EX-3-34 再会、そして……前編
ゼロ君とイっ君、そしてARCANAに反旗を翻した“廻る運命の輪”イっ君の弟という尊い犠牲により俺と栞奈ちゃんがアジトから脱出してから早数か月。
あれから俺たちがアジトから逃げ出した事でARCANAもその存在を秘匿している事はできないと思ったのか、それともすでに奴らの行動を開始する時期であったというのか、ARCANAは日本に対して宣戦を布告。
イっ君が予想していたように現在、日本で活動しているヒーローたちではARCANAの大アルカナには対抗する術が存在せず、それどころか奴らの尖兵であるロボット軍団相手にすら苦戦を強いられている日々が続いていた。
そして、これもイっ君の想定していた事ではあったが、ARCANA、特に大アルカナと戦えるのは俺だけ。
俺は世界さんの助言により日本政府やヒーロー協会と協力関係を結び、ARCANAへの対処を一任される事となっていたのだ。
その世界さんだが、近頃はあまり連絡が取れていない。
そもそも世界さんの脳が搭載されたミサイルが隠されているアジトがどこにあるのかすら不明である上、肉体を持たない世界さんはARCANAの通信網に紛れ込んで通信を送ってくるしかなく、ログを消しながらの交信は彼女のハッキング技術をもってしても中々に骨の折れる作業なのだという。
なんでもイっ君がARCANAに反旗を翻してから、イっ君本人がコンピューターにかかりっきりになっていたというわけでもないのに、しばらく人間の姿のままで戦っていた俺が突如として本来の“悪魔”の姿に変身する事ができたのはイっ君が自立作動式のコンピューターウイルス的なソフトウェアを使っていたのではないかという見方がARCANA内にはあるようで、そのために奴らの情報セキュリティーは格段に強化されているのだという。
まあ、その辺のプログラムだなんだかんだの話は俺は詳しくないのでなんともないが、イっ君の反乱に世界さんが加わっていたというのがバレていないだけめっけモンといったところなのではないだろうか?
4月、宣戦布告のデモンストレーションとばかりに首都東京の水源である多摩川水系のダムに毒物を混入しようとしていた“魔術師”を撃破。
5月、世界さんが身動きできない憂さ晴らしとばかりに“皇帝”のスマホのアカウントでゲームに課金しまくり、それにブチ切れて大手通信事業会社本社を襲撃を命じられてきた“正義”を交戦、これを撃退。
6月、今度は世界さんが“皇帝”のクレジットカードを使ってアダルト動画サイトに登録しまくり、再び“正義”が今度は動画配信事業会社本社を襲撃してきたためにこれを迎撃、撃破に成功。
なお、さすがに被害がデカすぎるので世界さんには嫌がらせを自重してもらう事にした。
7月、某幼稚園の送迎バスを“塔”がバスジャック、防衛省直属のヒーローチーム「ブレイブファイブ」と協力して園児たちを救出、その後に“塔”と交戦、これを撃破。
8月、ヒーロー協会本部あてにARCANAから俺宛でARCANAから暑中見舞いが届く。
ついでに夏季休業のお知らせも入っていたので奴らの休暇に合わせて俺も夏休みをもらう。
9月、とある組織がARCANAの名を騙り、某食品製造会社の商品へ毒物を混入するという脅迫が行われ、その組織のアジトへ襲撃をしかけた“恋人”と交戦するものの取り逃してしまう。
そして10月。
季節はすでに秋になってしまっていた。
俺はこれまでに“魔術師”“正義”“塔”の3体の大アルカナを撃破していたものの、彼らの残骸からデータのサルベージをする事はできずに依然として誠の行方は知れずじまい。
ヒーロー協会もARCANA絡みの事案は真っ先に俺へと連絡を回してくれるものの、奴らの情報保全能力は政府や協会の上手をいっているようで、幾つかのアジトへ襲撃をかけてもすでに何の痕跡も探れないようなもぬけの殻という有様。
世界さんの話では俺のような大人ならともかく、誠のような子供の肉体のサイズに改造人間の機能を全て入れるのにはARCANAの連中も設計段階から苦戦しているようだが、それもいつまで続くかはわからない。
俺はもうめっきりと涼しくなった季節だというのに酷暑の熱波に曝されているかのように焦れていた。
「誠、お前は一体、どこにいるっていうんだ……?」
春から夏へ、そして今、夏から秋へと移ろう季節はまるで俺を1人だけ置いてきぼりにしているようで、それが俺の焦れる心を余計に焦がしていくのだ。
希望がまるでないわけではない。
あのアジトでの戦闘の際“皇帝”に粛清されようとしていた“廻る運命の輪”は自らの動力炉を破壊する事で自爆し、“皇帝”に一矢報いようとしていた。
それがただ単に“皇帝”に裏切られたからなのか、それとも自らを庇おうとする兄が命を落とした精神的なショックからなのかは定かではないが、せめて俺だけは、他の誰が何と言おうと俺だけはイっ君の思いが通じたからだと思いたい。
そして、自爆した“廻る運命の輪”が示す希望の光とはARCANAの洗脳処置とやらも完全無欠なものではないという事だ。
たとえ誠がアイツらに洗脳されてしまっていたとしても正気を取り戻させる事ができる。
これだけが俺にとっての唯一といってもいい救いであった。
だが、それも誠がどこにいるかすら分からなければどうしようもないのだ。
何度か夢に見た事がある。
俺が眠らされていた薬液の充填されたあのSFチックなカプセルに入れられ眠らされている誠。
そのカプセルが安置されている地下アジトが地震や火山の噴火などによって崩落、あるいは溶岩に包まれてしまうという悪夢を。
そんなん俺やARCANAの連中にはどうしようもないではないか!
そして、その悪夢は非情に低い可能性ではあっても、けっしてありえない話だというのが俺を恐怖させるのだ。
生身の脳がそうさせるのか、悪夢から飛び起きた俺の身体は汗のように噴き出した水分によってぐっしょりと濡れており、遅れて脳内へと投入された鎮静作用のある脳内物質によって興奮状態は強制的に押さえつけられ、火照った体を全身を濡らす水分が冷たく冷やしていくにつれ、決まって俺は誠をいち早く奴らの魔の手から救出せねばならないと強く決心させるのだった。
そんな折、政府のエージェントを通じてARCANAの通信が傍受されたとの一報が俺の元へと入る。
その日の前日は他のヒーローに協力して某組織の摘発を手伝い、近場のホテルで一泊してチェックアウトしようとしていた矢先の事である。
地方都市のビジネスホテル、その狭いフロントのすぐ目の前にある玄関口へと急ブレーキをかけて止まった陸上自衛隊の業務車1号の助手席から飛び降りてきた背広姿の男性から茶封筒に入れられていた書類とともに口頭で説明を受けた内容はにわかには信じられないものであった。
いわく傍受された通信内容は「10月24日、〇〇市某所へと自動二輪車型大アルカナ専用マシンの移送を行う」というもの。
ご丁寧に添えられた画像データは随分とイカした黒とシルバーで塗装されたアメリカンスタイルの大型バイクのもの。
……どう考えても罠だった。
通信は政府でも解読できるような極めて低強度の暗号によるもの。
10月24日とはこの日の日付であり、予想先の○○市とは俺が宿泊していたホテルがある地方都市のすぐ隣の市。
どっからどう考えてもあからさまな罠。
ここまであからさまだと奴らから俺への挑戦状だと受け取ってもかまわないだろう。
俺が某組織への強襲作戦に参加した翌日、止まったホテルのすぐ近くでARCANAが行動を起こす?
何のために? そんなトコに物資を移送してどうする?
大体、今まで尻尾を掴ませないでいたARCANAが何故、今日に限って解読されるようなお粗末な暗号を使うのだ。
大体、大アルカナは変身すれば何の苦もなく空を飛べるというのに、なんでわざわざバイク型のマシンを開発するというのだ?
しかもスピード特化のレーシングタイプや武装がてんこ盛りのバイクならばともかく、画像のバイクは見た目は普通に、いや滅茶苦茶に俺好みなカッチョ良いアメリカンスタイルのバイクだ。
どう考えても俺好みのバイクで俺を誘き寄せるための罠としか思えない。
でも行っちゃう。
俺の決断は一瞬だった。
……いや、別におニューのバイクが欲しかったわけではない。
たとえ罠であったとしてもARCANAの尻尾を掴む機会などそうそうあるものでもないのだ。
ならば「虎穴に入らずんば虎子を得ず」「迷わず行けよ、行けば分かるさ」の故事に従ってやろうではないか!
年が明けてから雪かきばかりしている気がします。




