表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
535/545

EX-3-29 ZERO

 自分は何をしているのだろう?


 いや、何故、自分は何もしていないのだ?


 自らの名をゼロと定めた改造人間はただ友が1人戦うのを見つめていた。


 石動仁が変身した大アルカナ、“悪魔”のデビルクローは4体の大アルカナを相手に回しても怯む事はなく、むしろ真正面から戦い続けている。


 自身には持たされていないが、制式版の大アルカナである時空間エネルギーを利用した兵装も当然“悪魔”は有しているハズだが、それを使う様子は無く、それどころか腰のベルトの右脇に取り付けられているホルスターには“悪魔”にとって唯一の射撃兵装であるビーム・マシンピストルが収められているがそれを抜く事すらしていないのだ。


 石動仁が使うのは己の身体のみ。

 全身を覆う重装甲に任せて“恋人”の低出力のプラズマ・ビームや“教皇”たちの牽制目的の打撃などは避けようともせずに受け、反撃で次から次へと敵を殴り、蹴り、そして床や壁へと叩きつけていく。


 床や壁の構造材である鉄骨や金属製のタイルは割れて折れ、重く、そして甲高い金属音を立てて火花が飛び散り、“悪魔”が敵を殴る度に敵の装甲材が剥離して七色の炎色反応となって火花と化す。


 それでいて“悪魔”の手足にはかすり傷すら付いていないのだ。

 割り箸の包装紙で割り箸を割る宴会芸と同じ原理によるものだろうか?

 分からない。


 1対4の状況で戦闘が始まり、すでに数分が経過していた。

 博士から聞いていた時空間エンジンの余剰エネルギーを貯蔵しておく事ができるエネルギーセルもすでにエネルギーが空になっているだろうにデビルクローの動きが鈍くなったようには思えない。

 恐らくはエネルギーの貯蔵と解放を繰り返しているのだろうが、1対4という状況下で何故、そのような事ができるのかはとても分からない。


 何よりも分からなかったのは、デビルクローの装甲表面から立ち昇る陽炎だ。


 中距離からの射撃戦を主とした戦闘のための設計で製造されている“恋人”は格闘戦には加わらず、仲間たちの後方からビーム・サブマシンガンでの援護射撃に徹している。

 幾度となく直撃した超高熱のプラズマ・ビームによってデビルクローの装甲である超合金Arも熱を逃がしきれずに高温となり、それが周囲の空気を熱して陽炎となって見えるのだろうとは思う。


 だが脳の摘出手術のミスにより曖昧になってしまったゼロの頭脳は友が姿を変えた“悪魔”の身体から立ち昇る陽炎がもっと恐ろしいものに感じられてならなかったのだ。


 幼い頃に母親から聞かされた悪鬼の放つ良くないもののような、タロットカードをモチーフにしたとはいえオカルト要素など無いただの改造人間である“悪魔”が本物の悪魔である証明であるかのような……


 なのに、それなのにだ。

 石動仁が姿を変えたデビルクローは開発者が意図したとおりに見る者に禍々しく、言いようのない恐怖感を与える物であったというのに、その“悪魔”を見るゼロの胸中は幼子が母に抱かれている時のように安らいでいたのだ。


 確かに“悪魔”の姿は恐ろしく、その体から立ち昇る陽炎に何か不吉な物を感じてしまうほど。

 そして、その力は凄まじく他の大アルカナが束になっても叶わないほどだ。


 だがゼロには守られているという安心感が確かにあった。

 “恋人”のビーム銃の射撃を受け、損傷を受けないようなハンパな打撃も避けずに受けて立つその姿はゼロにとっては自身を守る城壁のようにすら感じられていたのだ。


「3人でヒーローチームでも……」


 アジトを逃げる途中で栞奈が言っていた言葉を思い出してゼロは自嘲気味に笑う。


 確かに自分も動力源に時空間エンジンを搭載した改造人間で、大アルカナ用の強化人口筋肉の性能を検証するために人口筋肉の搭載量だけは他の大アルカナを圧倒し、それはすなわち自身に正式版の大アルカナ以上のパワーを与えていた。


 しかし、それはヒーローとしての資質ではなかったのだ。


 他人からすれば石動仁を馬鹿だと笑う者もいるだろう。

 だが底抜けに明るく、諦める事を知らない石動仁は故にヒーローとしての素質を誰よりも持っているようにゼロには感じられていたのだ。


 ゼロは戦うデビルクローの背に羨望の眼差しを向けながらも、しかし、一種の危うさも感じ取っていた。


 石動仁は強すぎて、そして優しすぎるのだ。


 その優しさは戦っている敵へも向けられ、故に彼と戦う大アルカナはそうとも知らずに生きていられるのだった。


 すでに4体の大アルカナたちの脳内には電脳の指令によって大量の脳内麻薬が分泌され、さらに体内で合成された薬剤の効果によって脳震盪を起こさせて無力化するという事が可能な状態ではなくなっているだろう。


 そのような事は世界からも聞いているだろうに、デビルクロ-は幾度も幾度も敵を殴り蹴り戦い続けていた。


 敵の脳か主動力源である時空間エンジンを破壊してしまえば楽だろうに、石動仁はあえて敵に致命的なダメージが出ないように戦い続けて、物理的にではなく敵の心を折る事で精神的に4体の大アルカナを無力化しようとしているのだ。


 だが、そんな事など本当に可能なのだろうか?


 奇しくもルックズ星人の男が栞奈に語っていた危惧と同じ事にゼロもまた独りで思い至っていた。


 戦いの場において敵に情けをかけて手を抜き続ける。

 それがどれほどの危険をもたらすか石動仁は知らないのか? いや、知っていたとして、自身の命がかかった状態で無視しているというのだろうか?


 ヒーローとしての適性を持ち過ぎているが故に自身の命すら天秤にかける事を厭わない石動仁に対して、ヒーローとしての適性を欠いているが故にゼロは危惧する。


(博士は石動仁だけがARCANAの脅威から地球を守る事ができると、彼が最後の希望だと言っていた。彼の命は軽々しく捨てていいものではない。たとえ彼自身がどう思っていようと……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ