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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
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EX-3-36 再会、そして……後編

「……うっそだろ、おい」


 俺の声は誰に聞き届けられる事なく虚しく響き、力を失いゆっくりと下りていく右腕のビーム・マシンピストルの銃爪にもはや俺の指はかけられていない。


「ゼロ・ザ・フール、任務『デビルクローの抹殺』……」


 あの日、俺たちを脱出させるために自ら深い縦穴へと飛び込んで消えた友の声は抑揚というものがなく、それはすでに彼の自我が失われている事の証左のように思われた。


「グオオオオオオオオッッッ!!!!」

「くっ!!」


 ゼロ君はその長身にしては短い脚をわずかに屈めて気に跳躍し、その巨大な右腕を俺へと振り下ろす。


 さすがにそんなパワー任せの一撃が回避できないわけもなく、俺は左方向でステップで躱す事ができた。

 ゼロ君の右手の指はその一指一指が清涼飲料水の1.5lペットボトルのように太く、その五指の基部である手の平はまるで工事現場のショベルカーのバケットのように大きい。

 そして彼のパワーを知る俺の予想通り、俺を外してグラウンドの地面へと突き立てられたゼロ君の右手は雑草の根が深く張って固くなったグラウンドの土砂は一瞬で吹き飛ばしていた。


 それはまるでそこにあった地雷が爆発したかのような凄まじさで、もし俺が回避の時に左ではなく右に跳んでいたら散弾のように撒き散らかされた土砂を叩きつけられ、それでやられる事はないだろうが体勢を崩して次の攻撃の対処に支障をきたしていたに違いない。


 それでも俺はゼロ君に銃口を向ける事はできなかった。


「…………ッ!! 変……身……」


 その代わりに俺は手にしたビームガンを投げ捨て、右手に変身ブレスレットを顕現させ音声認識システムを用いて偽りの人間を模した姿から改造人間としての本来の姿へと戻る。


 だがそれは俺がゼロ君と戦う覚悟を決めたというわけでもなく、むしろ“悪魔”の重装甲、高機動力があればしばらく逃げ回って問題の先送りができるのではないかという、ある意味で“逃げ”の姿勢からの変身である。


「ウアアアアアアアアッ!!!!」


 俺が変身し黒い装甲の悪魔の姿へとなったその直後、ゼロ君は今度は両腕を振り上げて背を反らせ、反動を付けて両の拳を地面へと叩きつけた。


 今度は俺を狙った物ではない。

 だが、その拳はまったく無意味なものでもなかった。


 先ほどのように右腕を右から左へと振り下ろすのでは、土砂は彼から見て左側へと指向性を持って撒き散らかされる事となる。

 だがゼロ君の全身の力を込めた両拳が真上から地面へと叩きつけられると土砂の散弾は全周囲へと飛び散る事となっていたのだ。


 もちろん土砂に打たれたのはゼロ君も同じ、それに俺の装甲はいくつもの土砂が当たってとしてカスリ傷すらつく事はなかったし、300kg近い“悪魔”のボディーはそんな事では微塵も揺るぎはしない。


 だが、そんな事実はさておき、俺は数えきれないほどの土砂の散弾が自らを打つ音を結局は見捨ててしまった友からの断罪のように受け取っていた。


 いや、ハッキリとそう決めつける前に俺には1つだけ確かめなければならない事がある。


(……世界さん、世界さん! 1つだけ教えてくれッ!!)

『な、なんだよ? もう私には何もできないよ! 君が、仁がアイツと再会する前にとっとと逃げてくれれば良かった。あるいはその事に気付く前にさっさとアイツを殺してくれれば良かった! でも、そうはならなかった。……気付いているんだろう?』

(やっぱり、そうなのか!)


 いつもその身の上からか「脳味噌だけになって女とか男とかねぇ?」とばかりに斜にかまえた話し方をする世界さんが、この時ばかりは今にも泣きだしそうな声を出していた。

 ARCANAのアジトから脱出する時、イっ君が自分を犠牲にするつもりなのではないかと問い詰めた時にも彼女は感情を剥き出しにしていたがその時は怒りを声に滲ませていたのだが、今は深い悲しみ、そしてどうしようもない嘆きによってその声を震わせていたのだ。


(……ゼロ君の、ゼロ君の脳はまだ生きているんだな!?)


 俺にとって“悪魔(デビルクロー)”の姿が望んで得た物ではなく、むしろ忌まわしい物であるように、ゼロ君の“愚者”の姿そのものに意味があるわけではない。


 早い話、彼の姿を模しただけのロボット、あるいはあのアジトから回収した“愚者”のボディーから造反したゼロ君の脳を抜き取って代わりに別の脳なりAIなりを詰め込んだモノが敵ならば俺は1分とたたずに目の前の敵を破壊する事ができる。


 だが、そんな事はARCANAの連中だって分かりきった事だろう。

 いくら“愚者”が時空間エンジン搭載の改造人間とはいえ、かつて世界さんとイっ君が言っていたように飛行能力を持たず、超合金Arの装甲を持たず、そして時空間兵器を有していないが故に対大アルカナ戦においては決め手を持たないのでは“悪魔”となった俺がガチればあっという間に勝負は付いてしまう。


 それでは“愚者”は俺へ対しての刺客たりえないのだ。


 そこまで考えれば目の前に現れた“愚者”にはまだゼロ君の脳が搭載されている事は予想がついていた。


『奴ら、ゼロを回収して、アイツの脳を薬物の漬物(ピクルス)にして破壊衝動だけの兵器に作り変えやがったんだ……。今のアイツが覚えている事はただ1つ、君の抹殺という命令だけさ……』

「ウオオオオオオオオッッッ!!!!」


 自らの無力感に苛まされながら振り絞る世界さんの言葉と正気を無くしたゼロ君の怒りの咆哮が俺の胸の中で何度も反響する。


「……畜生、俺にダチと戦えってのかよ!!」


 かつて共にヒーローチームを作ろうと約束した友の雄叫びは何のためか?

 薬物による苦しみ、実体の無い緊迫感に焦燥感、そして本来はARCANAに向けられるべき恨みつらみ、喪った恩師に救い甲斐の無い俺。

 今、ゼロ君の脳内は過去も現在もそしてありえたハズの未来も混然となって彼を苦しめ、その全てを俺へと向くように仕立てられているのだ。


「ガアアアアアアアアッッッ!!!!」

「畜生! 畜生ッ!! 畜生ぉぉぉぉぉ!!!!」


 飛び掛かってきたゼロ君の拳を右の回し蹴りで受け止める。

 衝撃の余波で地響きが起き、俺の左足とゼロ君の両足が地面にめり込む。


 そして、ただ一手合わせただけだというのに俺の悪魔を模した仮面の下の失ったハズの涙腺が崩壊したような錯覚を味わう。


 俺もこんな体になるまで空手を続けてきて、こんな事は今までだっていくらだってあった。

 だが道場仲間と組手をする時と比べて今の俺はどうだ?

 友の拳の鋭さを讃える事も無く、自らの修練によって研ぎ澄まされた蹴りを誇る事も無い。


 こんなのはただ怒りと悲しみをぶつけあっているだけだ。


 やっと殺すという事に対して無神経にである事に慣れてきた俺の心が一瞬でささくれ立つ感覚を味わいながら俺は右脚を下ろしながらゼロ君の懐へと飛び込んで左の前打から右の正拳突きへと続く連撃を叩き込む。


「グアアアアアアアアア!!!!」

『止めて、仁、止めてよ! 今のゼロは痛覚を強化されているんだ。お願いだから彼を傷つけないで……』

「ど、どこまで外道なんだ、ARCANAァァァァァ~~~!!!!」


 俺に殴られたゼロ君の悲鳴は先ほどまでとさほど変わったものでもない。

 それもそうだろう。

 痛覚を強化されているという事はゼロ君は先ほど地面を殴りつけた時だって彼は激痛を味わっていたハズなのだ。


 その彼の拳自体には特に損傷は無いように見える。

 多分、ゼロ君の非装甲の人工皮膚はそのパワーに耐えられるだけの強度と柔軟性を有しているのだろう。


 つまりARCANAの連中は本来は肉体の危険を脳に伝えるための痛覚を弄り回してゼロ君を苦しめるため、ひいては俺を追いつめるためだけのモノに仕立て上げてきたのだ。


 今のゼロ君はきっと自分で地面を殴っても、俺に蹴られ殴られても耐えがたい苦痛に襲われるのだろう。

 だが薬漬けにされて破壊衝動だけを肥大化されたゼロ君はたとえ脳が激痛に焼かれても暴れまわる事しかできないのだ。


 ここは一時撤退すべきか?

 俺がここにいては彼はその頭脳に刻みこまれた命令によって俺に襲いかかる事しかできない。


 だが世界さんの言葉を借りれば破壊衝動だけの存在になったゼロ君が俺が逃げたからといって止まるハズもない。


 それに俺は……。

 俺は俺たちを逃がすために自らを犠牲にしたゼロ君を再び見捨てるなんて決断できなかった。


 それからしばらく俺はどっちつかずの精神状態そのままに暴れ狂う友の近くを飛び回っていた。


 彼が攻撃を外したり、あるいは地面を殴って土砂の散弾を飛ばすために地面を殴ったりしないように低空数メートルの高さを飛びながらあっちに行ったりこっちに来たり。


 だが手の届かない場所を蝿のように飛び回る俺に業を煮やしたのかゼロ君は手近にあったサビたブランコを引き千切り、その物干し竿のようになった鋼管パイプを手にする。


 鋼管パイプを担いだゼロ君は力任せに跳び上がり、俺を叩き落そうとした。

 思いがけないその行動に俺はつい高度を落としながらの回避をおこなってしまう。


 それがゼロ君の目的であったようでその巨大な頭部の大きな口はニタリと笑ったかと思うと、彼はパイプを下に突き出しながら落下し、パイプを地面に突き立てる事で自分の身体の落下の軌道変更をおこなった。


 もちろん向かう先は俺。


 身長2メートルちょいの(デビルクロー)でさえ300kg近い質量を持つのだ。それがゼロ君の巨体であればどれほどの質量になるというのだろうか?

 確かな事は分からないが、彼の全体重を乗せたフライングボディプレスが俺へと迫る。


 さすがにそれは受けてやるわけにもいかず、俺は全身のロケットを吹かして地面スレスレを滑るように飛び回避する。


「きゃあああぁぁぁぁぁ~~~~~~!!!!」


 先ほどとは比べ物にならないほどの地響き。

 そして甲高い幾つものガラスが割れる音。


 廃校舎に近づきすぎていたためにゼロ君の巨体が地面に叩きつけられた地響きの衝撃によって校舎の窓ガラスが一斉に割れてしまったのだ。


 そしてガラスが一斉に砕けて割れる大合唱にも負けないほどの黄色い悲鳴。


 声の方を見るとなんとまだ小学生くらいの子供が2人、校舎とグラウンドの境に植えられていた低木から姿を現して亀のようにうずくまっていたのだ。


 なんで?

 そんな事を考えている暇は無い。


 子供たちは縛られたり拘束されているわけでもないし、ARCANAのロボットが近くにいるわけでもない。

 大方、避難が発せられた麓の小学校の生徒が度胸試しか何かのつもりで隠れて俺たちの戦いを見物していたのだろう。


 だが、そんな事は今はどうだっていい。

 ゼロ君のフライングボディプレスによって引き起こされた地響きによって子供たちはその場から動けなくなり、その子供たちへと割れた窓ガラスが今まさに降り注ごうとしていたのだ。


「危ないッ!!」


 俺は地面に落ちたゼロ君の事は後回しにして全身のイオンロケットを一気に全力運転させる。

 子供たちめがけて一直線に、全身のロケットの推力線を揃えてうずくまって震える子供たちへと手を伸ばすが、非情にも電脳は落下するガラスの加速度、俺と子供たちの位置、俺の推力などから絶対に間に合わないという現実をありありと突き付けてきた。


(クソッ、何か! 何か手は無いのか!!)


 焦る心とは裏腹、俺の意識と視界はスローモーションとなり、ゆっくりと加速していく俺と子供たちに向かって落ちていくガラス片たちの煌めきだけが動く世界となる。


 感覚が研ぎ澄まされ、視界がスローモーションになっても別に自分がさらに早く動けるというわけではないので結局は俺は明らかに自分よりも先にガラス片が子供たちへと降り注ぐという現実が突きつけられただけ。


 だが、そのスローモーの世界で赤い光が現れる。


 赤い、赤いエネルギー体で作られたリングだ。

 それが2つ。

 俺の後方に1つと、右斜め前方に1つ。


 そして鈍化した世界に突風が吹いた。


 突風を引き起こした主は俺の右斜め前の赤い時空間エネルギーで作られたリングに飛び込んで、さらに加速。


 誰か?

 そんなものは決まっている。


 この場において時空間エンジンを持つ者は2人。

 俺でないのならば……。


「ゼロ君ッ!!」


 まさに疾風。

 飛燕の速度で一気に加速したゼロ君は子供たちに覆いかぶさり、その身でガラス片を受け止めていたのだ。


「グゥ……、ガァアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 ARCANAによって痛覚を強化されたゼロ君にとって、降り注ぐ無数のガラス片はどれほど苦痛をもたらすのだろう?

 その地獄の苦しみを受けきり、ゼロ君は立ち上がると校舎の白い壁を殴り始める。


「ガアアアアアアア!!」

「ゼロ君ッ! しっかりしろ!!」

「ガ、、、仁ッッッ!! だ、たのむ!!」


 校舎の壁を殴っていたゼロ君は苦しんでいた。

 苦痛に、ではない。

 自らの理性を押し流して黒く染め上げようとしている破壊衝動と彼は戦っていたのだ。


 その証拠に壁面を殴ると木片が飛び散る事を悟り、それが子供たちを害するかもしれないと考えたのだろう。彼は呻きながら壁を、窓枠のアルミサッシをその巨大な手で掴んで握りつぶし始めたのだ。


「仁、だのむ! オデ、おで、オデっを、オデにその子たちを傷つけさせないでくれ!! 俺をヒーローのまま死なせてくで!!!!」

兄ちゃんは「ダチを見捨てて行けねぇ!」って相手してたけどさ、仮にこれが誠君なら「これどうすっかな?よし、一時撤退だ!」とか言って空飛んでどっか行きそう。。。

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