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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
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EX-3-33 脱出

 “廻る運命の輪”が自身の体内から引きずり出し、“皇帝”の眼前へと掲げて握り潰した円柱状の物体。

 そのひび割れからは赤い輝きが漏れ出し、すぐに全てを塗りつぶす白い閃光へと変わっていく。


『仁! 体のコントロールを借りるぞッ!!』


 俺の頭の中で世界さんが叫び、その言葉が終わらない内に俺の機械の体は一人でに動いて全身のロケットを全力で噴射し始めていた。


『両腕のコントロールは返す! あの娘を上手く抱きかかえろ!!』

「お、おう……!」


 青白いイオンの光を引きながら地を這うように飛ぶ俺の身体。

 真っ直ぐ目指すは膝を床についてへたりこんでいた栞奈ちゃんだ。

 世界さんの言葉通りに俺の両腕は自由になったものの、ロケットの加速は緩む事がなく、すでに対地速度は亜音速の域へと突入している。


 世界さんが何をしようとしているかは俺にも分かる。

 “廻る運命の輪”の自爆までのわずかな時間を使って栞奈ちゃんを抱きかかえて、そのまま天井に空いた大穴から脱出しようというのだろう。


 一刻の猶予も無い状況下、加速を緩める事ができないというのも分かる。

 かといって俺の身体を遠隔操作で動かしている都合上どうしてもタイムラグがあって、亜音速の速度で栞奈ちゃんに接触してしまったら最悪、命に係わる怪我をさせてしまうだろうから両腕のコントロールだけは俺に返して、直接、俺にやらせようというわけだ。


(世界さん、右脚のコントロールも返してくれないか?)

『イケるのか?』

(まかせとけっての!)


 できるか、できないか。

 そんな事を考えている暇などない。

 やるしかないのだ。


 イっ君に、ゼロ君。

 2人の覚悟を見せつけられた俺が今ここでやらなければいつ彼らの心意気に応えるというのだ。


 右脚のコントロールも取り戻したものの、栞奈ちゃんと接触するまでは敢えて世界さんが取っていた姿勢を崩さないでおく。


「栞奈ちゃん! 腕を!!」

「ッ……!」


 頭の中で自分の行動をシミュレートする前に本番の時間がやってきた。


 俺は自由になっていた右脚を思い切り床へと打ち込み、自身の速度を極限まで殺す。

 俺の右脚は床に深く突き刺さり、フレームの損傷を示すアラートが頭の中で鳴るがそんな事は無視して俺は膝を思い切り曲げて姿勢を落とす。


 そのまま栞奈ちゃんの伸ばしかけた腕の下へと両手を入れて抱きかかえ、今度は逆に膝を思い切り伸ばし床を蹴って跳躍。


 殺されていた速度もロケットによる加速と俺の脚力による加速によって一気に音速の世界が見えてくる。


『仁! 右腕を前に突き出せ!! その娘が衝撃波(ソニックブーム)でやられるぞ!!』

「お、おう!!」


 世界さんの遠隔操作によって俺たちは“廻る運命の輪”の大型砲によって天井に空けられた穴から飛び出し、俺が左腕で栞奈ちゃんを抱きかかえたまま右腕を突き出すと、爆発音のような轟音が響き渡り、突き出した右腕の先から一瞬だけ白いショックコーンが生じて消える。


 俺のもう1つの視界にある速度計はすでに俺たちが音速(マッハ1)を超えていた事を示していた。


 そして栞奈ちゃんを抱いた俺は天井に空いた大穴から飛び出し、そのまま上階の第一格納庫も抜けてついに地上へと飛び出る。


「足を振って姿勢を変えろッ!!」

「応ッ!!」


 脚だけではない。

 俺は背骨を捻り、手脚を振って推力のベクトルを無理矢理に変更する事で急激な姿勢変更をこなしていた。


 そして、ついにその時が来る。


「…………~~~ッッッ!!!!」


 轟音とともに俺の背は爆圧に叩かれ地表へと叩きつけられるように高度を落としていく。


 振り返るとARCANAのアジトがあった場所からはまるで光の柱のような爆炎がどこまでも天高く昇っていくのが見え、俺は感傷的になっていたのか、異星人兄弟の魂が爆炎とともに宇宙へと帰っていったかのように感じていたのだった。






「なあ、世界さん。俺はどこで間違えたんだろうな……」

『君は間違えてなんかいないさ』


 針葉樹の生い茂る地上へと降り立ち、いつの間にか気を失っていた栞奈ちゃんを抱きかかえたまま俺は世界さんへと問う。


 世界さんは戦いは終わり、俺がそうであるように世界さんもまた熱から冷め、友を失った喪失感に苛まれて気落ちしているようだったが務めて優しい声をかけてくれていた。


『ゼロがああするしかなかったのは足手まといになりたくなかったからだ。彼も“廻る運命の輪”が自爆するなんて予想はしてなかっただろうけど、それでも自分がいなくなれば天井に空いた穴から仁は飛んでいけると思ったんだろう。当然、その時にあの娘を連れていく事はできてもゼロの巨体を担いでは飛べないだろうという事もね……』


 俺は何も言い返す事はできなかった。


 ゼロ君はその身とともに“女教皇”“教皇”“恋人”の3体の大アルカナをエレベーターシャフトの縦穴へと落として戦場から除外する事に成功していた。

 “廻る運命の輪”がすでに粛清されかかっていた時点で、残るは“皇帝”1体。


 彼は俺ならば“皇帝”1人くらい出し抜いて栞奈ちゃんを助け出してアジトから脱出できると踏んでいたのだろうか。


『それに博士だって自分の弟を庇おうと必死だったんだ。だから君は悪くない。何も間違ってなんかいないよ……。考えてもみなよ? ARCANAのアジトから女の子を救い出してこれたんだ。私たちの勝ちと言ってもいいんじゃないかな?』

「俺は“負け”だと思うよ。いや、栞奈ちゃんを助け出せたのは喜ばしい事だけどさ。イっ君は“皇帝”に殺され、イっ君が俺に救うように頼んできたゼロ君もイッ君の弟も結局は助け出せなかった」


 栞奈ちゃんを助け出せた事で1勝。

 イっ君、ゼロ君、“廻る運命の輪”を救えなかった事で3敗。

 1勝3敗、どっからどうみても俺の負けだろう。


 だが、これで終わったわけじゃあない。


「なあ、世界さん。俺の装甲って“恋人”のビーム射撃にも耐えただろう?」

『うん? ああ……』

「俺と同等か、それ以上の装甲を持ち、しかもでっけぇ盾まで持ってる“皇帝”の野郎、あの爆発でくたばったと思うか?」

『いや、そんな甘くはないだろうさ』


 世界さんの答えは俺の予想どおりのものだった。 

 つまり頭である“ARCANA”はまだ健在。“皇帝”の仲間を平気で粛清しようという精神性からするとただアジトを1つ潰したに過ぎないのかもしれない。


 だがこれで終わったわけじゃないのだ。


 これは俺の敗北の物語だ。

 だが、「敗北で終わる物語」ではない。

 これは俺の「敗北から始まる物語」だ。


「そうだな。まずは警察かどこかに栞奈ちゃんの身柄を任せて、それから誠の行方を探して、世界さんの脳味噌の入れ物でも都合つけようか? 希望はあるかい?」

『希望って何さ?』

「バインバインのボンキュッボンでププッピドゥなボディが欲しいとか、アイドルの誰それみたいな外見にしてくれとか、ARCANAの技術担当の野郎を捕まえたら小突き回して世界さんの好みの体を作らせようぜ!」


 わざとらしく明るい声を出して見せた俺に世界さんもしばらく間を置いてからクスリと笑ってまだ沈み込んだ声ながらも冗談を返してくる。


『そうだなぁ。常識知らずの馬鹿マッチョにタイキックでツッコミ入れられるようなボディが欲しいな!』

「おっ、悪いな。俺にタイキックは効かねぇんだ!」

まだ、もう少しだけ続くんじゃ。


そういや、前回、言ってなかったよね。

あけましておめでとうございます!!

残り少ない本作ではございますが、引き続きご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

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