒くなってしまうのだ。

 ん?

 もし、あの「死神」だとしたら「悪魔」というのはもしかして……? いや「最強のヒーロー(デビルクロー)」は死んだハズだ。反物質爆弾と共に宇宙の塵になったのだ。

 それなら、高校生の時の夏休みや冬休みにアルバイトしていた酒屋さんによく来ては箱で缶ビールを買っていった下半身が蛇で4つ目の女性。あの人もパッと見、悪魔っぽいぞ……。


 涼子が自分の予想が案外にいい線いってるとは露知らずにいた時、後に「ハドー総攻撃」と呼ばれる事件は最終局面を迎えようとしていた。

最近、暑くて大変ですね。

春くらいまで「今年の夏は冷夏かな?」なんて言ってたのが嘘のようです。

皆さんも暑さにやられないようにご自愛ください。



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