17-6 BBQ後編
翌日、土曜日。
僕がアパートの隣の真愛さんの家まで行くと、すでにアーシラトさんは来ていた。玄関先にクーラーボックスとリュックが用意してある。
今日の真愛さんはジーンズと薄手のパーカー。アーシラトさんはポケットの沢山ついた丈夫そうな生地のジャケットを着ていた。
「おはよう! 二人とも」
「おっ! おはよ!」
「誠君、おはよう」
残りのメンバーの集合場所は駅なので早速、僕とアーシラトさんで手分けして荷物を持つ。
クーラーボックスは僕が持ち、アーシラトさんはアウトドア用のリュックを背負う。
「やっぱり私も何か持とうか?」
「いいよいいよ。キャンプ場に着くまでに疲れちゃうよ」
「そうそう。それに食い物の下拵えはそっちでやってもらったんだからな!」
「だね!」
3人で駅まで歩いていくと残りのメンバーも全員、揃っていた。
「おっ! 来たな。買い出しやら何やらスマンな!」
明智君もいつもの知的な感じとは違いアウトドア風の服装だ。
逆にポロシャツとチノパンはともかく、何故か一枚革の革靴のマックス君。
「え? アウトドアなら足首を保護するためにブーツがいいって……」
「その靴でどうやって足首を保護できるのさ。足首まである登山靴と勘違いしてない?」
「ええ……」
アウトドアの流儀ならファンタジーな世界出身者の方が詳しいと思うんだけど……。あっ! マックス君は魔王様。アウトドアとは無縁の人だった。
「あれ? あんたとは初めてだったね。アタイはアーシラト、よろしくね!」
「アタシは天童京子。こちらこそヨロシクね!」
「ところでさ……」
「ん? なあに?」
「なんでアンタと浩二だけ釣り竿持ってるんだい?」
忘れている人も多いと思うけど、「浩二」というのは三浦君の名前だ。
「いやあ~、キャンプ場の横に渓流が流れてて釣りも出来るって話をしたら、話の流れでデブゴンと私で勝負することになってさ!」
「天童殿の毛針と拙者の疑似餌で勝負で御座るよ!」
BBQ用の食材やら道具やらはこちらで用意していたので、身軽なハズの二人はパンパンに詰まった中くらいのリュックを背負っていた。
学校で制服を着ているいつもの天童さんは一見、ギャル風だが、今日のようにフィッシングベストを着ていても褐色の肌色と笑顔がよく似合っている。一方、ネルシャツに迷彩柄のバンダナを額に巻いた三浦君はまぁ、なんていうか昔ながらのオタクファッションという出で立ちだ。天童さんのよりもガチっぽいフィッシングベストとリュックのサイドの釣竿が無ければアウトドアに行くとは到底、思えない。
「それじゃ、皆、揃ったし、行くか」
明智君が音頭を取って駅の中に入る。
H市は西の端とはいえ一応は都内だ。あまり待たずして電車の乗ることが出来た。
「そういえば誠殿」
「ん? どうしたの?」
電車で隣になったマックス君が話しかけてくる。
「一昨日、北町商店街の方に飛んでなかったか?」
「ああ、市の災害対策室の当直についていたからね。哨戒飛行ってヤツ。北町商店街だとあれかな? 異星人が暴れてるって通報を受けた時かな?」
午後の哨戒飛行の時は市の西から北側に広がる山間部を、西から入って北に抜け、北から市の中央部に飛行して帰還するルートを取ったので「北町商店街に向かう」ようには見えないと思う。
「異星人が暴れ……!」
「と言っても酔っ払いの喧嘩みたいなモノだったし、大したことは無かったよ!」
「……もしかして、その異星人とやらはカニみたいなのとゴムみたいに黒いの、それにやたらデカいのか?」
「うん。そうだけど、マックス君の知り合い?」
「知り合いというか、まぁ、そうだが。でも、多分、知り合ったのは時間的に誠殿が通報を受けて駆け付けた後だな。予が行った時には大人しく仲良く飲んでおったわ」
それは一安心。
「ところでマックス君はあの辺りで何を?」
「ああ、あの辺りで食事所をさがしておってな。丁度、その異星人3人組が飲んでいた店で食ってきたのだ」
「ああ、あのお店、煮込みとかご飯を欲しくなるようなのばっか置いててたしね~」
そうやって話をしていると電車はすぐに西駅に到着した。
駅前のコンビニで飲み物を冷やすための氷を購入してクーラーボックスに入れる。他にアーシラトさんはビールとハイボールの缶を、三浦君と天童さんは釣り券を購入する。
目指す登山道は西駅から徒歩で10分ほど歩いた所らしい。
「へぇ~! ここか~!」
登山道に入って徒歩で小1時間。お目当てのキャンプ場に到着する。
僕達は徒歩で登山道を使ったけれど別の道なら車でも来ることができるようで、むしろお客さんのほとんどは自動車を使った日帰りオートキャンプのようだ。
「それじゃ、事務所で受付と器具のレンタルをしてくるから、悪いが誠とアーシラトさんも手を貸してくれるか?」
「あれ? 僕、一人でも大丈夫じゃない?」
「そりゃそうだろうけど、お前は未成年だろ? BBQの受付には大人がいるんだよな」
「それもそうか」
「あいよ! でもアタイで大丈夫かい? 正直、自分の年齢なんて数えてないから分からないぞ?」
「いいだろ? アーシラトさんみたいな有名人は見た目で一発で分かるんだから『年齢 4000歳くらい』とでも書いとけば」
明智君の言う通り、受付のおじさんにはビックリされたがすんなりと受付を済ますことができた。番号の書かれた受付札を借り、場内マップで場所の説明を受けて器具のレンタルを受け、炭を買う。
「おまたせ~! あれ? 天童さんと三浦君は?」
「もう釣りに行ったわよ」
「うむ。楽しみに待ってろとか言っておったが、この辺は何が釣れるのだ?」
「どうなの? 明智君?」
「ん? 俺も釣りやるわけじゃないから知らんが、フライフィッシングやルアーならヤマメ、イワナ狙いってとこじゃないか? 外道でウグイとか?」
「予はどちらも初めて聞いた魚だから楽しみだな!」
「そうだね!」
二人とも自信たっぷりで、ホイル焼き用のアルミホイルやらハーブソルトやら用意してたけど釣れるのかな?
「よし! それじゃ2人のことは置いといてBBQの準備でもしとくか……。誠とアーシラトさんはここまで荷物を持ってきてくれたんだから休んでいてもいいぞ? 魔王さんも手伝ってくれるか?」
「うむ。構わぬ。それと予のことは魔王と呼ばずに名前で呼んでくれ」
「了~解」
BBQを言い出したのは天童さんのハズなのに仕切っているのは明智君だった。まぁ天童さんは自由人だからしょうがないね。
とりあえず割り当てられた場所を確認して荷物を運びこむ。天童さんのスマホにRINEのメッセージで大体の場所を連絡しておくのも忘れない。
アーシラトさんはもうBBQコンロ脇に貸し出しの折りたたみ椅子を置いてビールを開けているし、真愛さんはリュックの中から紙皿やプラコップ、割り箸なんかを用意している。明智君とマックス君はコンロの中に炭をセットして火の準備だ。
「随分と丁寧に炭を並べる物だな……」
「ああ、空気の流入を考えるとな……。っと、これで……良しっと! この着火剤に火を点けてもらえるか?」
「分かった……。これでいいか?」
明智君とマックス君は意外と相性がいいのかテキパキと準備を進めていく。
2人はハドー総攻撃の際に初めて会ったハズだが、総攻撃の時もその後の始末の時もあまり話はしていなかったのだけど。お互いに会話ではなく行動で相手を評価するタイプなのだろう。
火が点いたのか明智君が新聞紙を団扇代わりに扇ぎ始める。炭の燃え始めの煙がもくもくと昇り明智君がせき込むが構わずに猛スピードで扇ぎ続ける。
「……風を送ればいいのか?」
「ゴホッ! ゴホォッ! あ、ああ……」
「なら予に任せよ……」
マックス君が手を翳すと手の甲の15センチほど上に魔法陣が浮かび上がり、コンロの火が勢い高く燃え上がる。
火の魔法? いや、コンロの近くにいる明智君とマックス君の髪が揺れていることを考えると風か! 風を送りこんで酸素を供給しているのだろう。
「……魔法というのは便利なものだな」
「その代わり、誰でも使えるわけではない。こちらの世界の科学技術とやらは条件さえ一緒なら誰がやっても同じことができるのだろう?」
「ああ、そうだな。科学は再現性がなければならない。それが大前提だ」
「うむ。だから予はこちらの世界に圧倒されながらも惹かれておるのだ……」
「おっ! そろそろ良さそうだぞ」
アウトドアに慣れない人がBBQをやる時の定番アクシデント「炭に中々、火が点かない」も2人のお陰で回避だ。
「どうぞ誠君、誠君。アイスティーで良かったかしら?」
真愛さんがプラカップに氷と共に入れたお茶を差し出してくれる。
「ありがとう、真愛さん!」
「いえいえ、誠君も昨日から荷物持ちさせてゴメンね!」
「へ~き、へ~き!」
とはいえ荷物を持って歩いて火照った体に冷たいお茶が嬉しい。
今日は雲一つ無い五月晴れ。だが日差しはあまり強くないし、風は涼しい。登山道もキャンプ場までは「登山道」というよりは「ハイキングコース」のようで気持ちの良いものだった。
改造人間の僕はともかく、他の皆もそのようで三浦君以外のメンバーはうっすらと汗をかいた程度だった。三浦君は1人だけ汗だくだったけど。
「それにしても火がつくの早かったわね~!」
「だよね! ウチの兄ちゃんもBBQとか好きで夏は良くやってたけど、気合と根性で火を点けるって感じでさ……」
「あら? ウチのお父さんも『なんで駄目なんだろ?』って言いながら四苦八苦してたわよ?」
「ハハ! どこもそんなもんか!」
コンロに火を点け終わった明智君とマックス君も戻ってくる。僕と真愛さんで2人にお茶を出す。
「2人ともお疲れ~!」
「いや楽なモンだったよ」
「であるな……」
「それよりアーシラトさん、もう飲み始めてるけど、軽く彼女のツマミの分だけでも焼き始めないか?」
「あ、そうだね」
確か骨付きソーセージとかもあったし、アレなら早く焼きあがるかな? そのスキに串焼きを焼いておこう。
そう思っていたが真愛さんが声を上げる。
「あ、待って! 京子ちゃんからRINEのメッセージが入ってるわ。『デブゴンと釣り1時間勝負やってるから先にやってて』だって!」
「あら? 結構、ガチの勝負?」
「それじゃ、もう焼き始めようか」
熱せられた網の上に肉や魚介が野菜と交互に刺された串と骨付きソーセージを乗せバチバチジュージューと音を上げ煙を上げ始めると、シュルシュルと音を立ててアーシラトさんがコンロに寄ってくる。
「いやぁ~! こういうスタイルのBBQは初めてだぜ~」
「ん? いつもはどういうスタイルのを?」
シュラスコとか? アーシラトさんの出身を考えるとケバブとかかな?
「いつもって言うか、3000年くらい前はよくフェニキア人が生贄の子供を焼いてくれたんだけどね……」「生贄って……」
「いや、私が“子供が好き”って言ったのを誤解したんだろうけどさ……」
何の“子供”かはお互いのために聞かない方がいいのかも……。
「…………はっ、そ、そうだ! アーシラトさん! この骨付きソーセージとかもう焼けてると思いますよ!」
「お、あんがと!」
僕は結局、追求はしないことにした。
「あ、そうだ。骨はこっちのゴミ袋に……」
「あれ? 骨は食べちゃ駄目だったか?」
「…………」
もう骨はすっかりアーシラトさんの胃の中に納まっていた。
なんていうか……。僕にはツッコミが追い付かないよ……。
そんな僕を余所目に他の皆は大して気にしていない様子だった。
「ほう……、こないだから思っていたが豪気なものよな……」
「もう! アーシラトさんたらお茶目なんだから!」
「だな!」
お茶目! お茶目で済むの!?
他の皆も次々に焼きあがった串に手を伸ばして歓談に興じる。
もちろん、まだ戻ってこない天童さんと三浦君の分は取っておいて。
「へぇ……、アンタも魔王って呼ばれてたんだ」
「と言うとアーシラト殿も?」
「アタイの場合はなんだっけな? ちょっとユダヤだかキリスト教とか詳しくないから分かんねぇわ!」
アーシラトさんの説明はやけにフワッとしている。自分の事なのにやけに関心が無さそうだ。
「予の場合は魔族の王という意味合いで施政者の意味合いが強いのだが、アーシラト殿の話ではまるで宗教のようではないか?」
「うん、多分そう。なんだっけな? なあ、元親! アタイって何の悪魔だっけ!」
「あ~、キリスト教、というか数年前までのアーシラトはアスタロトって呼ばれる大悪魔でまあ、あれだ。今のマンガやらアニメみたいに誰が版権を持ってるわけじゃないから、執筆者の好き勝手に設定盛り盛りに書かれているからな。色々だな……」
うん。明智君ですら把握していないのにアーシラトさんが分かる訳が無かった。たとえそれが自分のことでも。
ていうかアーシラトさんの名前はこの町に来て初めて知ったけど、アスタロトって結構な悪魔じゃない? 大ボスにはなれなくても中ボスにはなれそう……。
「あっ! あの2人も戻ってきたみたいよ!」
真愛さんの視線の先に天童さんと三浦君がいた。1時間勝負という割に結構な戦果があったようで2人ともニコニコ顔だ。
「オイッス~! お待たせ!」
「ただいまで御座る!」
「2人ともお帰り! 飲み物は何にする?」
「拙者はコーラを……」
「アタシはお茶でいいや!」
2人とも差し出された飲み物を一気に飲み干し、2杯目を注ぐ。
「お肉ももう焼けてるわよ?」
「いや、食べるのは魚を捌いてからでいいや……」
「そういえば釣果はどうだったの? 勝負の結果は?」
「それがなあ……」
何故か2人とも額に皺を作る。あれ? さっきは笑顔だったのに釣れなかったの?
2人がおもむろにそれぞれのクーラーボックスを開けるとそこには数匹ずつの魚がいた。まだ生きている。しかも川魚にしては大きいものもいる。
ん? 2人とも釣るとこが出来たみたいだし、なんで顔を顰めるの?
「どうしたの? 2人とも?」
「それがさぁ……」
「拙者も天童殿も見ての通り釣れたので御座るが……」
「うん?」
「いやあ……、デブゴンも釣りをやるって聞いて、しかもアタシと同じ渓流釣りだっていうし、それで勝負ってなってテンション上がっちゃってさ……」
「うん?」
「勝負の決め方を決めてなかったで御座る……」
2人ともそこで大きく肩を落とす。
「勝負の決め方ってたくさん釣ったほうの勝ちじゃないの?」
「石動殿……、釣りには今、石動殿が言った数釣りの他に、大きな魚を狙う大物釣りというのもあってで御座ってな……」
「あ、そうか……」
2人の話を聞くに天童さんが5匹を釣り上げて、三浦君が3匹を釣ったらしい。だが三浦君の釣り上げた42センチのイワナは中々に見れないほどの大物らしい。たしかに大きなイワナはイワナというよりも小さなサケのような雰囲気がある。
結局は引き分けという形に納まり、2人は魚を捌いて1匹ずつハーブソルトを振ってからアルミホイルで包んで鉄板の空いている所に置いていく。
「まっ、勝負はともかくキャンプ場の脇って場所の割には大きめの魚ばっかり釣れたし、皆、楽しみにしててよね~!」
ホイル焼きの用意が終わる頃には2人ともすっかり笑顔を取り戻してBBQに参加した。
やっぱり友達と炭火を囲んで食べるBBQは美味しい!
山の緑に囲まれたロケーションもそうだし、最近はハドーの後始末でなんやかんや忙しかったせいもあるだろう。
皆もそのようでマックス君も元の世界で美食には慣れているだろうが笑顔で串焼きを頬張っているし、アーシラトさんなんか何本目のお酒か分からない。
皆の食欲も少し落ち着いてきたころ、真愛さんが僕の隣に来て話しかけてきた。
「誠君、食べてる?」
「真愛さん、もちろんだよ!」
「そう、それは良かった。最近は忙しかったみたいだし、誠君は戦いを避けてこの町に来たのに宇宙人も異次元人もおかまいなしだし心配だったのよ」
「そ、そうだったんだ。でも安心して、僕は僕の生活を守るためなら何だってやるよ……」
「あら?」
「それに真愛さんや皆も僕の生活にいてほしいからね! 僕に任せておいてよ!」
「ふふ……。頼りにしてるわね!」
真愛さんに心配されていたようだ。真愛さんだけじゃない。今日、遊びに行くことを言い出したのは天童さんだ。僕は僕が思っている以上に他人に心配をかけているのかもしれない。
「あっ! 流れ星!」
「えっ! 今、昼間だよ!? ……本当だ」
真愛さんの指差す方向に白く天を降りてくる流れ星があった。だが妙だ。時刻は昼の1時を過ぎたばかりだし、何よりもゆっくりすぎる。今も流れ星は消えずに降下を続けていた。
航空機ではない。明らかに高空から急な角度で降下をしている。そんな航空機がいたらエンジンの轟音が聞こえても良さそうだが……。
「き、消えないね……」
「そ、そうよねぇ。普通、流れ星なんて一瞬で消えちゃうのにねぇ……」
「だよねぇ……」
「流れ星に願い事を3回唱えると願いが叶うって言うじゃない? 私、一回だって言えた事ないのに……」
「じゃあ願い事しちゃう?」
「あら? 意外とロマンティストなのね!」
「そら、そうですよ。タロットカードに詳しい高校生男子なんて中々いないんじゃない?」
「ふふ……、それもそうね!」
もっともタロットカードに詳しいのは特にオカルト的な由来があるわけでもないのに改造人間にタロットカード由来の名前を付けるARCANAのマジキチ共のせいなのだけど。
僕と真愛さんの様子を見て明智君が話しかけてきた。
「どうしたんだ? 2人とも……」
「あ、明智君、流れ星なんだけど……」
「なにか変なのよね……」
「はぁ? 真昼間だぞ……」
そう言って僕たちの指差す方を見た明智君は茫然と言葉を失って、持っていた金串を落としてしまう。
「あ、明智君?」
「お、おま、お前! あ、アレは流れ星なんかじゃない! ガスを噴射して大気の圧力を散らしている! 間違いなく外宇宙の知的生命体の突入艇だっ!!」
17話はこれにて終了です。
最近、更新が遅くなってました。
デップー見にいったり、久しぶりにWOTBやったらハマったりとしていたせいです。




