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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第16話 ゴールデンウィーク後半戦初日
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16-2

 ハドー総攻撃の余波も一段落し、いくらか落ち着きを取り戻していたハズのH市災害対策室の面々は喧騒に包まれていた。

 原因はデスサイズ。「復讐鬼」と呼ばれるある種のダークヒーローだ。


 彼は悪の秘密組織ARCANAによって改造された大アルカナと呼ばれるハイエンドモデルであり、同じくARCANAによって改造され、洗脳処理が効かずに脱出した兄であるデビルクローを破壊するために二次改造を受けた攻撃力と機動力、隠密性に特化した改造人間である。

 兄、デビルクローを執拗に幾度も付け狙い、ついにデビルクローの活躍によりARCANAの支配から脱したものの、その心はARCANAへの復讐へと囚われていた。


 災害対策室に務める者は特怪事件やそれに対するヒーローに余人よりも接する機会が多いからこそ知っている。制御不可能なヒーローの厄介さを。


 それでなくても彼らは覚えている。昨年のデスサイズと共に現れた超巨大空母(ジャッジメントデイ)が太平洋上を進み刻一刻と日本へ迫っていた時の混乱を。洗脳から脱したデスサイズが同じ大アルカナであるスカイチャリオットを一撃で撃破してみせたのを(そのスカイチャリオットが旧ブレイブファイブの3人を殺害してのけた強敵であることも)。その後、彼がとある殺人鬼と行動を供にして、その殺人鬼の象徴ともいうべき鉈を譲られるほどの関係であったことも。政府に協力していた明智元親がデスサイズに助力を求めに行った際には、彼に戦車の正面装甲すら撃ち抜くような強力なビームガンを突き付けて「邪魔するなら殺す」と言ってのけた事はビデオ映像に残されていたし、生きていた兄と合流してからも某組織の大幹部をその能力を持って暗殺してのけた事もあった(その後、某組織がどの面下げて来たものか抗議文書を持ってきたのだ)。そして、遂には純地球系の組織ながら異星人にも勝るほど強力な戦力を誇るARCANAを殲滅し、その首領たる改造人間、ザ・エンペラーを1対1で撃破してのけたのだ。


 つまり災害対策室の者にとってデスサイズとは制御不可能にして制止不可能の化け物(モンスター)であった。たまたま彼の敵が人類の敵であっただけとも言えよう。


 そのデスサイズ、その姿と名に違わぬ死神が明日の警戒当直任務に就くというのだ。

 元々、ヒーローとして活動している者であっても様々な事情で行政に協力していない者は意外と多い。とある悪魔なんかは「好きな時にお酒を呑めなくなるから」という理由で当直任務にはつかないし、年齢的な理由で協力できない者もいる。

 そしてハドーの総攻撃による消耗で災害対策室が即応体制を取るための当直任務を行うことが難しくなり、普段は当直任務に協力していないヒーローたちに無理を言って協力を求め調整を続けていた職員たちの前に彼らの上司である室長がホクホク顔で現れ、彼らにこう言ったのだ。


「明日の当直をやってくれるって人、見つかったよ!」


 室長の言葉を聞いて皆、一様にホッとしたような顔を見せる。

 このまま誰も引き受けてくれる人が見つからなければ今日も当直任務に付いている「インセクタス」の面々にまた明日も頼まなければならないと思っていた。そうなれば彼らの一人であるビートルレスラーは海外で挙式を挙げるという妹さんの結婚式に行くことはできなくなるし、他のメンバーも付き合いがあるようで招待されているのだ。ヒーローとて人の子だ。たった一人の妹の結婚式には参加させてあげたいし、それができないというのは自分たちの無能を晒すようなものだと職員たちは考えていた。


 しかし、一体、誰が?

 今の今になって室長が言ってくるということは、職員たちは知らない室長が個人的に連絡先を知っているヒーローだろうか? 

 それでいて当直任務に就く能力を有している者。室長がたまに個人的に意見を求めている明智元親は素晴らしい頭脳を持っているが、彼は戦う力を持たない。さらに言えば、直接的な戦闘力も必要だがある程度の機動力も必要だ。その点、スティンガータイタンなる旧式ロボットは通報を受けても現場まで移動するだけで一苦労と当直任務には不適だ。できれば飛行能力を有する者が望ましい。

 そしてハドーの総攻撃から1週間も経っていないのに既に戦闘態勢を整えている者。幸いにしてヒーローの死者こそ出さなかったものの、負傷者多数で頼みの綱のヤクザガールズのヒーラーは無理が祟って高熱を出して寝込んでいる。航空自衛隊の飛行型可変ロボット「3Vチーム」は揃って技術本部送りとロボット兵器も消耗が激しい。

 こんな状況で急な要請に応じてくれるヒーローとは誰であろう? もしかすると市外のヒーローであろうか。室長は経験と人脈を見込まれて市長から招聘されてきたのだ。その伝手で誰かしらに来てもらうのだろうか?


「で、一体、誰なんです?」


 一人の職員が室長に聞く。彼の配置は運用班。警戒態勢の配置等を勘案しなければならないがための職務上、必要な質問であった。その他、燃料や弾薬等の補給が必要な者なら手配しなければならない。


「ああ、デスサイズだ」


 室長の言葉にその場にいた職員たちは一気にお通夜のような空気になる。が、それから一気に堰を切ったように上司に詰め寄る。


「えぇ?」

「いや、だからデスサイズだ」

「う、嘘でしょ!? 室長!」

「私はそんな嘘は付かん!」

「ででで、デスサイズって……」

「デスサイズに警戒態勢に就いてもらったって、彼を警戒するためのヒーローが必要になるじゃないですか~!」

「場合によっちゃハドーよりも厄介な相手じゃないですかヤダ~!」


 無論、彼らとてハドーの異次元ゲートのあるHタワーまで攻め込み、ゲートを守る敵戦力を撃破したのがデスサイズの一党であることは理解している。だが、それでも「ダークヒーロー」という1度ついた風聞は中々に消えないものなのだ。


「いや、そんなに心配することもないんじゃないですかね?」


 職員たちの喧騒を見守っていた一人の女性が声をかける。

 彼女は堤2等空尉。自衛隊の統合幕僚監部から特怪事件多発地帯のH市に出向してきている連絡調整官である。

 H市出身の彼女は高校卒業後に曹候補生として航空自衛隊に入隊し、部内幹部としてとして曹長、3尉とキャリアを重ねてきた。その後に統幕へ転属し特怪事件へと関わるようになったのだった。


「去年、入間で一緒になりましたけど、人が言うほどイカれた子じゃなかったですよ?」


 入間とは埼玉県S市にある航空自衛隊の入間基地の事だ。彼女は埼玉ラグナロクの際にグングニール隊が前線基地として使用していた入間基地で、彼らの支援要員として勤務していたのだ。

 入間基地でのデスサイズこと石動誠は無口で大人しく、また年齢以上に幼い外見も相まって女性隊員、特に弟や息子を持つ者からはよく構われていたようであった。

 堤2尉も当初こそ彼に対して警戒していたものの、ある日、補給隊から受領したコピー用紙を庁舎に運び込もうとしたところ、小さな台車にA4サイズのコピー用紙2,500枚入りの箱が16箱では台車の限界か彼女の体力のせいかニッチもサッチもいかなくなったことがあった。その時にたまたま通りがかったのが石動誠で、彼は無言で台車の上から4箱を持つと、何とか彼女の力でも台車を動かせるようになり助かったことがあって以降は彼の事を見直していた。


 もっとも、「カチコミ」「景気付け」「新技の練習」「目が合った」と称してはヤクザガールズの3年生たちと異星人やら邪教徒のアジトを勤務時間外にも襲撃して回っていたのは噂通りというか何というか……。

 まあ、それは余計に災害対策室の職員たちを脅かすだけだから言わないでおこう。あの背の低い少年の名誉のため、堤2尉は密かに決心した。


 堤2尉の言葉にある者は疑うような目で彼女を見て、ある者は一筋の希望を得たようであった。


「つ、堤君もこう言うのだし、明日くらいは我慢してくれないか!?」


 室長も自分が思ってた以上に反発が出たのかタジタジで、職員たちに伝えようとしていたことを言える状況ではなかった。


(彼が明日、上手くやってくれるようなら、学校が夏休みの時に数日でもアルバイトに来てもらおうと思っていたんだがなぁ……)


 ヒーローだって夏休み、お盆休みは欲しいのだ。毎年、シフトの遣り繰りに難儀する時期の解決策として室長はデスサイズを夏休みのアルバイトとして雇う事を名案だと思っていたのだ。




 かくして日は明け、ゴールデンウィーク後半戦が始まった。


 木曜日、午前7時50分。

 市災害対策室庁舎は極度の緊張に包まれていた。

 本来なら夜勤の者と日勤の者とが勤務交代する時間を目前に控えて、もっとも弛緩した空気が流れているような時間である。

 だが突如現れた死神が彼らの様子を「気に食わない」と言って不幸な誰かの喉元に大鎌の刃を向けた時、その者を守ってくれるヒーローはここにはいないのだ。というか、その死神が今日1日、頼りにするヒーローだった。


 職員たちは今や遅しとデスサイズの到着を待っていた。まだ来てはいない。だが、そろそろ来てもおかしくはない時間だ。

 歯医者の椅子の上の心境と似ていたかもしれない。治療中なら覚悟を決めて耐えることが出来る。だが治療前に歯科医師がドリルにアタッチメントを選んで装着しているのを黙って見ているような生殺しの感覚。それが今の職員たちの味わっている感覚だった。


「すいませ~ん! 8時までにこちらに来るように言われたんですけど……」


 一人の少年が受け付けの女性職員に声を掛ける。

 スリムタイプのジーンズに合成皮革のスニーカー、白のパーカーを羽織った少年はクリッと大きな目が印象的な笑顔を受付嬢に向けていた。

 受付嬢はそれゆえ気付けなかった。その少年が件の死神であることに。

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