表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第17話 それぞれの休日
68/545

17-3 孤独な魔王のグルメ 後編

今回はふざけ過ぎた感がする

 異星人や異次元人に囚われず幸福に空腹を満たす時、束の間、異世界の魔王は自分勝手になり自由になる。誰にも邪魔されず気を使わずモノを食べるという孤高の行為。この行為こそが休日のヒーロー達に平等に与えられた最高の癒しと言えるのである。




 五月晴れの空を飛んで行く友を見送る。

 そういえば彼が飛んで行った方角には確か行ったことのない商店街があったハズだ。


「……行ってみるか」


 このままZION(ザイオン)付近をうろついていたところで並ばなくてもいい食事処が見つかることもなく、結局は空腹に耐えかねてアップルバーガーでお茶を濁すことになるよりはいいか!

 アップルバーガーはアレはアレで手軽でいいし、テレビでCM打ってるような新メニュー目当てで行くのならばそれなりに楽しめるのだが、他に行くところがなくてアップルバーガーで済ますというのは妙な敗北感があるものだ。


 マクスウェルは微弱な身体能力向上魔法をかけて速足で北町商店街を目指す。

 こちらの世界の自動車やバイクのような機械も便利そうだとは思っていたが彼は運転免許を持っていないし、自転車もたまに買おうと思うことがあるが、彼の住む蒼龍館高校とその寮は山の中腹にある。出かける時は下り坂で楽チンかもしれないが、帰りは地獄である。


(かと言って、魔法で空を飛んで目立ってしまってもなぁ……)


 彼の肌の色はこちらの人類にはあり得ない青灰色、耳は笹の葉のように尖っている。奇異の目で見られることは慣れているが、わざわざ目立とうとも思えなかった。

 彼の住む「日本」という国は目立たずに周りと調和することが美徳とされている国である。


 ともあれZIONで空いている飲食店を探して彷徨っていたころはイライラとしていた彼だったが、目的地が決まれば足取りも軽く青空の下を歩いて5月の穏やかな陽気を楽しむ。

 30分ほどでお目当ての北町商店街に辿りつく。


 雲行きが怪しくなってきたのは北町商店街に辿りついてからであった。

 “雲行きが怪しくなった”と言っても本当に天候が悪化したわけではない。彼が本日の昼食にありつくべく目指していた北町商店街のあまりの寂れ具合を目にしたためである。

 祝日、ゴールデンウィークであるというのに3分の1近い店舗のシャッターは降りているし、そのシャッターは赤錆が浮いて長らくメンテナンスされていないことは一目瞭然であった。シャッターの降りていない店舗の内の幾つかは当の昔に廃業したようで、店先には家主の生活用品が無造作に置かれていたりもする。さらに営業している店舗も金物屋にハンコ屋、仏具店、文房具店など彼のお目当ての飲食店は見当たらなかった。


(参った……。道理で今までに来たことが無かったわけだ。これでは来る必要が無かったというわけだ……)


 また30分ほどかけてZIONまで戻ることを思案していると彼の鼻腔が香しい煙を掴む。

 醤油と味噌のふくよかな香り、炭が焼け、脂が焦げる匂い。


 ん?


 この、まだ彼の王都のスラム街の方がよっぽど活気があるような商店街には似つかわしくない匂いに気を取られて横道に目をやるとその店はあった。


 《立ち呑み 気楽》


 どうやら店先で購入した商品を路上に並べられたテーブルで頂くスタイルの店舗らしく、店先ではもうもうと立ち上った煙の奥に肝っ玉の強そうなでっぷりと太った女性が忙しなく働いていた。

 店の看板には「立ち呑み」と書いているが、店先に無造作に積まれたビールケースに段ボールを敷いて座って飲食をしてもいいらしい。


(いいじゃないか! この“ざっかけない”雰囲気! 予の好みだ……)


 彼は元々の世界では既に成人であったために飲酒の経験はある。だが、この国では20歳未満の飲酒が法律で禁じられているし、学校の校則でも年齢を問わずに生徒の飲酒喫煙を禁じられたために、こちらの世界に来てから居酒屋というものに縁はなかった。

 だが話には聞いたことがある。この国の酒に合う料理は白飯にも合うことを。


「すまぬが食事だけなのだがよいか?」

「あいよ!」


 店員の女性に聞いてみるが短く小気味良い返事を返してニッコリと笑顔を返してくれる。


「お兄さん、昼間から飲む趣味はないのかい!」

「いや、昼間からも何も予は未成年という奴でな。この辺は初めてで食事できる場所を探していたのだが見つからなくてな……」

「あ~! 夜にもなれば開く店も増えるんだけどね! あっ、でもスナックとかじゃどの道、メシ食えないか! アハハ!」


 店員の女性、この国の言葉では「オカミサン」とでも言うのだろうか? と会話をしながら店先の料理の数々を物色する。


「……では注文してもよいか?」

「あいよ!」

「この煮物とこっちの煮物、あと、これはオデンか? ……え~と、オデンの玉子と大根、ハンペンとチクワ。ん? チクワが2種類?」

「あ~、お兄さん、関東の人間じゃないね! こっちのは竹輪麩(チクワブ)、辛子付けて食べると美味しいよ!」

「ではチクワブとやらも……、それとウーロン茶、あとご飯はあるかね?」

「ご飯、あるよ!」

「では、それで頼む」


 慣れた手付きでオカミサンが注文の品を用意していく。ほどなくして全ての料理がカウンター越しにマクスウェルに手渡される。


 ~本日のメニュー~

 ・豚モツ味噌煮込み

 ・牛スジ煮込み

 ・おでん(玉子、大根、ハンペン、竹輪、竹輪麩)

 ・ご飯

 ・ウーロン茶


(参ったぞ……。見事に茶色一色ではないか……)


 牛スジや豚モツの煮込みはもとより、最初は白かったのであろう玉子やハンペンまでも長時間、鍋でにこまれたのであろう色の付き方だった。ただ白飯とオデンに添えられた練り辛子のみが茶色くない。


(どれ、文句をつけていないで食べてみるか……)


 まずは一番、無難そうなオデンの玉子から。

 箸で割って一口。


(うん。よく味が染みている……)


 茹でられて殻を剥かれてから、さらにおでん鍋で煮込まれた玉子は完全な固茹で(ハードボイルド)だった。だが、その分、味が染みている。

 だが白飯に合うかと言われたらどうだろう?

 そのまま次は大根を一口大に割って口の中へ


(おっ! これはいい……! 飯が食える、飯を御口に誘う誘導兵器だ! そういえば日本人がもっとも消費する野菜は大根だという話だったな……。納得!)


 大根から飯、続いて辛子をチョンと付けた玉子、それから大根。小康状態を保っていたマクスウェルの食欲が臨界に達する。


(いかん、いかん! 白飯の配分を間違ったらあとで苦しむことになるぞ……)


 オデンの大根と玉子だけで白飯が半分近くも無くなっていた。蕎麦屋で使うような中くらいの丼であるにも関わらずにだ。

 気を引き締めて次の標的は牛スジ煮込み。飴色に色づいた半透明の牛スジ。間違いなく白飯を大量消費する。


(お~! 柔らかい……。んっ? 食感が違う? ああ、小ぶりのスジはトロトロに柔らかく、大ぶりのスジはモッチリとした食感が楽しめるのか……。いずれにしても、よく味が染みていて旨い!)


 スジにくっついた肉もホロホロに崩れ彼を楽しませたが、何よりもコンニャクが素晴らしかった。スジのトロトロ、モッチリとは違うプリプリとした食感。味の染み込みにくい食材であるがよく煮汁が絡んでいて飯の進む味だった。たまらずオカズを大量に残したまま丼飯を完食してしまう。


「ご飯のおかわりを頼む」

「あいよ!」


 ご飯のおかわりが来るのを待つ間、人心地ついた彼の脳裏にある疑問が浮かんだ。

 それは「何故、オカミサンは自分しか客がいないのに忙しなく串焼きを焼き続けているのか?」ということである。

 店内を見渡し、その答えを見つけた彼は仰天する。


(な、何だアレは!?)


 店舗はL字型になっており、彼が食事している面とは別の一面にもう1組の客がいたのである。オカミサンは焼きあがった串焼きをその客たちにせっせと運んでいた。

 問題はその3人の客だ。

 異形の化け物。そう表現することしかできない。1人は3本爪の甲殻類のような姿。1人はゴムのような黒い体に黄色く大きな単眼。最後の一人はワイバーンのように大きなクモとスズメバチの合いの子のような異形。これでは化け物と表現するしかないではないか? 化け物(モンスター)でなければ化け物(クリーチャー)だ。


(異次元人? ハドーの残党か!? いや、カニ型はともかく、デカ目と大型の虫はハドーの連中の獣人型怪人には見えないな……。異星人とやらか?)


 だがマクスウェルが3人に対して警戒していた頃、3人組の方でもマクスウェルに対して注意を払っていた。


「なんやアイツ? この星の人間やあらへんな……」

「そうだな。銀帝の辺境にあんな肌色の人種がいるとは聞いたことがあるが……」

「ジュン! チョーサク! よそ様にいらない詮索はおよしなさい! それにセリム人の耳は尖ってなんかいないハズよ」

「それもそうだな……。先ほどから美味そうにメシを食っておった。悪い者ではなかろう?」

「せやな!」


 3人組の異形は何やら小声で話しをしながら串焼きや煮物、カップ酒を楽しんでいる。それにしてもあの一際、大きな虫のような異形。牛馬を生きたまま食らいそうな見た目の割に先ほどからカップ酒に触手を入れて吸っているのみだ。どのような食習慣なのだろう?


「あいよ! ご飯のおかわり、お待たせ!」


 オカミサンの声に意識は目の前の食事に引き戻される。

 では、次はモツ煮込みといこうか。箸でモツを持ち上げるとニンニクとネギ、味噌の匂いに鼻腔をくすぐられる。


(うん。モツも柔らかい。それに下処理も丁寧にされているな! 味付けも最高だ。これは酒はもちろん白飯にも……)


 この国の人間、日本人は内臓肉をあまり好まない印象を受けていたが、その先入観を一発でひっくり返すほどの丁寧な仕事だった。味まで抜けてしまうギリギリまで洗われた豚の内臓は臭みなどまるで感じさせぬほどで、しかも良く煮込まれて一度、噛むだけで噛み切れてしまう。


(この部位は胃袋……、この国では「ガツ」と言うのだったかな? いいじゃないか! この商店街の寂れ具合に似合わぬ当りの店だな! ここは!)


 モツ煮込みで白飯をかき込み、オデンの2種類のチクワをやっつけようかと思ったその時、横から彼に話しかける者がいた。


「兄ちゃん、モツはイケる口か?」


 丼を抱えたまま左を見ると、例の3人組の1人、黄色く発光する巨眼の持ち主がそこにいた。


「あ、ああ。内臓肉は好みだが?」

「せやったらコレもどないや? ワイの奢りやで! なに、さっきから串焼き、ワイらだけで頂いてるのも悪いと思ってな!」

「そうか。では、ありがたく頂こう。かたじけない」


 マクスウェルの前に差し出される皿に乗った4本の串焼き、「シロ」とか「シロコロ」とか呼ばれる脂のしたたる牛の腸の串焼きと、恐らくは豚のタンの串焼き。焼きたての物を回してくれたようで今も湯気が上がっている。


「おっ! スジ煮の煮汁が残っとるやん! 兄ちゃん、この汁、メシに掛けて食っても美味いで! ワイのツレのあのデカい姉ちゃんなんか固形物は食えんからって1カップにこの煮汁を入れてもらって飲んどるわ!」

「そ、そうか?」

「せやせや! なに、見てくれは悪いし、マナーなんぞは知らんけどな。ワイら、ど~せ大人しくしとっても目立つんや! なら人の迷惑にならん程度に好きにさせてもらおうや!」

「そ、そうだな。うん。それもそうだ。ありがとう!」

「ほな」

「ああ」


 単眼の異人が去っていく時、彼のツレとやらにも会釈をしておく。爪や触手を振って返してくれた。悪い連中ではないのだろう。

 もっとも単眼は「人の迷惑にならん程度」と言うが、たった数十分前にカニ型と単眼が喧嘩して、通行人に通報されて挙句に市の当直任務に付いていた某ヒーローが駆けつける騒ぎになっていたのはマクスウェルの知らないことであったが。


(……では、お言葉に甘えて)


 牛スジ煮込みの残った煮汁を残り半分ほどの丼飯に投入。


(……これはイカン! これは駄目だ! ……これは食べ過ぎてしまう!)


 甘辛い煮汁を吸って雑炊のようになった飯をかき込みながら、たっぷりと辛子を付けたチクワとチクワブで緩急を付ける。

 チクワは彼も知っている味であったが、良くオデンの汁を吸って素晴らしい仕上がりになっていたし、チクワブとやらはどうやらチクワを模したパスタの一種であろうか? ニョッキを柔らかく煮たような味と食感であった。


「あ~、御馳走様でした……」


 全体的に濃いめ、しょっぱめだった食事の後に、飲み屋だけにジョッキで出てきたウーロン茶が有難い。




(そう言えばコーヒー豆を追加せんといかんな……)


 会計を済ませ、ふと用事を思い出した彼がZIONまで歩いて戻ろうかと思ったが考え直す。


(確か、「人の迷惑にならん程度に好きにさせてもらおうや」だったな……)


 彼はおもむろに飛行魔法の詠唱を始め、5月の陽気の中を飛んで行った。

魔王様「困った……。スジ煮込みとモツ煮込みでコンニャクがダブってしまったぞ……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ