EX-3-32 敗北 後編
イっ君が自らの命を持って戦いの非情さを示してくれた時、真っ先に動き始めたのは俺ではなくゼロ君だった。
「おおおおおおオオオオオ……!!!!」
その雄叫びは獣の咆哮にも似て、そうでいながら彼のヒーローとしての覚悟、いやヒーローになる事ができなかった戦士の覚悟がこもった魂の叫びであったといえよう。
今の今まで“皇帝”の威圧に気圧されて身動き1つする事ができなかったゼロ君は雄叫びを上げながら走りだす。
猪のように羆のように向かう先は“皇帝”とイっ君の元ではなく、ようやく起き上がった“女教皇”へだった。
「なっ……!?」
「うおおおおおォォォ!!」
“女教皇”もビームの刃を持つ大型ナイフで迎え撃つものの、ゼロ君はその体躯と怪力を活かして片手で敵の胴を掴む。
ビームナイフで右腕を斬りつけられるが丸太のように太いゼロ君の腕はそれでも敵を逃がさないだけの力を発揮していた。
一瞬だけ機械の体を流れる体液が迸るものの、人の枠を超えて搭載されている人口筋肉は脳内に放出されたアドレナリンの作用によって膨張して体液の噴出を瞬く間に押しとどめていたのだ。
胴を掴まれた“女教皇”も全身のロケットエンジンを吹かして青白い燐光を撒き散らしながら抵抗するものの、そんな事などお構いなしにゼロ君は大振りに敵の体を振り回して放り投げる。
野球の投手がそうするように投げ放たれた“女教皇”はロケットエンジンで姿勢を立て直そうと試みるものの、ゼロ君の怪力の前には結局は無駄な事だった。
そのまま大型器材搬入用のエレベーターのブ厚い鋼鉄製の扉へとぶつかってブチ破り、そのままエレベーターシャフトの大穴を墜ちて消えていく。
ゼロ君の行動を見ても俺は彼が何をしようとしているのか理解する事ができなかった。
彼が博士、博士と慕うイっ君を今まさに殺害せんとしているのは“皇帝”なのだ。
なのに何故、“女教皇”の方に襲いかかる?
いや、仮に彼が“皇帝”の方へと挑みかかっていったところでイっ君の死はすでに避けられないものなのかもしれない。
それでも俺の頭の中には「何故?」という疑問符がいくつも浮かんでいたのだった。
「済まない! ゼロ君!!」
「何をする気だ!?」
俺とは対称的にイっ君はゼロ君が何をしようとしているのか理解したかのように動き出していた。
“皇帝”の赤く輝く長剣に胸板を貫かれたまま前へと出ていく。
突き刺さった剣を抜くのではなく、さらに押し込んでいき“皇帝”の甲冑を模した装甲の襟のような衣装へと震える右手を伸ばして掴む。
「おのれ!? 自爆するつもりかッ!!」
「仁は……、仁はやらせんぞ!! 彼は貴様らARCANAの魔の手から地球を守る希望の剣、それを守る事こそ私の……、フラッグス移民船団の誇りだッ!!」
イっ君が叫ぶ。
顔を“皇帝”のすぐそば、触れるか触れないかの距離まで近づけてなお自らの意思を示すかのように叫んだ。
「うおおおおおォォォォォ!!!! 仁、約束、守れなくてゴメン!!」
「お、おい!? 何を……」
“女教皇”をエレベーターシャフトへと落としたゼロ君も止まる事はない。
“恋人”のビーム・サブマシンガンで全身をハチの巣のように撃ち貫かれながらも、あの赤いエネルギー体のリングを作り出してその中に飛び込んで加速し“恋人”の左足を掴む。
“教皇”のメイスで脇腹を殴られ、肋骨の辺りの骨格を奇妙にひしゃげさせながらも左手でメイスを持つ“教皇”の右手を掴んで捕らえる。
そのまま俺へ約束を守れなかった事を詫びる言葉を短く述べた彼はあの赤いエネルギー体のリングを発生させるとこちらを振り返る事もなく、そのままリングへと飛び込んでいった。
瞬く間に加速したゼロ君はその手に掴んだ“恋人”と“教皇”ごと自らエレベーターシャフトの縦穴へと飛び込み、縦穴の深さを俺に知らしめるかのように10秒も立ってから鈍い激突音と小さな爆発音が聞こえてくる。
「チィっ! 猪口才な真似を!!」
「ごふっ!?」
格納庫に残されたのは俺と栞奈ちゃん、“皇帝”に“廻る運命の輪”、そして今にも命の炎が消えようとしているイっ君だけ。
何をしなくともその内イっ君は息を引き取るであろうに、“皇帝”は彼の自爆を警戒してか、彼の胸を貫いた長剣を素早く左右へと振る。
力を込めたようには見えなかった。
それなのにイっ君の体と彼の肉体を包むボディーアーマーは焼けたナイフでバターを切るよりも容易く切り裂かれ、金属音と水音を立ててイっ君の上半身は格納庫の床の上へと転がり落ちる。
そしてイっ君の腹部から下は最期まで抗おうとする彼の意思が宿ったかのようにしばらくふらついて、それから敵の方へと倒れていこうとするが、“皇帝”はまるで汚らわしい物を扱うかの如く彼の下半身を足蹴にして蹴り飛ばす。
「あっ……、あ…………」
深い大穴へと落ちていったゼロ君。
自爆の企みも失敗して“皇帝”に切り捨てられたイっ君。
わずかな、瞬きする暇もないような本当に僅かな時間で2人の友を失った俺は完全に思考が停止してしまっていた。
だってそうだろう?
2人の示した覚悟は鋭く、大きく、俺が理解するのにはあまりにも殺伐としていたのだ。
何故?
何故、2人は死ななければならなかった?
『ッ……!? 仁ッ、しっかりしろ!?』
(あ、ああ……)
『おい!? “皇帝”が来るぞ!? 2人の覚悟を無駄にする気か!? お前があの子を守ると決めたんだろう!?』
俺の頭の中で叫ぶ世界さんの言葉どおり、“皇帝”がゆっくりとこちらへと向きかえるが、俺はまるで自分の身体が自分の物ではなくなってしまったかのような感覚を覚えていた。
それほど俺の思いのままに動いてくれた機械の体が重い。いや、俺の意思が軽くなってしまっているのか?
俺も殺られる?
栞奈ちゃんを救う事もできず。
ゼロ君とイっ君が自らの命を捨ててまで守ろうとしてくれた覚悟を無駄にして。
奴らに囚われている誠を助ける事もできずに。
俺も死ぬ?
俺へ殺気のこもった視線を飛ばす“皇帝”
奴は俺を生かしたまま捕らえるつもりなのだろうから殺気というのは間違いなのかもしれないが、俺にはそうとしか思えなかったのだ。
だが、その皇帝へと飛び掛かる者がいた。
「ふん、そういえば貴様もいたなあ! 忘れておったわ!!」
“皇帝”の持つ大盾に突進を防がれ弾かれて床を転がるのは“廻る運命の輪”だった。
「無理はするなよ、博士? その様子だとエネルギーバイパスの大本がイカれているのではないか!?」
「黙れッッッ!!」
“皇帝”に裏切られ、兄を殺された“廻る運命の輪”は床を転がりながらも姿勢を整え、あの超低姿勢からのタックルを繰り出すがその動きは精細を欠いたものにしか見えない。
“皇帝”の眼前で姿勢を起こして立ち上がるが、“皇帝”の横薙ぎに振られた長剣によって腹部を切り裂かれる。
だが、それこそが彼の目的だった。
立ち上がりながら“皇帝”の斬撃を予想していた“廻る運命の輪”はそのまま後ろへと飛び退き、兄のように上半身下半身が泣き別れという事態は避けていたのだ。
そして“皇帝”の赤く輝く剣によって腹部の装甲を切り裂かれる事こそが彼の目的。
「行けぇ!! 石動仁!! この場は兄者に代わって私が!!」
「お、おい……、お前は一体、何を!?」
「私にも、フラッグス移民船団の誇りを捨てた私にだって捨てきれなかったモノがある!!」
“廻る運命の輪”、いやルックズ星人、俺のダチのイっ君の弟は“皇帝”に切り裂かれた自分の腹部へと手を突っ込み、機械油を噴出しながら何かを引きづりだす。
「貴様ァァァ!! それは……!?」
「兄者と同じ手を取ろうとして芸が無いのは勘弁してくれよ、ボス猿さん!」
ルックズ星人の手に握られていたのは円柱状の物体だった。
“恋人”の内部構造が剥き出しの腹部にも同型の物が存在していたあのランタンのような円柱状の機械。
それは大アルカナの動力炉だったのか、“廻る運命の輪”の頸部のアイカメラがその輝きを失っていき、最後の力を込めてルックズ星人は兄の仇の眼前で円柱を握りつぶす。
この番外編を書いててすんごい違和感があったんだけどさ。
本編じゃ兄貴、馬鹿みたいな感じにしてたのにさ、この番外編だと小難しい言葉とか知ってるのってどうかと思う。
明智君の時に「作者以上の頭を持つキャラクターは作れない」ってのは実感してたけど、逆に突き抜けた馬鹿も作れないもんだね。




