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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第18話 とある介護職員の新生活
74/545

18-3

 勇気を振り絞りチハに乗り込んだ涼子であったが、その思いは戦場と化した現場に到着すると同時に後悔に変わっていた。


「ま、マジモンのバケモンやんけ!」


 西住涼子、産まれて初めての関西弁であった。

 それもそうであろう。近隣住民を含めた避難場所となっている天昇園へと続く大通りに到着した戦車隊の2号車と3号車が遭遇したのは蠢くハドーの尖兵、戦闘ロボットたちである。

 頭部に単眼のように輝く赤紫のセンサーの夥しい群れを2輌の戦車は車体前部と砲塔後部の機銃で薙ぎ払う。徹甲弾を装填した機銃はいともたやすくヌラヌラと油を引かれたようにテカるロボットたちを撃ち抜いていった。


(ハ、ハハハ……。以外と戦えるものね……)


 涼子が機銃の威力に満足した次の瞬間。ロボットの残骸を越えて現れた異形に涼子は言葉を失う。

 コウモリ型、カメレオン型、それとハリネズミだかヤマアラシだかよく分からない背中を鋭く長いトゲに覆われた異形。

 それら3体こそハドーの誇る遺伝子合成型の獣人型怪人たちである。


 照準眼鏡越しとはいえ、初めて間近に見る怪人に涼子は言葉を失って思考停止してしまった。

 だが3号車と2号車の通信手兼前方銃手の前田さんが機銃斉射を行う銃声に我を取り戻し、涼子も怪人たちに機銃斉射を加える。


「き、効かない!?」


 3体の怪人たちは機銃弾をものともしない。それどころか嘲笑うように口角をあげるコウモリ怪人に、ファイティングポーズのように闘志を漲らせ前傾姿勢になるヤマアラシ怪人。カメレオン怪人はその独特の目付きから感情のようなものは分かりずらい。

 機銃の照準眼鏡の倍率は1.5倍であるので涼子には怪人たちの反応が良く見えてしまうのだ。

 涼子が産まれて初めての関西弁を使ったのはこの時であった。


「西住しゃん! 砲塔回してっ! 主砲、主砲!」

「は、ハイ!」


 どういう事かチハの砲塔機銃は後方に付いていた。主砲は前方。つまり敵には機銃か主砲かどちらかしか向けられないのだ。


(コレ、どういう設計よ!?)


 心の中で悪態を付きながら涼子は必死で自身の左側に位置する砲塔旋回ハンドルを回す。島田さんも右側のハンドルを回している。

 3号車も前田さんも牽制のためか効かないのを分かりながらも機銃斉射を行う。


 もどかしい。

 砲塔の旋回は強大な敵を眼前にしてあまりにもゆっくりで涼子は気ばかりが急いていく。

 ヤマアラシ怪人の背中が膨れ上がる。何をする気だ?

 後少し、後少しで旋回が終わる。涼子は豚革の手袋が皮膚に食い込む痛みを無視して必死で旋回ハンドルを回す。


 そして、遂に旋回が終わる。


「原さん!!」

「あいよっ!」

「西住しゃん! トゲトゲの奴、何かやる気じゃぞ!?」


 島田さんの言葉に涼子は答えない。

 砲架に飛び付き、肩当てに体を押し付け主砲を微調整して引鉄を引くことで言葉に代えて応える。

 目標はもちろんヤマアラシ型、原さんが装填してくれた砲弾は寸分の狂いなく怪人の胸部に吸い込まれていった。


「西しゃん!」

「……!」


 島田さんが涼子の射撃の後、瞬間的に操縦手の西さんの座席を蹴る。

 以心伝心。長年の付き合いの賜物か、それだけで西さんは2号車を後退させて雑居ビルの陰に入る。

 ヤマアラシ型怪人が絶命の間際に前屈姿勢を取り、背中に生えている無数のトゲを飛ばしてきたのだ。


 ガシャン!!


 前照灯の割れる音が響き、視界が暗くなる。

 前照灯こそ失ったものの車体にダメージはない。


 そして、そのまま崩れ落ちるヤマアラシ型怪人。


「キェェェェェェ!!!!」


 コウモリ型怪人が奇声を上げて飛び上がり、ビルの陰に隠れた2号車に迫る。


「原しゃん! 次!」

「あいよ!」


 次弾の装填が終わるやいなや、涼子はコウモリ怪人に対して主砲を発射。

 47ミリ砲弾はコウモリ怪人の頭部を粉砕(ヘッドショット)して宙へと消える。


「す、凄いわね……」

「……ほんと、凄か……」


 砲塔内の2人が絶句するのも無理はない。

 コウモリ型怪人は高速で飛んでいた。しかも羽ばたきによる複雑な軌道でである。その怪人を涼子は面積の大きな翼や胴体ではなく頭部を撃ち抜いてみせたのだ。


「まだ残っています! 次、お願いします!」

「あ、あいよ!」


 残るカメレオン型怪人は長い舌を伸ばしながら全力でダッシュから3号車に飛び掛かる所だった。


 3号車の砲塔よりも高く跳びあがった怪人は、右腕を振り上げていたがためにガラ空きになっていた脇腹を涼子に空中で撃ち抜かれる。


(これが泊満しゃんの言ってた“鷹の目”とかいう奴かのぅ……)


 島田は友人のアルツハイマー型認知症患者の言葉を思い出す。

 彼の病気を知っているがゆえに彼の言葉を話半分に聞いていたが、新しい砲手はまさに彼の言葉を体現していた。

 初めての実践で近距離とはいえ初弾を命中させ、空を飛ぶ敵も高く跳ねる敵も1発で彼女は撃ち落としてみせたのだ。


(ハァ……! ハァ……! ハァ……!)


 一方、当の涼子は完全に混乱していた。

 たった今、自分は3体の知的生命体を殺害したところなのだ。それも自分が思っていたよりもずっと鮮やかに素早く。

 ハドーの怪人たちが人語を操ることは涼子も知っている。それもオウムや九官鳥のように人の声を真似るというわけではないのだ。ハドー怪人たちは明確な意思を持って人語を使い地球人を脅し、嘲笑い、時には交渉を持ちかけることすらあるという。

 その「人語を操るほどの知性を持つ生き物」を自分はたった今、殺したのだ。


 別に殺したことを後悔しているわけではない。

 涼子が混乱していた理由は、殺したことに大して心を動かされなかったからである。


 自分はそんなに冷酷な人間であったか?

 いや、自分は普通の女の子のハズだ。それで今まで普通に生きて来たし、友人たちだって普通にいる。その友人たちにだって今まで「サイコパス」扱いされたことなんてない。

 そもそも向こうが攻めてきたのではないか。 いや、あの3体の怪人たち、その前のロボットたちに対してだって先に発砲したのはこちらだ。いやいや、わざわざ異次元から攻めてきておいてそんな言い訳は通用しないことぐらい連中だって分かっているだろう。なにせ奴らは異次元の言語を理解するほどの高い知性を持っているほどなんだ。

 とめどなく脳裏に浮かんでくる言葉に涼子は完全に固まってしまっていた。


「西住しゃん! 西住しゃん!」


 島田さんの声にやっと涼子は我を取り戻す。


「あっ……! すいません……」

「怪我でもしたのかい?」

「いえ、大丈夫です……」


 砲尾越しに島田さんの老人特有の口臭が漂ってきて思わず顔を顰める。

 ……バレなかっただろうか?

 戦車に乗っていても本来の二人の関係は介護職員と施設利用者の高齢者なのだ。あまり変な評判が立つような振る舞いは避けていたが、思わぬ不意打ちを食らってしまった形だった。


 だが島田さんだって悪気があるわけではない。

 年を取るのは当たり前のことだったし、泊満さんの非常呼集で叩き起こされた島田さんが洗口できていなくとも、それは島田さんのせいではない。強いて言えば非常識な時間に責めてきたハドーの連中のせいだ。


 それでなくとも戦車の中は悪臭が立ち込めている。

 砲尾から空薬莢とともに漏れ出た硝煙の咽る匂いはともかく、高齢者特有の加齢臭に汗のすえた臭い。おまけに何やら尿の臭いまで混じっている。おまけにそれらを誤魔化すための芳香剤が悪臭に拍車をかけている。

 ……まぁ、涼子も出撃前、2度目の巡回の時にトイレに寄ってなければ尿の臭いを人にとやかく言える立場ではなくなっていたかもしれない。

 目をらんらんと輝かせ、涎を垂らしながら迫る異形の怪人たちはそれほどの恐怖を涼子に与えていたのだ。


(ん? そんだけの事をやらかしてくれたら大砲ブチ込まれても文句は言えないわよね……)


 車内に立ち込めていた悪臭のせいで何だか白けてしまった涼子は平常心を取り戻していた。




「島田さ~ん!」

「あいあい」


 通信手の前田さんが島田さんに声を掛ける。どうやら法人本部から通信が入ったようだ。


「現在、敵空中揚陸艇3隻が市中心部から西へ向かっているそうです」

「ほうほう……」

「なんで、園に近づいてきそうだったら、高角砲で落とすそうなんで気をつけてね。だそうです」

「あいな。落とした後で照明弾上げてくれって頼んどいてくれるかい?」

「了解です」


 バリバリの旧陸軍の軍人であった島田さんや泊満さんとは違い、前田さんは戦車兵学校の学生として終戦を迎えたそうで、まだ90歳になっていない。

 そのために下半身不随こそあるものの口調はまだハッキリとしている。


 それにしても「ヨーリクテーを落とす」から「注意しろ」とはどういうことだ? 破片に気をつけろということか?


「……島田さん。ヨーリクテーって一体、なんですか? 艇ってもしかして船ですか?」

「そうさのう……」


 狭苦しい砲塔内で島田さんに尋ねてみる。この狭い砲塔の中に3人が入っているのだ。マイクの性能が悪かった時代のトリオ漫才師だってまだスペースに余裕があるだろう。

 だが島田さんの返答は涼子に砲塔内の息苦しさすら瞬時に忘れさせるものだった。


「揚陸艇っちゅ~んわなぁ。簡単に言うと……」

「はい?」

「兵隊をわんさと乗せた船じゃ……」

「ふぁっ!?」


 西住涼子の長い1日は始まったばかりだった。

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