EX-3-37 拳よ! 友の魂に届け!!
「来おおおおおいッッッ!! ゼロ・ザ・フール!! 俺が相手だッ!!!!」
決意とともに俺が友へ叫ぶと、それに応えるように校舎の破壊を止めてこちらへと向きかえる。
「デビルクロー……、い、い、石動仁をha壊すル……」
「そうだ! それでいい! お前の破壊衝動はすべて俺が受け止める! お前が救った俺が約束通りにヒーローになれたか確かめろッ!!」
ゼロ君は駆けだす。
その身に刻み込まれた俺の破壊命令に従い、増幅された破壊衝動の矛先を俺だけに向けて。
だが破壊の権化と化したハズのゼロ君が未だうずくまったままの子供たちを踏みつける事なくわずかにだが避けたのを俺は見逃さなかった。
それは本当にわずかな、見逃してしまいそうになるほどにわずかな彼の抵抗。
だが確かに存在する彼のヒーローとしての矜持の発露であった。
過酷という言葉だけでは生温い境遇にありながらも友が愚直に約束を覚えていてくれた事がただただ嬉しく、俺の闘志の炎が大きくなっていくのを感じる。
「石動流闘法……、奥義『無為の構え』!!」
燃え盛る闘志とは裏腹、俺は向かってくる友に対して構えを取らなかった。
否、構えを取らない事こそが「無為の構え」なのだ。
両足は肩幅よりわずかに開いて、ほんの少しだけ膝を曲げるだけ。
どちらかの足を前に出したりという事はしない。
両腕はだらりと腰の脇に垂らすが、すぐに動かせるように緊張感は保ったまま。
本来は顎先をわずかに引いておくものだが、ゼロ君との身長差があるために彼の眼差しをしっかりと受け止める俺の顎は少しだけ上がっていた。
当然、「無為の構え」では何らかの行動を起こす時にはそれらに特化した構えに対して動作が遅れる事となる。
だが、それは逆に相手に自分の次の行動を覚らせない結果へと繋がる。
動作の遅れは技量とパワーでカバーするというのが石動流闘法奥義「無為の構え」。……まあ石動流闘法って言っても使うのは御袋と俺だけで、親父と誠は「なんか、また変な事やってんな~!」って見てたわけだが。
しかし今だけは「無為の構え」の相手への対応が遅れるというデメリットこそが俺の必要としているものだ。
これは友を送る儀式。
ゼロ君がせめて安心して死んでいけるようにするための葬儀なのだ。
ならば機体スペックの劣るゼロ君をただゴリ押しで降しても無粋というものだろう。
「アアアアアアアアアッ!!!!」
「……ッ、セイッ!!」
雄叫びを上げながら腰を回して右から左へと振り下ろされる粉砕鉄球のようなゼロ君の拳を左手で捌いて懐へと潜り込んで脇腹へ右の手刀を叩き込み、右脚の膝裏へとローキックを叩き込んでバックステップで距離を取って「無為の構え」へと戻る。
「…………ッッッ!!」
「……そうだ、来い! 俺は君を殺す。改造人間として破壊するのではなく、ヒーローとして、人として君を殺す。その代わり俺が後を託せる男か存分に確かめてくれッ!!」
俺の意思を汲んでくれたのか、ゼロ君は痛覚を強化されているというのに俺の手刀にも蹴りに対しても悲鳴を上げる事はなかった。
俺が躊躇する事ないように歯を食いしばって激痛に耐えているのだ。ならば俺も友に渾身の技で応えるのみ。
「ウオオオオオオオオッッッ!!!!」
「ハアアアアアアアアッッッ!!!!」
ゼロ君は背後に回った俺へと振り返ると再び飛び掛かってくる。
両手の指を絡み合わせて頭上へと振り上げ、全身のバネを使って振り下ろすハンマーナックルだ。
俺は高層ビルの基礎工事に使われる杭打機に匹敵するであろうパワーを秘めた拳を避ける事なく、頭上に両手を交差させて受け止めていた。
両腕、背骨、腰、膝、足首、衝撃を受け止めた全身の関節部と人口筋肉が軋み、両足が地面に大きくめり込むが今の俺にとっては彼の攻撃を回避するような事はできなかった。
それぞれの両腕越しで交差する視線は熱く、満足気に唇を歪ませるゼロ君に俺も「まだまだこんなモンじゃねぇぞ!」と頷いてみせる。
『止めてよぉ! もうこれ以上、彼を苦しめないでッ!!』
(世界さんは黙っててくれ。これは俺がARCANAの連中から地球人類を守れるかゼロ君に確かめてもらうために必要な事なんだ!!)
世界さんが俺の頭の中で叫ぶが構っている暇はない。
他の事にほんのわずかでも意識を取られているようではゼロ君に申し訳が立たねぇ。
今だってハンマーナックルを受け止められた彼の拳は激痛に襲われているのだろうが、ゼロ君は必死で耐えているのだ。ならば俺も全身全霊でぶつかるしかない!
(見ろよ、世界さん。ゼロ君のどこまでもまっすぐな瞳を。あんな目をした男を「可哀そう」だからとかいう理由で手を抜けというのか!?)
『…………分かったよ。ならアイツに悔いを残させるな!』
(言われずとも!!)
『……男ってホント馬鹿なんだから』
俺と視界を共有している世界さんもゼロ君の真剣な顔を見て勇気をもらったのか、努めていつもの口調で俺を応援してくれた。
「今度はこっちの番だッ!!!!」
「来ォい!!」
両腕だけで数百kgはありそうなゼロ君の腕を全身の力を込めて跳ね飛ばした俺は跳躍して彼の顔面に膝蹴りを叩き込む。
その俺の脚を掴もうと巨大な腕が向かってくるが、空中で身を捩りながらの回し蹴りで弾き飛ばす。
「セイッッッ!!!!」
そのまま着地した俺はガラ空きのボディーへと右の正拳突きを打つ。
それからしばらく俺とゼロ君は技と力の応酬を続けていた。
俺は全身の骨格が軋んで歪みが生じたアラートが頭の中で鳴り響いてもゼロ君の拳を避けるような事はしなかった。
彼の無念、苦痛、悲哀を知るためには攻撃を避けたりしてはいけないような気がしていたのだ。
そのため代わりに受け、捌き、反らし、合わせ続けるしかないと思っていた。
その代わり俺も自分の使える技の限りを尽くして彼を迎え撃つ。
指、拳、手刀、腕、肘、肩、膝、脛、足先、踵に頭。
暴風のように叩きつける俺の全身によってゼロ君の作り物のボディーはいたる所がひしゃげているし、俺の冷却機構の一部でもある背中の中ほどまで伸びた長い髪は電熱線のように熱くなって、俺の目まぐるしい動きによって歌舞伎の連獅子のように振り回されて、俺の髪に触れたゼロ君の人造皮膚は切り裂かていた。
「仁~~~ッ!! お前にコの技が受けられるかッ!?」
「来いッ!!」
やにわ叫んだゼロ君は短い脚のバックステップで距離を取ってから今度は両足のバネを使って飛び掛かってくる。
そのまま広げた両腕を振り回していた。
まるで癇癪を起した子供が暴れているようでもあるが、見ようによっては彼の両手は手刀の形を作っている事もあるし手刀の連撃という事もできるかもしれない。
『そういえば博士が生きていた頃、3人で話をしていた時に聞いた事がある……』
(うん?)
『数年前に彼が暮らしていた児童養護施設が海外から来た悪魔、仁みたいな悪魔を模した何かではなくマジモンの悪魔に襲撃を受けたそうな。その悪魔たちのボスが使っていたのが手刀の連撃だったとか……』
(なるほど、つまりはアレはゼロ君にとっての“悪”の象徴みたいなものか)
ここが正念場と俺は精神を集中して再び「無為の構え」を取って迫るゼロ君を迎え撃つ。
振るわれる手刀の1発1発が軽自動車が全速で突っ込んでくるに等しいであろう連撃。
俺はギリギリまで動かない。
「フンッッッ!!!!」
ただただ無秩序に不規則に振るわれる手刀の連撃の軌道を予測する事は不可能。
ならば俺へと至る軌道の範囲全てを迎撃すれば良い。
俺は腕を垂らした状態から両腕をそれぞれ外側へと回し、真上方向と胴を狙った横薙ぎの手刀をそれぞれ弾き飛ばす事に成功していた。
だが、それで突撃の慣性をまとった巨体が止まるわけもないが、それも予想済み。
俺の振り上げた鋭い前蹴りがゼロ君の鳩尾へと突き刺さっていた。
「……………………ッ!!」
その瞬間、巨人の全身が僅かに弛緩し、懐に飛び込んだ俺を見下ろすゼロ君が満足気にゆっくりと頷く。
「うおおおおおおおッッッ!! デビルクロォォォォォ、パンチ!!!!」
もうこれ以上、友人を苦しめるわけにはいかない。
分かっている。
だが俺の指令によって電脳がタイムラグもなく俺の右手の五指の先端へ時空間断裂刃の赤い刃を形作る事すら恨めしい。
自分で友の腹部へと貫き手の赤い刃を突き入れたというのにどうしようもない後悔が俺を襲う。
何故?
何故だ!?
何故、俺の機械の体は友を送る時になっても涙を流す事もできないのだ!?
「……………………」
「……済まねぇ」
必殺の貫き手は寸分違わずゼロ君の主動力炉である時空間エンジンを貫き、傷口からは赤い時空間エネルギーが火の粉のように放電現象のように溢れ出していた。
過酷な運命に翻弄され続けてきた友人の腹部に腕を突き立てたまま悔悟の念に覆われた俺が力無く呟くと、わずかに動力炉を破壊されたハズの友の体が動く。
「……気ニスルナ」
「ゼロ君!?」
「仁が上手く電気回路を破壊してくれたおかげで久しぶりに苦痛から解放されたよ……」
言葉通りに穏やかな表情となった彼はそっと手を動かして俺の右腕に添えると、自らの体に突き刺さった腕を引き抜いた。
栓の役割をしていた俺の腕が引き抜かれた事で彼の体からは体液の流出が激しくなり、赤い時空間エネルギーの流出も夥しい。
「仁、約束、守れなくてゴメンな……」
「良い、もう……良いから…………」
「仁とオデでバディを組んで、誠を救出して奴らの鼻を明かしてやれたら最高だっただろうな……」
自らの最期を悟ったゼロ君は顔を上げて青空に周囲の山の木々を名残惜しそうに見渡してから再び視線を俺へと戻した。
「仁、気をツケロ。今になって俺をお前と戦わせるという事は誠の改造が近いという事だ。ヤツら、仁が仲間であるオデと戦えるかどうかのテストをしたんだ。頼む、誠だけは死なせないでやってくれ!!」
「……ああ、任せろ。たとえ誠が俺の前に現れても必ず助け出してみせる。それができる事をゼロ君が教えてくれたんだ!」
自分をこんな目に合わせたARCANAに、命を奪う事になってしまった俺へと恨み言の一つも言っていいだろうに、ただ彼はぎこちなく笑顔を作って俺の前へと拳を突き出してみせる。
俺が彼の拳に自分の拳を合わせるとそれきり彼の体は完全に動作を停止してしまった。
『仁、あんな無茶な戦い方をしたせいで内部機構がズタボロだぞ。両目から機械油が漏れて視界が……』
「今日だけは……、それも良いだろうさ……」
明日からはまた新たな戦いが始まる。
結局、ARCANAのアジトの手がかりは見つけられなかった。
ゼロ君の言葉通り、誠が大アルカナとなって俺の前に立ちふさがる日も近いのかもしれない。
それでも俺は悲観してはいなかった。
イっ君の弟である“廻る運命の輪”に俺の相棒であるゼロ君が教えてくれた事。
それはARCANAの洗脳処置も完全ではないという事。
ならば、たとえ誠が奴らに洗脳されていたとしても必ず正気を取り戻させてやる事ができるハズだ。
大丈夫、どれほど過酷な戦いとなろうとも俺は1人じゃない。
もう会えなくともイっ君にゼロ君、友の魂は俺と共にある。
おかしい。
途中まで“廻る運命の輪”がボスだと思っていたのに、どう考えても“愚者”がボスな件。
なのにプロットどおりに進んでいるという不思議!




