17-1 「それぞれの休日」てタイトルなのに働いてるんですけど……
「管制室、こちらデスサイズ」
「こちら管制室、どうぞ」
「先ほどの『異星人同士の戦闘』ですが、立ち呑み屋で盛り上がった異星人が喧嘩してただけみたいです」
「ああ、もしかしてカニみたいな人とナスみたいな人ですか?」
「はい。そうですけど有名なんですか?」
「有名というか……。まあ、これまでも何度かありましたから……」
懲りないなぁ。あの人たち。
それにしてもナスみたいな人、か……。チョーサクさん、僕はイルカみたいだと思ったけど、確かにナスっぽいと言えばナスっぽいか……。
「で、僕が行ったら喧嘩止めたし、お仲間の大きな人はそんなに酔った様子もなかったんでそのままにしてきたんですけどよかったですか?」
「はい。大丈夫です」
「それじゃ、哨戒飛行を再開します」
「了解しました」
あ~、疲れた……。
時刻は夜の8時。
当直任務は夜の部へと移っていた。
午前中の哨戒任務はその後は何事もなく終わり、午後もそつなく終わったのだが、夕方の5時近くになってからハドーの残党が投降するというので警察に呼ばれて収容に立ち会ったのだ。
郊外の廃工場に潜んでいたハドーの獣人型怪人5名が護送車に乗り込む所を低空から監視し、護送車がH中央署について怪人たちが降りて暫くの間、警察署の上空で待機。食事を与え、取り調べの結果、どうやら投降の意思は本当らしいというこどで返ってきたら8時近くになっていたわけだ。本来ならば警視庁の戦車隊が対応するところらしいが、未だに修理の終わっていない車両も多くて僕の出番となったわけだ。
既に配達の弁当は冷めてしまっていたが、休憩室の電子レンジで温めなおして食べていると職員の方が温かいお茶を淹れてきてくれた。ありがたい。
どうやら市災害対策室はこの時間になっても結構な人数の人が残っているらしい。室内の電気を半分ほど消して薄暗い室内でパソコンのキーボードをパチパチ叩いている人、プロジェクターに映した地図やらグラフを見ながら話し込んでいる人たち、大型ディスプレーのレーダーチャートと睨めっこしている人に明日の会議で使うのか大量の紙をプリンターで印刷している人。
市役所から独立した庁舎を持つ災害対策室はまるで眠ることがないみたいだ。
だが僕については特にやる事がない。
夜間についてはリスクの大きさから哨戒飛行の予定はないし、警察に付き合っている間に職員の方が仮眠室のベッドメークをしてくれていたほどだ。
それなのに何故、夜間当直なる任務があるかというと、夜間に何かあった時にすぐに動けるヒーローを市が確保しておく事が目的なのだ。いつ何があるか分からないという事、さらに何かあった場合に次に休めるのがいつになるか分からないのが当たり前ということから休める内に仮眠しておくのはむしろ推奨されている。
だが弁当を食べ終わっても時刻は午後8時15分。とても高校生の寝る時間じゃあない。いくら疲れているといってもそこまでではない。改造人間はそこまでヤワじゃあないのだ。
1階に自販機コーナーまで行ってオレンジジュースを買ってぷらぷらと庁舎内をうろつく。日中は人も多くて邪魔になりそうだったが、夜間はある程度は人が少なくなっているので見学して歩くのに丁度いいだろう。立ち入り禁止区域とかあったりするのかな?
「……お邪魔しま~す」
運用班の事務所に入ってみる。日中に来た時から壁面の大型ディスプレーが気になってたんだ。
「あっ、どうもお疲れさまです」
何やら壁面に3つ並んだ大型ディスプレーの一つを操作しながらバインダーに挟んだチェックリストに記入している職員の方が僕に声を掛けてくれる。邪魔かな?
「お疲れ様です。少し見学させてもらってもいいですか?」
「ええ、どうぞ!」
ニッコリと笑って僕に隣の椅子を差し出す職員。
スラックスにワイシャツ、腕には黒いアームカバーとどこにでもいる公務員風の職員の方は年齢は50前後だろうか? 5厘ほどの坊主頭にしていても、なお薄くなってしまっているのが分かる頭頂部もふくめて顔中、脂ぎっている。だが顔は朗らかで気の良さそうな人だった。胸元の名札を見ると「板橋」と書いている。
「どうもすいません。こちらは何をされているのですか?」
「ええ、私のイジっている左端のモニターで市内各所の監視カメラのチェックをしています」
なるほど手元のコンソールを操作すると若干のラグがあって画面の映像が動く。画面はH駅前入り口のようだ。板橋さんが用紙にチェックしてコンソールを操作すると画面が切り替わる。今度も駅前だが別の角度からのようだ。
「日中は明るいのでカラーの映像なんですが、夜間は暗視カメラの白黒映像に切り替わるんですよ。ですので毎日2回、朝と夜にカメラのチェックをしています」
「市内の何ヵ所にあるんですか?」
「市災害対策室とオンラインになっている物だけで82ヵ所になりますね。どうぞ……」
そう言って僕に1冊のファイルを渡す。中を見てみると市内のオンラインカメラの配置場所が書かれていた。僕のアパートの近所だと……、あっ、商店街の真ん中にも1台あるみたいだ。
なるほど、何か事件が起きたら最寄りのカメラで状況を確認するんだな。
板橋さんの作業の邪魔にならないようにディスプレーを見ていると中央のモニターは民間航空機の飛行状況が表示されている関東地方の地図。右端のは同じく関東地方の地図だが、こちらは自衛隊基地等の現況のようだ。航空自衛隊の滑走路がある基地は表示の欄が多いのでアラート状況なども表示できるのだろう。
「失礼しま~す! あっ、板橋さん。ちょっとテーブル貸してくださいよ~」
「おっ、どうぞどうぞ!」
室内の3人ほどの女性職員たちが入ってきた。
「すいませ~ん! 休憩室、主任がイビキかいて寝てるし、総務班のテーブルは会議の資料作成で使ってるんですよ~」
「ああ、それで。珍しいと思った」
「あ、石動さんもオヤツ食べましょうよ!」
「板橋さんの分もありますよ!」
どうやら彼女たちはいつも夜食代わりにこうやって集まってお菓子を食べているらしいが、いつもの場所が使えなくて運用班まで来たようだった。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます!」
黒縁メガネの佐々木さんから鎌倉土産だというお菓子を頂く。定番のフワフワのスポンジ生地に濃厚なカスタードを入れたものだ。定番だが定番になるだけあって美味しい。だが、しくった。カスタードケーキを頂くと分かっていたならオレンジジュースではなくカフェオレにしたのにな~!
「石動さんも今日は大変でしたね!」
「いえいえ、今日は事件が無くて良かったですよ」
明智君が言っていたことなのだが、ハドーの総攻撃のような大規模な事件が起こってしばらくはヒーローや行政もピリピリしているので侵略者たちも大人しくしているのだそうな。もっとも、それでも仕掛けてくる跳ね返り者やそもそも知能の低い敵、あるいは緊張度が高いからこそ威力偵察をしかけてくる連中もいるそうだが。まあ統計的には事件の発生率は一時的に落ちるらしい。
「ふぅ~! それじゃ私も頂きますか……」
板橋さんもカメラチェックを一時、休んでオヤツタイムにするみたいだ。
「そういえば石動さん、今は高校生なんですよね?」
「ええ、1年遅れですけど……」
「え~! 全然、見えない~!」
「石動さん、中学生って言っても通じるよ~」
そりゃ中2の時に改造されてから容姿が変わってないだけだったりする。
女三人寄れば姦しいとは言ったものでカスタードケーキを頂きながらワイワイとお喋りに興じる。
「でも石動さんが普通の子で良かったよ~!」
ん? どゆこと?
「昨日、室長が石動さんが当直任務に就くって言った時の皆の慌てぶりったらなかったね!」
「そ~ゆ~アンタも半ベソかいてたじゃない?」
「そうでしたっけ? ウフフ……」
「あの……。もしかして……、僕ってダークヒーローって扱いだったりします?」
3人の言葉ぶりから思い切って聞いてみると、3人はそっと僕から目を逸らしてしまう。隣にいる板橋さんの顔を見やるとしぶしぶといった様子で口を開いた。
「えっと、うん。そうですね。でも少なくとも今日1日、一緒に仕事した人は間違いだったと気付いたんじゃないですかね?」
……うん。分かってた。
分かってたけど聞かずにはいられなかったのだ。そういえば今朝の受付のお姉さんは僕が名乗ると固まってたけど、つまりはそういうことだろう。
「そ、そういえば石動さんは卒業後の進路は考えてますか?」
僕が落ち込んだのを察してくれたのか、一人の女性職員が強引に話題を変える。
「進路?」
って言っても僕はまだ高1だしなぁ~。
「石動さん。まだ高1だから早いとか考えてません?」
ドキッ! 図星を突かれてしまった。
「まぁ別に遅いとも言いませんが、すでに準備している人なんて幾らでもいますよ?」
「そ、そうですかね?」
「そうですよ。別に将来の仕事の事まで考えている人はそうは多くはないでしょうけど、エスカレーター式の大学の付属高校に行ってる人なんかは少なくとも大学受験の心配はいらないでしょうしね」
「なんなら石動さんならH大なら学費無料で入れるんじゃないですか?」
佐々木さんの話によると市立H大学はヒーローは授業料やら入学金やら無料で入れるらしい。なんでも現在でも数人のヒーローが在学中だとか。
「逆にオススメしないのは就職して自衛隊やら警察に入ることね~!」
「それは何でですか?」
「給料、安いわよ?」
実に簡潔な回答だった。僕もさすがにそれは遠慮したい。
「まあ戦う力の無い人の就職先としてなら別に問題はないけどね……」
「石動さん、今更、一自衛官やら警察官として訓練を受けるのも馬鹿らしいでしょ?」
「それはまあ……」
僕を改造したトンチキな連中のお陰で僕の性能は極端にアンバランスだ。見ず知らずの他人の立てた作戦に身を任せるとかは絶対にご遠慮したい。まあ明智君ならともかく、逆を言えば明智君レベルの人じゃなければ駄目だ。
今日の当直任務の時には管制官の人も、ハドーの投降の際にご一緒した警察官の方もある程度の裁量を僕に認めてくれていた。だが自衛官や警察官となったらそうはいかないだろう。国民の盾となることが求められる職業に僕のような紙装甲で就職するつもりはない。
「で、何か考えてますか?」
「う~ん……。どことは決めていないけど大学には行きたいかな?」
「ほうほう。それは何で?」
「えと、僕が体のほとんどを作り変えられて脳味噌も3分の2程度しか残ってなくても、それでも自分は人間だって言えるような理論武装が欲しいと言うか……」
「いいじゃない! じゃあ何をもってそう言うか考えないとね!」
「H大なら哲学も法学もありますよ?」
板橋さんも3人の女性職員たちも我が事のように喜んでくれた。
「私が石動さんぐらいの時にはそんなにしっかり考えてなかったわ~!」
と佐々木さんが言えば、板橋さんも。
「ウチのバカ息子にも『とりあえず』とか言わないでしっかりと考えて欲しいものです」
と言っている。
「そういや釜田ちゃんは何でここに入ったの?」
佐々木さんが釜田さん、3人の中でもっとも若いボブショートの女性に聞く。
「え? 別に狙って入った訳じゃないですよ? 高校出て市役所に入ったら配属先がここだったってくらいで」
「へ~、いつ、入ったんですか?」
「今年ですよ」
「へ?」
「今年ですよ」
え? それじゃ釜田さん。今年の3月まで高校生で、1ヵ月もしないでハドーの総攻撃だったの?
「た、大変ですね。就職して1月も経たないウチに大規模災害があって……」
「まあ1月っちゃ1月だけど、最初は10日ほど外部研修だったからね」
Oh……! さらに職場に慣れる期間が短く……。
「まあ、でも優しくて面倒見のいい先輩と出会えたし、悪い職場じゃないわよ?」
「おっ! 露骨にポイント稼ぎにきましたな~」
「可愛いヤツめ!」
釜田さんが佐々木さんと及川さんに髪をもみくちゃにされる。
「アハハハ! もう、止めてくださいよ~! まあ、こんな感じで毎日、楽しくやってます」
そんな物かもしれないと思う。どんな職場でも人間関係次第で天国にもなれば地獄にもなる。きっとそうなんだろう。
「それに災害対策室に配属されたからって私に戦地に行けってわけじゃないですから。私の同級生なんか高校に在学中に介護の初級の資格を取って某老人ホームに就職したのに、なんでか人が足りないって戦車に乗せられてるみたいですよ? 報奨金の支払い関係の書類見たら、名前を見つけちゃってビックリしました」
へ~、一体、どこの老人ホームだろうな~(棒読み)
ていうか聞いた話だと老人のボケ防止に戦車乗ってるって話だけど、乗員補充して積極的に戦いに行ってない?
そうやって夜は更けていった。
結局、その日は何事も無く、翌朝の8時半にはラボから帰ってきた3Vチームが復帰し、僕と当直任務を交代した。




