EX-3-エピローグ 思いは受け継がれて
「オラァァァァァッ!! デビルクロー・パンチッ!!!!」
「ハアァァァァァッ!! 時空間断裂斬ァ!!!!」
俺が右腕の爪付籠手の先端、鋭い爪先の五指からそれぞれ赤く輝く時空間断裂刃を発生させ、全身のイオン式ロケットエンジンの推力に任せて敵の懐へと飛び込んでいく。
背後からは俺の動きに合わせて飛び上がった黒い死神デスサイズが手にした大鎌の曲刃を怪しく赤く輝かせて敵を狙う。
仮に敵が俺の「デビルクロー・パンチ」を防いだとしても頭上からデスサイズの大鎌が間断の暇なく襲いかかり、敵が俺の一撃を何とか避けたとしても死神がすかさず追撃をおこなうだろう。
まさに兄弟であるからこそなしとげられる抜群のコンビネーションだ。
そう。タロットカードの13番目のカード“死神”をモチーフとした大アルカナ、デスサイズは俺の弟の誠である。
俺は誠を無事に、人間の姿のままで救い出す事はできなかった。
しかも、あろうことか奴らは“死神”の暗殺特化の機体コンセプトを設計半ばで変更し、俺を殺すための改造人間へと作り変えていたのだ。
俺もそれまでに倒していた大アルカナの遺骸を関係機関に提供し、ARCANAで使われている洗脳方式の解除法を研究してもらって、それまでは何度、誠に狙われても適当にあしらってきたのだが、結局は解除法は間にあう事はなく、しゃあないので石動家式「ブッ壊れた機械は叩いて直せ!」作戦で辛うじて誠を奴らの支配下から解き放つ事に成功していたのだ。
その後、紆余曲折を経て俺と誠は行動を共にする事となったのだった。
そして今、俺たち兄弟が戦う相手は大アルカナの1体である“星”。
ARCANAの偵察衛星「オラクル」に常駐し、奴らの情報収集の要である“星”は特段の事情が無ければ地上へと降りてくる事は無いし、宇宙戦用である“星”とは違い俺や誠の電脳に搭載されている宇宙戦闘用のプログラムはあくまでも試作品の域を出ないβ版。
さすがに格闘技に自身アリの俺と言えども宇宙空間での戦闘は想定外。たとえ俺と誠の2人がかりであろうとそれは同じ事だ。
というわけで世界さんの協力の元、“星”を偽の指令文書で郊外の採石場へとおびき出した俺たちはそのまま戦闘を開始していた。
宇宙空間での戦闘を考慮されている“星”は左右3対、6本の蜘蛛のような脚が生えた円盤に人型の上半身を有している改造人間である。
ちょうど何かのゲームで観た女性の上半身と蜘蛛の胴を持つアラクネとかいうモンスターと似ているようにも思えるが、別に“星”はアラクネを模した姿をしているわけではない。
蜘蛛とは違い脚部が8本ではなく6本であるのもそのためであろうし、直径3.5メートルほどの円盤状の腹部は大型の時空間エンジンを搭載し、0G環境下での空間機動のため円盤の各所にはイオン式ロケットエンジンの噴射口を有して、人型の上半身の背部に装備したイオンロケットエンジンと合わせて無類の運動性を発揮するのだろう。
ただし、あくまでそれは重力の影響を無視できる程度にしか受けず、空気抵抗も考えなくともよい宇宙空間での話だ。
地上に降りた“星”はその巨体ゆえの大質量と、円盤に取り付けられたイオン式ロケットエンジン群の推力咆哮を一線に集中する事ができないがために機動性は鈍い。
その点では“星”を地上に降ろした甲斐があったというものだが、問題は敵の圧倒的な火力であった。
大型の時空間エンジンから得られる大出力を活かし、奴の上半身の脇には円盤から飛び出す形で大出力長砲身のビーム砲が左右にそれぞれ1門ずつ取り付けられていたし、“星”は大アルカナとしては珍しく実体弾を用いる射撃兵装であるスナイパー・レールガンを手にしていたのだ。
ならば速攻で片を付けるとばかりに初手、誠は抜き撃ちの状態からファニングでビーム・マグナムを6連射。
6本のプラズマ・ビームは“星”の手前の地面へと着弾して採石場の土砂を撒き散らかしながら土煙を上げていた。
俺も誠の意を組んで敵の懐へと飛び込もうと必殺技である「デビルクロー・パンチ」で突っ込んだところである。
「……なっ!?」
「何だこりゃッ!?」
「ふぅ……、ビビらせやがって!」
俺と誠の必殺のコンビネーション。
俺が仕損じても誠が殺れる。
そう確信していた俺の思惑とは裏腹、“星”は赤く光るエネルギーで作られた半球状のドームに包まれていたのだ。
その赤いエネルギーのドームに触れた瞬間、俺の爪も誠の大鎌もまるで強力な磁石の同極をくっつけたかのような反発力でもって弾き飛ばされてしまった。
俺は砂利の上を転がる事となり、“星”の頭上から攻撃を仕掛けていた誠は姿勢を崩した状態で大きな弧を描いて飛ばされていく。
それを好機と見たか、“星”は赤いドーム状のバリアフィールドを解除して円盤から飛び出た2門のビーム砲を発射。
「誠ッ!?」
“星”の放ったビームは空中を落ちていく誠に命中。
だが誠は着弾の寸前、マントで全身を覆って身を守ろうとしていた。
「デスサイズマント! 爆発反応装甲モード!!」
空中で大爆発が起き、あわや最悪の事態を予感してしまったものの、爆発の中から現れた誠は大きな穴の開いたマントを振り払ってスタリと地面に着地する。
「ふん、殺り損ねたか! まあ良い、マントがそんな状態ではもう同じ手は使えまい!!」
苛立ち紛れに“星”が誠へと向けて発射したレールガンを俺は射線に飛び込んで籠手で受ける。
2度も誠を仕留めそこなっていながら、“星”の声色には焦りが無いのはあの赤いエネルギー体のバリアに絶対の自信を有しているからだろう。
ドーム状のバリアフィールドを形作る赤いエネルギー体。
もはや見慣れた時空間エネルギーを利用した防御装置だろう。
「俺の時空間断絶壁はビーム兵器やレーザー兵器、実体弾に対しても高い防御力を有するが、なにより同種のエネルギーで作られた時空間断裂刃に対しては鉄壁と呼ぶに相応しい性能を発揮するのだ!!
つまり貴様らに俺を倒す手段は無いッ!!!!」
余裕綽々に“星”は肩にスナイパーライフル風のレールガンを担いで左手の人差し指を突き付けてくるが、俺の背後から聞こえてきた声もまた勝利を確信したものであった。
「ふぅん。『時空間断裂刃に対しては』、ねぇ……?」
「誠? 何か考えがあるのか!?」
「まあね! まあ、あんなバリアがあったとしてもドン亀相手のボーナスゲームなのは変わらないよ……。兄ちゃん!」
「うん?」
「5秒だけアイツにあのバリアを出させ続けられる?」
誠が何を考えているかは俺には分からなかったが、可愛い弟に「できるか?」と言われて「いやぁ、ちょっと無理っス……」なんて答える兄貴はいない。
「任せとけっての! なんなら5分でも10分でも時間を稼いでやるから休憩でもしてこいッ!!」
「いやあ……、そこまでは……」
さすがに俺も誠がバイクの荷物入れに用意しておいたペットボトルのミルクティーを飲みに行くとは考えていないが、それでも5秒でいいとは随分とウチの弟は慎ましいではないか!
「シャアッ! オラアアアア、行くぜぇぇぇ!!」
俺がイオン式ロケットエンジンを全開、最大出力で“星”目掛けて一直線に突っ込み、突撃の速度を乗せた拳を奴の腹部へと叩き込もうとした瞬間、再び奴の巨体はドーム状のフィールドに覆われる。
「オラァ! オラ、オラ、オラァ!! シャァ、ナロォ!!」
「な、なんだ! コイツ!? む、無駄だというのに……」
拳と蹴りの連打をバリアに加え続けていると、俺にも誠が何を考えているかうっすらとながら分かりかけてきた。
赤いドームの壁面から透けて見える“星”の様子は明らかに狼狽えている。
無意味にバリアに対して打撃の連撃を加え続けているのだから奴にとっては理解不能、ハッキリ言って俺の行動は奴にとっては不気味なものでしかないだろう。
なのに奴は引かない。
いや、退けないのだ。
恐らくはバリアを展開中はその場から動けないのではないだろうか?
さらに言うと、バリア展開中は確かに鉄壁の防御性能を誇るのだろうが、代わりに奴もバリアの中に閉じ込められる都合上、攻撃を仕掛ける事ができないのだろう。
思えば、先ほど奴はバリアを解除してからビーム砲を発射していた。
その事実が俺の想像の証拠であるように思える。
だが、誠は一体、どうやってバリアに閉じこもった“星”を倒すつもりなのだ?
不思議に思いながらも奴がバリアを解除しないように機関銃の弾幕射撃のように両手両足を振るい続けると、すぐにその答えは明らかとなった。
壁面を殴り続ける俺の黒い装甲を照らす赤い光源が増え、それが背後の上方向に現れた“何か”からの光だという事に気付いた俺は“星”の左側面に回るようにしながら光源を探す。
そこにあったのは十字架と円環。
十字架は空中で両腕を広げた誠の細い体であり、そしてその誠の目の前の空中に浮かんでいた赤い円環に思わず俺は言葉を失った。
あの赤い時空間エネルギーで作られた円環は見間違えるわけもない、ゼロ君が使っていた隠し球だ。
テスト機として装甲すら与えられずに武装も持たなかった彼が、その地球人には類稀と言われる空間認識能力を用いて作り出した時空間エネルギーのリング。
何故、それを誠が?
そう考える間も無く、あっという間に赤い円環はその数を増やしていき、1本のトンネル、あるいは砲身を形作る。
敵へと伸びる砲身、そして誠自らを砲弾とする砲身だ。
そして誠は身を翻して跳び蹴りの姿勢を作って砲身へと飛び込む。
「デスサイズ! キック!!」
嵐のように吹きすさぶ時空間エネルギーの奔流は“星”のバリアフィールドが破られた故か。
聴覚で周囲の状況を探れないほどの爆発音に、視界を奪う土煙。
俺の装甲を叩いて伝わってくる衝撃は2種類。土砂や岩石のものと、大量の金属片。
「誠ッ!?」
爆風によって腰と膝を屈めて姿勢を低くした俺もジリジリと後ろへと流され、そして土煙が晴れた時、そこには“星”の姿はわずかな残骸を残した他は無く、代わりに地面にできた大きなクレーターの中心に立っていたのは黒い死神、誠だけであった。
その後、誠から聞いた話では、俺が撃破したゼロ君の遺体は政府によって回収される前に熊本県は阿蘇山を根拠地とする吸血鬼軍団によって回収され、その後、損傷の修復とともに頭部を捕縛した熊本のご当地ヒーローのものと入れ替えられて吸血鬼軍団の蜂起の際に切り札として使われたのだという。
たまたま蜂起のタイミングでその場に居合わせた誠とマーダーヴィジランテこと松田晶は協力して吸血鬼軍団と交戦。
吸血鬼たちに操られていた熊本のご当地ヒーローも自我を取り戻し、誠たちは敵のボスであるヴァンパイア・ロードとの決戦に挑んだのだという。
そこで誠が目にしたのがゼロ君のボディーを使うご当地ヒーローの赤いエネルギー体のリングだったのだ。
吸血鬼たちも時空間エンジンの修復はできなかったようだが、何らかのオカルトパワーを使ったものか代替品の動力炉を搭載されたご当地ヒーローは驚くべきことに時空間エネルギーを使用する事ができたのだとか。
そして誠はご当地ヒーローの時空間エネルギーのリングを解析、自身の電脳の補助でその原理を再現する事に成功。
そして驚異的な再生能力を持つヴァンパイア・ロードに大鎌の時空間断裂斬が有効ではないと判断して編み出した技こそが誠の新たな必殺技「デスサイズ・キック」だ。
その話を聞いて俺は心のどこかに残っていたしこりが霧散していくのを感じていた。
「オデと仁はトモダチ、なら俺も仁の弟を助けるの、手伝う!!」
今は無き友の、もう聞きたくても聞く事のできないどこか片言の言葉が天から舞い降りてきたかのようでもあった。
(そうか、ゼロ君はしっかりと約束を守ってくれていたんだな……)
青空に巨大な頭につぶらな瞳で笑みを浮かべた友の顔を思い浮かべると、その隣に誇り高きルックズ星人の兄弟ののっぺらぼうの顔が浮かび、俺はARCANAの魔の手からこの星を守り抜く決意を新たにする。
(奴らは俺が……、俺たち兄弟が必ずブッ潰してやっからよ! 天国で仲良く見守っててくれ!)
石動仁が語り終えた時、キャプテンUSAは4つ目の杏仁豆腐を食べ終えたところだった。
「はえ~……、人に歴史ありってやつだねぇ……」
しんみりと呟きながらすたすたと部屋の隅にある冷蔵庫まで歩いていき、5つ目の杏仁豆腐のカップに手を伸ばす。
「オイ、コラ! エェ、コラ! 何、しれっと人の分まで食おうとしてんだよ!?」
「えぇっ!? オジサンもそっちの子もくれたのに、坊ちゃんはくれないのぉ!?」
「いや、そりゃ僕1人だけ食べるのはどうかと思うけど、かといってお前が1人で全部食べるのは違うだろ!?」
石動誠が抗議の声を上げるが、キャプテンUSAはさもそれが非常識な事であるかのように大きな声を上げる。
「大体、5人分のカレー、1人で全部食べておいて、どこにそんなに入るんだよ!?」
「甘い物は別腹って奴よ! いや~、ペイルライダーとかいう奴のせいで、私、お腹一杯になるまで御飯を食べた事がなくて、つい……」
「うっ……」
仁の話の合間にこの場にいる石動誠がキャプテンUSAの活躍していた世界の石動誠ではなく、さりとてこの石動誠もペイルライダーとして多くの人の命を奪ってしまったがために贖罪の旅を続けているという話を聞いていた。
「ええ~、私が知ってるペイルライダーと坊ちゃんは別の存在なんでしょ~?」
「い、良いから、僕の分の杏仁豆腐も食べていいから……」
「Hoo!! ねぇ、今どんな気持ち~! ねぇ、ねぇ! 今、どんな気持ち~!!」
「こ、コイツ……!」
石動誠のハートにボディーブローを決め、最後の杏仁豆腐をせしめたキャプテンUSAはカップの縁をスプーンで叩きながら小躍りして喜びの歌を歌いだす。
誠は溜め息を付きながらもふと何か思いついたような顔をして兄へ問いかけた。
「そういやさ、兄さん? 話はそれで終わり?」
「うん? 何か気になるとこでもあったか?」
「そこまで気になるってわけでもないけどさ、ARCANAのアジトに捕まってた栞奈ちゃんって結局、なんで捕まってたの?」
「いや、栞奈ちゃんはただの大学生だけど?」
「はあ?」
石動仁と石動誠は異なる平行世界の存在とはいえ、枝分かれする途中までは同じ世界線にあったという認識である。
その石動誠にとって、ただの女子大学生をわざわざARCANAが拉致してくるとは思えなかったのだ。
「栞奈ちゃんはホントにただの大学生なんだけどな、彼女の親がなぁ……」
「ああ、そういえば仁さん、田所ってもしかして……」
そこでふと何か思い当たる事があったのか声を上げたのはこれまで黙って話を聞いていた米内蛍である。
彼女が声を上げた事で、乾譲司もピンときたようで顔を上げた。
「ああ!」
「そういや2人はあの街に住んでたんだっけ?」
「あの街……?」
合点が行っていないのは石動誠ばかり。
キャプテンUSAはまだ小躍りを続けているし、松田は話の途中から席を外していた。
「栞奈ちゃんのパパがな、日本で一番、怪人絡みの事件が多いっていう東京のH市ってトコの市長さんなんだってよ!」
「なるほど、田所市長といえば特怪事件対策で指示を伸ばして再選したばかりだし、災害対策室の室長に専門家を引っ張ってきたりと有能ぶりは市の内外から注目されてる人物だしな!」
「私が聞いた話だと、そんな敏腕ぶりで知られる市長の唯一の弱点が一人娘だって! 溺愛ぶりを市役所の職員さんがボヤいてたぜ?」
「そ、そうなんだ」
知っている人物の話題が出てきてH市出身の2人も一気に盛り上がるが、反対にあの街に良い思い出が無い誠は2人の様子に引き気味である。
「そういや、“あっち”の誠にH市に引っ越す事を進めてくれたのは蛍ちゃんなんだって? おかげでアイツも向こうじゃ楽しそうに暮らしてるみたいで何よりだぜ!
そういや、そん時も栞奈ちゃんのパパには世話になったな~!」
「うん? どゆこと……?」
「ほれ、誠ってマトモに中学行ってないだろ? しかもなんかアイツ、見てくれのせいだろうけどイメージ悪いじゃん? 反対意見も色々とあったみたいだけど市長さんが色々と手を回してくれて引っ越すことができるようになったし、教育委員会とかにもかけあってくれて、おかげで誠は高校にも行けるようになったってわけだ!」
「へぇ……、うん?」
縁って奴は不思議なもんだなぁ、と感心していた誠であったが、ふとある事に気付いて怪訝な顔をする。
「僕さぁ、H市に引っ越して、学校で彼女作った“向こう”の僕に脳味噌吹き飛ばされて死んだんだけど、それって兄さんのせいかい?」
「んな細けぇ事なんか気にすんなっての!!」
自分の生き死にの話を「細かい事」と言われて誠も複雑な顔で何と言い返したらいいものかと悩みつつ兄が背中をバンバンと叩いてくるのを耐えていると、そこに手にした大きなフライパンから香ばしい匂いを漂わせた松田晶が一同の元へと戻ってくる。
「…………」
「あ、わりぃわりぃ! メシの支度、松田さんにやらしちまったな!」
「あんがとよ! 洗い物は俺らでやるから!」
「あ、ソース焼きそば! 美味しそ~!」
「あっ! 私、少しでいいです!」
「ウサ公、まだ食うのかよ……」
以上で「番外編3 The beginning」も終了となります。
次回、あとがきをちょいと書きまして「引退変身ヒーロー、学校へ行く!」は完結したいと思います。




