EX-3-30
「オラアアアァァァァァッ!!!!」
一体、幾度目だろうか?
重い金属音が響き渡り、幾つかの証明が壊れてうす暗くなった地下格納庫に火花が飛び散って、床や壁の構造材やその下の土砂が飛んで俺の装甲を叩く。
確かに敵は手強い。
異星の格闘技を使う“廻る運命の輪”に一矢乱れぬ連携で攻め立ててくる“教皇”“女教皇”。そして広大な格納庫中を四方八方へと飛び回りながら援護射撃を飛ばしてくる“恋人”
迫る凶刃。
広がるプラズマ。
時空間ナンチャラとかいうトンチキエネルギー。
それでも俺の闘志は尽きる事無く、すでに存在しないハズの胸の内から煌々と湧き上がってくる。
この胸の闘志がある限りは俺はいつまでも、それこそ無限にでも戦い続けられるような気がしていた。
『……あの、石動さん? もしかしたら気付いてないかもしれないから言うけどさ、腰に下げてる拳銃ならさ大アルカナにも有効なんだけど使ってみないかい?』
俺のアイカメラを通して得られる視界とは別のもう1つの視界が切り替わって、1丁の拳銃の画像とスペックの詳細を記した画面へとなる。
世界さんが見せてくれた俺の武装、ビーム・マシンピストルのスペック表にはすでに俺にも分かり易いように世界さんの手によって加筆されており、それによると“恋人”の持つビーム・サブマシンガンに比べて俺のビーム・マシンピストルは小型の分、発射可能回数は少なく、またエネルギーチャージや冷却機構もサイズの制約がある分、劣っているのだという。
またプラズマビームの収束率も劣っているために有効射程も短く、照準装置も本体である俺に依存した物となっている。
だが、小型故に制約の多いビーム・マシンピストルにも利点もある。
それは小型故に取り回しがしやすいという事。
特に今現在のように1対複数でバチバチに殴り合っている状況もサッとホルスターから引き抜いて適当に銃爪を引けばいいというのは何物にも代えがたいメリットと言えるだろう。
そもそも俺の脳味噌が入れられた大アルカナ“悪魔”は格闘戦特化の改造人間らしく、格闘戦へ持ち込むための前座、あるいは格闘戦でも引いて近づいてという機動戦を繰り返すような状況では重宝するだろう。
だが俺はビーム・マシンピストルを使うつもりはなかった。
(別にテッポーなんか使わなくてもボコってたらその内に根を上げるじゃないか?)
『……お前、それマジで言ってんの?』
(マジよ。マジの大マジ。イっ君と約束しただろ? 大アルカナだか何だか知らねぇが、それでも“廻る運命の輪”はイっ君の弟なんだ。間違っても殺すわけにはいかねぇよ!)
『あの、そう言うわりにはさっきから大型トラックが全速力で突っ込んでくるようなパワーでボコスカとブン殴っているんですが、それは……』
世界さんが呆れたような声を俺の頭の中で上げるけど、現に当の“廻る運命の輪”の様子を見るに別に命に別状はなさそうだ。
もっとも良い加減に殴り過ぎたのか、フラつきはじめているようだが、さすがにちょっとくらいは痛い目をみさせても罰は当たらないと思う。
(それに“廻る運命の輪”だけじゃない。“教皇”に“女教皇”は洗脳処置がされていないんだろ? なら「ゴメンナサイ、もう悪い事はしません」って言うまで殴ればそれで良いんじゃない?)
『……それじゃ“恋人”は?』
(アレは洗脳処置がされてるんだっけ? ま、壊れたモンは殴って直せって、ウチのバーちゃんが言ってたぜ?)
『君は「殴る」以外の選択肢を知らないのかい?』
俺は世界さんの問いに対する答えとして言葉の代わりに“女教皇”を旋風脚で蹴り飛ばし、“廻る運命の輪”の腕を取って捻り上げて右肩の関節を破壊してみせる。
『そういう事じゃね~よ!』
(不安かい? 俺からしてみると慣れない拳銃なんて武器を使うほうがよほど不安だけどな!)
『不安、というか呆れかえっているんだよ。……まあ、君の戦い方を見ていると妙な安心感があるのは認めるけどさ』
俺は右肩を破壊した“廻る運命の輪”の背に蹴りを入れて突き飛ばし、今だ観戦を決め込んでいる“皇帝”へと右手の親指と人差し指で作った拳銃のサインを突き付けていた。
「いい加減にこっち来て遊んだらどうだ? 猿山の大将さんよ!」
俺のあからさまな挑発にも“皇帝”は動じた様子は見せなかったが、その代わりに顎先に指をやって頭を傾げてみせる。
「貴様如きが我を満足させられるとでも……?」
「そりゃ保証できねぇよ。俺は手加減が苦手なんだ。満足させる前につい本気を出しちまったらお前さん、泣いちゃうかもしれねぇぜ?」
メイスで殴りつけてきた“教皇”の一撃を躱しながら“皇帝”に対するデモンストレーションとばかりに俺は思い切り体を弓なりにのけぞらせてから固く握りしめた拳を叩き込む。
衝撃をうまく逃がす構造になっている“教皇”の胸部装甲はマントあるいはコート上の外部装甲ごとくだけて蜘蛛の巣のような模様ができて壁へと飛んでいく。
最前線を張っていた“教皇”が殴り飛ばされた事で仲間という防壁が無くなり、これまで俺と距離を取っていた“恋人”との間を塞ぐ物が無くなった形。
奴のビームサブマシンガンはほぼ無力化できるとはいえ、散々に撃たれまくって鬱憤の溜まっていた俺がこのようなチャンスを逃すわけがない。
俺は瞬時に全身のロケットエンジンを全力で吹かして距離を詰めていた。
距離を詰めていた、というか、考えなしに脚力で跳びロケットで加速したわけで一瞬で俺の身体は“恋人”の細い体と激突してしまっていた。
某有名大学のラグビー部だってここまではやらないだろうというほどの強烈なタックルで“恋人”の身体はビリヤードの球のように吹き飛び、さらに俺は背後から迫っていた“女教皇”へと後ろを振り返る事もせずに喉笛へと叩き込む。
これがただの人間が相手ならば喉笛を潰されてそのまま窒息死してしまうような一撃だが、幸いにも敵は改造人間。
そんな事を心配してやる必要が無いというのは随分と気楽で楽なものだと思う。
「どうだい? まだウォーミングアップの時間は必要かい?」
「そうだな。貴様の減らず口を閉じさせてやれば我も満足できそうだな。……だが、その前に!」
4体の大アルカナが同時に倒れたタイミングで俺は再び“皇帝”へと声を掛けると、向こうもその気になったのか大型の盾に収納していた長剣を引き抜いて駆けだしていた。
俺や他の大アルカナと同じように青白い光を引きながら一気に加速した“皇帝”に俺も気を引き締め直して迎撃のため腰を落とすものの、俺の頭の中のもう1つの視界は“皇帝”の軌道が俺へと伸びてこない事を示していた。
それでもフェイントを警戒して俺は警戒を解く事は無かったものの、奴の目が俺を見ていない事に気付き頭の中が「?」でいっぱいになる。
“女教皇”の槍の穂先、“教皇”のメイスのスパイク、“廻る運命の輪”の大型砲が放ったエネルギー光線。
それらが放っていたのと同種の赤い光に“皇帝”の長剣の刃が輝き、そして突き出されていた。
「…………えっ?」
赤く輝く“皇帝”の剣はプリンにスプーンを入れるが如く胸部装甲を貫いて背から抜けていた。
俺の、ではなく、“廻る運命の輪”の胸部をだ。
「……な、な、何を!?」
“皇帝”の剣は“廻る運命の輪”の頭部、その内部に収められている脳を狙った突きであった。
“廻る運命の輪”が異星の格闘技の超低姿勢を取っていたところを、“皇帝”の狙いが自分である事を知ってとっさに体を起こしたが故に頭部を狙った突きが胸部へと突き刺さっていたのである。
つまりは“皇帝”は協力者であり部下である“廻る運命の輪”を殺害しようとしていたのだ。
「博士、今までご苦労であった。だが我がARCANAに無能は必要無い」
“廻る運命の輪”も反撃のために拳を振り上げるが、“皇帝”の剣に何か大事な機構を破壊されているのか、その腕には力は無い。
「博士には“教皇”“女教皇”と協力して反逆者の破壊と石動仁の捕縛を命じていたハズが、勝手に単独行動を取って遅れを取り、さらにはイイイイイ博士に出し抜かれて石動仁に変身を許してしまった。しかも変身したばかりの石動仁を取り押さえる事もできず己の失点を取り返す事もできない。
博士はクビだ。時空間エンジンは返してもらうぞ」
「か、勝手な事を……!」
「“廻る運命の輪”はイイイイイ博士を捕えて洗脳処置を行う事で代役としよう」
俺はこの時初めて、自分の理解の範疇を超える邪悪というモノが存在するという事を真に理解したのかもしれない。




